「思ってたのとちょっと違いました」
白い少女は、この世界に転生してもう300年経っている。口振りからして、人間ではない別の種族に産まれたのだろう。おまけに卵生。つまり……。
「鳥獣人か」
「そーそー、服で隠れて見えませんけど、ぼくにはおっきな羽が、って違いますよ。鳥獣人さんはそんな長生きしませんし、胎生です」
「え、彼奴ら胎生なのか? 鳥型の鳥獣人も?」
「はい、そう聞いてます」
「神秘の種族だなー」
獣人には大まかにわけて三つの種類がある。人間に動物のパーツがくっついた、いわゆる人型の獣人。猫どもがこれにあたり、見た目は猫耳と猫尻尾が生えただけの普通の少女だ。人型の鳥獣人だと、背中に翼があり、小さな尾羽がある。つまり四腕だ。神秘の種族である。
次に間の、見た目は二足歩行の動物である獣人。この辺りは幅広く、子供くらいの大きさで、器用に爪先立ちしている動物の見た目をしているのから、八頭身だけど、頭が完全に猫の形をしているのまで様々だ。鳥獣人の場合は、顔が完全に鳥類で、足は鉤爪なのが特徴。腕は、器用に物が掴めるように進化した翼か、腕も鉤爪で背中に翼がある四腕と、種類がある。
最後に完全に動物型の獣人。いわゆる喋る動物の見た目。獣人と動物の主な見分け方は、公用語を解せるかどうか。つまりは声帯だ。そこに新に、白い少女によって胎生であることも加えられると思う。
鳥型の鳥獣人なんかは、人型よりも航空能力に優れ、荷運びや手紙の運搬などをしている。サイズも小型犬並から、牛並の巨鳥もいるので、武器を扱う知能も相俟って戦闘能力は高い。
でも胎生なのか。孕んでいる間は飛べないんじゃなかろうか。神秘の種族である。
私は見たことはないが、魚獣人もいると聞く。そいつらも胎生なんだろうか。
「ぼくは異世界転生の花形、竜種、ドラゴンなのです。ドラゴンは卵生で、獣人さんとは違うのです。むふー」
どや顔だ。儚げで庇護欲を掻き立てるとはなんだったのか。実に中身が見た目にそぐわない少女だ。
竜種に関しては詳しいことはわからない。図書館にも載っていなかった。ある程度の概算はあるが、この世界の常識とはまた違った点があるだろうから、白い少女から聞くべきだろう。
「聞いてくださいよー。竜って生食なんですよ? 人間の文化や料理も知ってるはずなのに、禁欲的というかストイックというか、『死者を火炙りにするなど冒涜的だ』とか、『生のままの方が精がつく』とか言って、手を加えたりしないんです。美味しいって知ってるのに!
そんなだから竜王の娘が人間に嫁いだりするんですよー! そのくせ大人だって、こっそり人間のお城に招かれて、お酒やら料理に舌鼓打ってるんだから、もーですよ、もー!」
白い少女が牛になった。もとい、愚痴り出した。
同族相手にゃ言えず、溜まっていたのだろう。事情を知ってなければ理解は出来ん。普通の竜族の子供なら、はじめからその食文化だから気にも止めないだろうが、前世の豊かな食事を知っていれば辛かろう。理由が禁欲なら、自分で料理することも出来ないだろうし。
竜族はストイックで堕ちればチョロそうということが判明した。この情報を使うことはなさそうだが。
しかし生食なのか。気が合いそうだ。人間でなくて、竜に生まれて変わっても問題なかったかも知れん。ヴァンピールドラゴン……盛りすぎであるな。属性過多だ。サブカルでも聞いたことはない。強者+強者で最強とか子供の発想である。何故いないのか、そりゃ竜はわざわざ噛みついて血を啜ったりはしないだろうて。
「あ、これも聞いてください。ぼくは未経験ですけど、エサが少なくて、産まれた子供の栄養が足りない時とか、母親がなんと無精卵を赤子に食べさせるんですよ。信じられます?」
「カエルなんかが同じ生態をしていたのじゃ。ヤドクガエルだったかの」
「かえ……っ、竜がカエルと同じですかー、確かにトカゲもカエルも鶏肉って言いますけど、けどー。
ああっ、竜も虫食べます! 高たんぱくだから! それも生で!」
竜=蛙説。新しいな……。日本じゃ龍は水神というし、そう遠くは……遠いな。北欧じゃ竜は悪魔だ。カエルじゃない。
でも、竜の卵は絶品らしい。すべての卵の頂点に位置するドラゴン・エッグ。白い少女は産めるんだろうか。自分で食うために産むんだろうか。現代人は無駄に倫理観が狭いからしないかな。私が竜に生まれていたら、いや、なんでもない。
「竜も色々と大変なんじゃのう。わらわは竜王が魔王に負けた、とかくらいしか聞いておらんが」
