「レッド・ブル。お前たちに翼はない」
盗賊の運搬もあり、街につく頃には日がどっぷり落ちていた。この距離で野営する選択肢は無い。
そこから更に警邏の事情聴取に時間を取られ、盗賊の賞金はがっぽり貰ったが、もう飲み屋くらいしか開いておらず、がっつりしたものは食い尽くされて、つまみくらいしか期待出来ない時間帯になってしまった。盗賊はやはり、うだつの上がらない冒険者崩れだったらしいが、そんなことはどうでもいい。
粗食でも凌げる冒険者と言えど、街に着いてお預けは精神的に辛い。
奥さんは別れる際、お礼に食事でも、と誘ってくれたが、元々移動疲れですぐに休むつもりだったので、夕食の用意はしていなかったらしい。今から準備までさせてはと遠慮したが、文句を言ってくる空きっ腹に、早くも後悔している少年。
仕方なく今夜は保存食で凌ぎ、さっさと宿を取って寝ようというところに落ち着く。
こんな時間でも応対してくれる宿屋を探して、一人部屋がいい私の意見は黙殺されて、男二人、女四人部屋でチェックイン。癒し成分補充、とか言って白猫に抱き抱えられるも、耳でも齧られそうな寝惚け眼に脱出を慣行。四人部屋のベッドを無駄にせず済んだ。
起きたら猫どもが抱き合っており、結局ベッドは一つ無駄になってしまった。猫は丸くなるのが好きだな。
早朝。呑兵衛のために朝からやってるラーメン屋に突撃し、どこにそんなに入るんだというくらいどんぶりを積み重ねる少年と猫ども。早朝店ということでチャーハンも餃子もやっていないので、ひたすらわんこ状態だ。猫なのに。
少女は猫どもほど食べないが、それでも麺野菜マシマシニンニクアブラカラメだった。おっさんは塩分が気になる。
なお、この後、宿で朝食を食べに戻るらしい。三日は絶食したようなテンションだ。どうやら人類は食い溜め出来ないという認識は見直す必要があるな。
腹を満たしたら冒険者ギルドに向かう。護衛と討伐を達成済み依頼として受理して貰うためだ。直接依頼だったのでもう報酬は支払われているが、ギルドとしては国への活動実績となるので、報告は義務らしい。
「街の近くにオーガー?」
受理ついでに、最近どうだいと気の利かない雑談を振る。受付嬢が浮かない表情で教えてくれたのは、昨日討伐に失敗したという魔物の話だった。
街の近くにいるのは珍しいが、オーガーはEランクの目安にもなっている手頃な魔物。手を出す案件じゃないなと判断するが、どうやら事情があるらしい。
「……レッド・オーガか」
昨日、失敗して命からがら逃げ帰った冒険者によると、魔物は赤いオーガーだったとのこと。
そもそも昨日討伐に向かったのは、空気の読めないDランクが率いるパーティで、オーガー程度安定して狩れるはずの実力者だった。
しかし、相手が赤いオーガーなら話は別。パーティ討伐出来ればEランクと言われる、通常のオーガーほど手頃な魔物ではなく、Dランクのパーティが二、三小隊で当たる必要がある、厄介な変異種だ。
当人の戦闘力もさることながら、ブル・オーガと呼ばれる同格の個体と徒党を組み、規模がはね上がるのみならず、雑魚の小鬼も死に物狂いで襲い掛かって来るほどの強権を誇る。
話を聞いた少年は仲間を、具体的には私の方をちらりと振り返り、問題なさそうな顔をして受付に向き直る。
「他に受けるやつがいないなら、俺たちで引き受けます。この街に高ランクは?」
「Cランクのパーティが受けてくださるならありがたいです。この街は交易路で、近くに王都があるということもあり、冒険者の皆さんはあまり定着せず……。今いらっしゃる最高ランクが、昨日情報を持ち帰ったDランクの方で」
失敗したとは言わない受付。情報と食い違う魔物が相手だったので、依頼失敗どころか、持ち帰った情報に報酬が支払われるレベルだ。昇段を狙うFランクパーティでも向かっていた日には、普通に全滅していてもおかしくはないので、空気の読めないDランク冒険者は、生け贄グッジョブといったところだろう。
「レッド・オーガの討伐依頼となると、複数のパーティで当たる協力依頼となります。受けてくれるパーティを探しますので、しばらくお待ちください」
「討伐経験もあるし、うちらだけで十分ですよ。勝ち馬の尻に乗っかって、自分の身も守れないやつに来られても迷惑です」
ギルド内に残って、依頼も受けずに聞き耳を立てていた複数のパーティが、ばつの悪そうな顔をしてそそくさと出ていく。本当におこぼれ狙いだったのか。少年は慣れてるなぁ。
だが、入れ替わるように入って来た四人組の冒険者に、少年の気が変わったようだ。
商人の奥さんの護衛をしていた四人だ。こっちと同じような行動をして、腹ごしらえが済んだのでギルドに顔を出したらしい。
彼らなら気心が知れていると、合同依頼を持ちかける少年。オレらで良かったらぁ! と内容も聞かずに安請け合いする四人。舎弟かな?
