韓信会稽に着く
予定より時間が掛かったが、無事韓信たちは会稽へと着いた。
会稽は長江以南の地方では大都市といえる規模の街で、街を取り囲む城壁もこれまでの街と比べ物にならないほど高く頑丈である。
大きいだけではなく活気にも溢れていた。
出入り口である門を見ていると老若男女色々な人達が出入りしている。
何より他の街のように息が詰まった様な感じがしない。
これは統治も上手く行っているという事だろう。
項梁は施政者としても能力が高いようだ。
さて、肝心の反乱軍であるが旅の途中でも戦闘をしたという話は聞いていないので、おそらく会稽の中かあるいは街の外で、来るべき時に備え兵の訓練をしていると思われた。
そしてやはり城壁をぐるっと回ってみると柵が立ち並んで陣地が作られており、その中には天幕の兵舎や櫓、食事に使うであろうかまどなどが並び、甲冑をつけた兵士がせわしなく働いていて中々士気が高い。
項梁軍に参加した兵の数は約八千人と聞いている。
驚いたことに装備の甲冑や武具が統一されていた。
普通反乱軍と言えば寄せ集めの印象が強い。
装備はおろか、武器もめいめい自分達で持ち寄り農民は鍬や鎌などで武装するのが普通である。
だが項梁軍は見た目だけは正規軍のように装備が統一されていた。
それだけで立派に見えるから見た目というのは侮れない。
裏事情を話せば項梁と項羽が会稽郡の郡主を葬り、代わりに郡主として立ったので武器庫にあった全ての武具を開放したのである。
予想に反して見た目はまともな軍隊であることに韓信は安堵した。
あとは軍隊の錬度であるがこれは実際に見てから判断しようと決めた。
とは言っても今の時点では大して期待はしていなかった。
なにせ募集を掛けられてから1ヶ月と少ししか経っ
ていない。
それだけの期間ではまともに訓練はできていないだろう。
項梁はどのタイミングで動き出すのか、興味があるところだ。
今の時点でも近隣の街の攻略は出来そうだ。
だが、秦の首都咸陽まで攻め込むにはとうてい足りない。
途中で兵を集めつつ、現実的には陳にいる陳勝に協力を仰ぐか、もしくは傘下に入り、その兵力で持って攻め入るのがいいだろう。
どちらにしても単独行軍は避けるべきである。
項梁軍の陣地の前には立て札が掲げてあり、ここで志願兵を募るようだ。
韓信は二人を見やって言った。
「私は先に桃花の落ち着き先を見つけてやりたい。
鐘離眜はどうする?
先に反乱軍に入るなら一旦ここで別れよう。」
「そうだな…。
桃花は韓信に任せても大丈夫そうだから、私は(反乱軍に)もう入ってしまうよ。」
「わかった。では後で。」
と鐘離眜は先ほどの立て札がある所へ向かっていった。
さてと。
「よし桃花。とりあえず街に入ろう。」
手を引いて会稽の門に向かう。
一応衛兵が門を守っているのだが、特に止められなかった。
気安く、引き取り手を探すと韓信は言っているのだが、特に当てがあるわけでもなく、農家か商家がいいかなぁぐらいの感覚だった。
商家だと接客が必要になるかもしれなかったので、そうなると桃花は不利になる。
が見た目が可愛らしいので何とかなるかもしれない。
土地勘がないからまずは情報収集からだな。
そう思って酒家(食事処)に来てみる。
入ったところも行き当たりばったりだ。
だが客が多そうな店を選んだ。
人の出入りが多い方が情報は集まるからだ。
韓信と桃花が入った店は評判がいいのかかなり繁盛しているようである。
「何か腹にたまる定食を二つと酒をくれ。
あともし主人の手が空いていたら呼んでくれないか?
少し訊ねたい事がある。」
「はい、かしこまりました。」
さぁ、お味はどうかな??
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食事を終えてしばらくすると恰幅の良い中年の男が韓信の近くまでやって来た。
「お客様、この店の主でございます。」
と一礼してくる。
「ああ、ありがとう。
ご主人、すこし聞きたいのだがこの会稽で、子供を欲しがっている老夫婦などに心当たりはないだろうか?」
「老夫婦でございますか?
人手を欲しがる夫婦はそれなりにおるとは思いますが、老夫婦となりますと…。」
「もし、思い当たらないようであれば顔役か長老様に取り次いでもらえないだろうか?
この子を預けたいのだが。」
主人が桃花に目を向ける。
軽く観察するように上下視線を動かしてから韓信を見やる。
「可愛らしい子ですね。
この子なら商店などでも大丈夫かと。」
「見た目は良いと思うのだが、この子は口が利けんのだ。」
「それはそれは…。」
納得したように主人は頷いている。
「耳は聴こえるので言葉はわかる。
少し文字も書けるが、接客は厳しいだろうと思って百姓か職人を考えていた。」
「この子はお客様の縁者でございますか?」
「縁あって今は私が連れているが、この子の親達は盗賊に殺されてしまってな。
私はこの会稽の項梁軍に入るつもりで旅をして来た者だ。」
「そうでしたか…。
もし、ずっとという事でなければ、しばらく手前共の店を手伝ってもらい、また改めて探すというのいかがですか?」
ふむ…。
「桃花はどう思う?」
韓信に問われて、しばらく考え込んでいたが、やがてこくりと頷いた。
主人の申し出を受けるらしい。
「ご主人、ひとまずはこちらにやっかいになりたい。
折々私も様子は見に来ようと思うが、この子の事をよろしくお願いします。」
「はい、かしこまりました。
裏方で仕込みなどを手伝ってもらおうかと思います。」
うん、それならば大丈夫そうだ。
桃花の事はこれでいいだろう。
韓信はあっさり見つかった事に安堵した。
「桃花、みなさんの言うことをよく聞いて励むのだぞ!
私もしばらくは会稽にいるからすぐに会えるさ。」
桃花は韓信をじっと見て頷く。
最後に桃花の頭を撫でてやる。
気持ちよさそうで顔がうっとりしてる。
ひとしきりスキンシップを計った後は、いよいよ項梁軍へ参加だな!
次回より少し話の展開のテンポを上げていきます。
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