「世を忍ぶ仮の姿でした」
取って付けたようなわざとらしい猫語を、ダンディーな低音でのたまってくれた見た目三毛猫。人語を解する見た目猫のオスと言えば、少年かナイスミドルが一般的だ。キャラ的にも、驚くに値しない凡ネコよな。
三毛猫のオスは珍しいと聞くが、獣人もそうなのだろうか。汗腺もあるし、人語を発する声帯もある。根本的に違う生命体と思って間違いない。チョコとか玉ねぎは食うのかな? 猫じゃなくて猫獣人、と怒られるのだろうか。
「何か言って欲しいにゃあ……。こうして、恥を忍んで初日にネタバラシをしているのに、この仕打ちはあまりにもあんまりですにゃ」
相変わらず考えていることが表情に出ない私。この場合は口に出さないのが問題なのだが。
でも仕方ないのだ。私は一人でいた時間が長いせいか、たまに考えていることが逸れて明後日の方向に打ち上げられてしまう。百一匹の猫獣人が乗っても大丈夫な御輿を担いで練り歩く、筋骨隆々でふんどし一丁の、首から上だけ猫の大男たちの話をされても反応に困るだろう。
今は夏だが、異世界でも夏祭りとかやるんだろうか。異世界転生者が影響を及ぼした地域ではやりそうだな。そもそも何故、日本では夏にやる祭りが多いのだろう。ハーベスト? レクイエム? 人は夏の陽炎に何を見たのだろうか。この世界ではゴースト系の魔物もいるので、見かけたら討伐かな。なんとも風情のない話である。
日本のお化け屋敷が、人間心理を突いた、真に迫る恐怖体験であるが、余所では物理的なパニックものでるようなものかな。ほんに日本は変わった国である。
「……にゃあ……」
ああ、すまんすまん。また思考が逸れて、目の前の相手を放置してしまっていた。私の対人スキルの低さが如実に表れてしまっているな。相手は猫だが。猫じゃなくて猫獣人。
謝罪の意味も込めて、猫が喜ぶ数少ない場所である、咽に手を伸ばしてかりかりしてやる。カウンターはそこそこ高いので、上に乗っている猫に手をやるには、私の身長では下から伸ばしすことになる。通常、猫からすると巨大である人間が、上から威圧感を与えるようにするよりはよかろうが、果たして。
「にゃんと、吾輩がいとも容易く喉元を取られるとは、なんという手練れにゃ。しかし、吾輩もかつては冒険者として咽を鳴らした立派な猫。かりかりになんて絶対に屈しな、にゃ、にゃんだ、これは!? こ、こんなテクニシャンはじめてで、ああ、にゃ、にゃあ~ん」
二コマかからなかった。ノドをごろごろ鳴らして、もっと撫ぜろとすり寄せる看板猫。ぎょっとした受付嬢を含む、冒険者ギルド内の視線を集める。
気を良くした私は、猫の額に細い指先を当てて撫ぜてやったり、尻尾の付け根をとんとんして看板猫を悦ばせる。猫は撫でられるのが嫌いじゃない。気持ち良い場所が極端に少なく、「満足したからもう止めろ」の合図が過激なだけだ。他にも、指の隙間も好きな筈だが、相手も大人なので自粛しておく。
尻尾は別になんとも思わないが、指ってほら……、なんか、えっちじゃん?
「ほれほれ。ええのか、ここがええのんか?」
「あっ、にゃ、んにゃ、にゃああっ、ふにゃあ~ん(ダンディーな低音)」
少年からのチョップが飛んで来た。何をするのかね?
