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「格差社会。それが裸の付き合い」



 日が傾き、茜色に染まる夕暮れ刻。合流地点である宿屋の前に赴くと、他の四人は全員集まっていた。つやつやしてる猫どもと対称的に、少年はぐったりとしている。何があったかは敢えて聞くまい。


「ほれ見ろ。おっさんのそわそわしている様子。きっと少女が心配で早めに待っていたんだぞ」


「真っ先に言う言葉がそれなのか!?」


 心配していたのは確かだが、仲良くやっているかが気になったのであって、けして……。と女々しく言い訳しているおっさんは放置して。

 猫どもの目が、未だに繋いだ私たちの手を見咎める。


「アリッサ、なかよし?」

「エル、なかよし?」

「はいっ、なかよしです」


 結局最後まで少女は私を離してくれなかった。逃げやせんっちゅーに。

 公園に行った時とは打って変わって、年相応のエネルギーで引っ張り回された私は、端から見れば少年のようにぐったりとしていることだろう。


「おっさん、若いっていいな」

「……俺はまだまだ若い」


 間があったな。寄る年波には勝てないまでも、認めたくない葛藤が見える。

 何のかんの言ってみんな私たちのことが気になっていたのだろう。少女の口から一日のことを聞く一同は、一様にどこか安堵の表情を浮かべている。新参者が上手く馴染めるかどうかの瀬戸際でもあるからな。関係が良好であるに越したことはない。

 街へと繰り出し、めいめいに買い食いもしていたのだろう。今日の夕飯は宿屋で摂ることとなった。

 人が集まる街だ。どこの店も質が良くて安い。反面、宿屋の食事はそれと比べて少々割高だが、味は引けを取らない。

 割高と言っても一食の値段は手頃だ。ただ、少年らが満足するまで頼むと割高になる程度のボリューム、というだけのこと。昼間食って満足したのか、宿屋の食事は一人前で済ました。

 そして少女はそろそろ手を離しなさい。宿屋の人が微笑ましそうでしょ。


 今回選んだ宿屋は、初日に遅い時間にも関わらず対応してくれた店だ。恰幅の良いおばちゃんが看板娘のアットホーム系である。

 初日は男女二部屋取ったが、今日は安い部屋が空いていたので、八人入れる大部屋に全員が集まった。ここを拠点に宿屋暮らしをするわけでもなし、ただ寝るだけの部屋、別に分ける必要もない。というのがこのパーティの方針だ。安いだけあって、部屋も折り畳み式のベッドとカーペットしかない。

 それじゃあ少年らが夜な夜なおっぱじめたら、独り身の私はどうすればいいんだ。肩身が狭いぞ、と訴えたら、拳骨を貰った。まさか、十八にもなって手を出していないのか? とんだ玉なし野郎じゃないか。性欲が食欲にでも置換されているのか。摩訶不思議であるな。

 そのくらいのストイックさでなければ、この若さでその戦闘能力は得られないのかも知れない。おっさんより強いぞ少年は。


 私は別に水分操作と物質創造で汚れを落とせるので構わないのだが、猫どもは風呂好きらしい。猫じゃなくて猫獣人。

 チェックインした後、女四人で大衆浴場に繰り出して行く。男どもは身体を拭くだけで十分とのこと。代わりに汚れた服を預かった。大衆浴場には、洗濯の魔道具と乾燥の魔法陣(共に有料)があるそうだ。

 少女は猫どもほど積極的ではないので、風呂好きではないのかと思ったが、猫どもの胸を見て、自分の胸に手を当てていることから、一緒に入ると複雑なのだろうとわかった。少女の年齢ならばおかしくはないと思うのだがね。性徴はこれからだ。

 そこ、私を見て安堵しないように。私は元から容姿が変わったりはせん。


 よく、サブカルチャーでは、本来の姿は大人の美女なのだが、力を失って幼女の姿になっている、というのが私の属性的に王道なのだが、私は徹頭徹尾生まれてこの方この姿のまま、まんじり足りとも変化はない。

