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「エノレフさん、少しだけがんばる」



 まず最初に、『狂暴な角』『大きな鬼』という意味の言葉から、勝手にオーガーと訳していたが、あれ……ミノタウロスじゃね?

 いや、ミノタウロスはメデューサとかと同じく人名だっけか。いや、通称だったかな? まあいい、牛頭鬼とでも言っておこう。

 『血塗れの角』『赤鬼』と呼ばれる魔物は、私の目から見ると、二足歩行の牛にしか見えなかった。逆三角形で腰はくびれてるが、体重を支える太股はマッシヴだ。それでも質量的に重力がきつい気がするが、異世界だしなぁ。鳥獣人が羽ばたいてるのを見て常識は捨てた。


 ついでに言うと、私が小鬼と翻訳していたのはずんぐりむっくりで二足歩行のヤギだった。手足の短いコミカルな体型をして、下っ腹が出てるどころか、胴体がコロコロしている。その割には頭がでかい。三頭身くらいだろうか。身長は五~八十㎝程度。ヒヅメで、器用に棍棒なり弓なりを持っている。

 手頃なワケだ。これを狩れたら、いっぱし冒険者と呼べるだけの稼ぎになるだろう。

 この世界に来てはじめて、魔物らしい魔物と戦うと思いきや、もう家畜にしか見えなくなってしまった。もぐらは見た目が魔物だったけど、現地人からすると動物枠だったので。


 面倒だから頭の中ではレッド・オーガ呼ばわりを続ける。小鬼は小ヤギだ。流石にあれを鬼とは呼べん。

 なんで牛がヤギを従えているんだ? という新たな疑問も湧いて来るが、どっちも乳が搾れるし、肉が美味しいので仲間みたいなものだろう。


 さて、レッド・オーガ一味だが、我々の視界の下、湖畔をうろうろしている。雨宿りとかはしないのか。餌でも探しているのか。何を食うんだろうな。草だな。

 おっさんの話によると、小ヤギの数が多い。オーガーではなく、レッドだからではないか、と思ったが、それにしても多いらしい。

 とは言え、大したことはない。ブル・オーガと合流する前に仕留めてしまおう。

 高台におっさんを残して、木陰に隠れつつ接近を試みる。


 オーガ一味は気付いた様子はない。おっさんが矢を(つが)え、弓を引き絞る。呼吸を整え、僅かな構えで狙い澄まし、力の伝達が限界にまで達したところで、矢を放した。

 雨音を切り裂く鋭い風切り音を伴い放たれた矢は、寸分違わずレッド・オーガの瞳に深々と突き刺さり、痛みと驚きから絶叫を上げて腕を振り回す。何匹かの小ヤギがそれに巻き込まれて吹き飛び、動かなくなった。

 強大なボスが混乱したことにより、手下の小ヤギは蜂の巣をつついたような、てんやわんやの恐慌状態。その隙に、次々放たれたおっさんの矢が、正確に小ヤギの(くび)を貫いていく。

 矢が飛んで来る方向は一定だ。混乱から立ち直ったレッド・ボスは、怒りの雄叫びで瞬く間に小ヤギを統率する。


「んヴぇええええ!!」

「ヴェエエエ!」

「ヴォォエ!」

「ン゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


 ボスさえ健在なら、小ヤギはすぐに立ち直る。指示を出しているのか、矢が飛んで来る方向へ小ヤギを差し向け、いきり立った小ヤギが我先にと駆け出す。

 頚は狙えなくなった。だが、おっさんの矢は深々と小ヤギの額に突き刺さり、その殺傷力は一切落ちることはない。怒り狂うボスの雄叫びに身がすくみ、近くで巻き込まれては敵わないと気が逸れる小ヤギに生まれ続ける一瞬の隙を突き、杖や弓を持った厄介な個体を優先的に、的確に数を減らしていく。ボスの近くにいる個体程、隙が生まれるのは皮肉なものだ。


