第11話 愛が世界を救う
第11話 愛が世界を救う
結婚式の日の朝は、驚くほど穏やかだった。
窓を開けると、柔らかな風が部屋へ流れ込んでくる。
白百合の香りだった。
離宮の庭だけではない。
王都中に百合が咲いている。
まるで今日という日を祝福するために世界が花を咲かせたようだった。
エルサは窓辺に立ち、その光景を見つめていた。
胸の奥が少しだけ緊張している。
だが不安ではない。
幸せな緊張だった。
「エルサ様」
侍女たちが入ってくる。
「お支度のお時間です」
「はい」
鏡の前に座る。
金色の髪を丁寧に梳かれる。
白百合を模した髪飾り。
銀の細工。
淡く輝く真珠。
そして運ばれてきた花嫁衣装に、エルサは思わず息を呑んだ。
純白だった。
雪のように白い絹。
月光のような銀糸刺繍。
裾には百合の花が咲き誇っている。
触れると驚くほど柔らかい。
「綺麗……」
思わず呟く。
侍女たちが微笑んだ。
「殿下が半年かけて準備されたそうです」
「半年も?」
「誰にも妥協なさらなかったとか」
エルサは思わず笑ってしまった。
不器用な人だ。
本当に。
やがて大聖堂へ向かう時間になった。
扉が開く。
祝福の鐘が響いた。
澄み切った音色。
人々の歓声。
花びらが舞う。
大聖堂へ続く道には何万人もの人々が集まっていた。
「聖女様!」
「おめでとうございます!」
「幸せになってください!」
誰もが笑顔だった。
エルサは歩きながら胸が熱くなる。
昔の自分では想像もできない光景だった。
愛されている。
祝福されている。
それが信じられないほど嬉しい。
大聖堂の扉が開いた。
光が差し込む。
天井まで届く巨大な柱。
白百合で埋め尽くされた祭壇。
甘く清らかな香りが漂う。
そして祭壇の前に立つ一人の男性。
アルベルトだった。
白銀の礼装。
胸には王家の紋章。
いつもより少し緊張しているように見える。
その姿に思わず笑みが零れた。
アルベルトもエルサを見た瞬間、言葉を失っていた。
「綺麗だ」
小さく呟く。
それだけで十分だった。
エルサの頬が赤くなる。
祭司が微笑んだ。
「お二人とも、少し落ち着かれてはいかがですかな」
参列者たちから笑いが起きた。
そして式が始まる。
誓いの言葉。
祈り。
祝福。
全てが温かい。
やがて指輪交換の時が来た。
アルベルトがエルサの左手を取る。
大きく温かな手。
初めて国境で抱き上げてくれた時と同じだった。
「エルサ」
「はい」
アルベルトの声が少し震えている。
「君を幸せにする」
真っ直ぐな瞳。
「毎日だ」
「……はい」
「一生だ」
エルサの目から涙が零れた。
「はい」
指輪がはめられる。
銀色に輝く指輪。
内側には小さな百合の刻印。
今度はエルサが指輪をはめる番だった。
「アルベルト様」
「何だ」
「私も幸せにします」
会場が少しざわめく。
花嫁が言う言葉ではない。
だがアルベルトは笑った。
「期待している」
そして祭司が告げる。
「誓いの口づけを」
静寂。
アルベルトがゆっくりとエルサを引き寄せる。
優しく。
大切な宝物を扱うように。
唇が触れた。
その瞬間だった。
世界が光に包まれた。
轟音ではない。
悲鳴でもない。
まるで春風のような光だった。
柔らかく。
温かく。
優しく。
光が大聖堂を満たす。
人々が息を呑む。
窓から溢れた光は王都へ広がった。
さらに国境を越える。
山を越える。
森を越える。
川を越える。
世界中へ。
「これは……」
「奇跡だ……」
誰かが呟いた。
荒れ果てていた土地に緑が芽吹く。
枯れた木々に新芽が生まれる。
濁った川は透き通った清流へ変わる。
荒廃した光の王国にも光は届いた。
焼け焦げた大地。
崩れた村。
枯れた畑。
そこにも命が戻っていく。
人々は涙を流した。
「聖女様だ……」
「本物の奇跡だ……」
誰も見たことのない光景だった。
そしてエルサは理解した。
愛だった。
この奇跡を起こしたのは。
感謝。
信頼。
優しさ。
思いやり。
そして何より。
一人の男性から向けられた、揺るぎない愛。
それが彼女の力を世界規模の奇跡へ変えたのだ。
光が静かに収まる。
大聖堂にはすすり泣きが広がっていた。
感動しているのだ。
誰もが。
アルベルトはそっとエルサを抱き寄せた。
温かい胸。
安心できる場所。
「アルベルト様」
「何だ」
「幸せです」
アルベルトは少し笑った。
そして耳元で囁く。
「生涯かけて愛そう」
その言葉を聞いた瞬間。
エルサは笑った。
心から。
涙を流しながら。
かつて愛されず枯れかけていた少女はもういない。
ここにいるのは。
世界で最も幸福な聖女だった。
大聖堂の外では白百合が風に揺れている。
祝福の鐘が鳴り響く。
人々の歓声が空へ昇る。
そしてエルサは知っていた。
もう二度と枯れることはない。
愛されることを知ったから。
愛することを知ったから。
永遠に。
その光を失うことはないのだと。




