「世界には色んな国がありました」
「ここから進路を海辺に取る。海岸線を東の隣国に進むか、船で海の向こうへ行ってみるか」
少年が地図を持ち出し、私たちはそれを囲って合議を行う。
正確な縮尺図ではないが、どこに何があるかは一目でわかる世界地図だ。こんなものが一般市民である少年の手にある時点で、この世界の文明が一定水準を越えているのがよくわかる。
正確な測定をした縮尺図も存在しているらしい。高価なため、国や貴族、大商人の類いしか所有していないが、ギルドに行けば誰でも見れるんだとか。少年が持っているのは安価な量産品だ。手書きで「馬を走らせて何日」とか、「安楽亭の卵焼きが旨い」とか書いてある。
完全な地図は、なんでも、とある変態が生涯を掛けて正確な距離を計測しながら地図を描き、その遺志を汲んだ鳥獣人達が完成まで漕ぎ着けた、歴史ある品だそうだ。
当然、正確な地図は戦争にも有効であるし、国益にも影響する資産だ。流出や争いなど、紆余曲折を経てもなお、戦火に焼かれず完成した経緯から、この世界地図は平和の紡ぎ手と呼ばれている。
「平和の紡ぎ手見てこい」「平和の紡ぎ手によると、この国まで○日かかるから……」という会話がなされているので、少し面白い。
この世界で使われている長さの単位は、1フォースが約2.4メートル。100フォースで1フューア、240メートルで、それ以上の単位はない。
フォースは馬の鼻先までの長さ。それを百回繰り返した場所に印をつけ、そこまで届く魔法を使って距離を測ったのだとか。マンパワーである。コンディションにも影響しそうなものだが。同じ飛距離を維持するのは大変だろう。
んで、平和の紡ぎ手に使われている、初代変態が提唱した単位は一つで、約7.7フューア。メートルにすると1852メートル。国際海里であるな。
平和の紡ぎ手、どっかに変態の署名でもないかな? 読めると思うんだ私。まあそれはそれとして。
「聞いていなかったのだが、少年らに旅の目的はあるのかな? 行き先のない武者修行であるとか、どこかの国を目指しているとか。現地で本場のものを食べてみたいとか」
「産地で直接食べるものはうまい」
「本場のわふー料理は食べてみたい」
「旅の醍醐味ですね。地域によって味付けの傾向が違うので、口に合わないと少し辛いです」
「濃い目の味付けの国は堪えるな……。暑い国に多い気がする」
「フランツまで……なんで食い物の話になってんだよ」
猫どもが真っ先に食い付き、早速逸れた話に少年が項垂れる。
しかし、聞き捨てならないことを言ったぞ? なんだ和風料理って。和の国があるのか? 何故か日本人の作る異世界には必ずあるという、ハカーマやブシドー、ニンジャスピリッツが飛び交う神秘の国か?
「? わの風じゃなくて、わふー。犬獣人が広めた料理」
「香りが豊かで、落ち着いた味付けをしている。ミソやショーユ、大豆が原料の調味料や、ダシを使った調理法は、ここから広まったとされる」
じゃあなんで名前がわふーなんだよぅ。わふーがあるならにゃん風もあるのか。猫獣人は料理しないって? 差別じゃないのか。ここに作為的なものがなかったら詐欺だぞ、おい。
わふー料理は米を主食に魚や根菜など、ヘルシーで精が出るものが多い。淫魔も知っていた天ぷーらもこの領分だ。猫どもの好きな和菓子も、呼び方はわふー菓子。
反面、カレーライスやカツ丼、ナポリタンにオムライス、ハンバーグにラーメンなどといったものはヨウの国発祥のヨウ食と呼ばれるんだとか。
焼きそばやお好み焼き、TAKOYAKIなんかはコナモノと呼ばれ、また別の国の文化である。もー好きにしてくれ。
「ヨウの国は勇者が興したと言われる国」
「カイの憧れ。ヨウは一介の冒険者から立身出世した」
「年頃の男なら誰でも憧れるんだよ。フランツなら、わかるよな?」
「まあ、な。憧れないと言えば嘘になる」
相応に現実を知ったであろうおっさん。少年の言い分を否定しないのは、おっさんの優しさだろう。どこかで少年ならば、という思いがあるのはわかるよ。
しかし……勇者ね。勇者ってなんだ?