 そもそもが繁殖をしない生き物だ。子供を育てないのだから、乳房が膨らむ必要性はない。

 それどころか、生前の私は乳頭すらなかった。母乳が出ないのだから当然だ。付け加えるなら、排出もしないので、尿道口も肛門も、当然交接器もなかった。

 上から下までつんつるてん。胸の膨らみも、腰のくびれも、尻の膨らみもない身体付きは、侍従曰く「まるで作り物のようで、いけない趣味に目覚めてしまいそうです」と言わしめるほど。うん、人選ミスだ。

 物心ついた時から髪は長く、考え方も女性のものだったので、私は自分のことを女性だと思っているが、髪を短く、考え方が男性的だったなら、私は男性として生きたことは想像に難くない。

 このことを、私たちの生態について研究していたクソオカマに話すと「アンタだけよぉ」と呆れた声で断じられ、私はちょっとへこんだ思い出がある。

 そうだよな。クソオカマも戦闘嬢砦も、美少年ハーレムとか美女ハーレム作ってるもんな。性欲がなかったら作らないよな。


 ちなみに、人間に生まれ変わった私の身体構造だが……。まあ、明言は避けようか。私もいずれ、猫どもや少女のように、子を孕みたいと思う人間に巡り遭えるのかね?

 閑話休題。


「なあ、やたらと少女が私に構いたがるのだが……気のせいかな?」


 魔道具によるお湯の出し方や、シャンプーやリンスの説明を受け、実践して見せている少女から少し離れ、猫どもに寄せて小声を出す。猫どもは耳が良いので、少女に聴こえない音量でも拾ってくれる。

 猫どもは一瞬顔を見合わせ、二度三度頷いた。


「エルに構いたいお年頃」

「わたしたちもアリッサが仲間になった頃、嬉しくて構い倒した」


 ああ、なるほど。自分がされて嬉しかったので、後輩にも同じことをしたいのか。

 そうと言うなら是非も無い。私は構われるのを好まない性分であるが、少女がしたいなら、したいように任せよう。子供は甘えたい時に甘えさせるものだ。かわいいもんである。

 少女がしたそうにしていたので、シャンプーを任せ、背中の洗いっこをして、手を引かれて大浴場の湯に浸かる。

 普段の様子とは打って変わって、こたつで丸くなるが如く落ち着いた様子で寛ぐ猫どもと歓談し、湯からあがって身体を拭かれ、下着を履かされそうになったところで少女の手を叩いた。

 アカン。これ少女に奉仕させたらあかんやつや。なんでもやってあげたい系女子だ。おっさんは気を付けろよ。油断すると駄目になるぞ。


 こういうのは自分に自信が無い人間にありがちな精神状態だ。私は他人に優しく出来る。私は余裕がある。私は立派な人間。私はこの人の力になりたい。この人に感謝されたい。私が面倒を見てあげたい。私がこの人のお世話をしている。きっとこの人が私がいなければダメになる。私がいないと何も出来ないようになって欲しい。的な。

 自分がパーティでどれだけ役に立っているかを教えてやらねばな。杖を新調したが、これまで通り回復魔法で感謝されるだけでは承認欲求は満たせまい。妨害の方にも力を入れるか、或いは……。


 ちなみにロッカーに入れた私の服はダミーだ。普段着は物質創造したものなので、私から離れれば雲散霧消する。即興で布から物質創造ものなので、少女もぱんつに触ることが出来たのだ。

 個人的には、どうせ物質創造したものなので、下着まで再現しなくてもいいのではないかと思うのだが、いつもながら、私のファッションに口を出す唯一の存在こと侍従に「それを履かないなんてとんでもない。願わくばぱんつだけでも既製品を履いて、毎日私に洗濯という名目でくんかくんかぺろぺろさせてくださいませ」と言われ……なんだっけ。なんかもうどうでもよくなったな。

 そんなわけで、服を物質創造する時も、毎回律儀に下着まで着ている。「ああしかし、マスターの丈の長いスカートの中が“はいてない゛であると考えるだけで私の電脳はオーバーヒート寸前です。本来“はいてない゛は見えそうで見えない、捲れ上がった白い太ももを拝見する際に、明らかに横ひもが見えていないとおかしい位置まで生ももが見えていてはじめて“はいてない゛と定義出来るのですが、口頭だけであっても、そのはためきもしない鉄壁の内側が“はいてない゛と演算するだけで私はもう。私はもう。メイドとして、仕える主にぱんつの着用を求めるか、“はいてない゛を求めるか、究極の選択である、と私は判断します」

