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「※効果には個人差があります」



 準備のためか、老人が退室して暇になる。が、ぼーっとするのは本分なので気にはならない。

 けれど、側には少女がいるし、浮かない表情をしていたので、店内の品物を手に取って物色しつつ、少女と談笑をする。少女は大事なものとは言え、他人に触られるのを嫌がる性格はしていない。客引きのお姉さんに腕を取られて、おっさんがでれでれしていても、少なくとも表面上に見せるようなタマはしていない。溜め込む方だ。おっさんはケアを気を付けないと爆発するぞ。

 大事なもので、手放すのが惜しいという表情だった。魔鉱石を魔石に精製するのは、てっきり改造感覚だと思っていたのだが、買い換えなんだろうか。


「私の武器も大分くたびれてますから、おそらく新調を薦められると思います」

「まあ商売だし、妥当なところか」

「魔石と杖の親和もあるそうなので、今まで使っていた杖と魔鉱石、両方をそのまま使う人はまずいません」

「少女はどちらを残す?」

「……これを機に、両方を新調したいと思います。駆け出しの頃より、貯えはありますから」


 決別、という程ではないが、何らかの決意はあるようだ。

 杖と魔鉱石も私が出そうかと提案したが、少女は固辞。自分の命を預ける武器だ。貰い物では負い目も生まれるのだろう。少女は奢って貰ってラッキー、と思う性格でもない。

 私もそうだ。食事を奢ると言われても、値段が高いものは気を遣って頼めないし、目の前の相手に感謝をしなくてはと思うと美味しくない。だったら、自分の金で好きなものを美味しく食べたいものだ。


 私が納得して頷くのを、少女が不思議そうに眺めていると、老人が扉の前で何やらごそごそとしている。一度に持って来れるものではないのか、硬いもののぶつかる音がする袋を持って、カウンターまで戻って来た。

 扉の向こうにあるのは削った木の匂い。人の手垢のない新品だ。杖も用意してくれたらしい。石を選んだら、相性が良いのを買わせるつもりだな。

 硬いものがぶつかり合う音がする袋から出て来たのは、案の定魔鉱石。結構な大きさで、一つが大人の握り拳くらいある。

 少女が杖の先に取り付けているものより大分大きい。魔石に精製するのにこれくらいのサイズが必要なら、元々石は買い換えが必要なのか。


「石は色によって得意なことが違う。少女は回復魔法使いだったね?」

「はい。人を癒すのに向いているのは何色ですか?」

「焦ってはいけない。石はそれぞれに得意なことが違うのだから」


 ボケてるわけではないだろうに、またも同じことを繰り返す老人。それはどちらかと言うと、一度で覚えられない子供に、優しく言い聞かせるような言い方だ。

 少女も小首を傾げて、老人の緩慢な動きを見守る。老人は魔鉱石を横一列に並べると、なるほど、確かに微かに色が違う。蛍光色のようにキツイ違いは全くないが、魔力を込めたり、魔石に精製すれば、その違いは一目瞭然になりそうだ。

 老人は端から順に、枯れ木のような指を伸ばし、魔鉱石の説明をしてくれる。


「おすすめはこの赤い石だ。赤は生命、命の色。回復魔法を使えば、人を活性化し、気持ちを前向きにしてくれるだろう」


「赤は、火の色ではないのですか?」


「一般的にはそう言われているね。苛烈、興奮、暴力、侵略。火にはそういう一面もある。

 だが、火は赤いばかりではないだろう? 青い火、オレンジの火。人が手を加えずとも、火には元々グラデーションがあり、一概に表現出来るものではない筈だ」


 使い途に付いてもそうだ。明かりに使う火、料理に使う火、戦いに使う火。色々な顔を持つ。老人は良いことを言うな。

 人は花や宝石に想いを込め、言葉を持たせる。魔法とは心だ。言葉を持つほどの想いなら、心へと与える影響もあるだろう。


「赤い石は、失った血を増幅させる魔法への適性も高く、医療魔法使いも大抵一本は持っておる。血を流す冒険者にもぴったりじゃ」


「そ、そうだったのですね……」


 石の適性なんかは少女も初耳だったのか、パラダイムシフトでもあったようにしきりに頷いている。そんな知識で大丈夫なのか、冒険者。みんな適当なの装備してるのか。

 素直な少女に満足気に頷き、次に指したのは青い石。

 しかし、少女は通販番組とかでころっと騙されそうなほど純粋だな。営業トークという可能性もあるよね? 石の色で傾向があるのも眉唾物なのだが、この世界では定石なんだろうか。前世で「ルビーは赤いから火の石!」とか言い出したら視線が白くなるぞ。


