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「肉を食え、肉を」



 脳天のみを撃ち抜かれた、綺麗な死体が転がる屍山血河の中に立ち、ぐるり首を回して一瞥した私は、誰にともなく独りごちた。


「戦いの終わりはいつも虚しい」


「……そっすか……」


 丁度偶然、私が庇う位置に立つことになったモヒカンが、私の独り言に合いの手を入れてくれた。


 雨が血の匂いを洗い流す。ここだけ聞くと風流だとか、物悲しい印象だとかを与えるが、実際には水臭いし、空気の焦げた匂いが鼻につく。

 雨の匂いはなんとも食欲をそそらないものだ。それとも、私が血の匂いに興奮しなくなっただけかね?


 少女は怪我をした四人組を治し、哨戒を続けていたおっさんも戻り、少年らも合流する。

 レッドは、私がブルに向かうと同時に倒されたらしく、脳天から股下まで、正中線を真っ二つにされていた。骨ごと真ん中から開きにされるとは珍しい。美味しそうというより、人体模型っぽいけれど。


「いい箱つくろうジンギスカーン」

「どう考えてもこんなに斬る必要ない。カイはバカ」

「エルが心配で早くいきたかったのはわかるけど、胴体とかもっと斬りやすい部分がある。カイはバカ」

「魔法使いすぎてもう3日は魔法使えない。カイはバカ」

「切断量を抑えてればここまで酷くはならなかった。カイはバカ」

「カイはバカ」

「バカ。ばかばか」

「ごめんなさい……」


 少年は猫どもからステレオで説教を受けていた。正座で。ぬかるんだ地面に直座りで、である。がち説教だ。

 頬をぺしぺし、尻尾でびしびしされながらの説教は精神的にくるだろう。相当腹に据えかねてるようだ。


「鳴くようぐいすジンギスカーン」

「もっと仲間を信頼する」

「カイだけが勇者じゃない。勇者だって、一人じゃ立てない」

「おっしゃる通りです……」


 少年の悪い癖が出たらしい。常習犯に対するそれだ。

 目に映る全てに手を伸ばすだけならいざ知らず、一人で抱え込もうとするのはいけないことだね。少年は反省するといい。


「人の世むなしジンギスカーン」

「……で、お前は何やってんの」

「ジンギスカン」

「何の呪文だ」


 ツッコミ担当の少年が代表して訊いたが、他のみんなも気になるらしく、猫どもすら説教を止めてこっちを見ている。朝は簡素でよく動いたかから、腹も減っていよう。尻尾が興奮気味にぴんと立っている。

 濡れ鼠では落ち着かんだろう。と、屋根のある所まで手招きする。解体はまだ済んでいないが、焼きはじめてもいいかも知れない。

 クズ鉄で物質創造した、特長的な鍋の上部に肉、下部に野菜を敷く。肉から出た脂が野菜に絡み、食欲をそそる音と香りが屋根の下に広がる。


「ひつじひつじーひつじ肉ー……。

 ……ヤギだ、これ!」


「だからさっきから何を言ってんだよお前は!?」


 私としたことが、しまりましたわ。でもこいつら、見た目は小ヤギだけど、味はラムなんだよな。まあ羊なんて毛がなければヤギみたいなもんだし、別にいいか。

 マトンは臭みが強いと聞くが、ラムなら十分許容範囲内だ。プロはガツンと来るくらいじゃないと物足りないというが、私はジンギスカンに造詣が深くはないので。

 タレをあと漬けにすると手間なので、肉に予め漬け込んである。筋繊維のたんぱく質をアミノ酸に物質創造し、出来た隙間に水分操作してタレを浸透させれば一瞬だ。タレの調合の方が時間がかかる。手際は昨日、モヒカンが料理するのを見て参考にし、いくつか調味料を譲って貰っている。

