「家事スキルが上がりました」
白い少女と別れ、街を出た私は、街道に残された、少年らと乗せていた半ロバ馬の匂いを追って、石畳の脇を歩く。
車輪付き板ことスケボーは今回は無し。走った方が早いので。白い少女の食べ歩きに付き合わされて、太陽を見上げれば、三時のおやつが過ぎた時刻。
今から急げば余裕で間に合うが、時間的に、合流すると忙しくなりそうだからのんびり歩く。そもそも、街道沿いに通れば追い付けるので、別に匂いを追う必要もない。
買い出した食用も半ロバ馬に積ませたので、街まで合流しなくてもいいくらいだ。
ちょっと寄り道して行こうか。自然の中で一人は久しぶりだ。
野営の時もちょいちょい出掛けてはいるが、気配を感じられないほど離れると心配される。パーティだからな。
道中、トマトやらナスやらも見付けた。当然、噛み付いて来たので、逆に齧り散らしてやると、ガタガタ震えて大人しくなったのでいくつか収穫しておく。
キャベツとかスイカとか、自生しているものなのか? と思ったが、畑から逃げたのが野生化しているのかも知れないな。何かおかしい気が頭の片隅に疼いたが、私が知らないだけで、野菜ってこういうものなんだろう。活きがいいって言うし。
トウモロシには驚かされた。もいだ瞬間から糖度が落ちる、もぎたては塩いらず、むしろ、茹でる必要すらないという。もぎたてトウモロシ、舐めていた。噛み付いて来たのには驚かなかった。
活きの良い夏野菜に舌鼓を売っていると、魔物枠である、イッカクだと思しき生き物に遭遇した。
単独討伐出来れば、最低ランク・見習いから、正式な冒険者であるひよっこFランクになれるという手頃な魔物だ。
もっとも、人間が強いというこの世界に於いて、ひよっこ扱いされるのにも一苦労。イッカクも、元の世界の動物と比べると相当強く、直進のみではあるが、岩を砕き木を薙ぎ倒し、鉄塊をへこませる馬力を持っている。カバとかサイみたいなものかな。
このイッカク、私がエキサイト翻訳してそう呼んでいるだけで、異世界語に於いては『一本角』『突進する角』などの意味を持つ名前をしている。角が一本の四足獣、突進が強くて猪突猛進、手頃な魔物でよく食卓に上がる、などの前情報から、角の生えた猪辺りだろうかと考えていた。前世で考えると、サイは一般的な食卓には上がらないので。
実際に相対してみたところ、端的に言うと、それは牛並みのサイズのクジラだった。……いや、猪も牛と同じでクジラ偶蹄目だけどさ。足あるのね、この世界のクジラ。
角ではなく、下顎の牙の一本が鋭く長い。これに刺さるには相当な努力が必要だろう。下顎が出ていて、噛み付かれる心配もなさそうだ。手頃なだけある。
どんな進化を遂げたのか、尾びれはあるわ、毛が生えてなくてつるつるだわ、海の生物に足付けました感がすごい。魔法か? 魔法でなんとかしてるんか? 大体魔法っていっときゃなんとかなるのか。
なんと噴気孔まで登頂部にあった。不思議な生態だ。後に確認をとったところ、潮ではなく蒸気を上げるらしい。機関車か。
追い詰められると蒸気を上げ、狂ったように走り出す。動きも俊敏になり、通常の三倍の速度を出すとか。指揮官機であったか。勿論三倍は言い過ぎであり、その注釈を伝えたやつの素性が窺える。
そこまでいくとファンタジーの生態でちょっとほっこりした。しかし、カニとかタコとか茹でると赤くなるのはなんでだっけ。まあいいか。
味はクジラみたいで脂肪分が多かった。なんで海にいるわけでもないのに脂肪を蓄える必要があるのだろう。食べるものが猪と同じなら、猪みたいな味になるんじゃなかろうか。水陸両用っぽいし、魚を主食にしてるんだろうか。それならば生臭さがあってもおかしくないと思うのだが。異世界には不思議が一杯である。
太陽の位置から方角を割り出し、目的地の街へ向けて歩を進める。近くに人の気配が無いというのはやはり落ち着く。
