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「宿屋の人には怒られました」



 宿屋に戻ると、少年とおっさんが日課である武器の手入れをしていた。

 気紛れな猫どもであるが、自分の命を預ける武器は人任せにしない。洗濯したんだから代わりに研いといて、とか言うことはなく、少年らに倣って手入れを始める。少女は消耗品のチェックだ。

 私も手入れは必要ない。少女の方を手伝う。テントとか寝袋とか、破損してたらこっそり手直ししてやろう。

 何やら見慣れないものも散見するが、少女に聞いたところ、便利な魔道具だそうだ。灯りを付けたり火を点けたり。使い捨てで、いざという時のために備えてあるんだとか。劣化はしないんだろうか。


「……そんなわけで、エルってた」

「えるえる」


 人のことを動詞にするな。

 手入れをしながら口も動かす。猫どもは少年らにさっきのことを伝えていたよう。少年は笑ったりせず、真面目な表情だ。下ネタ以外受けが悪いのかな?


「少年」

「ん?」

「少年は生えているのか?」

「……なんだ、藪から棒に」


 手入れを終えたのか、武器を片付けて警戒の眼差しを向ける。宿屋に配慮してか、いつものような叫びツッコミは控える。下ネタの反応が良いな、少年。でも、これは真面目な話なんだ。興味とも言う。


「別に少年の性別を疑ったりはしていない。ただ、少年とおっさんは下の毛はどうなっているのか知りたい」


「なんだ! 藪から棒に!?」


 配慮はどうした配慮は。天井ドンされるぞ。私が呆れながら静かにするよう諌めると、少年は甚だ不本意そうだ。

 ついでに居心地も悪そう。猫どもは少年の下半身をじっと、少女はおっさんの顔をちらちらと、それぞれ視線を向けている。おっさんは目を閉じて腕を組み、我関せずに現実逃避だ。

 結果、私の応対は少年がすることになる。


「……なんでそんなことを聞く……?」


「学術的な興味だ。答えたまえ」


「答えなくちゃ駄目なのか?」


「今後も思い出したように訊ねられたくなければ」


「俺もフランツもちゃんと剃ってるよ! これでいいのか!?」


「つるつるか?」


「つるつるだよ!」


 ふむ。なるほど。

 少年は何が恥ずかしいのか、真っ赤になって猫どもの視線に耐えている。巻き添えか、私に再追及されるのを嫌ってか、ついでに暴露されたおっさんは変わらぬポーズで汗を流している。少女のちら見が効いてるな。


「少女と猫どもも剃っているのか?」


「わたしたちは生えてない。アリッサは剃ってる」


「なるほど、なるほど」


「……なんなんだよ、もう」


 少年のメンタルはブレイク寸前だ。私もこんな繊細な時代が、……覚えがないな。まあいい。

 少女はやはり見た目相応の成長速度か。猫どもは……なんだろう。猫耳と尻尾が生えてるくせに毛深くはないのか。獣人とはいったい。謎の種族である。

 生前、ネットで知り合ったケモナーはケモっ娘は臭いから良いのだと語っていた。そういう意味で猫どもは落第点なのだろう。知らんけど。


 私は解説のために、ホワイトボードと指差し棒を物質創造。私の手を離れれば消えるので、例によって土台の足を踏んでいる。

 折角ホワイトボードを用意したが、マジックでは書き込まない。面倒なので。いや、手品ではあるんだけど。

 物質創造による記憶の再現で、ホワイトボード上にデフォルメされた猫の絵を描く。白猫黒猫では被るので、今回は三毛猫だ。

 このかわいい猫の絵に、猫どもが食い付いた。いや、獲物的な意味ではなく。


「ねこさーん」

「ねこさーん」

「動物には毛が生えている。何故か」

「……何故?」

「理由の一つ。汚れが皮膚に直接触れないためだ。故に、毛は汚れる。汚れを引き受けていると言える」


 デフォルメ三毛猫の隣に、毛繕いしているデフォルメ三毛猫を描く。開脚して股の間に舌を這わせてるシーンである。猫の間接は柔らかい。色々と象徴的だろう。


「にゃーん」

「にゃーん」

「動物は毛繕いをする。自分で出来ない部分は、群れの仲間にやって貰ったり、木に擦り付けて汚れを落とす。動物は綺麗好きだ」

「……な、なるほど」


 この絵を見て猫どもを極力視界に入れないようにするのはセクハラではないのかね、少年。若いのう。そんなだから猫どもに背後を取られるのだよ。


「何故綺麗好きか。それは命に関わるからだ。汚れは臭い。狩人も逃げる側も自身の位置を知らしめ、病気になり、虫や寄生虫が深刻化する」


 ネズミに逃げられた猫どもさんは空腹で倒れてしまいました。一度三毛猫の出番は終了である。


「少年、この街には大衆浴場があるな。水は豊富かね?」

「あ? ああ……というか、海がある国は大体水には困ってないよ。海の水を塩と水に分離してるんだ」

「ほう……。そりゃあ凄い。大層凄い。びっくりするほど凄い。だが、それだけ凄いとコストは馬鹿にならないんじゃないかね?」

「……塩の利益と、国内の手厚い水の供給でトントンだそうだ。水に困らない国の利点は歴史が証明している。国家事業だな」


 疑問は少年の代わりにおっさんが答えてくれた。水がなければ人は死ぬ。ちょっと干ばつがあれば人は死ぬ。不作凶作で沢山死ぬ。人も畑も家畜も健康も、水がなければ成立しない。もしも海水を塩と水に分離出来るなら、国費をはたいてでも為すべき事業だろう。水道が出来る日も近い。