私は地図に赤字で書いてある枠、魔王の領域とされている場所を指差し、少年に問い掛ける。
「少年は魔王を倒すつもりなのか? 勇者となるために」
「ん? いやあ、流石に無理だよ。魔王は倒せない」
他の四人も、当たり前のように頷いている。……穏やかだな? なんというか、覇気が感じられない。魔王ってなんなんだ? 敵じゃないのか?
例によって、世間知らずの私におっさんが解説してくれる。魔王すら知らなかったのか……と流石に呆れ顔だ。生まれてこの方故郷の森を出たことはなかったのでね。嘘は言ってない。
「魔王とは、この世界で最も強い魔王に与えられる俗称だ。現在の魔王は、海の底に棲んでるとされる」
「流石に海の相手とは戦いたくないなぁ。勝てる気がしない」
「空と海は諦めたいにゃあ」
「人間地に足をつけてなんぼだにゃあ」
少年だけでなく、猫どもも及び腰だ。現実が見えてる。
足場は大事だ。相手の領分に踏み入ることの不利は筆舌に尽くしがたいものがある。しかし、この覇気の無さはなんだ。全く口惜しそうじゃない。
「現在の魔王は、自分の縄張りが侵されない限り非常に穏やかで、そこに書いてある、魔王の領域に人間が侵入しても、基本的に襲われることはない。
ただし、海に潜るとアウトだそうで、釣糸くらいなら気付かれないが、素潜りとかすると命の保障は出来ない。事故や遭難した場合の生存率から、やっぱり横断するのは躊躇われるな」
魔物の領域と印されているのは、この国より南の海域だ。領域内に大陸はないが、小さい島がいくつかあり、?と書き込まれている。
海のど真ん中ではあるが、既に迂回路が確立されており、国交に問題はなく、たまに出る高速便も被害があったことはないのだとか。むしろ、海戦でもして魔王を怒らせたら事だと、休戦条約が結ばれた国もある。
「現在の、ということは、魔王が脅威であった時代もあるのだな? 冒険者のAランクが、魔王を討伐出来るくらい、との目安があるように」
「ああ、まさに勇者ヨウの時代がそうだった。勇者ヨウは、いくつもの国を滅ぼして来た魔王を、竜族の長……最も強き竜、竜王の協力を得て倒したとされている。
以来、竜王が魔王を兼任し、竜王より強い魔物が現れることはなく、世界は平和だったんだが……」
余談だが、ドラゴンは魔物ではなく、意思の疎通が出来る、竜族と呼ばれる種族の一つらしい。ただ、人間や獣人といった対等な関係ではなく、人よりも優れた生き物として上から目線なのはエルフと似ている。交易がないのは妖精などと同じだ。
だから、あくまでも竜王は魔王ではないと主張している。ただ、魔物を抑制している存在として、畏敬を集める必要はあったらしく、魔王を名乗っていたのだとか。よくわからん。
まあ、翼竜とか地竜とか、知能を持たない、卑竜と呼ばれる魔物と似ているので、人間から見ると同じ括りの扱いになってしまうのだが。
「人間に友好的であった竜王が、新たな魔王に倒されてしまったと」
「そうなる。実際のところどっちが強かったのかわからないが、話によると、魔王を討伐に行った竜王は逃げ腰の相手にのらりくらりと躱され、水の中相手に有効打を与えられないまま疲労し、水の中に引きずり込まれてしまったんだとか」
「詳しいことが伝わっているな」
「口の軽い竜族がいたらしい。魔王の卑劣さと、正面から勇敢に戦った竜王の雄姿を伝えたかったんだろうが……」
「なんで逃げなかったんだろうな、竜王」
退けない理由があったんだろうか。見てた者がいるらしいが、まさか見栄を張って逃げらんなかったんじゃなかろうな。
勇者ヨウがいた時代は結構な昔だ。以来、竜王が魔王を、現在の魔王が現れたのも、おっさんが生まれるより前のこと。魔王の脅威を知らない世代だから、少年らは魔王に対してこんなに気楽に構えてられるんだろうな。