 そして、取り巻きの減ったレッド・オーガの死角から、少年と黒猫が飛び込む。

 雨による視界の悪さは健在。だが、ぬかるみ程度で足が鈍る程柔な鍛え方はしていない。気付いた時には少年に肉薄され、雄叫びを上げると同時に取り巻きを切り捨てられる。

 その雄叫びに気付いた小ヤギ攻撃部隊の伸びきった横っ腹を、白猫率いる冒険者四人組が叩き、再び混乱状態に陥らせた。

 私と少女は遊撃だ。少女が怪我を治し、私は小ヤギを貧血にさせる。


 ボスが命令を出そうにも、気を逸らして相手を出来る程少年は容易い相手ではない。

 狙撃する敵を攻撃しに行くか、ボスを助けに戻るか、襲撃者を迎撃するか、小ヤギには判断がつかなく、統率が取れずに各個撃破と洒落込まれた。

 四人組もEランク。浮き足だった小ヤギを押さえ込める実力はある。白猫が飛び回って、ボスの救援に向かう小ヤギを始末し、おっさんの方へ向かう個体はある程度無視する。Dランクのおっさんは、白兵戦でも後れを取るようなことはない。

 間も無く白猫が少年らに合流し、少年がレッド・オーガの相手をしている内に取り巻きを仕留めていく。


 オーガーは最初に頭を倒してしまうと、手下は散り散りになって逃げてしまう。稼ぎに関わるのもそうだが、落ち着いた小ヤギは、オーガーを運搬している冒険者を襲撃に来るのだ。

 意外とボス想いと知られているが、私はこの話を聞いた時、接ぎ木ジカみたいに食うつもりじゃなかろうかと思った。力でも奪って、次なるボスになるために。

 何故か毛がなく肌色の逆三角で、大胸筋をぴくぴくさせる八頭身ヤギが頭の中に出てきて、私は想像を止めた。


 少女に断りを入れて、私もボスの取り巻きの処理に足を向ける。

 四人組の方の数はまだ多いが、所詮は烏合の衆。おっさんからの援護射撃も途切れてはいないし、これだけお膳立てされて倒し切れなければ冒険者は名乗れない。

 懸念材料は、未だ姿を見せないブル・オーガだろう。居ないというのはまずあり得ない。哨戒しているおっさんが見付ければ、即座に連絡が来る手筈だ。

 それまでに倒し切れるか。もしも間に合わなければ、多少無理をしてでもレッド・オーガを先に仕留めるべきだろう。散り散りになる小ヤギは、ブル・オーガが統率することが期待出来る。


 レッド・オーガは少年とサシでやり合う。レッド・オーガは、先制攻撃により片目だ。常に死角を意識して立ち回り、大振りの斧は当たらず、筋肉の鎧には次々裂傷が刻まれ、流れる血が徐々に体力を奪う。脚の健を狙い、隙あらば肩を穿ち、足と武器を奪って行く。

 レッド・オーガも然るもの、まだまだ動きは衰えないが、小さい相手にいいようにされて、一向に当たらない攻撃に、苛立たしげに鳴き声をあげるも、周りの手下は猫どもに蹂躙されて動けない。

 体格を生かして滅多矢鱈に武器や手足を振り回せば、少年は近付けもしないが、傷付いた身体からは血が吹き出し、こちらにとっては思う壺だ。ぬかるみごと地面が穿たれ、顔を庇って泥飛沫を浴びるが、汚れなんぞ気にして冒険者稼業はやってられない。綺麗な白猫も、とうにまだらな泥を浴びて汚い三毛猫みたいになっている。黒猫を羨ましそうに見てるが、汚れが目立たないだけで、汚れないわけではあるまいに。

 私? 汚れてないよ。水分操作で弾いている。物質創造した服とはいえ、汚すと侍従が怒るからな。習慣になってしまった。


 雨足が強くなって来た。遠雷が迸り、ゴロゴロと低音が響いて来る。

 空模様は悪いが、戦況はびっくりする程順調だ。こう上手くいっていると、どこかで落とし穴にはまりそうで怖いと思ってしまうのは、現代病と言えるかな。

 噂をすれば影が差す。悪い予感は当たるもので、おっさんが珍しく焦った大声を上げて、警戒を促す。


「湖だ! 離れろー!」


 タイミングが重なり、そこそこの距離の落雷に、その声は耳の良い私と、辛うじて猫どもに届いたかどうかだろう。そうでなくとも戦闘音で、おっさんの声など聴こえない可能性の方が高い。