「青い石は鎮静、リラックス。昂る精神を抑え、平静を取り戻す効能が高い。戦いを終え、傷を癒して休むのに向いておる」


「緑の石は人には向かん。植物の成長を促進させ、病気を治す魔法に使われる」


「茶色い石は身持ちが固い。傷を塞ぎ、骨をより強固に治すと言われておる」


 火水風地、と一般的には言われている魔鉱石だという。途中、緑だけ植物石でそんなに変わらないなと思った。ネタ切れか? リラックス効果もないか、と思ったが、緑色って毒っぽいからそれで回復されたら落ち着かんか。

 そう言ったら、「どうして緑色が毒なんですか?」と純粋な(まなこ)で問い掛けられてしまった。

 ……そうだな、毒が緑って現代イメージだよな。緑色の沼なんて現実には無いだろう。どう見ても工業廃棄物のケミカル色だ。


「白い色は浄化じゃ。体内の毒素を排出し、環境を正常化する作用がある。一般的な医療魔法使いが白いのは、街の者に一番需要があるからだ」


「そして黒い石ーー。お嬢ちゃんには、赤の次に向いておる」


 鉱石としては一般的だ。だが、黒い魔法と聞いて少女の表情が曇る。

 それでも少女は気合いを入れ直して、そんな様子を無遠慮に観察している老人に、黒い石の続きを促した。


「黒い石は鎮痛、消滅。痛みをやわらげ一時的に麻痺をさせたりするのが得意じゃ。ただし気を付けねばならん。傷が完治するわけではないので、痛みを忘れた戦士がそのまま力尽きるなんてこともある」


「ふむ。幻覚、精神感応向け、と。消滅とは?」


「こっちは医療向けじゃな。知っとるか? 身体を壊したものは尿や尻から血が出るのじゃ、恐ろしいのぅ」


 結石か……。切れはともかくイボは除去出来るらしい。魔法って便利。

 他にも水虫とか、殺菌魔法に使うのも黒い石らしい。良いやつだな。敵がいなくなれば平和になる。黒い回復魔法である。

 なお、これはあくまで補助に過ぎず、この色の魔石でなければその効果の魔法が使えないというわけではない。なんか普通に使うよりこの石の方が効果が高い気がするな~というくらいのもので、個人の感想であり、効果や効能を保証するものではありません。営業トークであるな。


 少女は真っ正直に受け止めたのか、どの鉱石にするのか真剣に悩んでいるようだ。まあ、プラシーボはあるし、心の底から信じていたらその通りの結果が得られるだろう。何も問題は無い。

 私が少女の立場なら黒かな。回復魔法だけなら悩むところだが、少女には相手の生命力を奪う魔法もある。総合的に判断したら黒が便利だ。

 痛み止めが出来るなら、いざと言う時でも戦える。その先に待つのが同じ死であったとも、座してそれを待つよりかは、絶対に良い。ゴミのように無価値に死んでいくものが大半の世界で、最後の最後まで抗えることは幸運だ。


 一人頷く私の方を一瞥した少女は、特に何かを言うことなく鉱石に向き直る。なんだねそれは。私は参考にならないとでも?

 まあ、少女のことだから、自分で選んで自分で責任を持ちたいのだろうな。顔に出ている。言い訳が出来ない性格のようだ。真っ直ぐだねぇ。私は直視し難いよ。

 老人すらも枯れ木のように動かない中、許可を取って、鉱石を手に取ったり、魔力を流して感触を確かめたりと、真剣に悩む少女。

 ややあって、考えを纏めたのか、一つの魔鉱石を手に取った。


「これにします」


「赤い石だね。これでいいのかな?」


「はい」


「杖はどうするね? 今まで使っていた杖とは、あまり相性が良くないのだけど」


「新しい杖を見繕ってください」


「いいじゃろ。この石に合わせるいーい杖がある。頑丈で実直、焼いた木炭のような色をした黒檀のやつがな」


 そこで私は老人を呼び止めた。黒い杖と赤い石では、外聞が悪い。仲間なら兎も角、端から見たら、そんな杖を持っている奴は回復魔法使いには見えんだろう。死霊術師のイメージだ。

 少女も言われて納得したのか、別のものは無いのかと訊ねると、老人は困った様子だ。余程黒いのが好きなのか。


「他にはそうじゃな、繊細でしなやか、透き通るような肌理(きめ)色の白樺があるが、あまり冒険者向けではないぞ?

