「遭遇 ーthe encounter of Reincarnationー」
明日出来ることを、今日するな。という怠惰とは無縁の少女なのか、日が昇る前から私のベッドに近付き、目を開けた私とアイコンタクトで部屋を出る。
音が出ないよう、物質創造でドアを圧縮し、通った後で元通りにドアを物質創造する。端から見ると、ドアが消滅し、潜り抜けた後で元に戻ったように見えるだろう。最近、どのレベルになると猫や少女がツッコミを入れるのかドキドキしている私がいる。
少女の目的は案の定、朝稽古だった。今までもこうして、独学で特訓を繰り返していたらしい。投擲技術は、残念ながら虫の息だったが。
教えるのは棒術だが、基本は体捌きから。棒を扱うにも足捌きは大事だし、武器を失えば殴る蹴る、噛み付いてでも食らい付くのが人間の基本理念だろう? 先ずは追い詰めて追い詰めて、がむしゃな生き汚なさを染み込ませようか。
この世界、これだけ技術が進歩しているのに、私は時計を見たことがない。
日の出と共に鐘が鳴り、中天に来る頃鐘が鳴り、日が沈んだら鐘が鳴る。
太陽と共に活動をはじめ、日が落ちれば眠りにつく。ある意味健全で健康的である。時節によって日の入りと日没は違うので、理に適っている……のか?
朝の鐘が鳴り、猫どもがやって来て挨拶もそこそこ、昨日の答えを教えろとすりよって来るが、約束だったので頑として教えない。別に勿体振るレベルではないのだけどね。ネタバラシした時の落胆が楽しみである。こらそこ、ほっぺをむにむにするな。
少女は何度も地面を転がされたのでぼろぼろだが、あまり時間がなかったので、体力的にはまだまだ余裕がある。
擦り傷、打ち身などは自前の回復魔法を使って貰って、頭から水を被せ、擦りきれてしまった簡素な部屋着を、物質創造で新品同様に復元する。
水をぶっかけた程度で汚れは落ちまい。水分操作を使い、水を少女に纏わりつくように留め、加えて水流を作って汚れを落とす。
本来は、自分で擦って貰うつもりだったのだが、突然のことで苦しそうにしてたので、耐久実験に切り替えて、私が人間洗濯機をしてやったのだ。これから水辺に行くわけだし、突発的な水害には心構えをしておくべきという、合理的な判断からである。
水を飲んだ少女からは恨めしげな視線を貰ったが、見ていた猫どもは好奇心の瞳で私を見ている。|高潔な魂《nine lives.》を持つ猫でさえ殺すという好奇心。猫どももそれには抗えんか。
濡れたままの少女を放置するわけにはいかず、先程のでコツを掴んだ水分操作で、少女の身体を乾かす。危ないところだった。何も考えずにやっていたら、少女の中身ごと水流でシェイクするところだった。
正確には、少女の体表に付着した水だけ動かすイメージで、少女の身体から余分な水気のみを取り除く。だから、気持ち良さはないだろう。
自分が掴んでいた水で、少女の身体を包んだ時、濃淡による差を明確化したところが大きい。怪我の巧妙というか、災い転じてというか、何事もやってみるもんである。
髪だけは濡らしたままに留め、猫どもがタオルを少女の頭に被せ、私がドライヤーの温風で乾かす。別に意地悪をしたわけではなく、髪は加減がわからなかったのだ。乾き過ぎてかっさかさにでもなればことである。
そういえば、温風を当て過ぎると髪が傷むと聞いたことがある。タオル越しに温風を当てるのもそのためだ。だが、冷風では風邪を引いてしまわないかな? ん、動いて暑かったから冷たくてもいい? じゃあ、最初は温風でして、手早く済ませられなかったら冷風にしようか。髪より、頭皮に湿気を残さないようにと。
少女が終わったので、待ちかねていた猫どもに水流サービス。水は宿屋の井戸から持って来た。冷たくて気持ちがいい。
今は夏だ。寝汗もかいたろう。朝シャワーなんて贅沢な文化は冒険者にはない。風呂好きの猫どもには水魔法の有り難みも一入か。水の魔道具とかないんだろうか。
猫ども二人で差別はしない。二つの水を同時に扱って濡れ猫にし、少女と同じ手順で乾かした。寝間着は使い古しでよれていたので、ついでに復元した。
二ヶ所同時の水分操作くらいならわけないが、ドライヤーを考えてなかった。二つを物質創造して、片方に無駄コードを作り、私の腕に巻き付け、私から離れてなーい状態にして少女に手渡す。タオルは当人に拭いて貰った。
ドライヤーなんてスイッチの場所さえわかれば誰でも使える。すぐに少女も扱って、黒猫の烏の濡れ羽色の長い髪に温風を当てる。
コードを腕に巻いたのは失敗だったかも知れない。はしゃぐ少女に引っ張られないよう伸ばしたら、案の定コードが黒猫に巻き付いていた。薄い寝間着にコードが巻き付いて、強調された一部分に少女が恨めしい視線を向けているが、自業自得だからな?
