第9話 本番前
我が校の今年の文化祭は、例年よりかなりクオリティが高いらしい。
高校生らしい素朴な催しがある一方で、ダンス部やバンドなどイベント系のレベルの高さが際立っていて、それが全体の水準を底上げしているような気がする。首都圏の学校だからか、才能もそれだけ多く集まっているのだろう。
私と実音は演劇の準備で手一杯だったから、当日はほとんどやることがなく、二人で文化祭を回っていた。
男装カフェに女装カフェ、お化け屋敷。想像以上に本格的で驚かされる。男装・女装のブースはウィッグまで用意されていて、ガチさが伝わってきた。お化け屋敷は初めて入ったけれど、窓に紙を貼って暗くしたり、机や椅子で導線を作ったりと、低予算ながら工夫が凝らされていた。
一通り気になるところを回ったあと、昇降口で千夏先生に会った。
「こんにちは千夏先生。パトロールしてるんですか?」
「ああ、こんにちは。事前にトラブルを未然に防ぐために、見回りをしていますよ」
「それってパトロールじゃないですか?」
「たしかに、パトロールですね」
「…お疲れ様です」
うーん、語彙力のNASA。
「お二方は、何か困っていることや、怪しい人物などは見かけませんでしたか?」
「いや、特にありませんでしたね」
「そうですか、よかったです」
この人、苦労する立ち回りをしているんだな、と思う。授業で毎回作っているプリントだけでもかなりの量なのに、私の相談を解決したり、今日はパトロールまでやっている。周りへの気配りが尋常じゃない。
面倒見がいいのは確かだけど、いくらなんでも仕事量が多すぎる。この人のプライベートって、一体どんな感じなんだろう。
「先生って、休みの日はどんなことをしてるんですか?」
考えがまとまるより先に、口から出てしまった。
「いきなりどうしたんですか?」
「いや、その、何となく気になったというか……そんな感じです。別に変な意味とかはなくて」
めちゃくちゃ焦った挙句の早口。何これ。
「そうですか。家でテレビを見たり、気が向けば外出したりするくらいですよ」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます」
いや、何のありがとうございますなんだろう。今日の私、一段とおかしい気がする。どうしてなんだろう。
「何もないようでしたら何よりです。それでは」
「頑張ってください」
そう言って昇降口の反対側へ分かれていった、その次の瞬間。下駄箱の上から段ボールが落ちてきた。文化祭来場者用のスリッパの予備が入ったものだ。
「うんしょっと」
私に当たるはずだったそれを、千夏先生が受け止めてくれていた。
「すみません、結構重いんで、一緒に下ろしてくれませんか」
「わ、わかりました」
「あ、私も手伝います」
実音も手伝ってくれたが、三人がかりでも重たいくらいの量が入っていた。
「ふぅ……ありがとうございます。ではお二人とも、楽しんでくださいね」
「はい、あとありがとうございます」
「いいえ」
先生の「いいえ」は、なんだか間の抜けた声だなと思った。
「なんか千夏先生と色々あったの?」
「うん、まあそんな感じ」
実音がいたことを、すっかり忘れていた。
「じゃあ、次どこ行こっか」
「少し早いけど、うちらの演劇の時間だし、前後のすごい人たちも見てみたいから、ステージ見に行かない?」
「そうね、そうしよ」
私たちは、ステージへと向かった。
*
ステージといっても、体育館だ。外にステージを設置する学校もあるらしいけれど、照明が映えなかったり、観客席が組みにくかったりするので、うちは体育館開催になっているらしい。
中に入ると、ちょうどダンス部の演目が始まっていた。
「へーーー……これはすっごい」
実音が入ってすぐにそう漏らす。
「私にはダンスがすごいってことしかわからないんだけど、どうすごいの?」
「ダンスもそうなんだけど、それ以上に音楽の作りに驚いた。流行りの曲をMPCっていう機械で効果音を出したりミックスしたりして、そのリズムに乗って踊ってるの。音楽のミックスって簡単なことじゃなくて、どの効果音が合うか、盛り上げるか落ち着かせるか、すごく考えなきゃいけないんだけど……」
実音はかなりの音楽好きだ。普段は明るくてさっぱりしているのに、音楽の話になると急に饒舌になる。推しについて語るオタクのそれに近い。
「長い、要約して」
「ダンス部にこんな音響のことができる人がいるのに驚いた」
言われてみれば、たしかにそうだ。ダンス部は連携や立ち位置に意識を割く人が多そうなイメージがあって、曲そのものに手を加えようとする人はあまりいないと思っていた。
たぶん、センターで踊っている高月未来――バックダンサー経験のある彼女の知り合いが、音楽を担当しているんじゃないだろうか。
それにしても、目が離せないダンスだ。切れの良さから見て、ただ楽しんでいるだけじゃなく、日頃の努力が透けて見える。
でも、それだけであそこまで目を引くダンスにはならないはずだ。彼女は手足が長く、プロポーションもいい。自分の身体的特徴の良さを、うまくダンスに落とし込んでいる。
さらに、観客一人一人を見ているかのような視線の配り方や、魅せるための表情作りまでしている。
他のダンス部員も十分うまいけれど、完成度の高さが彼女だけ一段違う。
高月未来。これが、私たちのクラスが張り合おうとしている相手なのかと思うと、正直厳しいものがあるように感じた。
「ダンス部『Dream in』の演目を終了いたします。次は二年D組の『ロミオとジュリエット』です。開演まで少々お待ちください」
とうとう、私たちのクラスの番だ。
ダンス部の宣伝文句に「某有名アーティストのバックダンサー」という一文があったこともあり、そのパフォーマンスに負けないくらいの集客力があったようだ。観客席はほぼ満席。
しかも次の演目は「ロミオとジュリエット」――シェイクスピアの恋愛悲劇。名前すら知らない人は、この場にほとんどいないだろう。その有名補正と、後に控えるMs.FinEの人気も影響しているのか、ダンス部の演目が終わってもほとんど人が席を立たない。
「結構人いるね」
「ほんとそれ。こっちが緊張してきちゃった」
「いや、あんた出ないでしょ」
その気持ちはよくわかる。「ロミオとジュリエット」という有名補正。高月未来率いるダンス部と、Ms.FinEというすさまじいラインナップ。それを思うと、演者にかかるプレッシャーは計り知れない。
「ちょっと心配だから、裏方に行ってみない?」
「うん、そうしようか」
私たちは、観客の期待をひしひしと感じながら、きっと焦っているであろう裏方へと向かった。