魔王が人間に敵対的であったなら、もう少し街の雰囲気とか悪かったかも知れない。
「勇者とか魔王についてはなんとなくわかった。話を戻すと、少年らの旅の目的はなんだい? 食い物関係は除いて」
「それはいいんだが、エノレフの方はどうなんだ? 目的地とか、優先したいことはないのか?」
「諸国漫遊食い道楽かな」
「わふーわふー」
「ヨウ風ヨウ風」
「酒も欲しいな」
「季節や国の果物も、個性があっていいですよね」
「話が戻った……!」
悪乗りするメンバーに、一応は話をまとめる必要がある少年の心労がマッハ。可哀想になって来たので、さっさと今後の方針を定めて明日に備えることにする。
「基本は武者修行の旅だけど、大まかな目的ならやっぱり、ダンジョン攻略とスカーフィスの街かな」
「だんじょん」
またか。偶然同じ発音になったわけではないんだろうな。きっと。
本来の意味は地下牢だった筈だが、サブカルの方なんだろう、異世界的に。
私の世間知らず再び。聞き覚えのある私に、特に疑問もなくおっさんがダンジョンについて解説をしてくれる。私の認識と食い違っていることも多かろうて、大人しく話を聞く。
曰く、ダンジョンは、世界各地に点在している、モンスターの巣窟。ダンジョン内の魔物を掃討したとしても、時間経過でどこからともなく現れる。
そのため、街周辺や森で獲物がいなくなった冒険者も安心の狩り場らしい。この時点でもう残念感しかない。
ダンジョンに出現する魔物は、放っておくとダンジョンの外にまで湧いて来るので、一定以上討伐人員が必要なのは間違いないが、基本は美味しい狩り場として扱われている。
ダンジョンの周りには人が集まり、持ち帰った獲物をその場で売り捌き、商人が買い付けて流通に乗る。当然冒険者向けの商売も潤うので、出てくる魔物の需要によっては、囲うように街が出来上がるのも珍しくはない。
大体のダンジョンには階層があり、階を進むごとに歯応えが増す。そこそこから上級者まで、幅広く対応出来るのも魅力だ。流石に初級者にはお奨め出来ないので、冒険者同士のトラブルにはなり難くなっている。
ダンジョンにはボスと呼ばれる存在が居り、それを倒すことが冒険者の目標の一つとされている。
また、ボスを倒すと入れる宝物庫には、武器や防具、宝石に貴金属、食糧が保存魔法により大量に保管されており、未踏破のダンジョンは、一攫千金を狙う冒険者の憧れとなっている。現在、流通を一手に引き受ける保存魔法の魔法陣は、これを基に研究して作られたものだとか。
そのラインナップから、ダンジョンとは、先史文明が作った防衛拠点ではないかと言われている。図らずも、ダンジョンの由来である天守閣に繋がってしまった。
「エノレフに会うまで、俺達はこの国の西の隣国に向かっていたんだ。噂じゃ、迷いの森っていう、人を寄せ付けない場所があるらしい。
そういう異常な場所はダンジョンの防衛機構がある可能性が高い。もし、誰も入ったことがないダンジョンなら、見付けただけでも報奨ものだし、ダンジョン踏破の夢がある。
エノレフはあっちから来たんだろ? 何かそれっぽい話を聞いたことはないか?」
迷いの森。聞いたことがある。何せ私が暮らしていた場所だ。
しかし……あれはダンジョンではなかろう。少女も人が入れないと言っていたが、私も少女もそこで暮らしてたんだし、信憑性は薄い。
「迷いの森という話は聞いたことがあるが、ダンジョンではないんじゃないかな。話に聞くダンジョンならば、討伐しなければ魔物で溢れ返ると聞くが、むしろあの周辺は平和そのものだったよ。精霊がどうとか、神聖視もされていたし、可能性は低いんじゃないかな」
少年らは「やっぱそうか」と、あっさり興味は失った。私がごねただけで進路を変えるぐらいだ。元々期待はしてなかったのだろう。