 やわらかいので魔物と打ち合い難い。幾ら魔力と流すとて、元から固い方が頑丈だからの。それに、白いので汚れが目立つ。お嬢ちゃんなら大事に手入れしてくれるだろうが、本来は外に出ない、医者が持つような杖じゃ」


 紅白というのはめでたいらしい。日本で言ってた。

 私は少女を窺うと、口元に手を当て、少し迷ったような仕草をしてから、「それでお願いします」と答えた。

 老人は二度三度と頷いてから、こっちに来なさい、と私たちを奥の部屋へと促す。

 奥は作業場になっているのだろう。ようやく魔石の精製を見せて貰えそうだ。


 薬品の匂い、植物の匂い、乾燥された動物の匂い、土の匂い、石の匂い、嗅いだことがあるけどわからない匂い。

 触媒だろうか、薬品作りだろうか、染み付いたりこびりついた雑多な匂いが鼻孔を刺激する。嗅覚の弱い少女でも感じるのか、慣れない匂いに鼻と口に手を置く。とは言え、慣れないだけでそこまで不快ではないのか、特にしかめっ面とかはしていない。直に気にならなくなるだろう。

 これが猫どもなら一目散に逃げ出しているな。こういう匂いは苦手だ。

 私は店に入った時から感じていた匂いが、キツくなった程度なので、……うん、我慢は出来る。

 老人は部屋の入り口付近に置かれた木箱の中から、下の方にある箱を開けて白い杖を取り出した。候補としてはあまり薦める気がなかったようだ。


 その杖を少女に渡し、反対に少女が今まで使っていた杖を受け取り、作業台付近に載せる。少女は新しい杖を、雑多なものに当たらない程度に振ってみたり、魔力を流して感触を確かめている。頷いていることから、反応は悪くない。

 「この杖だけでも前の武器より凄いです」と教えてくれた。お高いのかも知れない。少女に黙って店に連れて来てしまったので、お金が足りなかったら私が出そう。


 作業台にはシカの角、少女が選んだ魔鉱石、すり粉木(こぎ)、すり鉢、端の方に変な物体。そして作業台そのものに陣が刻まれていた。

 老人が作業台前の椅子に座り、すり鉢に入れたシカの角の破片をすり粉木で砕き、粉にしていく。私たちは正面に立ってその様子を見てみる。

 シカの角ってそんなに簡単に砕けるのか? とも思ったが、気にする方が間違いか。老人らしからぬパワーで粉に挽いていき、出来上がったものを作業台の溝に流し入れる。


「いいかね?」


 老人が少女の前の杖を手に取り、訊ねると、少女は神妙な面持ちで頷く。

 少女の思い出ある、愛用の杖は真ん中から、枯れ木のように容易く圧し折られ、先端部から魔鉱石を取り外される。

 老人は杖の先端半分を、すり鉢でごりごり粉に挽いて、シカの角と混ぜて、掘られた溝に流し入れられた。少女が愛用していた魔鉱石の方も同様に。

 長く馴染んでいた道具を繋ぎに使うことによって、より使用者との親和性が高くなるらしい。勿論、使用済みの杖も、中古品として売る人はいる。よりけりだ。

 折られる時は複雑そうな顔を浮かべた少女だったが、生まれ変わって新しくなると考えれば、歓迎すべきだと持ち直した。

 引き取るのも手数料がかかる。折れて砕けた木片を拾い集め、胸に持って目を閉じる少女に、これから新しい杖を迎えるのに荷物になるからと、私に預けるよう提案する。

 少女は申し訳なさそうにしていたが、捨てるのも忍びないと今だけ私に預けてくれた。ふむ、何かに再利用したいところだね。木、木か……。


 陣は出来た。老人はすり鉢とすり粉木を端に寄せ、変な物体の一つを手に取る。

 形状としては金剛杵(こんごうしょ)に近いだろうか。円柱の左右には爪のようなものがあり、片方は足場として魔法陣の中心に立たせ、もう片方に少女が選んだ赤い魔鉱石を噛ませる。老人が円柱に手を添えると、爪が動いて足場と魔鉱石を固定した。

 これは魔鉱石を使用した魔道具の一つらしい。円柱には二つの鉱石が埋まっており、使用者が魔力を流すことでスイッチになるようだ。


 魔鉱石を使用した魔道具は、使用者が魔力を流した時しか動くことはない。反面、魔法陣はエネルギーの続く限り効果が発動している。

 魔法陣のエネルギー源を、魔鉱石などの物質にすれば、人がいなくとも食材などを保存することが。エネルギー源を人間の魔力にすれば、殺菌魔法のように、必要に応じて発動することが出来る。

 魔道具よりも、魔法陣の方が便利そうに見えるが、魔法陣は小型化が出来ないらしい。大は小を兼ねるというやつか。違うかな?