もう夕暮れだ。少年らは野営の準備をしているだろうか。猫どもなら夜目が利くだろうが、日が落ちてから作業はしないだろう。無理をする旅でもない。
寝静まってから合流した方が都合がいい。のんびり進み、日が落ちてから走ることにする。
◆
しばし走って、なんとなしに当たりをつけて方向転換。ややあって、街道に辿り着いた。結構な勢いで明後日の方向に突き進んでいたようだ。
街道の匂いを嗅いでも、少年らの匂いは感じない。どうやら追い抜いてしまったらしい。
時刻は……私の体内時計が確かなら、22時くらいかな。朝日と共に目覚め、帳と共に寝るこの世界の住人なら、見張り以外は疾うに眠っている夜分だ。合流するには申し分ない。
然りとて、戻るのもなんだし、暇潰しがてら、ちょっとやってみたかったことを試してみよう。この辺りで待っていれば、いずれ向こうからやって来る。
何らかの不測の自体で、通り過ぎていた、或いはここを通らないようであれば、所要時間に間に合うように次の街へ向かえばいい。
こういう時、現代の人間であれば、『携帯とか連絡手段が無いと不便だな』とか思うのだろうが、私はのんびりしたものだ。三日の待ち合わせが三年になろうが三百年になろうが気にはしない。流石に骸を見付けたら諦めるけれど。
街道沿いは意図して景観を保っている可能性が高いので、奥まったところまで赴き、木を切り倒して、二、三本丸太を担ぐ。
木を切り倒すのに物質創造で道具を用立てる必要はない。自前の爪があれば事足りる。種族柄、爪は伸ばせるし。
断面は手のひらで擦るだけで、やすりいらず。枝葉も爪で軽く払う。丸太は重心が問題で一度には運べないが、軽いものだ。
ここは物質創造で束に出来るものを用意して、まとめて持った方が早いかも知れない。
丸太を運んだら乾燥だ。水分操作で乾きを与える。急激に乾燥させると木は割れてしまうが、その繊細なコントロールが出来ないほど衰えてはいない。体内に流れる血を相手にするように、生かさず殺さず、丁寧に毟り取る。
ぶっちゃけ物質創造を使えば、その辺の木など木材に早変わりなのだが、それでは風情がない。今回の目的も、前回同様素材を活かした丸太小屋なのだ。
今回の暇潰し、それは、私が目覚めてはじめて作った棲み家の再現だ。ガラスやドアノブなど、どうしても必要な場合以外、物質創造は使わない。それが手作りというものだろう? 無駄を楽しむのが人生というものだ。
そんなわけで、丸太を削って成形する。皮を剥ぎ、角で交差する部分を欠き込み、上下に積み上げる際、円いと収まりが悪いので、噛み合うように上の円に合わせて下部分を削る。
人間は工具を使って木材を加工するが、私には自前の爪があるので楽なものだ。指先の感覚で、微細な調整も出来る。仮に失敗しても、物質創造で元の形に復元し直すことも出来るし、削り出した木片も再利用出来る。
床板は平らに均すが、壁は丸太がそのまま見えるように。窓やドアが収まる部分はあらかじめ切り出してある。屋根は三角だ。屋根裏スペースもある。
床板や屋根は湿気を弾くために一度焼くとかするといいらしい。私も物質創造・きおくのえほんで勉強しているのだ。元は私の知識だけど。
窓はガラスを物質創造して作る。いちいちケイ素を集めるのが面倒だったので、ガラス片を物質創造で圧縮して持っていた。僅かな量だが、物質創造に質量は関係ない。原料さえあれば、幻とならずに具現化出来る。私がちょっと疲れる程度だ。
ドアの板も面倒なのでその辺の木を物質創造。一枚板に出来るようなサイズの木は立っていないので。今回は人里に帰りなので、ノブに使えそうな真鍮で物質創造する。理想通りの軽いドアが出来た。
丸太小屋が完成した。前回は丸一日かかったが、今回は私も慣れたもので、夜が明けるのを待たずに形になった。と言っても、まさしくただの小屋だ。壁と屋根があって真ん中にはベッドの木枠しかない。木枠だけなので、スプリングすらないのだ。これでは床に直寝と変わらん。私はスプリング付きでベッドを物質創造出来るが。
