幕間四 張良劉邦の師となる
沛公になった劉邦が彭城の項梁軍に合流する少し前にさかのぼる。
沛公として劉邦が自立してから、沛の近隣の街を支配下に入れようと劉邦軍は戦を繰り返していたが目に見える戦果はなかなか上がらなかった。
劉邦は、これがまた戦が下手くそな男であった。
戦績は振るわず、一進一退を繰り返している。
これといった作戦もなく、ただがむしゃらに城を攻めるという素人丸出しの戦い方。
しかも城攻めというのは戦の中でも難易度が高い。
普通に攻めてもかなりの犠牲を覚悟せねばならぬものである。
ただ唯一、不思議なところは劉邦軍は負けても兵士の数が大きく減る事がなかった。
では劉邦軍に人材がいないのか?という訳でもない。
武では勇猛な樊噲、曹参、周勃がいる。
後方では蕭何が劉邦の留守をよく守り、兵站(兵糧や武器、支援物資)をせっせと劉邦に送り届けていた。
余談にはなるが、劉邦はこの蕭何がいてくれたお陰で、沛から出発し戦場を駆け巡ること六年以上もの間、ただの一度も兵糧や武具の不足に困る事はなかったという。
今の劉邦軍に足らないのは、全体的な視野で戦略と呼べるものを計画し立案できる人物であった。
素人同然の劉邦は無計画にあっちこっちの街を攻めて、上手くいかなかったら別の街へ行くという事を中途半端にただ何となくやっていただけであった。
劉邦は参謀、軍師となるべき人物を猛烈に必要としていた。
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また、この時下邳にいた張良も仕えるべき主を求めて、様々な反乱軍首領達と面会を重ねていた。
だが結果は芳しくなく、張良が学んできた太公望の兵法に基づき、作戦や意見、進言を繰り返したが、まったく取り合ってもらえず、その度に張良は失望した。
そして張良の意見を聞かなかった反乱軍は早晩自滅するだろうと思い、その場を立ち去るのだった。
張良には黄石公から言われた『そなたは帝王の師となる』という言葉をどうしても忘れることが出来ずに、こうしてまだ見ぬ帝王を求めていたのである。
そんなある時、楚の旧都である彭城に名門項家の項梁が起って、周りの反乱軍をどんどん吸収していると情報を聞いた。
張良は居ても立ってもいられず、自分も参加しようと思い彭城へ向けて出発した。
その旅の途中で劉邦と運命的に出会うのである。
張良は彭城へ向かうために馬で移動してると、やがて目の前に知らない軍勢が隊列をなして進んでいるのを見つけた。
おそらくこの勢力も項梁軍と合流するつもりなのかな?と当たりをつけた張良は、味方になるのであればあいさつをしておこうと思った。
「もし、こちらはどなた様の軍勢ですかな??」
丁寧な口調で張良が行列の兵士に尋ねる。
「我々は沛公の軍である。
これより彭城の項梁軍へ合流するつもりなのだ。」
と答えが返ってきた。
(沛公……そういえば、沛は反乱軍の手に落ちたのでしたね。
確か首領は劉邦とか言ったか?)
「左様ですか、私は張良と申す者ですが、沛公にお目通り願えますか??」
「ああ、うちの大将は来る者拒まずの人だから多分問題ないと思うよ。
ちょっと待ってな!」
そう言って兵士は劉邦に取り次ぎに行った。
しばらくして先ほどの兵士が
「大将がお会いになるそうだ!着いて来な!」
どうやら張良と面会するために行軍を停止したようであった。
急ごしらえの陣幕へと入っていく。
目的の人物はすぐ目の前にいた。
「俺が沛公の劉邦だ!」
「下邳の張良と申します。」
張良は深くお辞儀をした。
そして劉邦と目が合った瞬間に張良は分かってしまった。
(ああ…やっと、やっと出逢えた…)
理屈でも何でもない。
まるで電流が体の中を駆け巡ったように微動だに出来なかった。
今目の前にいる人物こそ、張良が捜し求めていた帝王、その人なのだと。
知らず知らずのうちに体が震えていた。
捜し求めていた人物にやっと出会えた喜びを心で押さえながら、劉邦に対して反乱軍の取るべき方向と秦軍の予想、これからの見通しなどを簡単に述べたのだった。
劉邦は目の前の優男が話す話に、すぐ夢中になって聞いていた。
始めは線が細く、力もなさそうだし、顔の作りも男なんだか女だかわからないような顔つきで、戦場に似合わない人だなぁ、ぐらいの感想しかなかった。
張良が劉邦に話してくれた話は今まで誰も劉邦に話してくれなかった種類の話だった。
劉邦は、張良は年下だがその才気、物事の本質を見抜く目、持っている知識、確かな予測、わかりやすい戦略に興奮を隠せず話の途中で思わず
「張良先生!先生は今どなたかにお仕えされているのですか?」
などと言葉遣いも態度も最初とはガラッと変わり、張良の事を先生呼ばわりするのであった。
「いえ、私は私の知略を役立ててくださるお方に仕えたいと思っています。
一つ強いて言えば、私の家は代々韓の国の宰相の家系でしたので、韓の国は再興させたいとは考えております。」
「おお!それは僥倖!
先生!
不肖、この劉邦は縁あって反秦の旗をかかげ、運よく故郷の沛にて公となりましたが、私はどうも先々の予想などが苦手なのです。
このままでは私を信じて着いてきた者達を私のせいで不幸にしてしまいます。
どうか私をお導きください。
韓の再興のお手伝いもしたいと思います。」
と張良の手を取って頭を下げ、頼み込むのであった。
「沛公、面をお上げ下さい。
私も沛公のようなお方に仕えたいと思っておりました。
若輩者で、非力なるこの身ですが全力でお仕えしましょう!」
「おお!受けてくださるか!!
ああ、ありがたい!
これで反秦は成ったも同然です
今日は記念すべき日です!!
これから配下ともども先生とのご縁を祝って飲みましょう!!」
「はい、是非に。」
こうして張良は劉邦の師として、劉邦の軍略の一切を仕切る事になるのであった。
それからの劉邦は張良を片時も離さず、毎日のように会い、食事を共にしてその軍略や天下の形勢などを真剣に聞くのである。
劉邦の偉いところは張良の提案を全く疑わず、すぐ実行に移すところであった。
全て、すぐに、である。
これは張良も驚いた。
そして劉邦は張良が教えたことを、まるで乾いた砂が水を吸い込むように吸収していくのである。
張良は、今まで幾人もの人に己の自説を説いて回ったのだが、誰一人として採用する者はいなかった。
(沛公は、これはもう天から授かった英傑に違いない。)
と思い、黄石公の言葉どおり、劉邦を未来の帝王に導く道筋を模索していくのであった。
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