 そんな訳で、魔法の補助のみならず、魔道具や魔法陣の電池にもなる魔鉱石。精製した魔石を使えば、更に便利で効果の高いものを作れるということもあって、いつでも魔石は不足している。値段もなかなか下がらないそうだ。

 採掘に頼る文明は危険だが……言っても栓のないことか。


 魔鉱石を陣の真ん中に設置した老人は、続いて別の変な物体を手にする。

 これは……アイロンだろうか? 魔鉱石のある本体に、取っ手と、四角い板のようなものが取り付けられている。

 老人が反対の手で陣に触れると、幾何学的な紋様の陣が淡く光りはじめ、真ん中に設置した魔鉱石が明滅を始める。

 老人がアイロンのような物体を魔鉱石に押し付けると、火花のようなものが飛び散り、激しい音と共に研磨されていく。こういうのなんて言うんだ? 電動紙やすり? 電気でも紙でもないな。

 防護もせずに危なくないのかと思ったが、これは火花ではなく魔力光らしい。なるほどと思ったが、魔力なら危なくないということはないだろう。やっぱりこの世界の人間は強い。

 研磨されるほど、僅かながらに魔鉱石の光量が増し、明滅の間隔に変化が起きる。

 同じ場所だけを研磨するわけがなく、老人が魔鉱石を支える円柱に手を添えると、魔鉱石を噛んだ爪が、天球儀のようにY軸とX軸で回転をはじめる。ゆっくりと微調整をしながら、魔石アイロン(仮名)を押し付け、徐々に研磨していった。


 鉱石の精製で真っ先に思い付くのは、溶鉱炉にどぼんして、不純物を取り除き、鋳型で固めるやり方だろう。

 鉱石というのは、主に様々な成分が混ざりあった岩石だ。

 だが、魔鉱石というのは、従来の鉱石に多量の魔力が込もったものの総称であり、特定の成分を示すものではない。

 鉄鉱石の魔鉱石もあるし、銅鉱石の魔鉱石もあるし、化石の魔鉱石もある。色が違うのはそのためだ。化石は鉱石じゃない気がするが。

 鉱石を溶かして成分だけ抽出しようとすると、貯まっていた魔力が霧散し、ただの鉱石になってしまう。だから、金鉱石の魔鉱石は無い。それなりに出土する魔鉱石として使うより、金として使うために溶かすから。

 様々な人物が精製方法を探した結果、このような婉曲な方法が一番効果的だということで伝わっている。

 当然、今でも研究は続いており、魔力を残したまま、或いはもっと込めながら溶解する方法や、精製した鉄や銀、宝石なんかに魔力を込めて、人工魔石を量産する方法を躍起になって探している。

 尿路結石のように、魔物の体内で魔力を(こご)らせて魔石を作る研究もあるとか……。生き物を使って石を取るとかいう、鬼畜の発想は一体どこから湧き出て来るんだろう。人間って怖いわー。


 陣を発動する魔力は、一度起動すれば大丈夫のようだが、何度か少女にも陣に魔力を送らせる。これによって、より持ち主との親和性が高まるんだとか。

 魔石の精製には時間がかかるし、国なんかは個人用ではないのでやらないが、大抵の冒険者はこの儀式に付き合う。命を預ける相棒だ。余程成金でなければやるだろう。

 私も反応を観察しながら見ているが、結構な長さだ。少女は大して魔力を使ってない筈だが、緊張しているのか額にうっすら汗をかいている。集中力が高いのは良いことだ。

 私が折れた杖を片手に持ち代え、空いた手にハンカチを物質創造して汗を拭いてやる。背伸びをして手を伸ばさなければならないのがネックではある。少女は私に笑みを向けてくれたが、集中は乱すなよ?

