「少年は一級フラグ建築士ですか」
どうやらこの看板猫、国内の他の街での情報も入って来ているらしい。ギルドマスターだから当然と言えば当然ではある。それにしたって、前の街からそう時間を置かずに発ったのだが、ブル・オーガの件も耳に入っているとは。鳥獣人とは早いものだな。
「では、はじめからわかっていて接触したと?」
「はいですにゃ。何かと、有名人ですからにゃあ」
看板猫の視線は私を向いていない。当の、水を向けられた方は、さっと明後日の方へ顔を背け、おっさんと少女は苦笑いを隠し切れていなかった。
猫どもはびびってないで、そろそろこっちこい。看板猫なんてもうお腹も撫でさせてくれてるぞ?
「なんだ、少年。私と出会う前に、何かやらかしたのか?」
「ああっ、にゃぜにゃ、ちょっと乱暴にされるのもイヤじゃない吾輩がおりますにゃ。ああっ、そこっ、そこぉっ! 視線も向けられずに、弱いとこ突かれまくって、悔しいのに、気持ちよくなっちゃうニャー!」
「今まさに、噂になるほどやらかしてるのは、お前の方だと思うんだが」
思えば少年らは、「北から国内に入って王都に立ち寄り、そのまま西の国に抜ける途中」だと言っていた。
その時は、この国自体に見所がなく、単に目的地の途中の通過点に過ぎないのか、と思っていたが、王都でなにかあり、居辛くなってそそくさと立ち去ろうとしていたのかもしれない。
私を加えて進路を変える時も、王都には寄るつもりはなかったし、今思えば、モヒカンパーティが王都に向かうと聞いて、表情に苦いものが混じっていた。
「はぁ、はぁ……。誤解しにゃいで欲しいのですが、吾輩は諸君の味方ですにゃ。王家の腐敗というか、ことなかれ主義と、貴族の増長は、猫の目にも余る代物にゃん。鼻を明かしてやったことで、喜んでいる人間は、潜在的に多いですにゃ。
大っぴらに擁護することにゃんかは出来ませぬが、こっそりと便宜を図れるにゃ」
「そう言っていただけて、ありがたいです」
少年の代わりに、苦労人のおっさんが答えた。本当、何をやらかしたんだ少年。おっさんの疲れた様子を見る限り、わりと常習犯っぽくも見えるのだが。よく今まで無事だったな。
勇者に憧れる少年は、かつて勇者ヨウがそうだったように、冒険者ランクAを目指している。暫定条件は、魔王を討伐すること。勇者ヨウ以降、Aランクの冒険者はいないらしい。
魔王を討伐するのは現実問題として不可能なので、とりあえずの目的は、手前のBランクだ。前にちらっと聞いたが、Bランクは国家の承認が必要らしい。
ざっくり言うと、国が主催で武闘会のようなものを開き、見所があるものをBランクに上げて、騎士として囲うのだ。
冒険者は浪漫があるが、国に雇われた方が安定している。名誉もある。保障もある。立身出世に憧れるものも多かろう。おっさんみたいな中年なら、咽から手が出る就職先だ。
だが、中には少年のような変わり者もいる。ランクは上げたいが、国に仕えるつもりのないやつだ。しかも、自国の冒険者として、国の発展や問題解決に従事してくれるなら兎も角、少年はホームを持たない旅人だ。どうしても、審査の目は厳しくなると言わざるを得ない。
無論、メリットはある。旅先で名を上げれば、『どこそこの国でBランクとして認められた冒険者』として、勝手に国も評価される。反面、問題を起こせば、推挙した国も軽んじられよう。難しい舵取りが必要だ。
少年の『やらかし』は、おそらくこの、Bランクを目指す武闘会の関連が高いと思われる。
武闘会では現役騎士も腕を振るうし、惜しくも落選したものを、貴族が私兵として雇うなんてこともある。騒ぎの火種は山程だ。腐敗させようと思えば、菌床はいくらでも思い付く。
閑話休題。看板猫との世間話も終わったようだ。
少年に追っ手が掛かるほどのやらかしではないらしい。冒険者たちからも概ね好評だ。ただ、一部、話題を独占した少年にいい顔をしてない者もいる。
今回の武闘会、Bランクは誰も無し。貴族からの冒険者に対する風当たりが強くなる可能性もある。宮仕えを目指している冒険者にとっては向かい風だ。
少年の移動速度も速いので、わざわざ嫌がらせのために追ってくる奴はいないだろうが、偶然出会したら注意しとけ、とのこと。これはわかりやすいフラグだな。
この世界で、嫌味というか、程度の低い冒険者は見たことがない。一部盗賊に身をやつしていた気もするが……、まあ、塵芥はどこへ行っても同じだ。
金持ち喧嘩せず、というか。身体が強くなると、色々なことから解脱して、精神が次のステージに到達するんだろうか。
Bランクを目指すからには、実力は少年と同格だろう。果たして精神の方はどうか。この世界に来てはじめて、実力は高いのに、おつむが伴ってない輩に出会うんだろうか。人間は結局、どこまで行っても人間なのか。
私たちがそうだった。人より優れた種と自称しても、中身がそれに伴っていない……。むしろ、未熟と言っても過言ではないものばかりだった。
◆
今日はゆっくりと身体を休めて、明日は朝からスティングレイの巣を捜して討伐する。
街の近くに出来ていないかを調べるのが主な仕事だ。足を使うことになる。当然、調査だけでは実入りが少ないので、巣を見付けるまで捜したいものですな。