「今でこそ水は豊富だが、昔はそうではなかった。当然、国によってもそうだ。これは、冒険者として旅をしている少年らもよくわかっていることと思う」


 神妙に頷く猫ども。風呂好きに旅は辛いだろう。水は貴重だ。

 大衆浴場は随分と便利だった。あれを大衆用に実現化するには並大抵ではない努力の歴史があっただろう。仮に、答えを知っている者からもたらされたとしても。一般市民に落ちてくるまで時間がかかるものだ。


「とみに人間という生き物は汚れに無頓着だ。本能が衰えていると言っていい。食うに困るものが衣服の汚れを気にしないように、生存に関して酷く(いびつ)だ。

 一週間に一度しか水浴びをしないとか、身体を拭かないとか、今よりも昔の人間は当たり前だった」


「だから病気になった。汚れを受け止める場所の汚れを落とさなかったのだから。本来、守るための場所が不潔の温床になるとは皮肉な話である。

 動物と違い、人間は衣服を作って暖を取る。大事な部分を守る。本来、大事な部分を守るためのものだった毛は不要となり、不衛生だからと剃るのが習慣となった。これが歴史だ」


「はー……」

「なるほど?」


「連綿と続く教えや風習、常識というものは、こうした過去の教訓からなるものが多い。大抵がそうだと言っていい。今、当たり前のように実践していることや、子供の頃に教わったことには、人の営みという理由があるのだ。

 何故こうなったのだろう。そう疑問に思った時、そこにある歴史を思い出して欲しい。以上で講習を終わる」


「やんややんやー」

「ぱちぱちぱち」


 猫どもがおざなりだ。理解してないなこれは。

 おっさんは顎に手を当てて唸っているが、少年はよくわかってなさそうだ。少女はにこにこしている。

 用事が済んだのでホワイトボードと指差し棒を消し去る。講義だからと出したが、あんまり意味がなかったのはご愛敬だ。


「一応聞きたいんだが、難しいことを言って煙に巻こうって魂胆じゃないよな?」

「真面目な話のつもりだったんだが。補習するか?」

「い、いや。悪い。でも、結局何が言いたかったんだ?」

「少年は下の毛がぼーぼーな中年親父を見掛けたらどう思う?」


 一瞬だけ、少年の意識がおっさんに向く。中年親父という言葉に反応したのだろう。過敏になっているおっさんに気付かれないよう、少年は意識を戻した。


「……まあ、汚いし、変だなって思うよ」

「では、少年くらいの年齢でぼーぼーだったら?」

「……同じだな」

「水が豊富で、昔から浴槽に浸かる習慣を持った国なら、剃らないのが当たり前なんだぜ。むしろ、成人しているのに毛が生えてなかったら、ガキか病気を貰ったのかと思われる」

「……そうなのか?」


 日本人は剃らない。欧米人は剃る。剃らない日本人は外国に行くと奇異の目で見られるのだ。そこには歴史的な背景が見られる。

 国によって牛が神の使いで食ってはいけないとか、女性は番以外に肌を見せてはいけないだとか、ところ変われば異文化は多岐に渡る。

 この世界でもそれは同じだろう。諸国を旅する冒険者が、それを知らないのは致命的となり得る。

 日本人の女性は剃毛して形を整える。黒いので、ワカメ酒とか呼ばれる文化があるのだが、外人でそれをやれば、金箔酒だとか言ってるらしい。

 正確には剃るのがマナーなので金箔は浮かばない。やおい穴と同じような妄想の産物なのだ。ちょっと違うか。


「異文化……、異文化か」

「教訓や教えには人の歴史がある。そのことを覚えておいて欲しい。例えば、生け贄だとかな。その場所、その時代にはのっぴきならない事情があり、やむにやまれずそうしなくてはならなかったのだ。頭ごなしに否定をしてはいけないよ」