「ああ……はい。まあ、そのお陰で色々はしょって、ぼくはこうして自由に食べ歩きが出来るんだから、文句はないですけど」
「また端折ったのう」
「風が吹けば桶屋が儲かる的なあれです」
「三味線か」
「弾いちゃいますよー。べんべんべべん」
まあ、同郷ではあるが、我々は他人だ。今はとりあえず友好的に振る舞ってはいるが、今後はどうなるかはわからない。手の内は晒さないのが当然だろう。
会話が止まる。話せることと話せないことを吟味しているのだろうか。後は、この談義の目的か。なんとなしに話し合うことにしたが、特に議題があるわけではない。
そもそも私は人見知りだ。交流を深めようとは思わないし、頼ることもないだろう。旅の目的もなければ、生きる目的もないのが私だ。前世もそれで死んだ。
いまは精々、余生を心穏やかに過ごしたいとしか考えていない。それが最高の贅沢であるな。
「……いやー、それにしても、まさかこうして同じ境遇の方に会えるとは、思ってませんでした」
「そうか? 痕跡は世界各地にあるじゃろう。大分生態系を弄くりまわされておるぞ」
「ぼくもそう思ってたんですけどね。年号とか調べていると、転生者らしき人の功績って、時系列が被ってないんですよ。もしくは、この星の丁度裏側で活躍していたとか。だから、転生者同士は引かれ合わない! ……のかなって」
「勿論、歴史に残ってないだけで、私的な交流があったり、淘汰された可能性はありますけど」と付け加える。
更に、転生者だからといって目立った活躍をしているとも限らないものな。私のように、地味なものもいるだろう。
「オーバーフローという現象を聞いたことはあるです?」
「いや、この世界に来て日が浅いので……。はて、魔法の教練書で目にしたことがあったような」
「オーバーフロー、狂花、神降り。呼び方は地域によって様々ですけど、この世界、各地にそうした伝説が残っているのです。
曰く、国を焼かれた一村人が、家族を殺された子供が、一族郎党皆殺しにされた少女が、人知を越えた力を発揮し、軍の侵攻を退け、国を率いて追い返し、敵国をたった一人で滅ぼしたのだと」
「ふむ。なるほど」
「オーバーフローした人は全身を魔力で覆い、身体能力が跳ね上がるそうです。強い魔法使いの身体は自然と魔力を帯び、肉体が強化されるのと同じですね。魔法は女性の方が得意であるとされ、オーバーフローが発生するのは子供に多いことから、私みたいなのが冒険者をやっていても、絡まれたり舐められたりすることが少ないんですよ。
見た目じゃ強さはわからない。知らずに虎の尾を踏むこともあるまいて、ってね」
「どうりでのう。わらわもオーバーフローとやらの恩恵を受けているようじゃ」
「それだけじゃありませんよ。オーバーフローした超人が、敵国に侵攻を返せば、今度は薙ぎ払われた義勇兵がオーバーフローした記録もあります。そうして憎しみを背負った両者がぶつかり合い、両国に甚大な被害を与え、疲弊したところを魔物に蹂躙されたり、隣国に盗まれたりしたそうで。
以来、非武装民を危険に晒さないという協定が世界中に広まり、戦争にルールが設けられたりしているそうです。こっそり破って戦利品を頂こうとした兵士がオーバーフローを引き起こした例もあり、今ではどこも休戦状態で、侵略しても割りに合わんと、商業戦の様相を呈しています」
「核の抑止力だな。クリーンな暴力じゃ」
「上手いこと言いますね。ピンチによって目覚める英雄、もしも、これが全て転生者さんだったらえらい数です。転生者さんのバーゲンセールです。どう思いますか?」
「逆かもしれんの」
「逆です?」
私は門外漢であるが、そも、輪廻転生というのは選ばれた人間のみが辿り着ける極致であろうか。転生者だけが転生者であると、観測出来たものはいない。一寸の虫にも五分の魂というだけに、この世の生命の全てが転生体であると仮定したなら、生前は何であったのか、前世の記憶があるのか、それが分かれ目だろう。
そのようなことを白い少女に語って聞かせると、白い少女もふーむと顎をさすって思案気だ。神秘……いや、もういいや。
「人類総転生者理論ですねー。目覚めるか、目覚めないか……、人一人が一生かかっても果たせないような戦果を上げるのですから、チートを貰ってるかどうかも関わってるんですかね。この世界の転生者か、別世界から来たことによって、ギフトがあるのか……」
「チート?」
