「睡眠不足が一番の敵でした」
船の護衛。と言っても、そう忙しいものじゃない。船底の魔物避けは街道のものより強力だし、空の魔物は獲物の豊富な海の上で、固くてでかい船を襲うことは少ない。
また魔物の定義が迷子になっているが、細かいことだろう。
空から見て、海の獲物が豊富ということは、人を襲う系の凶暴な魔物の絶対数も多いということ。魔物避けがあるとはいえ、襲撃は皆無ではないが、常に緊張状態で哨戒する必要もまたない。
船を前後に分けて、冒険者二パーティで常に見ておき、昼勤と夜勤に分ける。夜、または昼、一パーティ全員が完全に休める破格の待遇だ。
哨戒ではあるが、目を皿にして警戒する必要もなく、ある程度の自由もある。具体的に言うと、釣りとか出来る。
一部、高価なものを除き、護衛中の採集物は依頼主のものとなる。だが、釣果によっては報酬に色を付けたり、日々の食事が豪華になるのだ。少年らはやる気だ。
「小物は直接夕飯に、大物なら買い取って貰える。やるぞー」
「「おー」」
しかし……私は釣りというか、なんというか、正直まずい。
これは私のミスだ。迷惑をかけて申し訳ないが、こればっかりはどうしようもない。
ここ最近、やけに考えるのが面倒だったり、いつもよりぼーっとしていたり、兆候はあったのだが、気付けなかった。環境が変わって、私も少し参っていたのだろう。
「少年」
「おう、どうした? 釣りははじめてか?」
「私は眠い。後は任せた」
言うだけ言って、船室に足を向ける。背後で少年らが何か言っているが、何も頭に入って来ない。眠気が酷くて頭痛がしてきた。
油断していた。今まで好きな時に寝て、好きなだけ寝ていたから、人間に合わせて定期的に寝たり起きたりと、無理が祟ってしまったのだろう。睡眠が足りなかったのだ。
もうしばらく繰り返せば、今の生活でもアジャスト出来るだろうが、今回は無理だ。今の私には休眠が必要である。
割り当てられた女部屋、二段ベッドの下の部分に潜り込む。猫どもは上が良いと主張したのだ。理由はまったくわからない。
少年らは男二人部屋、それぞれのパーティで割り方は違うが……。どうでもいい。さあ寝ようすぐ寝ようすごく寝よう。遮光はどうするか、それに遮音も……ああ、いいや。起きたら考えたら。今はもう、とても眠いんだ。
すやぁ。
◆
夜。猫のどっちかに揺り動かされる。もうそこそこの付き合いなので、微細な声色や仕草で見分けがつくようになったが、こう眠いと頭が働かない。目を瞑っているので、どっちかかは判別出来ないが、判別することに意味はないので、別にどっちでもよかった。
「エル、ごはんだよ。たべないの?」
返事はしない。眠いといって寝たんだ。今の私は寝る以外する気はない。外部の様子はある程度把握しているが、身体は完全に休眠状態にあるので、どの道金縛りのように動かないが。
猫の用件も、食事の誘いだろうと当たりはつけたので、意識の方ももう一度沈める。すまんな、警邏の方は任せる。後で埋め合わせはするよ。多分。
◆
朝。猫のどっちかに揺り動かされる。
「朝だよ。エル、起きないの? お腹空かない?」
まあ、心配はするか。通常の人類は食い溜めをしない。一日二日眠りこけることはある。猫もそこまで気にはしないだろう。
ああ、人間は水を飲まないと一週間も持たないんだったか。不便な生き物だ。夜の間に勝手に飲んでるとか、勘違いして貰えるかな?