 私の舌頼りになるが、そう味覚は外れていないだろう。

 使う野菜は散策の時に見付けた草や根っこを、齧って味を確かめて採用した。当然、もやしやたまねぎではない、なんちゃってジンギスカンになったが、キャベツは全てを包み込んでくれる。噛み付くとも言う。


「さっきエルが何言ってたか、わかる?」

「わかんね」

「おれ知ってやす。エルフの方は、アーティフィシャルエルフィックテキストっつー、同族にしか伝わってない古の言語を操るんだとか」


 私も初耳だよ。あんまり日本語を使うとエルフ語で定着してしまいそうだ。私が擬態してるせいだけど。

 鍋は大きめのを二つ。十人で食べても大丈夫なくらい用意したいが、欠食児童相手にゃいくら焼いても足りないだろう。小ヤギの解体を続けながら、片手間で肉を漬け込んでいく。モヒカンも手伝いを申し出てくれたので、解体した肉と野菜を切って貰った。タレが無くなりそうならまとめて作らないと。


「うまい」

「てーれってー」

「このタレがいいっすね」

「キミのを参考にしたんだよ。昨日、分けて貰ったからね」

「光栄っす」

「なあ、俺らさっきまでレッド・オーガたちと戦ってたんだよな……なんで肉食ってんだ?」


「そんなキミには、私からマジック・ワードをプレゼント。いいかお前ら、だいたいのことは肉食ってりゃどうでも良くなる!」


「なるかぁ!」


「なるなる。お肉おいしい」

「お皿片手に叫んでも説得力ない」

「……くっ」


 少年も私に詰め寄るより、肉を食うことを優先したようだ。これがジンギスカンの魔力か。そこ、野菜も食べなさい。

 おっさんも仕事したからか、少女に給仕を任せてもくもくと消費している。少女も傷付いた四人組を治すために頑張ったろうが、嬉しそうだから良しとする。

 私のパーティメンバーがそんなだから、四人組も空気を読んだのか、ひたすら肉を食って、生き残れたことを喜んでいた。そこ、野菜も食べなさい。



「で、なんだこりゃ」


 欠食児童共が落ち着いて来たのか、私もようやく肉にありつけるようになってから、空気を読めない少年が改めて聞いて来る。私がまだ食べているでしょう。野菜は食べないので他の人どうぞ。

 特に急いでもいないので、口の中のお肉をよく咀嚼して、嚥下した後小首を傾いでみせる。


「なんだとはなんだ」


「なんで、オーガがたむろしていた湖畔に、屋根付きの(かまど)が立って、そこで俺らは肉食ってんだ?」


「哲学かね?」


「俺にもわかる文法で頼む……」


「うまー」


「猫は良いことを言うな」


「ん? ほめられた」


 人は何故肉を食うのだろうか。それは人が雑食で、タンパク質を摂るのに最適だからさ。あとお肉はおいしい。

 屋根があるのは簡単だ。木を伐って木材を確保し、物質創造で地面を一段隆起させ、すのこ状にした木の板を敷き、四隅に柱を立て三角屋根を立てた。後は水分操作で湿気を取り除けば簡易拠点の出来上がりである。ワンポイントは屋根の脇に設置した雨樋(あまどい)。屋根を広めに取ったので、これで水飛沫に煩わされることはない。水は湖に直接落とした。ジンギスカンで煙りが出ることは確定していたので、落ちる水を利用してファンも回してみた。ちょっと頑張った。物質創造は複雑なものは作れないので、木材やクズ鉄をパーツにして自力で組んだ。

 一段高いので飛沫が当たらない。すのこで湿気が籠らない。地面も盛っているので土で竈を作れる。など、一応私も少しは考えているのだ。湖の隣だから、小ヤギの解体も簡単だしな。


「あ、ありのままさっきあったことを話すぜ。エルフの姐さんが森に入って行ったと思ったら丸太を数本担いで戻って来た。信じられなくて目を擦ってよく見てみたら、もうここに屋根付きの拠点が出来上がっていた……。な、何を言っているのかわかんねーかも知れないが、実際にこの目で見えなかったぜ……」