 まあ、こんな儀式中に物質創造をして、変な干渉が起こりゃしないかと少し不安に思った私が言うことではないな。これでパーになったら流石に私でもへこむぞ。


 幸い何事も起きずに作業は進む。

 一時間は経っただろうか。陣から光りが消え、代わりに魔鉱石……もう魔石か。赤い魔石が淡く光りを放っている。

 作業中の明滅の方が明るいと思ったが、それだけ今の状態で安定しているということだろう。

 楕円の魔石は、元は鉱石であったとは思えないほど純度が高い。鉄鉱石と鉄の延べ棒くらいに違う。

 大人の握り拳大であったサイズは、少女の手のひらに収まるくらいになった。削り出す、というより、圧縮というイメージに見える。魔法って凄いなぁ。

 少女は歓声こそあげないものの、仕上がりに魅入って笑みを浮かべており、老骨に堪えたのか、老人は息を吐いて目を閉じる。


 老人を休ませるべきだろうかと思ったが、仕上げまで一気にやってしまうとのこと。元気な老人だ。

 私が老人の家のタルから水分操作で水を持って来て、木材を物質創造したコップに容れて差し出すと、枯れ木に染み込むように元気に飲む。感謝はいらんよ。お宅のだからな。

 立ち上がって持って来たのは、魔石を納める銀枠と銀の釘。鉄では無いのは匂いでわかる。少女の持つ白樺の杖の先端に、慣れた手付きで手早く取り付けると、魔石の杖が完成した。

 銀は柔らかく錆びやすいと聞くが、魔力の伝導が良いそうだ。防護加工という便利なものも施されているらしい。

 そんな便利なもの、戦士の武器にこそ施すべきだと思ったが、使用すると磨耗するので、コストの面から、何かを固定するものにしか使わないらしい。


 銀枠は装飾も施されおり、見た目にも美しい。少女は完成したばかりの杖を持ち、息を飲んで出来映えを見ている。

 でも、お高いんでしょう? と聞くと、銀枠も精製費用に含まれてるとのこと。儲けた。


 感触を確かめる少女を後目に、老人は陣に使った粉を刷毛(はけ)で集めて袋に詰める。シカの角の粉は一度の使用では無くならず、再利用も出来るらしい。一度に三分の一しか使っていないし、精製費をタダにするだけのことはある。

 粉の中には少女の前の杖と魔鉱石も混ざっているが、そちらは荒く砕いたので、ふるいにかければ分離出来るそう。手慣れておる。


 私の好奇心も満足させられたし、少女の新しい杖も手に入った。

 老人に礼を言って店を後にする。疲れてはいるが、良い仕事をしたと言う表情の老人は、客に呼ばれるまで奥の部屋でゆっくりするようだ。

 店を出ても新しい杖を見ている少女に、私は折れた前の杖を見せた。


「さて、こちらは捨ててしまうか?」


「……はい。持っていても荷物にしかなりませんし、思い出は物ではなく、胸に仕舞うものだとリンさんも仰っていました」


 良いことを言うな。猫……黒猫だったか、白猫だったか。

 確か、黒猫がリュンクスで、白猫がミヤコだったかな? それぞれリンとミヤと略していた筈だ。流石に私も覚えた。


「どうせ捨てるなら、私が使っても構わないかな?」


「えっと、ただの木片ですよ? 杖としてはもう……。なにに使うんです?」


「なぁに、ちょっとした手品だ。新しい杖を貸してくれ」


 少女は首を傾げながらも、躊躇いなく自分の命を預ける新しい相棒を渡してくれる。素直だなー。私なんか、それほど信頼を得ていない筈なのだが。

 私が暗幕を物質創造すると、「何もないところから布が出てきました」と既に嬉しそう。折れた杖と新しい杖を暗幕で隠し、少女から見えないのを確認して、物質創造を行う。


「ちちんぷいぷい、ごよーのおんたかーら」


 私が呪文を唱えると、通りすがりのマダムから生暖かい視線を向けられる。ええい、子供扱いしおってからに。私が少女に子供騙しをしているところなのだが。

 やんややんやと、楽しそうに柏手を打つ少女。十三歳というに、素直だな。私は眩しくて直視出来ないよ。

 私が暗幕を取り払うと、そこには合体した一本の杖があった。少女がそれに気を取られている内に暗幕から手を離して消滅させる。これも手品だよ。

 ベースは新しい白樺に、卜の字のように茶色い出っ張りが付いている。杖は体重を支えるのにも便利だが、握るのに疲れる時や、滑る時もあるだろう。これがあれば、紳士のステッキのように体重を預けることも可能だ。ただし、出っ張っているのでコロコロは出来ない。そこが気に入るかどうか。