◆
三日過ぎた。猫がにゃーにゃーうるさい。
いちいち私を揺するので、眠りの質が悪くなる。心配しているのはわかるが、私は自己管理が出来ないほど子供ではないのだが。
海ははじめてというし、変な奇病を心配しているのだろうか。どちらかと言うと、私というはじめての生き物に慣れて貰いたい。
私は中途半端に寝て、痛む頭を押さえながら、部屋に誰もいない時間を見計らって起き上がる。
物質創造でベッドを解体し、私を中に入れた木箱に再変成して、内側をスプリング、敷き布団、毛布で満たす。木箱の外側に『起こすな』と書いた紙を物質創造すれば、私の安眠は約束されたも同然だ。
木箱は木材を元にしたので消えないが、毛布類や貼り紙は、私から離れれば消える。離れる、と一口に言うが、直接肌に触れていなくとも、私の身に付けているものに触れていたり、近くにあれば雲散霧消することはない。だってそうじゃなきゃ、場合によっては下着を残して服が消えかねない。ある程度融通が利くのだ。地面だと、流石に遠くまでは接地出来ないのだが。
棺桶みたいなトレンディなお洒落アイテムは、目立つので流石に自重するが、本当は分厚い鉄板で完全防音にしたい。だが、本当に最低限、この船に乗っているのは護衛のためなので、外部の様子が把握出来ないのは避けねばならない。寝ている間に船が沈んで、棺桶から出たら深海だった、などという経験は一度で十分だ。残念ながら、前世では三度あった。もうあるまい。
◆
猫どもも諦めたのか、私に声をかけて来ることもなくなり、私に安眠が訪れた。
しかし、その安眠も永くは続かない。十日ほど過ぎた辺りで辺りが騒がしくなり、ややあって、少年がどたどたと喧しく女部屋に入って来た。
「エノレフ、起きろ! 魔物の襲撃だ」
木箱を叩こうとする気配に、先んじて物質創造で木箱を原材料に戻し、同時に私が纏っていた寝具を消す。ノックの形で拳を振り抜いた少年は、目測を誤りバランスを崩しかけた。流石にたたらを踏むほど柔な身体能力はしていまいか。勢い剰って私を叩くには、私のサイズが小さ過ぎるものな。
一連が過ぎ、立ち直った少年の前で、私はゆるゆると立ち上がる。目は閉じたままだ。突然起こされたせいで、身体が暖まっていない。
「……まだ眠い」
「どんだけ寝るんだお前……」
「んー、あと五年」
「長寿族はスパンが長くて困る!」
二段ベッドの下、枠組みから出て、ベッドを元の形に物質創造で再現する。少年から呆れた気配が漂って来るが、前言通り突っ込まないようだ。
少年は私の意見も聞かず、腕を引いて船室から飛び出す。
「私が働かなければいけないような事態か? 出来ることなら私はなにもせず、寝て過ごしたい。働きたくない」
「お前ならその欲望が夢じゃなさそうで怖えーよ。……まあ、ぶっちゃけて言うと、そこまで切羽詰まってる状況ではねーよ。使わないに越したことはないとは言え、この船なら切り札もいくつかあるしな。ただ、成果を挙げれば実入りになるし、護衛だっつーのにあんまり怠けてると」
「ハァーッハッハッハ! こんな時まで子守りとは涙ぐましいなカイゼンベルク! 討伐数勝負は俺が貰ったぁ!」
「……こんなのも出てくるわけで」
言葉が音として入って来るが、意味が理解出来ない。少年らの音なら私も慣れているが、知らない音はもう駄目だ。ノイズにしかならない。
ああ、屋外に出たらしく、肌を直接刺す熱が脳を軋ませる。寝起きで体温調節が万全にならない。日射しに慣れていないので、弥が上にもダメージが嵩んで来る。
加えて、海の匂いが生臭い。人間以外の生物の匂いが犇めいている。私は海とは相性が悪い。経験が少ない、と言ってもいい。磯臭いというか、潮臭いというか、私には生臭く感じるのだ。海に親しんでる系人間には理解出来まいが、私からすると、丘の哺乳類の消化途上の内容物と、海の生き物では、海の生き物の方が耐え難い生臭さだ。要は慣れである。嗅ぎ慣れないのだ。魚はあんまり好きじゃない。ヒトデとか珊瑚とか、血が無いのも原因の一つか。珊瑚はきのこ枠かな?
ノイズが騒がしい。既に乱戦になっているのか、甲高い剣戟が脳に響く。
「女子供はおっぱい吸って眠ってなァ、ここで俺の方がすごいってとこを見せてやるゼ!」
敵意を感知。敵性異生物と認定して迎撃を行う。
船上と思しき位置に侵入した、水分を多分に含んだ大型の動物を、水分操作で掴んで宙に浮かせる。
「ぬお、ぬおおおおおおおおおおおっ!? 飛んでる! 私いま飛んでる!? 目覚めし俺の中のナニカが目覚めてものすごく痛てぇぇぇぇッ!!」
そのまま海にリリース。サイズのわりに重量のある動物だ。水飛沫が頬を濡らす感覚がある。
「いやっ、エノレフさん! それ一応味方だから! 戻せ戻せ!」
「……んー?」
海と思しき領域に沈降する、さっきの動物をもう一度水分操作で掴む。一応人間らしいということで、今度は少し丁寧に引っ張り上げて、体内に混入した海水を排出しながら甲板に乗せる。
動物の生体反応は大分減っているようだ。生命維持に支障はないので問題はない。
「坊っちゃま!」
「坊っちゃま、ご無事で!?」
「お……おぼろろろろろろろろろろろえ」
動物が体内の液体を船外に排出した。撒き餌だろうか。海面の小魚と思しき小動物の反応が活性化する。
「な、ないぞーがひっ掻き回されたような気分だ……、俺、もう空を飛びたいだなんてぼぼぼぼぼぼぼえ」
掴んだのは体液なので、皮膚や骨は引っ張られただけなのだろう。重量こと、外部装甲にぶつかってダメージも増えている。
よく生きていたものだ。頑丈だな。初の有人フライトとして、貴重なサンプルデータが手に入った。
魔物と思しき生命反応の中から、長年の経験則からなる、匂いや鼓動、体温などで人間の特徴を選り分けて、改めて魔物の反応を感知する。
あー、処理が嵩んで寝起きで働かない頭が重くなる。益々もって日射しが忌々しい。目は相変わらず一切開けていないが、思わず見上げてしまって、毛細血管越しの赤い光が網膜を焼く。寝起きでこれは殊更に効く。
ああ……暑い。目玉が茹だる。脳が溶ける。皮膚が焼ける。鼻が曲がる。髪が軋む。風が不快だ。べたべたする。臭いんだよ。鬱陶しい。うざうざと。うざうざ、うざうざ、うざうざ、うざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざうざーーーーーー!!!
