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ジュリエットにはなれなかった  作者: まぎこ


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第20話 吉野先輩とお近付きになりたい!

放課後、下駄箱のところで声をかけられた。振り返ると、見覚えのない先輩が立っていた。制服のリボンの色からして、三年生だとすぐにわかった。


「はい、なんでしょう?」

「噂で聞いたんだけど……相談に乗ってくれるって、本当?」

「相談? 私にですか?」

「うん。二年の子から聞いたの。古高さんに相談すると、なんか色々うまくいくって」


三年生からの相談なんて、初めてだった。私の噂が、ついに上級生にまで届いちゃったんだ。


「もちろんです、なんでも聞いてください」


努めて冷静な顔を作りながら、内心ではかなり驚いていた。三年生の悩みを解決したなんて話が広まれば、また私の評判が広まる。二年の教室から、三年の校舎まで、私の噂が伝わっていったのかと思うと、なんだか不思議な気分だった。そんなつもりなかったんだけどなあ。


相談の内容は、部活の後輩とのトラブルだった。


「私たち、あまり後輩に強く言えなくて、練習メニューがなあなあになっちゃってるんだ。どうしたらいいかな?」

「ほうほう、そうなんですね。私たちってことは、3年生の皆さんが、ってことですか?」

「そうそう!」


質問で引き伸ばしている間に時計を使って、さらっと未来を確認する。誰にも気づかれないように、さりげなく文字盤に触れる。数分後には、それらしいアドバイスをひねり出せていた。


「たぶん、来週あたり話し合いの機会が来ると思うので、そこで素直に気持ち伝えてみてください。きっとうまくいきますよ」

「そう、なんだ。ありがとう、助かる」


先輩が去っていくのを見送りながら、私はしばらく、ぼんやりとその背中を眺めていた。


三年生か。三年生といえば、あの人も三年生だ。


吉野先輩。バスケ部のエース。廊下ですれ違ったり、部活の休憩中にトイレに行く途中にたまたま出くわしたりする時、体育館の利用時間を相談しにいったりする時、心臓がちょっとだけ跳ねる。


今まで、そんな気持ちは自分の中だけにしまい込んで、遠くから眺めるだけだった。告白なんて、想像しただけで胃が痛くなる。振られたらどうしよう、今の関係が気まずくなったらどうしよう――そんな不安が、いつも一歩を踏み出すのを邪魔してきた。


でも、待てよ。


私の手には、未来が見える時計がある。


これって、他人の相談を解決するためだけに使うのは、もったいなくない?


好きな人と付き合えるかどうかだって、これで確認できるんじゃないの。

え?もしかしてワンチャンある?


その思いつきに、自分でも笑ってしまった。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。よっしゃ!!


その夜、部屋のベッドに寝転がりながら、時計を握りしめた。対象を絞る。吉野先輩。期間は、これから一か月くらい。


頭の中に、情報が流れ込んでくる。夕暮れの渡り廊下。誰かと二人で歩いている光景。それが自分なのか、他の誰かなのか、断片的すぎてよくわからなかった。


もっと詳しく見るには、もっと絞り込まないといけないらしい。頭がじんわりと重くなる。今までの相談みたいに、パパッと見て終わり、というわけにはいかなさそうだった。それでも、不思議と苦にならなかった。


「どうやったら、付き合えるかな……」


一人、天井を見上げながら呟く。これまでの相談とは、少し違う種類のワクワクが、胸の奥に生まれていた。人の悩みを解決するのも楽しかったけど、自分自身の未来を、自分の手で切り開けるかもしれないっていうのは、それ以上にドキドキすることだった。



○



運動会が近づき、クラスの空気は少しずつ浮足立っていた。放課後、体育館の前を通ると、応援団の練習をする声が響いてくる。準備期間はまだ短いのに、みんなどこか楽しそうだった。


ホームルームの時間、教卓に貼られた模造紙には、運動会の種目一覧がずらりと並んでいた。


「じゃあ、順番に決めていくよー。まずは百メートル走、走りたい人!」


学級委員の号令に合わせて、次々と手が挙がっていく。


「次、二人三脚! ペア希望も一緒に教えてね」

「はーい! 詩子とやる!」


実音が真っ先に手を挙げた。二人三脚のペア決めで、しばらく教室がざわついた。


「じゃあ次、綱引き。これは人数多めに必要だから、とりあえず希望者から」

「私、去年もやったから今年もやる!」

「私も入れて〜」


そんな調子で、種目が一つずつ埋まっていく。窓の外では、体育の授業でグラウンドを走る他クラスの声が、賑やかに響いていた。


「棒倒しは、去年結構怪我人出たから、今年は運動部優先でいくね」

「え、待って、私出たいんですけど」


不満げな声を上げたのは、去年、パン食い競争に飛び入りで立候補して、審判にまで文句を言っていたクラスメイトだった。運動会の変わり種競技には、毎年誰かしら物好きが集まる。


そういえば、と思う。


セナは、去年もその前も、こういう変わり種の種目に真っ先に手を挙げるタイプだった。仮装リレーだの、大玉転がしだの、目立つ種目があれば飛びついていた記憶がある。去年の仮装リレーでは、なぜか着ぐるみを自作してまで参加していた。あのときの気合いを思えば、今年も何かしら立候補しそうなものだった。


でも、今日のセナは、やけに大人しかった。


「セナ、なんか出たいのないの? いつもなら真っ先に手挙げてそうなのに」


隣の席から、小声で聞いてみる。


「んー、特にないかな。今回はパス」


そう言って、セナはあっさりと笑った。理由らしい理由は、何も語られなかった。


珍しいな、と思う。あれだけ賑やかなことが好きなセナが、種目決めにここまで興味を示さないなんて。体調でも悪いのかと思ったけど、顔色は普段通りだったし、休み時間のおしゃべりもいつも通りだった。何かあったのかと聞きたい気持ちもあったけれど、あまりに自然な様子だったので、聞くタイミングを逃してしまった。


「じゃあ最後、借り物競争。これも希望者いる?」

「はーい」

「はい、私も」


数人が手を挙げる中、セナは何も言わずに、机の上で頬杖をついていた。ノートの端に、意味もなく丸を描き続けている。その横顔を、私は少しの間、じっと見ていた。いつもなら、こういう競技こそ真っ先に飛びつきそうなのに。


「セナは借り物競争、興味ないの?」

「うーん、なんか今回はいいかなって。誰かに任せるよ」


そう言って、セナはノートから顔を上げないまま笑った。それ以上、深い理由は語られなかった。


なんとなく引っかかるものはあったけれど、深く考えるほどのことでもない気がして、私もそれ以上は聞かなかった。


種目一覧は、そのままするすると埋まっていき、ホームルームは終わった。

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