群れ、飛行、毒、遠距離攻撃と、初心者殺しの代名詞みたいなやつだが、安全に倒せれば見返りは美味しい。沢山取りすぎると、価格が下がりそうだが。保存食はどうなっているのだろう。
エイはアンモニア系なので、密閉した容器の温度湿度を保つと発酵するのだ。私は食べたことがないが、発酵食品だけあって旨味が強いらしい。
街で話を聞いたところ、食べられてはいないようだ。この世界は獣人がおり、人間が強いので、鼻も利く。香りが強すぎて敬遠されたのかも知れない。
海で泳ぐ大型の生物にはアンモニアが含まれている。何故なら、アンモニアは浮くから。大型の生物は海で浮力を得るためにアンモニアを持つのだ。サメが臭いのや、ダイオウイカが食えたもんじゃない理由がこれだ。クジラだって、マグロだって、アンモニアはある。余談ではあるが、不味い不味いと言われるダイオウイカだが、ぬめりを取って、薄めた酒に浸けて置くと臭みが抜けるらしい。人間って計り知れない。
しかし、ここは異世界。物理法則が地球と同じとは限らないし、相手は海ではなく空を泳ぐ魚だ。海水より軽いアンモニアも、流石に空気よりは重かろう。そもそもアンモニアが含まれていない可能性がある。この前の煮付けは美味しかった。
大人しくヒレを乾物にすべきだろうか。まあ、発酵するかどうかは、獲れ過ぎて売れなくなったら考えるとしよう。皮算用なぞする必要もなし。
少年らは海の幸を堪能する腹積もりのようだが、私は一足先に宿で休ませて貰う。眠い。
◆
それから特に何事もなく時間が過ぎ、船が出る日となった。
エイの巣はいくつか人里の近くに設営されていたが、まだ若かったので問題なく撤去。港街の塀は海には存在しないので、漁をしてない船の底に巣を作られると面倒なことになる。
巣は主に浅瀬に、半分海に浸かった状態で設営される。異世界エイは泳げるが、長時間沈んでると溺れるらしい。その癖乾燥するので水辺は必須。謎な生態だ。
一つ、大きなエイの巣もあり、球体のそれの周りをびっちりとエイが覆っているという、なかなか視覚的に来るものだった。しかもエイ一匹一匹がそれなりにでかいので、巣のサイズもかなりのものだ。軽自動車並みと言うかな。
お陰で稼ぎも上々。少女にも良い経験になった。戦いは、どれだけ沢山殺したかだ。是非とも少女には、生き物を殺す感触を手に馴染ませて欲しい。
途中、飛行要塞ソラガメとも出会したが、こちらも問題なく仕留めた。流石に生命力が強くて少女は役に立たなかったが。猫どもは意外と飛ぶものだ。少年じゃこうはいかない。ぶん投げたのが少年だとも言うが。甲羅も無事美品で回収した。
肉は煮て良し、唐揚げにして良し、と爬虫類? の安定の味。殆んど売ったが、この味には私も満足だ。
危惧されていた、冒険者に絡まれる、という事態も無い。というより、ギルドに出入りしているのは、酒場にたむろしている海の荒くれ風いかつい集団~海賊風船長を添えて~ぐらいなもので、冒険者ギルドが機能しているのかが謎だ。依頼が貼られている掲示板を見ると、着実に更新されているので、ちゃんと仕事はしているらしい。
看板猫に見送られ、船着き場へ向かう少年と愉快な仲間たち御一行。これから船で街を出るにあたり、指先で寝転がれと示し、言う通りにした看板猫をしゃがんで撫でてやった。猫の癖に、上から乱暴にされる気持ち良さを覚えてしまったらしい。
Sはサービスの頭文字というし、悦ばせてやることも吝かではないのだが、少年からはチョップが飛んだ。猫どもも、初日の借りて来た感はなんだったのか、この看板猫の恥態にすっかり慣れたようで、下剋上で悔しいびくんびくんさせている。三倍で激しい。無論、チョップが。少女は優しいので、看板猫のお気には召さなかった。
船着き場で、護衛する商人と貨物、船と船長船員、他の冒険者と顔合わせ。代表は既に済ませていたらしいが、私は初だ。興味なかったので。
商人は二足歩行のきつね獣人だった。結構なご老人で、孫に店を譲ったご隠居らしい。それでもまだ健在で、ひ孫と一緒にバカンスがてら商品を運ぶんだとか。バカンスというか、修学旅行というか。ひ孫も紹介されたが、立派な二足歩行の仔狐だった。一姫二太郎らしい。わからん。
船長は二足歩行のシロクマだ。と思ったら、看板猫と同じ獣タイプの獣人らしい。わからん。二足歩行のタイプはよりマッシヴな肉体をしてるんだとか。眼帯をして頬に傷があるが、海賊ではない。
というか、ギルドの酒場に出入りしていた連中の一人だ。酒場に来るのは、仕事の合間に時間があるものなので、何種類かいる。その中でも、取り分け人懐っこい海の男だったが、一緒に仕事するのがわかっていたので、親睦を深めようとしてくれていたのかも知れない。会う度、私の頭をかいぐりしようとして来るので、私はあまり話したことはない。
冒険者のパーティは、一つが日焼けした海の荒くれ三人組。一人女らしい。わからん。
二つ目は肌の浅黒い男女と、二足歩行の黒豹と、頭からねずみの耳を生やした、小柄なリスおっさんの四人。ふさふさ尻尾の無駄遣いだ。
三つ目のパーティは都会のもやしっ子というか、海慣れしてなさそうというか、リーダーらしき奴が、忌々しげに少年を睨んでいるので、フラグ回収要員だと思われる。