 ええい、考えてもいない癖に勝手に出てくるな脳内侍従め。小児用下着を頭に被り、いつもの能面で「これが最先端のヘッドドレスに御座います」と宣った時には、流石に張り倒した。腕とかもげたので、物質創造でくっつけた。


 着替えたら大衆浴場の策略に従って牛乳を飲む。猫どもがいちご、少女がフルーツ、私がコーヒーだ。やはり風呂上がりにはコーヒー牛乳だろう。他は邪道だ。いつでも相手になろう。

 尚、風呂上がりの牛乳は身体にタオルを巻いてが正装であることは理解しているが、私がドレスコードに従ってやる義理はない。元より人類には属さないアウトローである。少女に世話を焼かれる前に水分操作で髪を含む水気を払い、服はバレないように物質創造した。

 洗濯乾燥機があるなら当然あるだろうと思ったが、乾燥は魔法陣で、手持ちで温風が出せるほどの小型化は出来ないらしい。ドライヤーは備え付けられてなかったので、私が物質創造して少女の髪を乾かしてやった。猫どもが順番待ちしていたが、タオルで拭けよ。

 複雑なものは再現出来ない物質創造ではあるが、ドライヤー程度なら可能だ。一度、分解して内容を精査してある。このことから、私が学ぼうとしなかっただけで、自転車の作り方とか知っていたら、再現出来たのかも知れない。便利なんだかわからない物質創造である。


 どうせ洗濯乾燥には時間がかかる。乾燥は私が水分を奪えば一発だが、仕上がりのふんわり感も無ければ生地の傷みも未知数だ。道中の洗濯ではないのだから、でしゃばるつもりはない。

 タオルでおざなりに拭く猫どもにもドライヤーをしてやり、というか、頭に載せたタオル越しに温風を当て、少女がタオルで髪の水分を取るという至れり尽くせりスタイルで、順番待ちする猫どもの髪を乾かしてやった。頭皮から水気が無くなったら櫛をいれて髪を整えるオマケつきである。

 当初は頭の上にぴんと立つ猫耳に難儀させられたが、付け根をかりかりすると大人しくなった。


 お陰で、元は野良猫のようだった猫どもが、洗った野良猫ばりに小綺麗になった。

 冒険者として、普段は手入れもおざなりなのだろう。たまのシャンプーと、予期せぬドライヤーで、猫どもの長い髪は見違えるほど綺麗になった。

 手入れをしないなら、なんで髪を長くしてんだと思ったが、ひらひらしてるのが良いとのこと。たまに白猫と黒猫で髪を追い掛けて遊ぶのだとか。己の尻尾を追って回る猫か。


「エル、エル」

「なんだ?」

「お礼」

「今なら猫獣人の、人間の耳がある辺りを触っても怒らない」

「興味ない?」

「うりうり」


 別に興味はなかったが、言われてみるとなるほど。猫の耳が頭の上にあるのだから、顔の横はどうなっているのだろう。猫どもの長い髪で窺い知れず、少なくとも人間の耳が出っぱっているようには見えない。

 まあ、さっきドライヤーと櫛をいれた時の感触で、大凡の予測は立てられるのだが、触らせてくれると言うなら是非もない。

 私が近付くと、リラックスした様子で根元から大きく揺らしていた尻尾を、ぴんと伸ばす。手を伸ばして両の側頭部に触れると、くすぐったそうに身をよじった。


「ん……エルはテクニシャン」

「暴れるんじゃない。耳の穴に指突っ込んでうりうりするぞ?」

「ひぎい」

「つぎ、つぎわたし」


 なんでやって欲しいんだ。

 端的に言うと、触れたのは耳だ。耳の穴がある。耳介(じかい)、あるいは耳殻(じかく)と呼ばれる、皮膚と軟骨からなる突起がないだけで、そこにはふっさふっさの毛に覆われた耳があった。

