「タピオカはもちもちでした」
甘いものを食べると飲み物が欲しくなる。話の切りの良い所でタピオカミルクティーを買い、芝生の木陰に移る。
タピオカは飲み物枠でいいんだろうか。まあ、少女も若い女性、甘いものは別腹なのだろう。いつも、一口が小さくお淑やかに食べるが、食事量自体は女性の量じゃないし。
「なんだっけか、タピオカチャレンジというのを聞いたな」
「挑戦……。量が多くて、時間内に食べ切ると報酬が受けられるというものですか?」
大食いの文化があるのか。フードファイターがごろごろいるので、バランスの調節がえげつないことになりそうだな。
少女の話を聞くに、大食いや食べ放題は既に廃れた文化だそうな。そりゃあ採算が取れないだろうよ。
ついでに、流しそうめんや回転寿司なども一部では存在するが、料理を美味しく食べる方法ではない、とあまり受け入れられていないらしい。
料理とは視覚でも楽しむものだというが、味覚に必死過ぎではないのか。
「チャレンジと言ってもそういうものではなく、手を使わずに飲むというものだ」
「手を? ……えっと、元々ストローで飲むものですよね?」
「いや、テーブルを使わずに、器を持つ方だ」
「……? どこに置くんですか?」
「女性なら、あるだろう? 置く場所が」
晩年の私は日本で過ごしていた。種族的に、主な活動時間は日が落ちてからになり、万一夜が明けた時に安全圏に居られるかわからないことから、自然、室内に篭ることが多くなる。
時間潰しが何になるかは、サブカルチャー全盛期の文化人なら察しはつくだろう。
タピオカチャレンジ。実際には難しかろうが、手を使って寄せて上げれば、出来なくはないものも存在する。
ただーー私は自分の胴体に目を移し、同じく少女の首から下に目を向ける。
つるーん。すとーん。
「……すまないが、私は何も言わなかったことにしてくれ」
「はい」
私たちは芝生に寝転がって、身体の上にドリンクを乗せた。これが正しいチャレンジ方法である。
少女の口から事の顛末は語られた。自棄になったように、死んだ目で喉を潤している姿は、新たな一面と言えるだろうか。女というのはどうしてそこに拘るのだろう。私にはわからん。
私は少々人間のことをかじっているだけで、精神医学をしてやれる程、上等な人間ではない。
人間を知るために聞きかじり、種族的に、食用としても。これが本当のーーいや、なんでもない。
大事なのは事実の解明とか論理的な見地ではない。如何に少女の気持ちを軽くすることだ。
「私は生け贄に選ばれてから、体調を崩して寝込んでいました。夢現の中、黒い、靄のような悪夢を何度も見たように思います。
呪いを通じて、をろちの力の一部が私の中に入り込んだのだと……、そう、思います」
「その後も、夢を見たんだな?」
「……はい。フランツさまへの回復魔法で力を使い果たし、気を失った時に。
真っ白な空間の中に、一匹の小さな黒い蛇がいて、私を見ていました。悪夢はそれ以来、見てません」
「奇妙な悪夢は、だろう? 普通のトラウマは反芻するものだ」
それには少女は答えない。黒い靄のような、やたら現実感のあるものは見なくとも、悪意そのもののような、苛まれる悪意は何度も見ている筈だ。
今回の話には関係ないからか、気を遣ったのかはわからないが、表情を見る限り、そっちはもう呑み込んでいるようだ。
「それで、魔法が嫌いなわけだ」
「……感謝はしているのです。回復魔法がなければ、フランツさまをお救いすることは出来なかったかもしれませんから。
けれどやはり、他人を蝕む魔法には、忌避感が生まれてしまいます。まるで、みなさんを傷つけた、あのをろちの力のようで……」
「少年らは気にしていないのだろう? むしろ積極的に制御出来るようになれるように促した筈だ。少女の身を案じて。
冒険者だからな。生きるために形振りを構うやつはおらん」
ドリンクを飲み干す。タピオカはもっちぃ食感が醍醐味だ。口の中でもちもちしているが、少女からのレスポンスはない。
嚥下し、少女のドリンクが温くなるぞと促す。もちもちしながらする会話ではないかも知れんが、別に堅苦しく考える必要はない。歯で何かを破壊活動をするだけでも、一定のストレスの発散になる。私から見れば、少女は少々悪意が足りない。
「人は聖者にはなれん」
もちもち。
「ーー貴様さえいなければーー」
込められた悪意の大きさに、タピオカが喉に詰まって咳き込む少女。私は近くの木々から少しずつ水分を奪い、少女の口に流して呑み込ませてやる。
誰しも、心の奥底には恨みがある。理不尽に晒されたことのない人間などいない。それは正しい怒りだ。
罪を憎んで人を憎まず? なるほど、それは罪を憎んでいるという証左だ。罪がなくなればいいという排斥だ。人を殺した人を憎まずとも、人を殺した行為がなくなればいいと思っているではないか。
少女のような善良な人間でもそれは同じこと。その黒い魔法がそれの証明だ。
相手を傷付けたくない、という枷が縛っているに過ぎん。他者を傷つける時、自らを罰せずにはいられない自己満足だ。
「魔法とは心だよ。私にはわからん。きっかけは他者から与えられたギフトかも知れん。だが、選んだのは自分だ。傷つけることを厭い、傷つくことを選んだのも、また」
「今一度、己の心と向き合ってみると良い。少女は嫌いか?」
突然疑問を投げ掛けられ、咄嗟には答えられず、揺れる瞳で押し黙る。口を開いては閉じ、何を言っていいかわからない少女に、しかし私は私に対する答えを求めていない。
心の在り方など他人にひけらかすものではない。自分が知っていればそれでいい。
「もしもをろちがいなければ、誰も傷付くことはなかった。ただの村娘として平々凡々と生きて行く筈だった、お前の目から見てだよ。
今の自分の姿は、好きだと胸を張って言えるかな? 仲間と共に世界を分かち合い、好きな人の傍に居られる自分がだよ」
「あ……」
「もう少し感謝してやると良い。もう少し恨んでやると良い。もう少し許してやると良い。
人は過去には戻れまい。どう足掻いても、現在からは逃れられない。生き汚くいこう。我々は、冒険者なのだから。ほら、タピオカが残っているぞ?」
少女はゆっくりと手元に視線を落とし、茶色いミルクティーに沈む黒いタピオカを見遣る。
ややあって、勢い良くストローで吸い、少女らしい小さな歯で、もっちもっちした。
おかしいな。謎のタピオカフィーチャー。




