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ジュリエットにはなれなかった  作者: まぎこ


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第5話 答え合わせ

翌日の昼休み。また千夏先生に、というより聞きたいことを聞きに屋上へ向かう。


……昨日からの出来事を振り返るに、私は思っていたよりもわかりやすい人間なのかもしれない、と思うことがあった。


昨日の夕方、久しぶりに父にお願いして買ってきてもらった食材で、私と父の好物であるハンバーグを作っていた。父は好き嫌いがない人だけど、好きな料理はどれも子どもっぽいものばかりだ。たぶん、普段は背伸びして好き嫌いなく見せているだけで、実は苦手なものもあるんだろう。


手を洗ってうがいをして、すぐに夕食を食べる。


「詩子、今日外に出たの?」

「そりゃ学校には行ったよ」

「あーそうじゃなくて、学校以外で、ってこと」

「うん、出たよ」

「そうか……うん、そうか」


そう言うと、父は泣いていた。


「待って待って、どうしちゃったのさ」

「ここ数か月、学校以外は家にこもりっきりで、何かあったんじゃないかって思ってたんだ……それが解決したみたいで、本当に、、、本当によかった」


父は口には出さなかったけど、父なりにずっと私のことを案じてくれていたんだと思う。それが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。


「心配してくれてありがとう、お父さん。ただ、それはそれとして、どうしてそんなことに気づいたの?」

「だって、今日はひき肉が家になかっただろう?」


この人、ちょっと怖いな、と少し思ってしまった。父は記憶力のある人なんだと、今さらながら実感した。下手なことは言えないな、と思った。


今日の登校時。


「おはよ」

「おはよー」


いつも通りの朝。何もない、ごく普通の、そんな朝。不安を感じない朝がこんなに健やかなものだったのかと、今になって思う。


「今日は……いや、今日からは、大丈夫そうだね」

「……うん。ありがとう、セナ」

「? ? ?」


実音は相変わらずの様子だった。気づかれていないなら、心配をかけずに済んだということだ。よかったと思ったけれど、セナはさすがに見かねたのか、


「あんたって子は……。梅干し、してやろうかしら」


セナはニコニコしながら実音に近づいていく。


「ままま待って、ほんと待って!! 当てる、今当てるから待って!!」

「ふーん、そう」


容赦のない構えで近づくセナ。


「最近、詩子に悩みがあったってことでしょ!!!」

「「えっ」」


隠せているつもりはあったわけじゃない。どうしても暗くなったり、葛藤が少し表に出てしまったこともあった。それでも、本当に察しのいい人にしかわからない程度には隠していたつもりだった。


だから、実音にここまで言わせてしまったのは、私の未熟さもあるけれど、何より実音が思っていたより人をよく見ているということなんだろう。


「なーによ、そんな意外そうな顔しちゃって二人とも」

「わかってるじゃん、その通りだよ」

「なーにをー! こんにゃろ!」


そういえば、実音に勉強を教えているとき、吸収の早さには驚かされる。ただ、難しく考えすぎて、基礎的なことをよく間違えちゃったりするんだよなぁ……。残念な子だ、と改めて思わされた。


これからストーカーの悩みはなくなって、元の自分に戻っていく。だからこそ、変な方向に転ばないように気をつけなきゃ。そんなことを思わされる、昨日今日だった。


だからこそ、今、私は千夏先生と向き合わなければいけない。どうやって警察の手に負えなかった問題を解決できたのか。どうして、私では動かせなかった警察を動かせたのか。


それを聞くために、私は屋上の扉を開けた。


そこには、やはり千夏先生が立っていた。いつもは開いていないはずの屋上の扉の向こうに。ただ、その表情はどこか物憂げで、遠くを見つめているような、何かを思わせるものだった。


「屋上はそう何度も来る場所じゃないですし、というか普段はここ、伴が閉まっていて開かないんですよ」

「でも先生はここを開けて、誰か――いや、私を待っていた。つまり先生は、私がここに来ることをわかっていて、開けてくれていたんじゃないですか?」


先生はそれを聞いて、少し笑った。


「私、実は弁の立つ生徒は嫌いじゃないんですよ。よりよい授業ができるし、何よりそういう人とは話していて面白い」

「え、なんですか気持ち悪」

「いや、あの、そういう意味じゃなくて。単純にお気に入りというか、なんかそんな感じで」

「はぁ……まあ、わかりましたけど、あんまりそういうことは言わない方がいいですよ」

「なるほど……気をつけます」


これじゃどっちが先生なんだか。こんなポンコツが本当に解決してくれたんだろうか。いや、それを今から聞きに来たんだった。私も大概ポンコツだ。


「そんなことより聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ええ。数学に関する質問ですか?」

「茶化さないでください。聞きたいことは二つで、一つは、どうして警察を動かせたのかって

いうことです。被害者の私で動かせなかったのに、どうして動かせたんですか?」

「通報しただけですよ」

「いいえ、それじゃ納得いきません。被害者が動かせないことを、たった一人の先生が通報しただけで警察が動くものですか。例えば先生が警察と何か強いつながりがあるとか、そういうこと以外で、今回の事件は動かせないはずです」

