第22話 順調だけど、友達のために使いたい
運動会から数日経った今も、あの日の余韻が続いている気がする。
昼休みになるたびに、教室には誰かしら相談を持ってきた。恋愛のこと、部活のこと、進路のこと。最近では、一年生や三年生からも声をかけられることが増えていた。
「古高先輩、ちょっといいですか」
そう言って話しかけてきたのは、見覚えのない一年生だった。先輩、と呼ばれることにも、もうすっかり慣れてしまった。
「はいはい、どうしたの?」
「部活の先輩と、うまくいかなくて……」
「ふむふむ、詳しく聞かせて」
時計をこっそり使って、さらっと未来を確認する。頭の中に流れ込んでくる情報を整理して、それらしいアドバイスを返す。
「来週あたり、その先輩から話しかけてくると思うよ。そのときに、素直に思ってること伝えてみたら?」
「そう、なんですか。やってみます!」
「うん、頑張って」
後輩は何度もお礼を言って去っていった。こういうやり取りが、もう当たり前になっていた。
入れ替わるように、また別の一年生が話しかけてくる。
「あの、恋愛のことで相談したいんですけど……」
「いいよ、聞かせて聞かせて」
「デート場所、二つで迷ってて」
「じゃあ、どっちも見てみようか」
さらっと時計を使って、それぞれの未来を確認する。
「元町・中華街は、現状のまま多分楽しめるんじゃないかな。江ノ島は、帰りの電車でどれくらい楽しく会話ができるかにかかってるな。」
「そうなんですね……ありがとうございます!」
「セナ先輩、私も相談いいですか」
「もちろん、順番に聞くから並んでて〜」
三年生からの相談も、一件や二件じゃなくなっていた。
「古高さん、部活のことで相談があるんだけど、いいかな」
「はい、大丈夫です! どうしました?」
「後輩のモチベーションが下がってて、どう声かけたらいいか……」
「ちょっと待ってくださいね……あ、それなら、次の練習試合前に声かけるのがいいと思います」
「そっか、参考になった。ありがとう」
「二年の古高さんに聞くといい」という噂が、学年の壁を越えて広まっているらしい。廊下ですれ違うだけの先輩から、軽く会釈されることも増えた。
「古高さん、この前はどうも」
「あ、先輩! いえいえ、全然」
吉野先輩とも、あれから何度か話す機会があった。借り物競争のお礼を言われたのをきっかけに、廊下で立ち話をするくらいの仲にはなれていた。
「この前はありがとう、助かった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです」
「今度、お礼に何か奢るよ」
「え、いいんですか! 楽しみにしてます」
たったそれだけのやり取りでも、心臓がぎゅっと締め付けられる。焦らなくても、この調子でいけば、きっと近づいていける。そんな確信めいた予感があった。
正直、全部が上手くいっている気がする。
相談に乗れば感謝される。悩みは的確に解決できる。好きな人との距離も、少しずつ縮まっている。何一つ、失敗した記憶がなかった。
時計さえあれば、私は失敗しない。
そんな考えが、いつの間にか、当たり前のように頭の中に根付いていた。
*
夢を見た。
誰かの人生を、順番になぞっていくような夢だった。
生まれたと同時に、母親が死んでしまう。父親は優しくて、いつも娘を励ましてくれるけれど、時々ひどく心細そうな顔をする。
「お前ができない人間なんてこと、絶対にありえないんだよ」
酔った父親が、そう繰り返し言う場面があった。娘は、それを黙って聞いている。
自分が生まれたせいで母が死んだ、という罪悪感を、ずっと抱えているみたいだった。
小学校に上がると、明るい女の子と出会う。
それが、私だ。
「よろしくね!」
「……うん、よろしく」
少し人見知りするような、控えめな笑い方をする子だった。
しばらくして、転校生の女の子とも出会う。
「今日から転校してきました」
「一緒に遊ぼうよ!」
三人で、ずっと一緒に過ごすようになる。中学に上がっても、その関係は変わらなかった。修学旅行の夜、枕を並べて、他愛のない話をしたことも、この夢の中にはっきりと映っていた。卒業して、高校に進んで、それから――
*
そこで、目が覚めた。
天井を見つめながら、しばらくぼんやりしていた。それから、思い出す。
これは、中学の修学旅行の夜、みんなで枕を並べて話したときに聞いた、詩子の話だ。
そうか、あれは詩子のことだったのか。
「ああ見えてヘビーな女子だよなぁ」
なんで今さら、こんな夢を見たんだろう。布団の中で、しばらく考え込んでしまった。
「……私、時計を手に入れてから、何に使ってきたっけ」
一人、呟いてみる。指折り数えるように、これまでのことを振り返ってみた。
吉野先輩のこと。相談に来る人たちのこと。自分の評判のこと。人間関係のこと。数えてみれば、全部、自分のために使ってきた気がする。相談だって、誰かのためというより、頼られる自分が嬉しかっただけなんじゃないか。そう思うと、なんだか少し、複雑な気持ちになった。
「詩子と実音には、一回も使ってない」
ぽつりと、また呟く。
せっかくの力なのに、一番大事な二人には、まだ何もしてあげていなかった。考えてみれば、変な話だ。他人の相談にはあんなに時間を使っているのに、一番近くにいる親友たちのことは、後回しにしていた。
「……二人にも、使ってみようかな」
親友のためなら、これくらい、してあげてもいいはずだ。そう思うと、なんだか少しだけ、心が温かくなった。
「よし、決めた」
自分に言い聞かせるように、そう口にした。詩子と実音、二人がこれから、どんな毎日を送っていくのか。少しでも力になれることがあるなら、なってあげたい。そんな、単純な気持ちだった。