「融けてしまえばいいのにさァーーーーーー!!!」
海上に存在する、五十ばっかりの敵性反応を全て掴んで宙に持ち上げる。流石に数が多く、幾つか調整を誤って、途上でばらばらになって、体液しか持ち上げられなかったが、どうせ浮かせた後で体内の水分を体外へ向けて弾けさせ、爆散させるので関係はない。
丘のものより血潮が少ないとは言え、これだけ数がいれば私を満足させるものはあるだろう。赤い飛沫を撒き散らしながら、汚い花火を上げる魔物ども。見世物としては下の下だが、仕方あるまい。
「エノレフさーん!? ちょっ、やりすぎだこれ!」
「……。……んんー?」
「寝惚けてんの!? え、この期に及んでまだ目も開けてないのエノレフさん! とっとと起きろー!」
少年、うるさい。爆散した魔物の一部を少年の顔に押し付けて黙らせておく。離れた場所で戦っていたのか、猫どもがやって来た。
「エル、もったいない」
「食べられるのもいる。甲板に上げてくれれば捌ける」
ああ、我らは食べられる魔物を傷めないように収穫する冒険者であったな。うっかりしていた。私が掴んで、まだ生きていたものを一匹ずつ猫どもの方に放ってやる。幸い経験は積めたので、獲物が傷付かないように運べただろう。
「この魚は食べられる。かくほ」
「このゴム手袋は美味しくない。破棄」
「デキシーデッドは食べられない。破棄」
「うつぼはおいしい。かくほ」
「これは高級なエビ。かくほ」
「ガンセキウオは毒がある。破棄」
猫どもは逞しい。私も海の生体反応を甲板に上げるマシーンと化し、のんびりさせて貰ったので目を開ける。少年に押し付けたのは、デキシーデッドという水死体ゾンビっぽい魔物の首だったようで、少年からは恨みがましい視線を向けられた。
確保はそのまま猫どもが解体し、私が用意した布と氷で保存する。破棄は面倒なので、海上に戻しつつ爆散させた。海が汚れるとか私は知らん。勝手に何かの餌になるだろう。大いなる海だし。
「このガンセキウオというのは食べられないのか?」
破棄の中で、気になるものがいたので爆散は後回しにする。岩石のように皮膚を硬質化させる、丸っこい魚……私にはフグに見える。
「毒がある」
「毒は美味しいだろう?」
「まずいって聞く」
毒はたんぱく質なので美味しいのだ。日本人の業は深い。
毒があるので食べられない、と伝わっているのならわかるが、毒がある上で不味いというのはどういうことだろう。独占するために、わざと嘘を広めている可能性もある。子供に、この壺の中身は毒だから舐めちゃいけないと躾るようにーー喩えが悪いな。毒々でわちゃわちゃしてる。
まあ、食ってみればわかるか。フグはテトロドトキシン以外にも、生物濃縮で毒を溜め込む。フグ毒を持たないボックスフィッシュでも気を付けなければならない。どの道私には関係ないのだが。
皮だろうが内臓だろうが気にせず、生きたままをそのまま食い千切る。名前通り、岩石のように身持ちを硬くし、丸っこいので物理的に歯が立て難いが、私の牙を退ける程のものではない。
暫し格闘し、骨まで噛み砕いて、尾びれまで胃に納めたが、これは確かに美味しくない。なんというか、鉱物みたいな味がする。歯応えといい風味といい、岩を噛んでるみたいだった。なんてこった。毒がある上に不味いなんて外道なやつだ。
「うん。確かに不味い」
「でしょ?」
「不味いで済ますお前にびっくりだよ」
「カイの御母堂も、冒険者時代に食べたヒレ煎餅が、砂みたいな味だったって言ってた」
「身内に先駆者がいた!」
好きな人は好きなんだろ。なんか、ミネラルとか摂れそう。