「え、ありますよね、異世界チート。ぼくなら内部の時間を停止してなんでも入るアイテムボックスとか、魔力感知とか……。大抵の異世界転生では、何かしらありますよ。異世界は過酷ですから、何か生きていくための武器がないとすぐ死んじゃいますって」
「いや、それらしいものは持っとらんのう。むしろ、生前と比べると、若干肉体が脆弱になっているきらいすらあるのじゃ」
「ええ……異世界転生して弱くなるなんて、それこそ聞いたことないですよ……」
「まあ、わらわからすると、日光を浴びても平気なことこそチートみたいなものじゃ。もし生前のままだったら、目覚めた時点で日に焼かれて、すぐ死んじゃってますのじゃ。異世界は過酷じゃのー」
「い、異世界関係ない! うーん、あまり参考にならない人なのです」
「ほっほ。件の話じゃが、一人の力とは限らんぞ。オーバーフローが逆境なれば、それは一人ではない」
「……そうか……。じゃあ、死者の力を束ねて魔力に……?」
「可能性の一つ、というだけの話じゃがの。仮説は出ようが、確たる答えは導けんのじゃ」
「検証が出来ない以上、まだまだ情報を集めないといけませんね。長い長い竜の生、なかなか遣り甲斐がありそうです」
白い少女は意外と頭が回る方らしい。300年生きていれば暇潰しを覚えるか。私レベルになると、何も考えずにぼーっとしている時間が一番の贅沢なのだけれど。
興味もなかったのでぼーっとしていると、思索から返って来た白い少女が、今度は私の顔をじっと見詰める。その瞳には逡巡が見えるが、意を決して、話すことにしたようだ。
「さっきも話しましたが、ぼくは魔力を感知することができるのです。それも、惑星儀でどこでも見渡せるみたいな感じで。
……一年程前突如として現れた、強大な魔力を追って、ぼくはこの街に来ました」
「ふむ。くまでも現れたかな」
「あなたですよ。異世界転生者さん」
まあ、この話の流れからするとそうだろう。しかし魔力ってなんやねん。私はそんなもの、一度たりとも感じたことはないぞ?
「吸血鬼って大抵、魔力多めキャラですし」
「そういうもんかの。わらわは魔法なんて使えんから、よくわからんのじゃ」
「ですか? けどびっくりしましたよ。竜種よりも魔力が多いので、最初は何かのミスかと思いました。まさかまさかとドキドキして、いざ遭遇したらそのまさかですもん。あんまり見えないかも知れませんが、今も興奮してます」
見えるよ。テンション高いなーって思ってる。人間に300年は長かろう。孤独ではなかったように見受けられるが、同郷というのは嬉しいものか。私は故郷も覚えてないのでわからんのだが。
白い少女はお喋りを楽しんでいるようだが、あまり遅れると少年らに心配をかけるかな。まあ、半ロバ馬のスピードなら走れば追い付けるし、最悪次の街に行けば待っているだろう。
街まで五日は掛かるので、流石にそんなお喋りは楽しまないが。
「竜より魔力の多い生き物なんて、それこそ魔王くらいだと思ってました。封印されていた魔王が蘇ったとか、色んな想像しましたよ」
魔王って竜より魔力が多いのか。封印された魔王とかいるのか、いや、白い少女の妄想も混じっているのかな? 現代人は色々知識があって、想像力豊かだから。
それと、これは白い少女なりの牽制も含まれていると思われる。お前魔王じゃねーの? 元吸血鬼って、人類に敵対するの? とな。探るような視線を受ければわかるものだ。
物語なら兎も角、剣と魔法のゲームなら、モンスター扱いだからそう思うのも無理はない。
「それでも今代の魔王は、あなたの10倍以上の魔力を感知出来るのですけど」
つまりは竜の10倍以上か。どうやら魔王とやらは強キャラらしい。魔力というのが何の判断基準になるのは、未だに判別出来ないが、近付かない方が良さそうな相手だ。
「……里の大人はプライドばっかり。竜王を卑怯な罠に嵌めたとか言ってますけど、あんなもの、どう逆立ちしたって勝てる相手ではないのです。大人はそれをわかってない」
「だから新たな王が必要だと? さしづめ貴様は、説得のために遣わされたといったところかの。それなりの立場もあるんじゃろ?」
「ご明察です。『銀竜の御子』がぼくの立場なのです。竜族でもっとも魔力の強い者が選ばれる、神の代弁者なのです。カミサマの声は聞いたことないんですけどー」
白い少女が銀竜なのだそう。歴史を紐解いても銀竜は例がなく、レア中のレアだと白い少女は語る。異世界転生っぽいな。
因みに竜王は金竜。老いた竜王の娘と、幼い孫がおり、暫定的に竜族を纏めている。力ではなく、先王の血によって辛うじて。
