第23話 友達のために…って、あれ?
まずは詩子に時計の力を使ってみた。
頭の中に、情報が流れ込んでくる。学食の窓際の席。そこに座る詩子。少し離れた席から、こちらをちらちら見ている小山内。二人が、何気ない会話を交わしている光景。楽しそうに笑い合う二人の姿が、妙に印象に残った。
詩子って、小山内のこと……?
正直、意外だった。幼馴染で、たまに家に泊まったりしてる、くらいの認識しかなかったから。それでも、あの光景を見た限り、何か縁があるのは間違いなさそうだった。
だったら、力になってあげたい。せっかくこの時計があるんだから、親友の恋を応援するくらい、してもバチは当たらないはずだ。
翌日の昼休み、詩子を捕まえて、さりげなく切り出した。
「詩子、今日は学食だったよね。席どうする?」
「え、いつも通りでいいけど」
「じゃあさ、校庭側の奥から三番目の端の席、あそこ座ってみない?」
「なんで急にそんなピンポイントな指定?」
「なんとなく! 今日はそこがいい気がするの」
「セナの勘、たまに当たるからなあ」
「でしょ? 信じてみなって」
「よくわかんないけど、まあいいよ」
「やった、決まりね!」
詩子は、特に疑う様子もなく、素直に頷いてくれた。こういうとき、詩子の素直さには本当に助けられる。
昼休み、指定した席に詩子が座ると、案の定、少し離れたテーブルに小山内の姿があった。
「あ、詩子」
「あ、小山内。奇遇だね」
「ほんとだな。今日学食なのか、珍しいじゃん」
「父が体調悪くてね」
「そうなんだ。じゃあ、隣座ってもいい?」
「うん、いいよ」
「文化祭以来、というより最近あんまゆっくり話せてなかったよな」
「たしかに、そうかも」
二人は、そのまま何気ない世間話を始めた。作戦成功、と心の中でガッツポーズをする。
こういうの、なんかいいな。
親友の恋を後押しできるなんて、これ以上に嬉しいことはない気がした。時計があれば、こんなことまでできてしまう。私って、意外といい仕事してるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、少し離れた場所から、二人の様子をこっそり眺めていた。
「セナ、こっちおいでよ!」
詩子が、こちらに気づいて手招きしてくる。
「今行く!」
私は、満足げな気持ちのまま、二人のもとへ駆け寄っていった。うまくいったときの、この感じ。何度味わっても、癖になりそうだった。
*
学校が終わって、家に着いた。
自分の部屋でカバンを置きながら、ふと思う。実音にも、まだ時計を使ったことがなかった。詩子の未来を見たときは、あんなにいい結果につながったんだから、実音にも同じことをしてあげたい。
対象は、実音。
ベッドに寝転がって、文字盤に触れる。今日はもう何度目の使用だろう。頭の芯が、少しずつ重くなってきているのを感じたけれど、気にせず続けた。
頭の中に、情報が流れ込んでくる。
薄暗い、狭く、少し散らかっている部屋。テーブルの上に、封筒がいくつか置かれている。役所からの通知らしい文字が、ちらりと見えた。茶色の封筒には現金が入っているようだった。台所の隅には、値引きシールの貼られた食材の袋が積まれていた。
え……?
続けて、玄関先の光景が流れてきた。上着を羽織った父親らしき人が、財布を手に、出かけようとしている。
「ちょっと出かけてくる」
「お父さん、待って。お願いだから、今月はもう打ちに行かないで」
「うるさいな、少しくらいいいだろ」
「この前も同じこと言って、結局……」
「いいから、心配すんな」
「お父さん!」
「うるさいって言ってるだろ!!」
「……」
実音が、必死に父親を引き止めようとしている。声が震えているのが、映像越しでもわかった。父親は、それを軽く振り切って、玄関を出ていってしまう。
一人残された実音が、その場にしゃがみ込んで、俯いている姿で、映像は途切れた。
しばらく、何も考えられなかった。
実音は、ずっとこれを一人で抱えてたの?
いつも通り、明るくて、少し天然で、たまに男気のある実音の顔が、頭の中に浮かんでは消える。あの実音に、DVな父と貧困な家庭という、重たいものが隠れていたなんて、想像したこともなかった。「詩子は最近身体の成長もすごいし」なんて、あんなに軽い調子で喋っていたときも、心のどこかでは、その成長が羨ましいとか思っていたのかもしれない。
面白がるような気持ちなんて、微塵も湧かなかった。ただ、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「だから実音は家に呼んでくれなかったのか」
――そんなことにも、今さらのように思い当たった。
どうすればいいんだろう。
知ってしまった以上、何も知らなかったふりをするのも、なんだか違う気がする。かといって、いきなり「大変だったね」なんて言うのも、実音を傷つけてしまいそうだった。何をどう伝えれば、実音を追い詰めずに済むのか、まったく見当がつかなかった。
「……どうにかしてあげたいな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
「私にできることって、なんだろ」
天井を見つめながら、もう一度、口に出してみる。答えは、簡単には出てこなかった。それでも、このまま何もしないでいることは、もうできそうになかった。実音のために自分に何ができるのか、ぼんやりと考え始めていた。




