「モンスターがあらわれました」
脱いだ服は雲霧の如く消失する。代わりに物質創造したのは、前世でも使っていたシルク生地のタオルだ。
これも自分の身体から離れれば消えてしまうが、肌に当てて使うつもりなので問題ない。川に入った野良犬こと、私を拭けばタオルも汚れる故、なんなら何回か消して新しいのを出しながら水浴びをすればいい。我ながら便利である。
人間の皮膚は敏感だから、ベストなのは素手、もしくはシルク地でないと、角質に傷が付くと言うな。あまり気にしたことはないが。素手は無理なので、バスタオルはもっぱらシルクだった。
さっぱりしたので、水気を拭き取って衣服を物質創造する。髪は生乾きだが……自然乾燥でいいか。
何から手を付けるかと考えて、元汚れた野良犬こと、私が寝ていた丸太小屋を掃除することにした。窓を開けて換気し、箒と雑巾を物質創造して綺麗にする。返す返すも便利である。こんなに便利だとは死ぬまで気が付かなかった。
雑巾を濡らした水はトイレの洗面台を使った。ここだけ文明が現代レベルに高いので積極的に利用したいと思う。その辺に拘りはない。
とはいえ木桶は将来的に必要だ。水浴びする時もあれば便利だろう。今のところ、洗濯も手荷物も必要ないけれどね。
木をたわませて曲線を作る。バラけないように圧力を掛ける。軽い木桶に必要な要素はそれだろう。発展させれば樽も作れる。大きい水容れがあれば、風呂作りに一歩近付くはずだ。
やりたいことはいくらでもある。さて、何から始めよう。
……食事か。まったく燃費の悪いやつである。高々一週間二週間食わなかったぐらいで空腹になるとか怠慢じゃないのか。私の一部なだけはある。
この前はうさぎを鱈腹食べたし、同じのを偏食するか、別のものに手を出してみるか。
私は好きなものには飽きが来ない性分である。うさぎは気に入ったので同じものでいい。
ついでに、少しばかり遠出をして生態系を崩さないようにしておこう。桑の木と、幹の大きな木も欲しいので一石三鳥だ。うさぎは鳥じゃないが。
うさぎのトゲを一本だけ持って森を歩く。暫く歩いて、ふと足を止めた。
……久しくない感覚だ。
ぶつけて来るような、生身の殺気。この先でナニモノかが私に殺意を向けている。他の動物たちも当てられてか、遠巻きにして近寄って来ないようだ。これでは狩りにならんな。
足音を隠すのを止め、草を踏む音を鳴らしながら茂みを掻き分ける。私はここに居るぞと示しながら殺気の元へ向かうと、それは不動の構えでそこにいた。
それは、私の目には、普通のうさぎに見えた。
何を以てして普通と定義するかは諸説あろうが、それは私にとっての普通だ。ーー白い毛並みに赤い瞳。いわゆる日の丸色という配色のうさぎだった。
今までこの世界で見掛けた、全身緑の草兎とは違う。
うさぎは後ろ足で立ち、ピンと立てた耳をこちらに向け、警戒心も顕に微動だにしない。それだけなら怯えて逃げ仕度をしているだけに見えるが、強い視線がそれを許さない。
それを示すように、うさぎはゆっくりと前傾姿勢を取り、耳を傾けて、添えられたトゲを精一杯立てる。それでも稼働範囲は狭く、こちらに向けることは叶わなかったが。
耳に隠れるように生えたトゲ。やはり私の知っている品種とは違うらしい。草兎とは違う種族なのか……、そこまで考えて、唐突に理解した。それと同時に、私はこいつをたかが小動物と侮るのを止めた。
草兎と同じ体躯なのに、草兎とは違って悪目立ちする真っ白な毛並み。血の赤を直接映したような深紅の瞳。……突然変異だ。
アルビノ草兎とでも呼ぼうか。
自然界に於いて、異質なものが受け入れられることはない。このアルビノ草兎がどのような兎生を送って来たか、野生を知らないこの身には、想像を絶するだろう。
それでも……、アルビノ草兎は立ったのだ。うさぎの虐殺者相手に、敵意を以て。
逃げればいい。隠れればいい。今までそうして来たように。周りは全て敵。死んだやつが間抜けなのだ。……それでも。
うさぎが何を思ってここに立っているのか、それはうさぎにしかわからない。だから、私の胸に宿ったこの感情も、私だけのものでいい。
誠意を以てお相手しよう。さあ、来るが良い。
……まあ、結果としては、トゲが生えた程度で、うさぎが人間の相手になるわけがないんだが。
トゲの稼働域もあれだ。エイが正面の相手にトゲを向けるようなもの、ザリガニが背中にハサミを向けるようなものだ。そのトゲも折られてうさぎは地に伏している。辛うじて生きてはいるようだが。
情けをかけてやるとは少し違う。気に入った。その心意気に免じてうさぎを狙うのは止めてやる。強くなって、また私に挑むがいい。の精神である。勿論うさぎに言っても理解してないのは承知の上だが。
折ったトゲは戦利品として貰っておく。それ以上のことはしない。死んだら所詮、それまでのうさぎだったいうだけのこと。
また遭えるのを期待しているよ。