 物質創造でくっ付けたので継ぎ目もない。ちくわカラーの毛並みのように、グラデーションには一番気を遣った。はじめからこういう木材だったような自然な仕上がりが、今回一番のお洒落ポイントだ。


「どうかな? 気に入らなければ元に戻すが」


 少女は信じられないものを見る目で杖を受け取る。あー、新品の杖になんてことするんだって怒られたらどうしよう。少年だって、折れた剣をくっ付けて十手にしました。とか言われたら怒るだろう、多分。

 少女の反応を恐々窺うと、少女は杖を抱き、目尻に光るものを覗かせながら笑ってくれた。


「ありがとうございます、エノレフさま。とても嬉しいです」


 使用感は確かめてくれないのか。利便性というより、心持ちに感動したといった風情だ。

 元々は私が不意打ち気味に杖を新調させてしまったのだ。これくらいのフォローはむしろ当然のことで、別に私が優しいわけではない故、抱き寄せようとするんじゃない。杖と一緒だから固いぞ。

 端から見ると、子供扱いされるのをむずかる少女と、それを可愛がるお姉ちゃんという構図になってしまい、微笑ましいものを見る視線が増えてしまったが、しばらく少女の好きにさせてやると、少女も落ち着いたようだった。

 やれやれ、本当にぬいぐるみになった気分だ。もう泣き止んだかい?

 感極まったのが恥ずかしかったのか、私を離した少女は頬を染め、改めて感謝を述べる。


「ありがとうございます、……えっと」


 だというに、言い淀む少女。

 ……ああ、これはあれだな。今までも何度か言いたそうにして、飲み込んでたやつだ。

 仕方ない。私の方から促してやるか。流石にそれくらいの空気は読める。一応は。


「エルでいい。別に呼び名なんて好きにすればいいだろう? エルでもエーちゃんでもエルフもどきでも。

 あー、流石にエルフもどきはやめて欲しいかな。周りの人に誤解を与える」


 誤解という名の事実だが。

 少女が言いたそうにしていたことを先に指摘され、羞恥から益々頬を染める少女。「では、エルさん、で」と恥ずかしそうに告げる少女は、世に出したら男女問わずときめかせる破壊力を持っているので、おっさんは取り扱いに気を付けるように。今時こんな少女はなかなか居ないぞ。

 私が心の中で軽口を叩いて背を向けると、服の背中を軽くつままれる。私が小首を傾げながら振り返ると、さっき心の中で忠告したにも関わらず、もじもじと少女は気を持たせる。


「あの……、私のことも、名前で呼んでくれませんか?」


 そういうのは好きなおっさんにやれと教育した方がいいんだろうか。いいか、天然物の方が面白い。養殖は鼻につくからな。

 しかし、生憎と私は優しくもないし、少女にもときめかないので、かける言葉はこういうことになる。


「名前……。はて、なんだっけ」


 なんてこった。つまんだ服をぎゅっとされ、頬を膨らませて無言の抗議をする少女。無敵モードか。こんな短時間で、なつかれるようなことをした覚えはないのだが。

 実は少女の名前も覚えている。猫どもがうるさいからな。少女(アリッサ)に冗談だと伝えると、つぼみが花開くように笑み崩れ、私の腕を取って胸に抱いた。


「はいっ、いきましょう。エルさん」


「どこへ? 私の用事は終わったよ」


「はい、ですので、色々なお店を見てまわりましょう。今日一日、付き合ってくれるんですよね?」


 私の言ったことを引用され、反論の弁を失った私は一つ息を吐く。

 抵抗を止め、しょうがないと苦笑いをすると、少女(アリッサ)に手を引かれるまま、自由に街へと繰り出すのであった。



 この世界の住人はまだ知りませんが、赤い石は内臓を暖めたり、血管の通りを良くして末端冷え症にも効果があったり、青い石には解熱作用、免疫の過剰反応を抑える効果、茶色には骨盤矯正、整体に適性があります。その他、体内環境を整えるのは白い石。ホルモンバランスとか荒れた胃腸とか弱った肝臓とか便秘下痢とか脳の老廃物とか。魔法って便利ー。


 あ、緑は視力矯正です。何故なのか。

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