 当然、異変を(しら)せる手段は確保しており、雨天でも発煙する便利な狼煙を矢に括り、モヒカン達の近くに突き立ててある。

 しかし、驚異は既に目前に迫っており、近付かれる前に陣形を整える、という、当初の予定は崩れ去っている。

 ブル・オーガは水の中にいたのだ。牛は牛でも青い牛じゃなくて水牛かい。故におっさんの視界でも接近するまで気付けなかったし、私の鼻も役には立たなかった。そもそもオーガーと小鬼が、牛とヤギの匂いにそっくりだと知らなかった時点で、私の感知は今回良いとこ無しだろう。

 水牛というのはおっさんも知らなかったようで、水に入る生態は知られていなかったのだろう。完全に対処が遅れた。


 ブル・オーガが引き連れた小ヤギの数は少ない。水に入る際に、大半をレッドに預けたのだろう。付き合わされた取り巻きは、水陸両用かいい迷惑かのどっちかか。

 しかし状況はよろしくない。既にモヒカン四人組と少女は射程圏内だ。

 そこで、異変に気付いた猫から、少年に状況が伝わる。


「カイ! ブルがでた!」

「ーーなっ!?」


 簡潔な伝達に、猫の視線を追った少年が、モヒカンたちの窮地を捉える。途端、浮き足だった少年に、私が冷や水を浴びせた。


「余所見をしては怪我をするぞ、少年」

「……ッッ!」


 すぐにでも駆け出しそうな身体をぐっと抑えて、眼前のレッド・オーガに構える少年。今のところ優位に立っているが、気もそぞろで勝てる程容易い相手ではない。

 少年の頭の中では、プライドと焦燥が渦を巻いていることだろう。モヒカンたちに、俺たちに任せろと大見得を切った。ここで見捨てるなんて格好悪い。けど間に合うか、あいつらを危険に晒してなんてザマだ……とかね。

 私はそうは考えない。猫どもも同じだろう。ホイホイついて来たのはモヒカンたちの自己責任だ。冒険者である以上、相手が強いからと死んだら自分の実力不足なのだから。

 窮地に陥った際、優先順位というものがある。猫どもにとって、それは少年だ。モヒカンじゃない。それに彼らとて冒険者の端くれ、ブル・オーガがどんなに強くとも、一振りでミンチにはならない。少女はまず間違いなく逃げられるし、モヒカンたちも全滅は免れると思う。


 少年はそういう打算が出来ていない。素直(バカ)なままだ。あの日見た格好いい憧れを抱き続けて、未だそれは折れちゃいない。

 少年の焦燥を私は笑わない。その葛藤は理想の高さだから。諦めのない、真っ直ぐな目だ。


「仕方ないな。今回は私が行こう」


「は……っ? お、おいっ、エノレフ!?」


 若者の夢を守る……なんて、大層なことは言わないけれど。大人が頼りになるってところを、少しだけ見せてあげようじゃないか。

 どーせ人任せで今回も何もしてないしな。食い扶持のため、ちょっとだけ働こう。

 跳躍。少しばかり地面を蹴っただけだが、大きな泥飛沫を巻き上げ、私の身体は少年らの目にも止まらないスピードで、弾丸のように駆けて行く。


 動けない自分たちに代わって向かう私の姿に、少年は拳を握って歯を食い縛る。離れながらもそれを見て取れるほど私の知覚は広いが、まあ今更か。


「何やってんだよ……!」

「カイ、おちつけ」


 猫どもの言葉も耳に届かない。手にしたロングソードを迷わず放り捨て、背負った大剣を一息で振り抜く。


「こんなんで、冒険者なんて名乗れるか……!」

「ンモ゛オオオオオ!!」


 レッド・オーガが斧を凪ぎ払う。自分が攻撃に移れば、この小さい人間は逃げるしかなくなる。それがわかっている動きだった。明らかにブル・オーガの出現に気を良くしている。だがーー