Cランクの申し出に、頼もしいと思いつつも、単独受理を許可していいものかと判断の付かなかった下っぱ受付嬢も、これにはほくほくだ。
さっさと依頼を受理され、ギルドを見送られる。
「レッド・オーガっすか!?」
「うちらEランクっすよ。死んじゃいますって!」
「大丈夫だよ。レッドとブルは俺らが抑えるから、討ち漏らしの小鬼を相手してくれたらいい。どの道俺らだけでも討伐は出来るから、終わった後の運搬を手伝って貰うのが本命かな」
「それはそれで申し訳ないのですが……」
「わっかりやした! 馬車馬の如く働きますんで、扱き使ってやってくだせえ!」
人足上等か。舎弟の鑑だな。
受付で聞いた、魔物の出現場所は、徒歩で二日目にはつく距離だ。先触れなく突然人里付近に現れたなら、移動中の可能性もある。魔物の気紛れによっちゃ、街への襲撃もあり得る距離だろう。猶予はない。
とは言え、倒せるのなら手頃な距離だ。四人組はリヤカーを引いて来るらしい。人足の鑑であるな。
ここで合同依頼を受ける四人組の簡単な特徴を見ておこう。
パーティリーダー、筋骨隆々のモヒカン男。ピンク髪。何故上半身裸なのに肩アーマーを着けているのだろう。もっと守るべき部分があるだろう。外聞とか。
ショルダータックルに使うトゲパッドらしい。武器なのか。ポールアクスを豪快に振るう。肩が上がらなくなっても笑顔だった紳士。
見た目は山賊の子分。パーティメンバーの男。お前らよく商人の護衛依頼受けられたな。武器は普通の剣。完。
見た目は盗賊の下っぱ。パーティメンバーの女。護衛対象が女性だから、女性冒険者を含むパーティしか受けられない依頼だったらしい。詐欺じゃないのか。
武器は槍。貧乳小柄。見た目通り男勝り。
見た目はおっとり巨乳魔法使い。パーティメンバーの女その二。大丈夫かこいつら色んな意味で。
人当たりが良く丁寧なのでパーティの交渉担当。拗れそうになったらモヒカンと子分に代わる。やっぱり詐欺じゃないか。
さっきの戦いではざっくりいってたけど、軽症と言って遠慮した控え目さん。怪我よりも、R指定的な意味で危険だった。一人だけダメージが少なかったのは、モヒカン紳士に庇われたかららしい。男らしいモヒカンだ。
男二、女二。色んな意味で危機感があったので、おっとり巨乳に、パーティメンバーの中で一番好きなのは? とインタビューすると、下っぱ女が一番格好いいとのこと。男勝りだもんな。
因みに男どもの一番人気も下っぱ女だった。別の意味でヤバげなパーティだった。
下っぱ女にも訊いたところ、アニキが世界で一番いい男! とのこと。もうダメだ。深入りしないでおこう。彼らの将来に幸あらんことを。
軽く準備をして、さっさと街の外に向かう。
四人組はリヤカー等。少年らは治療に使った包帯や、消費した食料品の買い足しだ。私も塩胡椒と片栗粉を補充しておく。
余裕だな。特に討伐に当たって必要なものは無いらしい。しかし。
「移動してすぐに仕事か。忙しないね」
「冒険者暇なし、ってな。これくらい普通だろ」
「私はいま、冒険者になったことを後悔しているよ。もっとのんべんだらりと過ごしたいものだ」
「お前なんで冒険者になったの……?」
「エル、レッド・オーガは絶品と評判」
「脂肪が少なく引き締まったお肉は歯ごたえばつぐん」
「ほう。これが本当の赤身肉、というわけだな」
「持ち直しおった」
私の扱い方を簡単だと思われては困るけれどね。今回はそういう気分だったのだ。
私も機嫌を直し、リヤカー二台を引いた四人組と合流する。スピードアップのため、少年が片方受け持つ。
四人組は恐縮して自分たちが運ぶと言ったが、四人がかりでも少年一人に敵わなかったので諦めた。今は猫ども二人を乗せてなお、距離を空けられている。
帰りはもっと遅くなるのだろうな。荷台に乗せるなら少女ではないかと思ったが、乗り心地は最悪とのこと。じゃあ降りろ、という少年の突っ込みは、実に的を射ている。
