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幕間七 劉邦盗賊に出会う 一

正午も大分過ぎた頃、劉邦がふらふらと足元がおぼつかなくやって来る。

「ふぁあ~」


「うっ、酒臭せぇ!」


夏侯嬰かこうえいは思わず鼻をつまみ、手をぱたぱたと顔の前で扇ぐ。

自分が飲む分には平気なのに、何故他人の酔った酒気というのはこんなにも不快なのか。


「いや~昨日のおねえちゃんはいかったなぁ」


「兄貴、よだれよだれ」


「おっと、ぐひひ……」


「劉兄、色街ですかい?」


樊噲はんかい


「おうよ」


「程々にしといて下さいよ?

今や兄貴は『沛公』様だ。

もう昔みたいなゴロツキや盗賊じゃねぇんですから」


「バーロー!五十年近くこうやって生きてきたんだ。

俺から酒と女を取ったら何にも残んねぇだろうが!」


と言いつつ

「うっぷ」


こみ上げてきたのだろう慌てて外に飛び出していった。


樊噲はんかい蘆綰ろわん夏侯嬰かこうえい達はいつもの事だとお互いに顔を見合わせ苦笑する。

我が「主君」を呆れるなんて段階はとっくに通り越してしまっている。


ここは彭城にある劉邦達が使っている沛公軍の詰め所である。

劉邦達は彭城の守備軍であるからしてここに常駐しているが、やる事は基本的に警邏けいら巡回、城塞の見張りなどを交替でやる程度だ。

今も比較的真面目な周勃しゅうぼつが頑張っている頃だろう。


大将である劉邦はもちろんそんな雑務はやっておらず、もっぱら平和な事をいい事に昼間から酒を飲んでは夜は色街で女を買い、と好き放題やっている。


沛公という立場になってからは金銭的に困る事がなくなった為に最近ではさらに拍車がかかってきていた。


だが、それでも特に問題にならずに平穏なのは戦火がここ彭城まで届いていないからだ。


復興した楚の統治が比較的上手くいっている証拠でもある。


やいのやいの騒いでるとそこに曹参そうさんが慌てて入ってきた。


「沛公は今日は来てないのか?」


「劉兄なら今ごろ外で魚の餌やりだぜ」


「また二日酔いか……

今、陛下からのお呼び出しが来てるんだがな」


「うん?珍しいな」


「酔った状態で御前に出て大丈夫かね?」


「今さらだろう?」


夏侯嬰かこうえいが急いで馬車を用意しながら


「おらー!兄貴ー!

陛下からのお呼び出しだー!

とっとと服を着替えろい!」











□□□□□□









それからしばらくして、何とか体裁を整えた劉邦は懐王の前に参内する。


「陛下、それがしをお呼びとか?」


「うん、沛公よく来てくれた。

沛公には日ごろ彭城の守りを良くやってもらって礼を言う。

今日呼んだのは少し彭城を離れて遠征に出てもらいたい」


「ほほう、それはありがたい!

前線から離れているせいか運動不足でしてな!

久しぶりに暴れてきますわ」


歯に衣を着せぬもの言いに懐王も思わず苦笑する。


劉邦はどうにもお行儀がよろしくない。


本人は礼儀や手順などを身につける気はさらさらないのであった。


懐王は慌てて言う。


「いや沛公、遠征と言っても戦をしてもらうのではない。

ある人物を味方につける交渉を任せたい。

陳嬰ちんえい


「はっ」


側に控えていた上柱国の陳嬰ちんえいが前に進み出て


「沛公は彭越ほうえつという盗賊に面識は?」


「おっ!彭越ほうえつ

会った事はないが名前はよく知っている。

俺の故郷の近くの大盗賊じゃねぇか。

有名だぜ?