「その通りですね。じゃあ、その通りなんじゃないですか?」

「えっ……」


予想していた答えではあった。私の理屈というか、裏付けはそこまで間違っていないと思う。それで

も、実際に自分の推理が的中すると驚いて、一瞬言葉を止めてしまった。


同時に、この人は先生としても人としても変わり者だけど、それだけじゃないということが、はっき

りわかった。


「それだけかな? じゃあ、昼ごはん食べたいのでこの辺で」

「いいえ、まだです。二つあるって言いましたよね」


この人は誤魔化そうとしている。それがはっきりわかった。何かを隠すために話をそらしたり、聞いていないふりをする。その真意まで確かめるほど、頭は回らなかった。


「もう一つは、警察がどうやってその問題を解決したか、です。前に話した通り、私のストーカーは私服警官の存在すら警戒して、先生に相談した昨日まで捕まらなかった。そんな相手を、どうやって捕まえられるようになったんですか?」

「それは簡単な推論ですよ」

「簡単……?」

「本木さん、ストーカー被害の通報は、家からしましたか?」

「ええ、そうですけど」 「だとすると、その男が警察から逃れていた原因は二つ考えられます。一つは、家に盗聴器が仕掛けられていたということ」

「そ、そんな……」

「可能性の話ですよ。まあ、家に帰ったらコンセントの中身とか確認してみてください。通報の連絡は断片的な会話とはいえ、聞けば誰でもわかる内容だったでしょうから。もう一つの原因は、私服警官と犯人がたまたま顔見知りだったという説です。話を聞く限り、かなり警戒心の強い人のようですから、そういうことにもすぐ気づきそうですし」

「なるほど……確かに、前に担当してもらっていた私服警官と違った気がします」

「そうそう。それで、じゃあ私はどう通報したと思います?」

「四時あたりの帰り道に、違う私服警官を行かせるようにした、ということですかね」

「そうそう。やればできるじゃないですか」


なんかムカつくけど、同時に納得もできてしまった。違和感がないわけじゃない。ここまで筋が通ったセリフを、あらかじめ用意されていたような気もする。


いや、考えすぎだろう。元々優秀な数学教師なんだから、これくらいの論理はすぐ組み立てられるはずだ。


それに何より、今は精神的な緊張から解放されたばかりだった。納得できてしまったし、ようやく心置きなく毎日を楽しめるようになる。そのことが嬉しくて、つい気が緩んでいたのかもしれない。


「諸々、納得いたしました。わざわざこんな質問に答えてくださって、ありがとうございます。また何かあったら、助けてください」

「いえいえ。私が役に立たない方が、生徒が良く過ごせている証拠なので。屋上が使われないことを祈っていますよ」


そう言い合って、私は屋上を後にした。


半年近く私を悩ませ続けたその問題は、千夏先生と出会ってから、あっという間に解決されてしまった。


*


本木さんは、これで納得してくれたんだろうか。


彼女ほど、よく人を見て、物事を考えられる人間はそう多くない。むしろ少ない方だろう。今回は運よく、何も気づかれなかった。


僕は一つ、嘘をついた。


警察とつながりがあるというのは本当だ。昔取った杵柄が、今になって役に立っているにすぎない。


もう一つの推論――犯人の行動の仕方については、実際のところただのつじつま合わせだ。僕がズルをして、それをあたかも事前に予想していたかのように、結果論として語っただけ。


そしてもう一つ、隠していることがある。


おそらくこの事件の裏には、何か人間か組織がついている。


ストーカー犯は二十一歳の大学生。私服警官に知り合いがいたわけでもなければ、警官を見分けられるような観察眼や強い警戒心を持ち合わせているわけでもない。特別なスキルを持たない、ただの人間だ。


そんな人間が、半年近くも警察の目を欺き続けられるものだろうか。少なくとも、僕にはそう思えない。


だが、仮にそうだったとして、なぜそんなものが裏についていたのかがわからない。僕はただの教師で、本木さんはただの高校生だ。そんな二人を、なぜ狙う必要があるのか。まるで理解ができない。


とはいえ、まったく心当たりがないわけでもない。


千夏はポケットから木製の懐中時計を取り出し、じっと見つめた。思索、というより――昔のことを思い出していた。そして同時に、理解はしたが、解決の糸口は見えていなかった。


これは考えすぎではない。それだけは確かだ。


これからの一か月、僕はどう過ごしていこうか。


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