ダンジョンには別に興味はないので、もう一つの目的という、なんとかという街について訊ねる。
「スカーフィスの街は、ここよりずっと西の先にある国にあるんだが……」
少年が地図に指を添え、ずーっと動かしていく。この距離だと、東回りの方が近そうだが、縮尺が正確ではないからそう見えるだけであろうか。
少年によると、別に急いで行くつもりはないらしい。むしろ、ダンジョンの一つでも攻略してから向かいたいところ。
「スカーフィスの街には、世界で唯一、調べた相手の強さが数値でわかる魔道具があるんだ」
……ああ、なるほど。少年は好きだよな、そういうの。
よく見ると、周りとは温度差があるようだ。猫どもと少女は興味なさげ。おっさんだけは興味がない振りをしている。男の子だな。
これもまたとある変態が、生涯を懸けて実用化に漕ぎ着けた。実力がわかれば大言壮語を吐くやつの化けの皮が剥がれるし、魔法の才能がわかったり、不遇な扱いを受けるものの出世に繋がると、表向きの理由は幾つかあるが、『俺はこれを作りてぇんだ』という、漢らしい我が儘で強行したと歴史に伝わっている。死んだ後に評価される類の職人だった。
私は行かなくていいな。向かう場合は別行動をとろう。
「ここから一番近いダンジョンは、海の向こうにある諸島の『海底トンネル』。比較的手頃で、ボスもそんなに強くないって話だ。俺達は船で旅をした経験は無いし、行くのを躊躇ってたんだが……」
少年の視線が私に向く。ふむ、私を加えたことで、何らかの心境の変化があったのかね? 躊躇っていたものに挑戦しようと思う、前向きな要素が。
「エノレフの水魔法があれば、飲み水や体を拭くことは出来るんだよな?」
「無から水を出せる訳ではないよ。例えば、火口なんかでは難しいね。砂漠なら水脈や多肉植物があるし、大丈夫なのだけれど」
「海の上ならどうだ?」
「可能だよ。海水から純水だけ抽出すればいい。簡単とまでは言わないけれど、探さなくていい分気持ち楽ではあるね」
「じゃあ、エノレフ頼りで申し訳ないけど、進路を海に取りたい」
無論、飲み水などの用意はするが、見渡す限りの大海のど真ん中で、人なんてちっぽけなものだ。船乗りは信心深い。寄る辺がなければ心が持たない。
少年は海の恐ろしさをよくわかっているようだ。臆病なくらいが丁度良い。かくいう私も海は怖い。太陽を遮るものがなにもないから。
生前、コンテナに潜んで移動したことは何度かあるが、もしも船が沈没したらと思うと気が気でなかった。深海ならまだいいが、日が差し込む程度の深さしかなかったら、棺桶に身を潜め、日が落ちてから地道に泳ぐしか方策はない。流石にぞっとする。
「エルがいるなら水飛沫もこわくない」
「エルがいるなら潮風でべたべたしても大丈夫」
「エルさまさま」
「エルさまサマー」
「完全に便利屋扱いだな。まあいいんだが」
私も物質創造なんかを便利グッズ扱いしている身だ。私自身を便利に使ってもなんら問題はない。
海か。日本の猫は魚を好むというが、猫の好物はネズミだ。日本の猫は、日本人が魚を食っていたから魚を食っているに過ぎず、イタリアの猫はパスタを啜るし、インドでは勿論カリーを食す。
猫どもも、魚はこれといって好むわけではない様子。私も魚は苦手だ。生臭さが先行し、血を啜りたいとは思わない。
然りとて、今の私は人間で、人間には調理という文明がある。実際、草なんて何が楽しくて噛まにゃならんのだと思っていた私だが、野菜というのは甘いのだ。炊いた米とか、噛めば噛むほど甘さが出てくる。
食わず嫌いは止めて、海産物にも挑戦してみよう。いざやダンジョンに赴かん。まだ見ぬグルメを求めて。
エノレフさんはあまり食文化の常識は持ち合わせていないので、野菜とかパンとか米は草だと言って憚りません。
スイカやトウモロコシはフルーツ。甘くて瑞々しいから。