「ーー退けぇーーーッッ!!」


 少年は正面から大剣を振り上げた。最早鋼の塊ともいうべき巨大な斧の刃は、切断の魔法を帯びた大剣の刃と真っ向からかち合い、一刀両断されて泥に落ちる。


「ブモ゛……っ」


 驚愕の鳴き声をあげるレッド・オーガ。しかし驚きはそれだけに留まらず、大剣を振り上げる勢いそのままに、垂直に飛び上がった少年の身体は、4メートルを越えるレッド・オーガを飛び越し、見上げる牛の首の脳天から、その大剣が振り下ろされた。


「加速切断剣ッ!」



 ◆



「止まって……っ、とまって!」


 少女の悲鳴のような願いが響く。

 生命を奪う魔法。自身の生命力を使うことから、ここぞという場面でしか使わないが、相手が強くなればなるほど、効果は薄く、また自身の消耗も激しくなる。

 迫るブル・オーガを抑えるために使ったその魔法も、ほんの少しの虚脱感を与えるに過ぎず、凪ぎ払われた鉄塊に、子分と下っぱが木の葉のように吹き飛ばされ、受け止めたモヒカンが血を流して膝をつく。

 おっさんの牽制は続いているが、鉄塊を構えるだけで弾かれ、僅かに攻撃の手を緩める役にしか立っていない。


「姉御、こっちです!」

「この場はリーダーに任せて、離れて!」

「無茶です、一人でなんて……っ」


 ブル・オーガに目前に迫られた四人組with少女。気力を振り絞ったモヒカンリーダーが一人で立ち塞がり、下っぱと子分が、反動で動けない少女を無理矢理連れ、おっとり巨乳が風の魔法で小ヤギを牽制しつつ下がる。


「なぁに、おれの頑丈さを舐めないでくださいよ。それよか、姐さんに怪我の一つでもあっちゃあ、おれらがアニキにどやされちまう」


 そっちの方がおっかねえや、と笑い合い、涙を溢す少女にサムズアップして、振り下ろされる巨大な鉄塊を受けるモヒカン男ーーに、なる筈だったのだが、すまんな。お前の見せ場はない。


 一足飛びで、睦まじい二人の男の世界に間に割り込んだ(エルフ擬き)は、振り下ろされる鉄塊がぶつかる位置に、小さな手を伸ばす。我ながら、小さい手だ。モヒカン含む、周りから見れば、子供にしか見えまい。

 このサイズ差では、流石に無傷とはいかない。外聞もある。私にだって、空気を読むことは出来るのだ。

 よって、インパクトの瞬間、手に触れた時点で物質創造(マテリアライズ)を使用。ブル・オーガの持つ、棍棒のような鉄塊を粉々にする。

 慣性の法則がある。ただ砕くだけでは散弾と変わらんので、粉雪みたいな柔らかーい材質に変えてみた。降り頻る雨の中、元鉄塊の金属が反射して、キラキラ光ってなかなか綺麗だった。


 一応、避雷針を作って雷に打たせることも出来る。でも、どう考えても手間だし、今からこんがり焼くと味が落ちるよなぁ。

 ということで、周りに幾らでもある水分を圧縮して、溝を彫って速度の減衰やブレを抑え、ホロウポイントのように効果的に体内を破壊する形に整形しようとして、そもそも手から離れた後も制御出来るということに思い至り、雑に丸めて親指で弾く。

 私からすると、ブル・オーガは見上げる程のサイズ差だ。水の玉は顎に突き刺さり、脳まで貫通して圧力で頭蓋が弾ける。

 膝から崩れ落ちるブル・オーガに、巻き込まれては敵わんと、呆然としているモヒカンを引きずってその場を離れた。


 ブル・オーガが倒れ、泥にまみれたところで我に返ったのか、統率を失い恐慌状態に陥った小ヤギが口々に鳴き出す。


「ンベっ」


 鳴き出そうとして、最初の一匹に水玉がぶちこまれ、ブル・オーガの死に様に倣う。

 ……その次に巻き起こる悲鳴は、ボスを失った恐慌より、もっと切実な命の危機だった。

 弾数は無制限。指で弾く必要も本来無い。逃げる相手などお話しにならず、小ヤギが掃討されるまで、そう時間は掛からなかった。



 たまには働く。

 見た目はどう見ても横着してるけど。

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