「……ああ、よくわかった。肝に免じておく」


 何故下の毛からこんな話になったのかはとんとわからないが、これで講義は終了だ。

 生け贄の話題が出て、少女を除く四人がぴりっとなったが、当の本人は気にした様子はない。

 頭の良い子だな。もう少し少年みたいに馬鹿なり生き易かろうに。貧乏くじを飲み込むタイプだ。


「そういえば、アリッサ」

「にゃん」


 にゃんってなんだ。

 空気を変えるためか、黒猫が少女に水を向ける。その目は、少女が持つ、新調した杖に向いている。ほぼ新品だというのに布で磨いているのは少女の几帳面さの現れだな。


「さっきは詳しく聞けなかったけど、新しい武器にしたんだね」

「かっこいい。でっぱりがイカす」


 わかるか猫よ。私は勝手に止まり木の杖と呼んでいる。ステッキのように寄りかかれる突起部分が、鳥が止まれそうなデザインに見えるのだ。そうしたのは私だが。


「エルさんに買っていただいた、新しい杖です。これでもっとみなさまのお役に立てれば、と思います」


「杖と石の代金を支払ったのは少女だ。私は触媒とやらを提供したに過ぎんよ」


「シカの角か……よかったのか?」


「私が好きでやっただけのことさね。少女はそれに付き合ってくれただけだよ」


 シカってそんなに貴重なんだろうか。このパーティならいけそうなもんだけど。

 私の疑問に答えてくれたのが解説役のおっさんだ。一番ランクが高い少年でもシカの索敵範囲と速度にも敵わない。少年に優る猫どもも同じ。

 ギルドでは、追い縋って始末するにはBランク並の純粋な身体能力が必要となるとか。少年のCランクとは、高い高い壁がありそうだ。

 ならばおっさんだ。おっさんの職業は狩人。罠も張れるし弓も使える。遮蔽物さえなければシカを一方的に見付けられるだろう。

 しかしそう簡単ではない。シカは人の痕跡に敏感だ。罠の匂い、動植物の動き、いつもと違う森の気配。張ろうにも伏せようにも、自然と一体になって何日も息を潜めないと厳しいとのこと。森を高速移動して誘導するか、遭遇戦で偶然視界に入ったところを射抜くとかのがまだ現実的。

 当然、森への騒ぎが大きくなるので、向こうの混乱が収まらない内に出会わなければならないラッキーパンチ。現実的ではない。

 それだけ難易度が高いようだ。


「パーティの貯金があるし、そっちから出しても……」

「少年、私の好意を無下にするものではないよ。まあ、好意ではなく好奇心なのだが」


 気遣いとは時に侮辱となる。ここは大人の面子も立てて欲しいものだ。少年にはまだ早かったかな? おっさんにはわかるだろう。案の定、少年の勇み足に苦笑いを浮かべている。


「というか、そろそろ他人行儀はやめてくれて構わないよ。私はもう、このパーティについていくことに決めているんだ」


 これにはおっさんも驚いたようだ。私の性分は根無し草だと伝えてある。いつふらりとパーティを立ち去ってもおかしくないと考えていたのだろう。

 猫どもは表情一つ変えずに両手を挙げて……喜んでいるのか? 少女はなんか目がきらきらしてる。正直怖い。懐かれるようなことをした覚えはないぞ。

 少年も目を剥いて驚いたが、やがて破顔してくれた。気持ちの良い若者である。渋い顔をされなくて良かったよ。これでやっぱチェンジでとか言われたら、旅を止めて実家に帰っていた。


「……理由を聞いてもいいか?」

「聞きたいのか?」

「聞かせてくれるなら」


 そこまで言うなら是非もなし。切欠はレッド・ブル戦だな。

 少年は、モヒカンがやられそうな時も諦めなかった。どうにかして打開しようと足掻いていた。


「少年はバカだと思う」

「おい……」

「カイはばか」

「うん。カイはばか」

「まあ否定は出来ないな」

「とても良い方だと思います」


 少年、へこむ。少女のそれはフォローなのか。距離感がわからん。


「私はついぞバカにはなれなかった。だから、少年が羨ましくもあるし、まぶしくもある。だから見たくなったんだ。バカはバカのまま、バカの往く先を」


 少年がモヒカンを救えなければ、少年に一つの影を落としただろう。その挫折が積み重なり、少年を押し潰せば、バカはバカのままではいられなくなる。

 それが大人になるということだ。ものわかりの良い考え方ということだ。つまらないと思わないか。

 だから私は動いた。勘違いしないでよね。モヒカンのためじゃない、少年が願ったからしたんだからね。というやつだ。


「あんまバカバカ言わねーでくんない……? 俺も傷つくんだよ? バカでも泣くよ?」

「聞きたいと言ったのは少年だろう?」

「そーだけどさ」


 がっくりと肩を落とす少年の肩を猫どもがぽんぽんする。普段は積極的に(なじ)る側だが、流石にここまで言われると思うところがあるんだろう。


「カイがバカで良かった」

「カイのバカのおかげでエルが手にはいった」

「バカも役に立つ時があるんだな」

「ありがとうございます、カイゼンさま」

「ぬぉおおおおぉぉおおおっ!!」


 違った。ここぞとばかりにいじる方にシフトチェンジしたらしい。

 やり場のない思いを叫びながら蹲る少年。頭や背中にぽんぽん手を置かれ、丸まった背中から惨めさが伝わって来る。

 仲良きことは喜ばしきかな。私も少しでも馴染めるように交ざろうか。

 正面に回りながら、少年の肩を二度叩く。私だと気付いたのだろう。視線を上げて、私を見上げる少年に一つ頷いた。


「どんまい」


 私が正式に加入し、少年のツッコミが響き渡った。

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