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ジュリエットにはなれなかった  作者: まぎこ


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第25話 悩んじゃった

「セナ、今度バスケ部と一緒にカラオケ行くんだけど、一緒に行こうよ」


バレー部の先輩に誘われたのは、放課後のことだった。


「行きます! いつですか?」

「今週の土曜。吉野も来るよ」


吉野先輩も来る。その一言で、頭の中が一気に忙しくなった。


これは、チャンスだ。



土曜日、カラオケボックスの一室には、両部活のメンバーが集まっていた。狭い部屋に十人以上がひしめき合って、それだけでもう賑やかだった。順番にマイクが回り、誰かが歌うたびに、盛り上がったり茶化されたりを繰り返す。私も、いつも通り明るく振る舞いながら、何曲か歌った。


「セナ、意外と歌うまいじゃん」

「でしょでしょ、もっと褒めて!」

「調子乗るなって!」


そんなやり取りに笑いながらも、視界の端では、ずっと吉野先輩の位置を確認していた。


何順かしたところで、席替えのタイミングがあった。さりげなく、吉野先輩の隣に移動する。


「セナちゃん、隣失礼」

「はい、もちろんです!」


内心、心臓がバクバクしていた。でも、顔にはできるだけ出さないようにした。


「セナちゃんって、最近色々忙しそうだよね」

「え、わかります?」

「なんか悩み事でもありそう」


いきなり話しかけられて、思わず動揺してしまった。


「い、いえ! 悩みっていうか、最近、友達の相談にも乗ってるんですよね」

「へえ、相談? どんな感じの」

「色々です! 恋愛とか、進路とか、部活のこととか」

「セナちゃん頼りにされてるんだね」

「そうなんです、最近ちょっと忙しいくらいで」


先輩の関心が、こっちに向いている。それが嬉しくて、つい口が軽くなった。


「あと最近だと、親友の家庭の事情とかも知っちゃって……実は生活保護受けてるらしくて、お父さんがパチスロ通いしてて」


言った瞬間、しまった、と思った。


でも、言葉は、もう口から出てしまっていた。


「そう、なんだ。大変だね」


先輩は、それ以上深くは触れず、軽く相槌を打っただけだった。話題はすぐに、他の部活の噂話へと移らせた。


「そんなことより、この前の借り物競争で岩本先輩を連れてった女の子、どうなっちゃってるんですか!?」

「ああ、岩本の推しね。それがあいつ可愛い可愛いうるさくて」

「〜(カラオケ歌い中)〜〜 My Love~~~」

「ほらね」


噂をすれば何とやら。私たちはクスッと笑った。ほっとしたのも束の間、視線の先、吉野先輩の反対隣に座っていた、同じクラスの女子と、目が合った。


聞かれた。


そう気づいたときには、もう遅かった。


その子は、特に何かを言うでもなく、すっと視線を逸らした。それが、かえって不安を煽った。深い意味なんてなかったはずだ。ただの世間話の延長で、口にしただけだった。それでも、実音の名前を出さなかったことだけが、せめてもの救いのように思えた。


カラオケはその後も続いたけれど、私は、さっきの一瞬のことが、頭の隅からずっと離れなかった。



○



放課後、学校からまっすぐ向かうのは、家からほど近い町中華だ。年季の入った赤い看板と、いつも湯気の立っている中華鍋。学校とはまったく違う匂いに包まれると、不思議と気持ちが切り替わる。


「実音ちゃん、今日もよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


エプロンを着けて、厨房の奥で洗い物を始める。ランチタイムが終わったばかりの店内には、まだ油と醤油の混ざった匂いが漂っていた。


このバイトを始めたのは、去年の春だった。求人の張り紙を見つけて、その場で電話をかけた。親の同意書は、自分で書いた。父に頼むとバイト代がパチンコに使われてしまいそうだったからだ。今でもバイトしていると気づかれないよう、バイト代で何かを買い、家に買った物を置くことをあまりしていない。


初めての出勤の日、緊張しながら皿洗いをしていた私に、店長がぽつんと小皿を差し出してくれたことを、今でも覚えている。


「はい、賄い。まずは食べて」


余り物の野菜炒めと、小さく切った鶏肉。それだけの、なんてことのない一皿だった。慣れない仕事で強張っていた肩から、少しだけ力が抜けたのを覚えている。


けれど、一口食べた瞬間、驚くくらい美味しかった。


人が作った料理って、こんなに美味しいんだ。


家では、簡単な自炊ばかりだった。手間をかけた温かい料理を、誰かに出してもらうという経験自体、あまり多くなかったのかもしれない。あの日の味は、今でもはっきりと覚えている。あれ以来、賄いの時間が、地味に一日の楽しみの一つになっている。


バイト代の使い道は、大体決まっている。友達との遊び、修学旅行の自由行動での食事代、たまに買う新しい服。誰かに頼らなくても、自分の力で、やりたいことができる。それが、なんだか誇らしかった。先月は、貯めたお金で、詩子とセナと三人でちょっと贅沢なパンケーキ屋さんに行った。あのときの二人の笑顔を思い出すと、稼いだ分の疲れなんて、すぐに吹き飛んでしまう。


セナや詩子という、気の置けない友達にも恵まれている。特待生として入学できたくらいには、勉強も苦手じゃない。授業料の一部が免除になっているぶん、家計への負担も少し軽くなっている。家庭の事情は、たしかに人よりちょっと複雑かもしれないけれど、それだけで自分の人生を「可哀想」だと思ったことは、一度もなかった。


私の人生は、それなりに順調だと思う。


父のことで、正直、思うところがないわけじゃない。それでも、学校では気の合う友達がいて、自分の力で稼いだお金で好きなことができて、勉強だって、努力すればちゃんと結果がついてくる。誰かに同情されるような人生だとは、自分では思っていなかった。むしろ、色々な事情を抱えながらも、それなりにうまくやれている方だと思う。


厨房から、店長の威勢のいい声が響く。


「実音ちゃん、こっちの皿、そろそろお願い!」

「はーい、今行きます!」


エプロンの紐を締め直しながら、私は今日も、いつも通りの一日を過ごしていた。窓の外はもうすっかり夕暮れで、店の中には、相変わらず美味しそうな匂いが満ちていた。

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