道中、リヤカーが通れないような場所もあったが、一台は少年と猫どもが、もう一台も四人組が持ち上げて苦もなく通過する。本当、逞しいな。帰りは迂回路があるそうだ。
おっさんと少女は哨戒……というよりも、高が移動に特段やることはない。強いていうなら、レッド・オーガの痕跡を捜すくらいだろう。どこから現れたのか、何故人里の近くに来たのか。
今日一日は移動に時間を費やし、何事もなく野営に入る。
昼食と夕飯は四人組が用意してくれた。明日の朝食もあるらしい。リヤカーの食材を積み、道中食べれば荷物にならないという画期的な手法で、私の眼から鱗が落ちる慧眼である。流石にウロコは生えていないが。
少年らは代金を払おうとしたが、命を救われたせめてものお礼だと言われては引き下がるしかない。
モヒカンリーダーの手際は見事で、私がかぶり付きで見ている前で、食材が魔法のように料理に化けていく。モヒカンは、冒険者を辞めたら屋台でも開きたいそうだ。まだまだプロの腕には及びやせんて、と謙遜するが、全員が納得の絶品料理だった。この欠食児どもは、腹に貯まれば満足なんじゃないか、というツッコミは野暮だろう。
私か? ああ、勧めてくれるのはありがたいが、そんなには食わんよ。見ていたのは手法を盗むためさね。上達の道は程遠いのだがね。
◆
「霧が出て来たな」
翌朝。日が出る前に朝食にして、おっさんと猫ども、私が偵察範囲を広げていると、朝日より先に靄で視界が悪くなる。
湿度が高い。雲も出ている。一雨来るな。
猫どもも同意見なようで、髭はないが、耳をぴくぴくさせて忙しなく辺りを警戒している。
足跡や食い荒らされた草木、痕跡は見付けた。一度持ち帰って、全員の判断を擦り合わせる。
「確かか?」
「すぐに降ってくる。小雨だと思うけど」
「これだけ派手な痕跡だ。見失いはしないが、雨天では視界が悪い」
「条件が悪いのは向こうも同じ。奇襲はしやすい」
「エノレフは?」
「小雨なのは同意するが、雷雨だな。動くなら、音と光も覚悟しておけ」
「動くにはリスクがあるか……」
「見付けて、監視をしながら、雨が止むのを待つ?」
「止むとは限らない。もっと荒れる可能性もある」
小雨の内がチャンスとも取れる。少年らだけなら問題はないのだろう。不安を煽る空模様に、実力以上の相手を前にした四人はどんどん顔色が悪くなっている。
少年は少し考え、アタックを敢行する。雨くらいで戦えなくなっては冒険者はやっていけない。いつだってやり過ごせるわけではないし、魔物は待っちゃくれない。
正直私も雨は得意ではない。日が遮られるのは良いのだが、獲物の匂いは流されるし、雨音で気配が紛れる。雷もよろしくない。音と光に怖がるほど子供ではないが、人間よりも五感が優れているということは、人より影響が強いということでもある。
無論、相応に耐久は高い。人間の身体で同じ聴覚を手に入れれば、間違いなく鼓膜が破れるだろうが、猫に遮光用の瞬膜があるように、優れた器官を守る仕組みも当たり前にあるのだ。
おっさんの遠見も、視力が良くなるわけではなく、遠くが見えるようになるだけなので、稲光に視力がやられる心配はないらしい。
私も若くはないので、雨の狩りも経験はある。流された微かな匂いを辿り、雨音から動物の違和を聞き取り、稲光の前兆を見分けて身構えることも出来る。
ただ、ここは異世界で、相手は前例の無いはじめての相手だ。平時より楽ということはないだろう。私も気を引き締めねばな。
小雨降り頻る中、痕跡を辿って奥へと進む。最初に獲物を捕捉したのは、小高い丘を渡っていたおっさんだった。
凄いな。私には精々動物の気配しか感じない。遠見の面目躍如といったところか。
「……いた。レッド・オーガだ」
おっさんに促されて、風下の高台に上がって見下ろすと、奥まった湖畔に魔物の群れが集まっていた。




