第19話 占い屋へ相談しよう
セナに時計を渡した翌々日から、私は学校へ戻った。
教室に入ると、いつも通りの朝だった。誰も、私が一週間休んでいた理由を、根掘り葉掘り聞いてこなかった。「おかえりー」「体調どう?」くらいの、軽い挨拶ばかり。それが、ありがたくもあり、少しだけ寂しくもあった。
先生が死んだのに。世界は、こんなにも変わらず回っている。
「詩子、久しぶり! もう大丈夫なの?」
「うん、もう平気。心配かけてごめんね」
「全然、気にしないで。無理しないようにね」
実音とも、そんな短いやり取りを交わした。それ以上、詳しいことは聞いてこなかった。セナが、あらかじめ何か話してくれていたのかもしれない。
数学の授業になると、教壇に立つのは知らない代理の先生だった。当たり前だ。千夏先生は、もういないのだから。それでも、教室の空気は、いつも通りに進んでいく。黒板の文字も、生徒たちの私語も、何もかもが、以前と同じだった。
その事実に、また少しだけ、胸の奥が締め付けられた。
昼休み、教室に戻ると、なんだか人だかりができていた。教室の後ろの方から、賑やかな笑い声が漏れ聞こえてくる。
「なになに、何やってんの」
近づいてみると、セナが自分の机の上に、紫色の薄い布を広げていた。その上には、透明なガラス玉が一つ、でんと置かれている。手作りなのか、机の脇には「占いの館・セナ」と書かれた画用紙の看板まで立てかけてあった。
「詩子、いいところに! ちょっとこれ見てよ」
「え、何それ」
「占い屋。今日からやることにした」
「はあ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「昨日ね、ふと思ったの。あの時計、未来が見えるなら、これ使って占いっぽいことすれば絶対盛り上がるじゃんって」
「いや、それは、思いつきが飛躍しすぎじゃない?」
「いいの、こういうのはノリだから!」
セナは、水晶玉を両手で持ち上げるようにして構え、目を閉じた。周りのクラスメイトが、興味津々でそれを見守っている。
「さあさあ、次の人、悩み事はなあに?」
「明日の小テスト、赤点回避できますか?」
「うーん……」
セナは、しばらく黙って何かを考え込むような仕草をしたあと、にっこりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと復習すれば余裕だよ!」
「え、それただの励ましじゃん!」
どっと笑いが起きる。セナは満足そうな顔をしていた。次から次へと、クラスメイトが順番待ちの列を作っている。「恋愛運見て!」「部活のレギュラー取れるか教えて!」と、みんな楽しそうに順番を待っていた。
正直、何が起きているのか、よくわからなかった。あの時計は、そんな軽々しく使っていいものなんだろうか。それでも、セナがあまりに楽しそうにしているので、口を挟むタイミングを失ってしまった。
「セナ、今日も占い屋やるの?」
「もちろん! 明日はもっとグッズ増やす予定」
「グッズって、何を増やす気なの」
「タロットカードとか! 雰囲気大事でしょ」
「そのために結構お金かかってない?」
「これくらい、全然余裕余裕」
そう言って笑うセナは、いつも通りの、明るくて調子のいいセナだった。それでも、水晶玉の向こうで時折見せる真剣な横顔に、少しだけ、いつもと違う何かを感じた。
わずか一日で、こんなに堂々と時計を使いこなしているセナを見て、私は思う。
私よりも、セナの方がずっと、この時計と相性がいいのかもしれない。時計を渡してから、まだ一日しか経っていないのに、もうすっかり自分のものにしてしまったみたいだった。
○
古高セナです。性格は、まあ、見ての通り。深く考えるより先に、身体が動いちゃうタイプ。友達からは「考えなし」ってよく言われるけど、悪気があるわけじゃないんだよね、これが。その場のノリと勢いで生きてる、っていうのが一番しっくりくるかもしれない。
詩子から時計を預かって、もう二週間くらい経つ。あのときは軽い気持ちで「私が預かろうか」って言ったけど、まさかこんなに毎日活躍することになるとは思ってなかった。
占い屋、始めて一週間くらいで、正直ちょっと飽きてきた。
紫色の布とか水晶玉とか、あの雰囲気作りが楽しかったんだけど、毎日同じ格好して同じようなセリフ言ってると、さすがに単調になってくる。「さあさあ、次の人〜」ってやつ、自分で言ってて恥ずかしくなる日もあった。
「セナ、占い屋やめちゃうの?」
「うーん、あの派手な感じはもういいかなって。でも、相談自体は続けるよ」
小道具は片付けたけど、休み時間に相談を持ちかけられることは、変わらず続いていた。むしろ、水晶玉や紫の布がなくなった分、気軽に話しかけられるようになった気さえする。
「セナ、ちょっといい? 部活のことで悩んでて」
「いいよいいよ、聞かせて」
昼休み、教室の隅で話を聞く。バレー部の後輩が、レギュラー争いで焦っているという相談だった。時計をこっそり取り出して、対象を絞って未来を覗く。誰にも見えない範囲で、さっと。頭にどっと情報が流れ込んでくる感覚には、もうすっかり慣れていた。
「今のレギュラー争い、あと一週間くらいで動きあるよ。ここで諦めないで、練習量だけは落とさない方がいい」
「ほんとに? わかった、頑張ってみる」
翌週、その子が本当にレギュラーを掴んだと報告に来た。
「セナのおかげだよ、ありがとう!」
「いやいや、あんたが頑張ったからでしょ」
そう返しながらも、内心では、ちょっとだけ得意な気持ちになっていた。
こういうことが、一つ、二つと積み重なっていく。恋愛相談、友達関係の悩み、進路のこと。そのたびに、時計をこっそり使って、それっぽいアドバイスをする。当たる確率は、正直かなり高かった。当たり前だ、実際に未来を見てるんだから。
「進路の三者面談、どうしよっかずっと迷ってて」
「志望校、二つで悩んでるんだよね? 片方は、来週の模試の結果次第で先生の反応変わってくるよ。今のうちに過去問、多めにやっといた方がいいかも」
「マジで? やってみる、ありがとう!」
そんなやり取りを重ねるうちに、「あの子に相談すれば、なんとかなるらしいよ」という噂が、いつの間にか広まっているのに気づいた。他クラスの子からも声をかけられるようになったのは、そのすぐあとだった。
知らない後輩にまで声をかけられたときは、さすがに驚いた。「古高さんですよね? 相談があるんですけど……」なんて、廊下で呼び止められる日が来るなんて、少し前までは想像もしていなかった。
正直、悪い気はしなかった。むしろ、結構いい気分だった。
みんな、私を頼ってくれる。私の言葉で、誰かの悩みが軽くなる。それって、なんかすごいことなんじゃないかって、思い始めていた。
私って、結構すごくない?
もちろん、時計のおかげだっていうのはわかってる。それでも、この力をうまく使えているのは、自分なんだって、そんな気持ちが、日に日に膨らんでいった。
廊下ですれ違うだけの、名前も知らない後輩から会釈されることも増えた。以前だったら気にも留めなかったようなことが、今は妙に嬉しかった。もっと色んな人の力になれたら、もっと色んな悩みを解決できたら――そんなことを、休み時間のたびに考えるようになっていた。




