第33話 夢ーーー幸福なひととき
夢を見た。
中学一年生の夏休み。長い通院生活の中でも、この十日間だけは特別だった。毎日のように、同じ病室へ通うことができたから。
白い壁に囲まれた、個室。ベッドの上、詩乃が窓の外を眺めながら座っていた。
「今日は何の話、聞かせてくれるの?」
詩乃がこちらに気づいて、目を輝かせる。私が病室に来るたびにいつもこうして、待ちきれないような顔を見せてくれる。それがなんだか誇らしくて、嬉しかった。
「今日はね、去年の運動会の話。リレーのアンカーやったんだ」
「すごい! どんな感じだったの? 最初から詳しく教えて」
身を乗り出すようにして聞いてくる詩乃に、僕は、これまでの学校生活のことを、一つ一つ丁寧に話した。運動会でバトンを受け取った瞬間の緊張。逆転して一位でゴールしたときの歓声。夏休み前のプール授業で、二十五メートル×4の団体戦で活躍したこと。友達数人と近所の神社で肝試しをして、本気で怖かったこと。話せば話すほど、次から次へと、色々な記憶が蘇ってきた。
詩乃は幼い頃からずっと入院していて、外の世界のことを、ほとんど知らない。だからこそ、僕が話すどんな些細な出来事も、詩乃にとっては新鮮で、宝物みたいに大切なものだった。
「いいなあ、プールも肝試しも、私やったことない」
そう呟く声には、羨ましさよりも、純粋な憧れが滲んでいた。
「今度は、塾のことも話してよ」
「うん、約束する」
その日から十日間、毎日のように病室に通った。塾で友達と張り合った話、家族で行った旅行の思い出、飼っていた金魚が死んでしまって泣いたこと。僕が話すことに、詩乃はいつも目を輝かせて耳を傾けてくれた。時には僕が話し疲れて黙り込むと、「それで、それで?」と続きをせがんでくることもあった。
「あなたと話してる時間が、一番好き」
ある日、詩乃がそう言って、はにかむように笑った。
その笑顔を見ていると、こちらまで、自然と笑顔になった。病室の中だけの、小さくて、それでいてかけがえのない時間だった。窓から差し込む夏の光が、ベッドの上の詩乃を、優しく照らしていた。誰にも邪魔されない、二人だけの時間。それがずっと続いていくものだと、疑うことすらしなかった。
そんな幸せな十日間が、静かに過ぎていった。
*
そこで目が覚めた。
また、変な夢を見た。そう思いながら、天井を見上げる。
夢の中の温かさが、まだ胸の奥に残っていた。それなのになぜだろう。目覚めた今、その温かさが、どうしようもなく切ないもののように感じられた。