 じゃあ頭の上に付いてるのはなんだ? と思わなくもないが、あちらも間違いなく耳なのだ。触った感じ。何より猫どもの耳はよく動く。索敵を厳にしている以上、少なくとも飾りではない。


「人型の獣人には耳が4つあるんだよ」

「鳥の獣人にはないけどね」

「なるほど。だから聴覚が良いのだな」

「……エルはあまりびっくりしてないね?」

「大抵の人は変な目で見るよ?」

「蜘蛛だって目が八つあるし、魚には鼻の穴が四つある。耳が四つあったとて、生物として驚くには値しないな」


「エルは懐が深い」

「流石エルフはいうことが違う」

「変っていうやつには人型の鳥獣人を引き合いに出す」

「あいつら腕が4つある」

「そうな」


 人型の鳥獣人というのは、人型の猫獣人である猫どもが、人間に猫耳と猫尻尾を付けただけのコスプレスタイルであるのと同じように、人間ベースに鳥の翼と尾羽を付けただけの、見た目天使みたいな連中のことである。確かに腕が四本あるのに比べたら、耳が四つなんてどうでもよくなる。

 鳥の翼が前肢って言うのはわかっているんだな。やっぱり文明的には進んでいるようだ。


 猫どもとじゃれあっている間に洗濯物も乾いた。猫どもと少女は真剣に櫛の購入を検討している。今まで持っていなかったのか。冒険者とは言え、ちょっと女を捨て過ぎではないのか。これが若さか。

 私としては、こっちの猫用ブラシなんかをお奨めするよ。そうか、気に入って貰えたのなら何よりだ。わしゃ知らん。少女はやめときなさい。

 大衆浴場ということで、モヒカンパーティの女二名と遭遇しやしないかと危惧していたが、別段そんなことはなかった。あれから王都に向かうと言っていたが、すぐに発ったんだろうか。大分酒が入っていたが。


 洗濯物を持って大衆浴場を出ようとすると、外は生憎の天気だった。他の客も足止めを食らっているようだ。折角温まったのに、濡れ鼠になるのは勘弁したいところだろう。

 風呂と違い猫どもも濡れるのは嫌なのか、躊躇している。いや、レッド・ブル狩りでは気にしていなかったし、やはり風呂上がりだからか。

 が、こんなところには用がない。私は気にせず外に出る。慌てたのは猫どもと少女だ。一人には出来ないと追って来てくれた。


「ん……?」

「濡れてない?」


 尻尾をだらんと下げてテンションを落としていた猫どもが、すぐに気付き、街灯らしき魔道具に照らされた夜道を見渡す。まあ、猫どもは夜目が利くので明かりは必要ないのだが。少女には必要であるな。

 結果、夜目が利く猫どもは、暗くとも、すぐに雨水が避けていくのに気付いたようだ。私を中心に、半径五メートルばっかし、水の入り込まないよう水分操作をしている。降る雨粒は勿論のこと、跳ねる雨粒、足元の水溜まりすら寄せ付けない、洗濯物用完全防御。

 端から見れば一種の結界じみた有り様だろう。私の水分操作で湿気すら入って来れない。

 猫どもは私を中心にふらふらと様子を確かめ、境目に指を入れて、降る雨粒に触れてびくんと飛び退く。

 遊んでないで、洗濯物を運ぶのを手伝ったらどうだ。少女を見習いなさい。


「エル、便利」

「どうしてこの前はやってくれなかったの?」

「どうせ濡れてたし」


 猫どものしなやかな指が、左右から私のほっぺをぷにぷにする。どうやら濡れることと濡れ続けることは別らしい。私がシャワーくらいなら出来るのは知っているので、泥や血糊をさっさと落として人心地つきたいという気持ちはわからんでもない。

 件のレッド・ブル戦、後も雨は止まなかったので、湖で簡単に汚れを落として以降、どうせまた汚れるからと本格的な洗浄はオミットして帰路を急いだのだ。

 猫どもが不快感を押して働いていたのはわかる。だがすまない。面倒臭かったのだ。仕方ない。



 宿屋で今後の進路を決めるはずが、何故お風呂に行ってるのだろう。作者不思議。

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