竜王の子は姉妹で、まだ若い妹もおり、力も強いので、新たな竜王になって欲しいのだが……。
「何を隠そう、人間に惚れて里を飛び出した娘なのです。その夫が勇者ヨウで、今はヨウの国で女王として国を治めているのです。
強くて美人で治世に優れた善王ですよ。ヨウの国は千年先まで繁栄が約束されると言われてます」
「それを連れ戻せと?」
「無理ゲーですねー。まーぼくもヨウの国に行くことは無さそうです。一度里を出ればこっちのもの、面倒なお役目は捨てて、バレずに旅を続けてやりますよ」
ミイラ取りがミイラというやつだな。白い少女の場合ははじめから包帯を持参していたようだが。
「訊いてもいいかの?」
「なんでしょう。答えられることでしたら」
「一年程前に突然、私の魔力を感知したなら、やはり私は転生ではなく転移ではないのか?」
「言いにくいことをピンポイントで……、えー、あー、そうですねー」
白い少女は言葉を選び、私の顔色を窺いながら、意味もない音が咽から出る。やがて、観念したのか、俯き加減の上目遣いで、「誤解しないでくださいね?」と、人指し指をくっつけ合いながら答えてくれた。
「10年程前から、世界各地で異変が起きはじめています。くまーの目撃情報然り、変異種モンスターの異常発生然り、埋まっていた遺跡の隆起然り……、その原因と傾向も併せて調査していたところ、一年前に強大な魔力を検知しましたので……」
「新たな魔王が復活したのではないか、と」
「はい……」
ふむ。これは私が魔王で無くて良かったと見るべきか、原因が別にあるのではと嘆くべきか……。
困るなぁそういうの。何も私が来た時に合わせて異変なんて起きないで欲しい。迷惑な。
……本当に私が原因ってことはないよな? 確かに、接ぎ木ジカだのアカカガチだのレッド・オーガだの、世間一般でレアと言われている変異種とよく遭遇しているけれども。原因に心当たりなどないぞ?
「んーむ、原因とやらに心当たりはないが、変異種を見掛けたら食べておくかの。美味しいし」
「そんなもんですかー」
別に私は白い少女の真意とかに興味はないんだがな。人間というやつは、自分が不利にならないように腹を隠して立ち回り、簡単に胸襟を開いたりしない。私としては、はじめから本音を語れば、無駄に拗れることも減ると思うのだが。
それが出来るほど人間は強くないのに、争えないほど弱くはない。矛盾を抱えて人は生きる。それが人類の選んだ進化故に、人はそこで頭打ち。
人同士が誤解なくわかりあえる日が、いつか来るのだろうか。それは、人の進化ではあるまいが。
まあ、総じるとどうでもいいんだがな。人の行く末に興味はない。私は静かに眠れればそれでいい。
白い少女はどうだろうな。
「……」
私の視線を受け、真っ正面から返す白い少女。量れるほどの情報は私にはないし、300年生きただけあって、巧妙だ。そも、私の知識は対人が主で、竜の相手はわからない。
白い少女はにへらっと相貌を崩し、子供のように勢いをつけ、足のつかないベンチから跳ね降りた。
「そろそろいきます。ぼくは魔力感知が出来ますので、何かあったら探しにいきますね」
「ギルドで手紙の配達をして貰えるんだから、連絡くらいなら、そっちに頼めば良いんじゃなかろか」
「あ、言われてみればたしかに。ぼくうっかりしてました。えへへ」
竜だけあって、移動は速いんだろうか。もしそうなら、一年前に現れた私に飛んで来なかったのが疑問だが。
「それじゃあ、何かあったらCランクの冒険者パーティ、青眼のアルマに手紙をくださいね。何もなくてもお手紙くれて構わないですよ?」
「気が向いたらの。……パーティ名ってあるのか?」
「え? ええ、その方がわかりやすいですし、名前も上がりやすいですよ。そちらはないんです?」
成る程。パーティ単位での呼び名か……。確かに、あるとわかりやすいかも知れん。私が呼ぶのに。
名乗っていないのは何か理由があるんだろうか? 今度、提案してみるか。二文字くらいでわかりやすいのがベストだ。いや、『少年ら』でも構わないか? 面倒だしな。
こっちは小さいエルフだとか言っておけば、特徴は伝わるだろう。私が別の生き物に擬態をしていなければな。
「えへへ。今度はゆっくりガイアの転生者トークしましょうね。じゃあまた!」
「待て。いや……待て。ちょっと待て。何か、重大な齟齬がないかな? 私たちの間に」
最後の最後で爆弾が放り込まれた。白い少女、ちょっとお話しようか? 五日くらいなら付き合うぞ? この疑問を解消するためならな。