猫の髪は少女より長いので時間がかかったが、猫どもは温風がいいらしい。あったかーいと眠くなる。まだ朝だ、起きろ。背中に水滴落としたろか。水分操作で氷も作れるぞ。こら、食うな。
朝から小綺麗になって部屋に戻り、出立の準備を整え、宿で朝食をとってチェックアウト。少年よ、遅くなったのに苦言を呈するより、こざっぱりした猫どもに、小綺麗になったとでも言ってやれ。もてないぞ。
◆
宿屋は宿屋。朝食は別にとるらしい。
これは少年らが食い意地を張っているわけではなく、いや、実際張っているのだが、今日はこの後街を出るので、昼食を食べずに食い溜める腹積もりだ。
私は宿の食事で十分だったので、一人別行動して、次の街への移動中の食事を購入する。パンは腐らない分だけ……まあ、いくら夏場とは言え、次の街までは持つだろう。
新鮮な野菜を幾つか、道中寄り道しないことも考えて、肉もブロックで買っておく。これは水分操作でつくった氷の塊に、絹で包んだものを添えて劣化を遅らせる。パンとは別の小袋に入れ、肩から担いだ。水漏れしない布でもあれば、パンと同じでもいいのだが。
買い取り所のおっちゃんから貰ったずだ袋は、大きな巾着袋みたいな形状だが、肩にかけられた方が手放し出来て楽か。物質創造で提げられるように改造しておく。
塀の門前、ベンチに座って少年らを待つ。もう既に早朝は過ぎ、人の出入りは段々と増え始める時分。威圧-で注目されることはないが、私が普段好む格好は、この世界では貴族のご令嬢でもないと普段着にしないような服だ。まあ、文明レベル的にそのくらいの時代なのだろう。
要するに、私は普通にいるだけで少し視線を集める存在なわけで、服を変えるべきだろうか。しかし、最近のファッションはよくわからん。私の感性は、率直に言って少し古い。
考えても答えの出ない事柄はある。そういう時は、問題を棚上げして後に回すのが長生きの秘訣だ。
そうこうしている内に、私の鼻が、ロバなんだか馬なんだか半々な獣の匂いと共に、ここ最近で慣れた少年らの匂いを嗅ぎ取る。
視線を向けると、大通りの向こうから、感じた通りの姿
が見え、遠くから私に手を振ってくれた。街中なので、声を張り上げることはなく、側まで寄って声をかけることにしたようだが、少年は物言いたげな目で、少女と黒猫は何かを話している。
「来たか、少年」
「待たせたな。……なに、その服」
私が拾って、育てた人間が通った、ハイスクールの制服だが。
無論、サイズは私に合わせたもので、ぶかぶかではない。ついでにスカートも長くしてある。昨今の若者のスカートって短過ぎるんだ私。あんなんじゃちょっと飛んだり跳ねたりしたら見えちゃうだろ、はしたない。スカートの中身は見えそうで見えないからいいんだろ? はしたない。
少年の後ろに乗った黒猫も、一人で半ロバ馬に乗った白猫も興味津々だ。ひげがあったらこっちに向けている。
食文化や利便性などは異様に発達しているが、被服関連は見た目相応であるからな、ブレザーは物珍しいか。これでは服装を変えた意味がないな。却って目立つ。
足の付かないベンチから、飛ぶように跳ね降る。やはりたっぱがないと少々不便よな。もう少し大きい方が良かったろうか。今更だが。そんな風に、いつもの如し表情には出ない無駄思考をしている時、それに気が付いた。
それは異質でありながら、どこか奇妙に慣れ親しんだ感覚だった。
足運びの音を聴けば、人間の強さは大まかにわかる。少年並みの実力を持った二人は兎も角、その二人と同道しているもう一人。この距離になるまで違和感を覚えなかった。
体重が重い。密度の極めて高い某かを、無理矢理人の形に収めたかのよう。それでも極力人間並みの音と震動になるよう、気を遣った足運び。
少年が前に言っていた、体重500㎏の冒険者ならこれくらいになるのかも知れない。けれど、これには匂いすら無い。肉の匂いも、鉄の匂いも、勿論消臭剤の匂いも。それから漂っては来ない。
何か、私には計り知れない異様なものがいる。私の視界の外、新に街の外からやって来たものだ。
「あ……」
そこから囁くような声が聴こえた。声は年若い女のものだ。幼い、と言ってもいい。
迂闊な動きは出来ない。しかし、対外的には私がいつものように眠たそうな半眼でぼーっとしているように見えるようで、少年は半ロバ馬の上から手を振って声をかける。
「エノレフ? おーい、起きてるかー?」
私は返事をしない。その代わり、先程聴こえた位置と同じ場所から「エルフ……エノレフ……?」と聴こえて来て、私はようやく声の主に、ゆっくりと振り返る。
目が合った。視線がかち合い、それはびくんと身を震わせる。
それは白い少女だった。年の頃は12~3で小柄、夏場だってのに、首から足元まで厚ぼったい法衣のようなものを着込み、手袋に襟巻きまでしている。手袋はぴったりとしたもので、首から上の肌の白さも相俟って、それほど目立ちはしないが、手指からはシワも爪も見えない。
雪のように白い肌に、白を基調とした青ラインの法衣、銀糸の髪に、青眼を軽く見開いてこちらを見詰めて来る。頭の天辺からくるぶしまで、一言で言うなら白い少女。
どこか儚げで、雪の精と言われても納得出来るそれと。
これがはじめての出遭いだった。




