第10話 崩壊
第10話 崩壊
その日、光の王国の空は真っ黒だった。
朝なのに暗い。
太陽は厚い雲に隠れ、冷たい風が王都を吹き抜けている。
かつて人々が誇った光の王国。
聖女の加護に守られた豊かな国。
その面影はもうどこにもなかった。
王宮の塔の上から街を見下ろしながら、レナードは青ざめた顔で立ち尽くしていた。
遠くで煙が上がっている。
悲鳴も聞こえる。
鐘が鳴り続けていた。
警報の鐘。
終わりを告げる鐘。
「南門が突破されました!」
騎士が駆け込んでくる。
「西区画も魔獣が侵入!」
「住民の避難が追いつきません!」
レナードは返事もできなかった。
次々と届く報告。
全て最悪だった。
結界は完全に消滅。
魔獣は王都内部まで侵入。
市場は閉鎖。
食料不足。
疫病患者は増加。
暴動も発生している。
わずか数か月前まで平和だった国が、音を立てて崩れていく。
「どうしてこうなった……」
レナードの声は震えていた。
答えは分かっている。
だが認めたくなかった。
その時だった。
窓の外から怒号が響く。
「王家を引きずり出せ!」
「エルサ様を追放した責任を取れ!」
「この国を返せ!」
民衆だった。
王宮の前には数千人が集まっている。
石が飛ぶ。
怒鳴り声が響く。
かつて王子を称賛していた人々だ。
だが今は違う。
憎しみしかない。
レナードは窓から離れた。
足元がふらつく。
恐怖だった。
生まれて初めて味わう恐怖。
そこへまた扉が開く。
今度は王国監査院の役人たちだった。
表情は固い。
「レナード殿下」
「何だ」
「王国議会の決議が出ました」
嫌な予感がした。
胸が冷える。
「王位継承権を剥奪します」
静かな声だった。
だが雷よりも重かった。
「……は?」
「王国崩壊の責任者として認定されました」
「馬鹿な!」
レナードは机を叩いた。
「私は王子だぞ!」
「元王子です」
役人は淡々としていた。
「議会と貴族会議の全会一致です」
沈黙。
誰も味方しない。
誰も助けない。
レナードはそこでようやく理解した。
自分が完全に見捨てられたことを。
一方その頃。
地下牢ではミリアが泣き叫んでいた。
豪華なドレスは取り上げられ、粗末な囚人服に着替えさせられている。
髪も乱れ。
顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「私は悪くない!」
「全部エルサが悪いのよ!」
看守が冷たく言う。
「黙れ」
「本当だもの!」
「偽聖女のくせに」
その言葉にミリアは震えた。
調査は終わっていた。
偽装魔道具。
虚偽報告。
聖女詐称。
さらに追放劇への関与。
全て暴かれた。
もう言い逃れはできない。
「嫌よ……」
ミリアは床へ崩れ落ちた。
「こんなの嫌……」
だが誰も慰めない。
かつて群がっていた貴族たちは一人も来なかった。
数日後。
王国裁判所。
傍聴席は満員だった。
人々は皆、判決を聞きに来ている。
レナードとミリアは並んで立っていた。
かつての華やかな姿はない。
質素な服。
疲れ切った顔。
判事が宣告する。
「被告レナード」
「被告ミリア」
静寂。
「全財産没収」
ざわめき。
「王位継承権剥奪」
さらにざわめく。
「王国北方開拓地への永久追放」
ミリアが悲鳴を上げた。
「嫌!」
「静粛に」
「嫌よ!」
泣き叫ぶ。
だが誰も同情しない。
判決は変わらない。
裁判所を出る時。
民衆が石を投げた。
「エルサ様を返せ!」
「この国を壊したのはお前たちだ!」
「恥を知れ!」
罵声が飛ぶ。
レナードは顔を伏せた。
反論できない。
全て事実だからだ。
その夜。
二人は王都を追われた。
粗末な荷馬車。
硬い木の座席。
夕食は黒パンと薄いスープだけ。
冷え切っていた。
ミリアは泣きながら言う。
「どうして私ばかり」
レナードは答えなかった。
答える気力もない。
馬車の窓から王都が見える。
かつて自分が支配していた街。
だが今は遠ざかる。
もう二度と戻れない。
その時だった。
ふと脳裏に浮かんだのはエルサだった。
菫色のドレス。
穏やかな笑顔。
アルベルトの隣で幸せそうに笑う姿。
そして思い出す。
昔のエルサ。
疲れた顔で祈っていた少女。
冷えたパンを食べていた少女。
誰にも愛されなかった少女。
レナードは目を閉じた。
胸が痛い。
だがもう遅い。
どれだけ後悔しても。
どれだけ謝っても。
時間は戻らない。
権力も。
財産も。
地位も。
全て失った。
だがそれ以上に。
彼らが失ったものがあった。
人の心だった。
誰かを大切にする心。
感謝する心。
愛する心。
だから最後には。
誰からも愛されなかった。
荷馬車は暗い北へ進んでいく。
冷たい風が吹く。
その先に待つのは荒野だけ。
かつて王子と聖女を名乗った二人の末路としては、あまりにも寂しい終わりだった。
次はいよいよ最終話「愛が世界を救う」。エルサとアルベルトの結婚式、そして世界を包む最大の奇跡へ続きます。