よって、小屋を拡張してトイレと風呂を作る。風呂は広めに、脱衣場を併設して。
と言っても、下水道を作るのはしんどい。排泄物は貯めて、物質創造で分解すると割り切って、風呂も枠だけで追い焚きも出来ない代物だ。浴槽だけあればいい。
すりガラスにして、換気は出来ても外から見えないように。湯気が逃げるよう煙突も付けて。風呂の水はどう流そうか。排水溝の先の地面に穴を空けて、周りを硬め、中を柔らかく水はけのよい土にするイメージ。地下水に流れてくれるだろうか。やってみて考えよう。
完成だ。住むというより、休むことが目的ならこんなものだろう。快適性は随時考える。
丁度良く、夜が明けて空が白んで来た。前回と違い、今日は睡眠を取っていなくとも、謎の充足感があって眠気はない。上々の仕上がり。私は満足だ、私よ。
風呂のお湯は水分操作を使えばいつでも一杯に出来るし、食事の準備でもしようか。調理というのは、いつでも時間がかかるものだ。
イッカクを使った夏野菜のレシピ、何かあるだろうか。竜田揚げに野菜を添えればいいだろうか。クジラなのに竜とはこれ如何に。
私程度の料理知識だと、この材料だと夏野菜のカレーくらいしか思い付かん。それでは芸がないし、別に全部混ぜんでもいいだろう。それぞれの素材を活かせばいい。
地面の匂いを嗅いで、生姜やにんにく、玉葱は見付けられる。元気に噛み付いて来るそれを例の如く大人しくさせ、煮込みと竜田揚げ、それからサラダを作る。
そういえば、私たちはにんにくが駄目と言うのを聞いたことがある。もっとも、同族のお調子者が、にんにくを丸かじりして、あまりの衝撃に臨死体験したことを、面白おかしく語っていたのを聞いただけの話だが。私たちは人間より鼻が良いので、ノーガードだと致命傷だ。
そもそもにんにくは、猪などの野性動物に齧られた際、強烈な刺激で撃退するよう進化したもの。私たちだってまんまと撃退されたわけだ。
齧るような破損をすると匂いを撒き散らすので、包丁を入れずに、皮ごと煮込むと匂いが出ないという話だ。この刺激が堪らないのだけれどね。
ただ調理するのもつまらない。特に揚げ物だ。良い油は美味しいけれど、高い。なんとか私の便利グッズを上手く使えないだろうか。
植物油は、植物の血液みたいなものだ。水分操作もある。制御出来ないことはないだろう。不純物が混ざったり、酸化しても、今の物質創造なら復元が出来るかも知れない。
揚げた後、余分な油は奪い取って、物質創造で濾過して……。ああいや、そもそも火を使う必要はないか?
「エル、見付けた」
「くんくん、良い匂い」
静かな、けれど良く通る声が街道の向こうから聴こえて来る。ロバみたいな馬のヒヅメの音と一緒だ。調理中なので鼻が馬鹿になっている。
ヒヅメの音は三つ分、当たり前だが、少年らの五人が三頭の半ロバ馬に跨がって、颯爽とは言い難い表情で駆けて来た。
「なんで置いて来た筈なのに前にいるのかとか、その小屋はなんだとか、言いたいことは色々とあるんだが、先ずは、その目の前にあるのはなんだ?」
「竜田揚げだが」
「違くてな」
私の目の前で、球状に浮かんだ熱々の油の中で、イッカクの竜田揚げに満遍なく熱が通っていく。油で竜田揚げを掴んでいるので、落ちることはなく、油跳ねもない。底の厚い調理器具を使わずとも、必要最低限の量で揚げ物が出来る画期的な調理方法だ。私以外では魔法使いにしか出来ないのがたまに傷。
からっと揚がったら木皿に下ろす。ひっぺがすのではなく、はじめから油から取り出すイメージで、余分な油も一切無い。完璧な仕事だ。これには猫どもも大満足。油を落とすついでに、余熱で火を通すのも料理なので、そのままかじると熱いぞ。そこまでは知らん。
私が居ない間、昨日の晩も朝も保存食で簡単に済ませたらしく、私が振る舞うイッカク一頭をぺろりと食べる欠食児童ども。予想通り、多目に作って良かったよ、うん。
家(を作る)事。異世界転生者にとっては当然のスキル