「公共の場で成人男性をよがらせるのはやめろ!」
これがワールドギャップというやつか。いや、種族差かな? この猫が獣人であり、この世界の人間から見ると、人間に見えると言いたいのだろうが、私から見ると人間も動物も大別ない。
犬に首輪を付けて散歩しているのも、おっさんの口にギャグボールを付けて四つん這いにさせていても、そういう文化なのかと、特に思うところはない。
私は種族柄、日のある内は外に出たことはない。夜と違い、昼の間は人が大挙して犇めいていると言うが……人間って大変だな。
「うっ……ふぅ。なんという御仁ですにゃ。吾輩がゴッドハンドの称号を差し上げますにゃ」
大袈裟だな。ちょっと血液操作を併用して、デトックスとつぼ押しを兼ねているだけだ。動物は本能的に私を嫌がるので、恐れを知らない子供か、余程ふてぶてしいエルダーくらいしか撫ぜる機会がないので、私も楽しませて貰ったよ。
「にゃあ……どういう感情なんだにゃ」
そして表情には出ない。無言で撫でてきて、終わった後も無表情で佇んでいられたら、想像すると怖いな。無表情というか、人は私を『いつも眠そうな半眼』と評するのだが。
一向に話の進まないこちらに業を煮やしたのか、気になっていた少年が進行をしてくれるようだ。必然、愉快な仲間たちもこっちにやって来た。おっさんはなんとなく察したのか眉をひそめて、少女は看板猫の愛らしさにやられたのか、撫でたそうにしている。
中身はおっさんだぞ……って、少女はおっさん趣味だったな。見た目が可愛いおっさんなんて、好みのドストライクみたいなものなのか? まあ、この手の趣味は奥が深いので、あえて聞きはすまいが。
「えーっと、そっちの猫がここのギルマスなんだよな? で、……看板猫?」
「そうですにゃ。吾輩がこの街の冒険者ギルドのギルドマスター、キクジローと申しますにゃ。看板猫はまあ、言ってしまえば趣味ですにゃあ。まさかこんな愛らしい猫がギルマスなんて思わないのにゃ。人間観察兼、イタズラでやってますにゃ。新人の子は、ネタバラシをするとよくびっくりしてくれますからにゃあ」
「性格悪いですよ、ギルマス」
「かわいい猫のかわいいイタズラなのですにゃ~」
繰り返すが、ダンディーな低音でそんなことをのたまう見た目三毛猫。受付嬢も慣れたもの。嘆息してお小言を言うが、すでに諦めている。「私はグルじゃないですからね」アピールは大事だ。騙されたやつの逃げ道がなくなってしまう。ネタバラシするまで言わない時点で共犯だと思うのだが。
「ふたりもご苦労さまにゃ」
「「はっ」」
猫じゃらしを持ってデレていた冒険者二人は、背筋を伸ばし、訓練された動きでギルドを後にする。仕込みかいっ。しかし、固く握られた猫じゃらしを見る限り、完全に演技でも無さそうだ。謎の人脈。看板猫、奥が深い。
「さて、そろそろ教えてくれませんかにゃ? 穴が空くほど見詰められて、思わずゲロってしまいましたが、吾輩の美しい毛並みに見蕩れてのことではにゃいというのは、目をみればわかりますにゃ。いったい、どうやって吾輩の正体を見破ったのか」
正体というか、やっぱりこの世界の人間でも、本気で騙しにかかられると、動物型の獣人は見分けがつかないんだな。サイズにもよるだろうが。
同じ獣人ならまた違うのだろうが、少なくとも人間はそのようだ。「何奴!」「なんだうさぎか」がリアルに成立するスパイが出来てしまう気もするが、そう簡単にもいかないのが魔法なのかな。
ちなみに、私の鼻では普通の猫との違いはない。いや、あるにはあるのだが、本猫自体の匂いは猫のそれだ。汗腺はあるのだが、元々動物はフェロモンを出すので。
「……エノレフ、エノレフ」
「ん?」
「いや、何か答えてやれよ……流石に可哀想だろ?」
私か。看板猫はヒゲも耳も垂れ下がってがっくり来ている。無視しているつもりはないのだがね。何やら噛み合わないな。相性が悪いのかな? それとも私がいつもよりぼんやりしているのか。最近暑いからな。ああ、今までに一度も生物の出入りが無いような洞窟で、棺桶をベッドに眠りこけたいものだ。
「普通の猫はそこまで血生臭くない」
無論、狩い猫でも鳥だの蛇だのねずみだの、返り血を浴びる猫はいるけどね。奴らは食うために殺すのだ。殺すために殺す者とは、爪にこびりついた血の量が違う。
「……吾輩も一線を退いて久しいのですがにゃ。そのように看過されたのは初めてですにゃ。いやいや、若さ故の過ちを突きつけられたようで、恥ずかしいですにゃあ。エルフの鼻の良さをナメておりましたですにゃ」
エルフではないのだけれどね。定例文。いつもの如く、私のせいで風評被害が広まりやしないかと、少し気に病む。自重はしないが。
「鼻だけではないよ。街について少し歩いてから、視線を感じていた。ギルドに向かうとそれはなくなったが、酒場で同じ視線を影から向けられれば気になりもする。いざ同じ部屋に入れば、わざとらしく欠伸をしているのだから、なおのこと。
まだあるぞ。このギルドに、もっと言えば酒場についた時からうちの猫どもの様子がおかしい。尻尾を丸めて目立たないようにしているのだから。まして、猫好きの猫どもが目を合わせないようにしている相手だ、只者ではあるまい?