 山賊の子分みたいな男がそう言うが、全員難しい顔をして反応はない。ややあって、少年が頷くと、他のみんなもうんうんと頷いた。


「……強い強いとは思ってたけど、ここまでとは」

「こんなに実力が測れない相手は初めて会った。俺の常識の埒外にいるな」

「エルは強い」

「おにくおいしい」


 猫はいつまで食ってんだ。まだまだあるけど。

 少年らはある程度認識していたようで、混乱はない。私はそんな大したもんではないんだがね。人間というのは個の強さを確かめたがる。生存本能だろう。

 四人も、目の前でブル・オーガが下されるのを見ていたからか、私を見る目は変わらない。そのブル・オーガは、体内から血を抜かれて、物質創造された絹の衣にくるまって放置されている。


「エルフ様、先程は危ないところをありがとうございやした」

「こんなものを瞬時に作り出してしまうなんて、まるで女神さまのようでさあ」

「ありがとうございます。アタシらがこうして無事なのも、みんなエルフ様のお陰です」


 なんか拝まれてる……。エルフって信仰の対象なの? その女神さまみたいなの、さっきからジンギスカン食ってるけど、目ん玉腐ってなぁい?

 ガラが悪い方の三人が、田舎の老人よろしくのほほんとした顔で私を拝んでいる中、おっとり巨乳だけは口を真一文字に結んで、キツイ目で私を見ている。そんなに睨んでも胸は小さく出来んよ。運動すれば痩せれるんじゃないか? 私は生まれてこのかた大きくも小さくもなったことないから、適当だけど。

 思い詰めた表情で私を見ていたおっとり巨乳は、意を決したように、勢いよく私に頭を下げた。


「エルフさま、お願いします! 私を弟子にしてくれませんか!」

「じゃあ三百年ほど一人で山に籠って生き抜いてみせろ。話はそれからだ」


 おっとり巨乳、頭から崩れ落ちる。危ないぞ、竈が近いから、熱くはないか。

 一瞬で撃沈した姿に、流石に同情票が集まった。ふむ、判官贔屓というやつだね? じゃあお前らが同じことを言われたら、自分の時間を割いて懇切丁寧に相手をしてやるのかと。言わないけどね。


「せめて人間に出来る条件にしてやれよ……」


「頑張れば出来るだろう。私は人間の力を信じている」


「それが出来たら弟子入りする必要無いだろっつってんだ!」


 ちっ。少年の癖に考えている。

 おっとり巨乳の仲間は「あんまり長いと一緒に冒険出来ねえなあ」と頭を掻いている。もうこいつら田舎のおじちゃんにしか見えないな。


「エル、流石に300年は長い」

「花の命は短い。乙女じゃなくなっちゃう」

「じゃあ三十年」

「リアルで嫌だな……」

「おっさんの人生ぶんぐらいだぞ」

「長いなー。しみじみ長い」


 少女もどことなく不安そうだ。心配はしなくとも、三十年も修業を課したりはしないぞ。私に教わっても、役に立つとは思えんし。


「弟子を取るつもりはないんだな」


「現実的な手法を提示したつもりだが」


「ついて来れた人はいるの?」


「弟子ではないが、一年ほどで使い物になった者なら」


 その言葉に、おっとり巨乳が持ち直して、希望の繋がった瞳でこちらを見る。うむ、そのガッツだ。どこまで出来るか見物であるな。


「たぬきと素手で殴り合わせたり、真冬の川に突き落としたり。実力はまだまだだが、根性だけは認めるよ」


「たぬき……」

「極寒の川って……」

「流水って凍らないんだな。失念していた」

「その子もその、エルみたいな……エルフなの?」

「んや、普通の村娘だったぞ。八歳だったかな」


 「こいつやべぇ」みんなの心がひとつになった。おっとり巨乳の心は折れた。



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