大分年寄りだと聞くが……」


「沛公よりとうばがり上でしょうな」


「ふむ、それでその彭越ほうえつを口説いて来いと?」


懐王はうなずいた。


続けて陳嬰が口を開く

彭越ほうえつは現在どの陣営にも属しておりません。

が、彼らの縄張りは勢力圏で言えば楚に入っております。

さらに言えば沛公、貴方の治めるべき沛県の付近です。


楚が復興して未だ一年にも満たないですが、領内の治安に不安があるのはよろしくない。

さらに彭越ほうえつの縄張りは楚と斉、魏にも跨っている。

その辺のゴロツキならば無視も出来ますが、彭越ほうえつは少々大きくなり過ぎて扱いに困るのです。

それで楚陣営に入ってもらう代わりにある程度の自治権と兵糧などを物資を援助する用意はあります」


「俺は名ばかりの沛公だからな。

沛県の統治なんて全部蕭何しょうかに丸投げだし、そんな難しい話はよくわからんよ。

だが、ご命令とあらばちょっくら行って来やす」


「頼んだぞ沛公」


「へい」


懐王の前を辞した劉邦は詰め所に戻ると曹参そうさんを呼んだ。


曹参そうさん彭越ほうえつについて詳しく教えてくれ。

俺も名前くらいは知っているが、人となりは知らん」


「はい、なかなか肝が据わった人物だと聞いています」


そう言って曹参そうさんが語り出す。











□□□□□□









彭越ほうえつのもともとの仕事は漁師です。


鉅野(劉邦の出生地、豊より北へ約100kmほど)の大沢郷で漁をして生計を立てておりました。


というより、大盗賊となり名を挙げた今でも日頃は漁をしているのだとか。


彭越ほうえつがいつ頃から盗賊を始めたのかはっきりとわかりません。


しかし盗賊としてそれなりに名前が通るようになるのに時間は掛からなかったようです。


そんな時、始皇帝が没し陳勝王が秦に対して反乱を起し、楚の地を「張楚」とし自身が王に治まりました。


それに続いて今は亡き武信君が挙兵し、江南の地をすべて占領します。


彭越の子分はその噂を聞きつけ挙兵を促したのですがその時は断ったそうでございます。




それから一年あまりが過ぎ、反秦運動は勢い益々盛んになり秦は領土を切り取られ、旧七国は復興し押され気味になってきます。


彭越の元に今度は百人あまりの若い子分達が集まって来て再度嘆願したそうです。


「親分、やっぱり挙兵しましょうぜ。


俺達も一生懸命戦うからよ、親分が大将になってくだせえ!


俺達の親分は彭越様しかいねえ。頼む!」


しかし彭越はまたも断ります。


「俺はお前らと行動を共にするつもりはねえ。

お前らだけで挙兵はでやりな」


子分衆はがっかりしたが、さらに押した。


「今挙兵しなきゃ一体いつするんですかぃ?」


「今でしょ!」


「親分だけが頼りだ。この通りだ、なぁみんな!」


「そうだ!そうだ!

親分!どうか!お願いします!!」


と、皆口々に頼み込んだのでしぶしぶ彭越は受ける事となったようです。


ですが、


「わかった。


俺はお前らの頭として挙兵する。


だが、今のお前らでは秦軍には絶対勝てん。


それは俺達は盗賊であって軍隊ではないからだ。


俺達と軍隊の違いは何か?


規律だ。軍隊には鉄の規律が必要なんだ。


戦は盗みと訳が違う。


大将の命令どおりに軍が動いて、始めて戦闘ができる。


勝敗なんていうのはそこから先の話だ。


いいか、今から俺が彭越軍の規律を言う。


これを守らない奴は打ち首だ。いいな!!


明朝、日の出の時刻に沢のほとりに集まれ。


遅れた者は殺す!以上だ」


「おう!!」



しかし皆その日暮しの盗賊家業、予想通りと言うか遅刻した子分がたくさんおりました。


なかには、正午過ぎに来た子分もいました。


彭越は怒ります。


「俺は年寄りなのにお前らが無理矢理俺を頭にした。


それなのに俺との約束を守らず、遅刻する奴らだらけだ。


秦は衰えたと言えど、この中華全土を支配した正規軍だ!


盗みしか知らねぇ俺達とは違うんだよ!


そんなだらけ切って秦に勝てると思ってんのか?


俺は言ったよな?規律を守らない奴は打ち首だと。


しかし、遅れた奴を全員殺すわけにもいかねえ。


一番遅く正午過ぎに来た野郎が打ち首だ!


おい、お前が首を斬れ」


と、部隊長に任命しておいた子分に命じた。


しかし、彼は笑って、


「親分、そこまですることはないでしょう。たかが遅刻ですぜ。」


と、言った。


彭越は黙って刀を抜き、部隊長に向かって横なぎに払った。


部隊長の首がことんと床に転がる。


「ぎゃああ!」


子分達はあまりの事に絶叫する。


「俺ぁ言ったよな?

規律を守らないやつは殺すってよ……」


彭越はゆらりと正午過ぎに来た大遅刻男に近づいた。


「おっ、親分。

俺もう遅刻はしねえ。言う事は、命令は何でも聞きます!

だから!

……頼む、斬らねえでくれ。

う、うわぁぁああぁぁ!!」


今度は肩口から袈裟懸けに斜めに切った。


どさっと前のめりに落ちていく遅刻男の身体がビクッビクッと痙攣している。


大きく斬られた傷口からは勢いよく血が流れ出ている。


まだ息はあるようだがもう間もなく死ぬだろう。


彭越は隣にいた男に


「おい、お前が部隊長をやれ」


「は、はひっ!」


「よし、部隊長に命令だ。

遅刻男の首を切って、元部隊長の首と一緒にさらしておけ。

罪状は命令違反だ」


「はっ!」


皆唖然としましたが、この事で彭越の恐ろしさを身を持って知ったのでしょう。


以後命令は全て守られる事になります。


こうして彭越軍は厳しい軍律を持った盗賊団ではなく軍として挙兵する事になります。



その後、彭越軍は近隣の地を攻略し一万人あまりの兵を得、今に至ります。


ここまで大きくなったからには下手にどの国も手を出せないでしょう。」





「はー、そいつはすげぇ。

何て言うか沛公軍うちと全然違ぇな」


「うちはゆるゆるですからな!」


「特に大将がな!」


がっはっはっはと皆が一斉に笑い出す。


見ると一番劉邦が大笑いしている。


曹参そうさんはこの雰囲気が劉邦達らしくて好ましいと感じていた。


全く軍隊らしくなく。


戦は弱いが、秦の厳しすぎる程厳しい治世と対極にある劉邦。


何となく新しい時代の自由な風が劉邦から吹いて来るような、そんな気になる曹参そうさん だった。

はっ!

気づくとまた話が終わらなかった!


という訳で次回も劉邦です~。

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