そして何よりーー動物型の獣人がいるという設定は、きちんと前振りしてあったからな」
「いや、慧眼、御見逸れしましたにゃ。これはぐうの音も出ない、吾輩の敗北ですにゃ。……その言い回し、もしや、出身はヨウの国ですかにゃ? 確か、あそこの王族にはエルフの血もあった筈だにゃ」
行くのが怖いな、ヨウの国。というか、竜姫金竜を娶っている時点で薄々は思っていたが、勇者ヨウとやらはやっぱり異世界ハーレム野郎だったらしい。普通?の学園ハーレム物と違い、異世界ハーレムの醍醐味は他種族を一人ずつ選べることよな。
この世界では、竜、エルフ、獣人……あと何がいるだろう。サキュバス? というかあいつら、何枠なんだ。存外哺乳類と鳥類と魚類とか、獣人を網羅している可能性もあるな。いや、勇者ヨウがどれぐらいの性豪かは知らんけど。
妖精はないだろう。あいつら小人並のサイズという。流石に特殊性癖が過ぎる。
どんどんと、本人も与り知らぬところで勝手なレッテルを貼られるのは、有名人の宿命みたいなものだ。私も少しは経験がある。
ひっそりと暮らしていたいだけなのに、私が人間じゃないというだけで異能狩りの連中は色眼鏡で見てくる。
どんな噂か知らないが、戦闘嬢砦のやつも、最初は強者を求めて私に挑み掛かって来ていた。いや……、たまに酒を酌み交わしたこともあるが、結局戦闘嬢砦のやつとは、最期まで殴り合いしかしてなかった気もするな。バトルジャンキーめ。
そんな、話の通じない厄介なバトルジャンキーですら、数少ない知り合い枠に入れている辺り、私の人見知りも相当に厄介な代物だと言わざるを得ないのであるな。コミュ症は戦闘嬢砦とどっこいである。
「ああ、彼女たちのことは怒らないであげて欲しいですにゃ。人族は吾輩と猫の区別はつきませんが、獣人、こと、同じ猫獣人で、吾輩が獣人だと気付かない人はおりませんのにゃ。でも、大抵吾輩のやっていることを理解して、老人に気を遣って黙っていてくれるのですにゃあ」
猫どもの様子を見る限り、同じ獣人というのがわかるだけでなく、実力差まで如実に理解出来るようだな。冒険者ギルドのギルドマスターだけあって、見た目は猫だが、相当の使い手らしい。それは爪に染み付いた血の匂いを見ても感じ取れる。見た目は冒険者ギルドのカウンターに寝そべって、くねくね踊っているだけの猫にしか見えんが。人間は鈍感だからか、猫どもの様子を気にしつつも、少女はやっぱり撫でたそうだ。
おそらく少年よりも強いだろう。ランクで言ったら、Bランクということになるのかな? ただ流石に、竜だという白い少女ほどのものは感じない。龍猫相搏つとはいかんようだな。
「状況をよく見ている観察眼、仲間の様子にも気を傾ける配慮、そして、ブル・オーガの単独討伐をこなす実力……。これは、Cランク相当と言っても過言ではないですにゃ。昇段、受けてみにゃい?」
「いやだよ七面倒臭い」
「話に聞いた通り、つれないですにゃあ」
「ギルマス、いいようにあしらわれたのを誤魔化そうとして、あたかも試験であったかのように持っていくのは止めてください。ただの趣味でしょ」
受付嬢、意外とキツイ。説教された看板猫、尻尾を丸めて耳がへたれている。弱いな。受付嬢が強いのか?
見ると、制服にはネームプレートがあり、名前の上の役職がサブギルドマスターになっていた。こっちはこっちで騙される人がいそうだ。しかも、日がな一日ゴロゴロしてそうな、看板猫のサブマスって実質……有能だな。




