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項羽の「背水の陣」 その三

「項羽様!!


伝令です!!


秦軍が黄河の岸に現れました!!


渡河後、南下し彭城ほうじょうを目指すものと思われます!!」



「何だとっ!!」



項羽は信じられないといった顔をする。


伝令は膝をついたまま


「敵はこちらの船がない事を逆手にとり、裏をかいたものかと」


「そんな事はわかっている!!」


項羽は思わず怒鳴ってしまった。


(くっ!!

俺を含め、自軍の退路を断ち決死の覚悟をするために船を壊した事が裏目に出るとはっ!!

流石は章邯め……叔父上を破った男よ)


戦場は刻一刻と変化していく。


現在の流れはどちらに傾いているのか?


優れた武将、指揮官というのはそれを鋭敏に読み取り、臨機応変に対処していかねばならない。


攻めるのか、引くのか、守るのか、そのさじ加減はどれだけ修羅場をくぐって来たかがモノを言う。


だが現在少しばかり楚軍にとっては良くない流れだ。


序盤から秦軍に先手を取られ続け、翻弄されている。


(黄河を渡られると彭城ほうじょうを直接狙われるか、もしくは河をそのまま下り我らの背後に出ることも出来る。

そうなれば挟み撃ちにされる危険が……)


しかも彭城ほうじょうというのは楚にとって只の本拠地ではない。


春秋時代から続く楚の歴史そのものなのだ。


『たとえ生き残りが三戸になっても秦を打倒するは楚である※』


楚人はそう言って歯を食いしばって秦への復讐心を燃やし続けてきたのだ。


(彭城を取られてたまるかっ!!)


項羽は一瞬のうちに状況を判断し、次の一手を決める。


「よし、馬に乗れるものだけでいい!

俺について来い!

黄河を渡る前に叩くぞ!!」


そう言うと項羽は愛馬すいにまたがり駆け出して行ってしまう。


総大将の取る行動というのは影響力が大きい。


項羽の様な先鋒を自ら務める将は特に、である。


項羽が秦の陣地を離れ黄河へ向かうと楚全体が項羽へ引きずられ動いてしまう。


目の前の秦陣地への攻撃の為に待機していた楚軍はまたしても項羽を追いかける破目になってしまった。


慌てて黥布げいふ鐘離眜しょうりばつが止めるにかかる。


「待て!待て!待て!

全員項将軍の後を着いて行かれると戦にならん!!

よいか!我らは目の前の秦の本陣の攻略じゃ!!

歩兵を中心に陣形を組み直すぞ!」












□□□□□□










項羽が愛してやまない名馬、すいは一日千里を駆ける。


今季節は夏、中原と呼ばれる中華大陸の中央部を項羽は風と一体となり大草原を駆け抜けていた。


すい は只足が速いだけの馬ではない。


非常に賢く、主人である項羽との意思の疎通や連携を言葉に出さなくてもする事が出来、まさに人馬一体を体現していた。


やがて項羽の目前に大黄河の匂いがしてくる。


あとは岸に沿って上流に向かえば秦軍がいるのだろう。


項羽ははやる気持ちを押さえる事もなく、さらに手綱をしごいた。


ヒンッ!!


すいいななきさらに加速していく。






その頃、黄河のほとりでは秦の兵が船を並べて渡河の準備をしていた。


が、まだ浮かべてはいない。


荷を積み込んでいる最中なのだろう。


だが船の数は楚軍が使ったよりはるかに多く、まるで堤防のようにずらっと並んでいる。


その船列を見た瞬間、項羽は頭に血が昇った。


「おのれ……秦に黄河を渡してなるものか!

お前達はここで河の神への生贄いけにえとなるのだ!!」


「項羽だ!項羽が来たぞ!武器を取れ!!」


敵の将だろうか、項羽の姿を認めて指示を出す。


船に荷などを積み込んでいた兵士達は慌てて戟や矛、剣などに持ち変える。


そこに怒り狂った項羽が突貫していく。


「おおおおおおおお!!!!」


雄叫びを上げてすいの手綱を激しくしごき戟を振り回す。


岸に並んでいる船の列に沿って項羽が駆けて行く。


ほどんど速度を落とさずに、だが敵兵を次々とまるで作業の様にほふっていく。


項羽自身の武力が余りにも突き抜けすぎている。

一騎当千、万夫不当、当たると幸いに戟を振り回し敵兵をなぎ倒す。


「なんだ?こいつら雑兵ばかりではないか、秦には猛将はおらんのか?!」


手ごたえの無さに首を捻ったが、それでも船の行列は続いており倒すべき兵はまだまだいる。


まれに敵兵がすいの足を狙ってくる事がある。


普通の馬ならば足を斬られ背に乗せている武将が叩き落とされ終わりだ。


だがすい は自身で判断をすることができる。


足を狙って振りかぶってくる刃を難なくよけると馬の体重が乗ったひづめを脳天から喰らわせ兵士は頭をかち割って絶命した。


突然、上から陰が差したかと思うと背後にドスンと衝撃が来た。


「何だ!?貴様!!

降りろ!すいの背は項羽おれだけのものだ!!

何人たりとも乗せるわけにはいかん!!」


項羽は瞬時に後ろ手に腕を回し背後に乗った将の背中を掴むと強引に宙へと放り投げ、すぐさま戟で貫く。


「ぐえっ!!」


くぐもった声が聴こえたが項羽は既にその場を走り抜けていた。


「ふん、狙いは悪くなかったがな」


凄まじい勢いで兵を殺して回っている項羽だったが、さすがの一騎当千と言えどたった一人で全ての兵を相手にはできない。


見ると船の列はまだまだ黄河に沿って続いているようだった。


「ふうっ」


項羽は走りっぱなしだったすいを停め小休止を入れる。


少しはすいに水を与えねばなるまい。


すいは項羽の意図を読んだかのように水辺の沢に首を突っ込む。


辺り一帯は大体片付けたか?


項羽は休みがてらここらで後続を待つ事にした。


※『たとえ生き残りが三戸になっても秦を打倒するは楚である』

三戸=三軒

人数にして15~20人ほどでしょうか。

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