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「渋々だけど起きることにしました」



 私は目を覚ました。


 正確には、空腹を感じて目を覚ますことにした。何度か半覚醒はしたが、寝起きの布団でごろごろする誘惑に耐えかねて、ベッドから起きる気にはなれなかった。

 これでも体内時計は正確な方だ。眠ってから五日は経っているのがわかる。

 惰弱な。私の食欲なら十日は持って欲しいものだ。私の食欲が私の睡眠欲を上回るなどわき腹痛い。空腹の所為である。


 流石に死にたてで、少量の川の水と、木に含まれていた水分を摂っただけでは持たなかったか。

 よくもまあ誤魔化せたものである。それだけ私の睡眠欲が強かったということだ。私は誇っていい。流石私だ。私へのご褒美にもう一眠りしよう。


 ……わかっている。起きるよ。何か口にしよう。


 小屋の外に出る。寝苦しさは感じなかったが、空気穴が無くても二酸化炭素中毒なりにはならなかったようだ。

 家に換気穴を付ける理由はシックハウスだったかな?あれは建築材料に有毒なものが含有されているのが原因の筈だ。木材だけなら問題ないのかも知れない。然りとてマメに換気をしなければガスが溜まり、室内が有害な環境になるのは間違いないだろう。よく寝たので、大分頭がすっきりしたようだ。

 出掛けている間、ドアを開けて換気しているべきだろうか?しかし、入り込んだ野生動物にマーキングなりされるのは好ましくないな。いずれ窓を付けるつもりだし、その時でいいか。


 小屋の外は、寝る前と比べなにか変わった様子もない。平和そのものの長閑(のどか)な光景である。

 川の水で空っぽ胃を慰め、はしたなく口元を拭って辺りを見渡す。

 近場で済ますか、荒らさず離れた場所を狩り場にするか。魚はあまり好みではないし、木の加工をしている際に、先住民だった虫には強制退去を命じたくらいにはグルメである。出来るなら哺乳類がいい。

 ドアに使える木も探したいところだ。離れながら獲物を捜そう。

 川砂利の中から、水切りにはあまり使えなさそうな丸い石を手にして手慰む。


 川の上流、森が深くなっている方向に足を向ける。木々が細いのは浅いからかも知れない。

 太い幹が見付かると良いのだが。折りを見て立地を確認しておいた方が良いのかも知れない。現在地の把握は必要だ。気候や土地柄を見れば、生育環境や人の住みやすい土地が把握出来る。


 いや……そもそも人、居るんだよな?

 異世界に来ている事は確信として理解しているが、この世界については何一つ把握していない。精々が見た囲、物理法則が類似して、地球型環境であり、水や酸素があり、動植物が私の見知ってるものと似通っている。その程度だ。知的生命体が存在している保証にはならない。少なくとも私はまだ、文明の痕跡を認めてはいない。

 もし人が居ないのであれば、いざとなったら人里に下りて文明的な暮らしをするという逃げ道も塞がれる。まあ、その時はその時か。誰に気にすることはないと開き直ろう。


 と、益体もないことをつらつら考えながら辺りを探っていると、小動物を見付けた。この大きさならウサギかな。

 うさぎ。いいな。可愛いし美味しいし無駄になる部位が少ない。食欲を満たす相手としては少々小さいのが珠に傷だが、そのサイズ感がまた愛おしい。

 うむ。食欲が湧いてきた。これにしよう。


 気付かれないよう忍び寄り、向こうより先にその姿を捉える。

 間違いなくうさぎだ。口元がひくひくしているのが可愛い。以前、知り合いはあの口元がなんかヤダと言っていたが、あれがうさぎの愛らしさだ。もむもむしているのが可愛いのだ。指先で押さえたくなる。

 しかし……どう見てもうさぎだな。色は草地に迷彩するように緑色だが。本当に異世界なのかと少々疑問に思う。角が生えていたり、頭が割れて触腕でも出ればまた違うのだが。


 さて。獲物を見付けたはいいがどう捕らえようか。

 とりあえず、指先で玩んでいる小石を親指で捉えて弾いてみる。


 ぴちゅーん。


 うさぎさんが(この世から)ログアウトしました。


 ……まあ。こうなるよな。わかっていた。

 これで頭が裂けて流動的に神回避でもされていたらこっちが仰天するところだ。

 これで良かったんだ。うん。永遠にさよなら。うさぎさんの頭部……。


 首から上を汚ぇ花火だにして咲かせてくれたうさぎさんに近寄る。

 首から下は無事だ。傷一つない。首の傷から皮を剥いで、腹を裂いて胃と腸を取り外す。草食動物は消化に時間が掛かると聞く。別にこの場では関係ない事だった。流石にうさぎのエサまで食す程食い意地は張ってないので、後でモツとカワは埋めておこう。キツネなり肉食獣が掘り返して食べるだろう。

 皮に使い途はあろうが、使い熟せるとは思えない。必要になった時集めればいい。


 久方ぶりの食糧を得て、胃と食欲のやつは満足げだが、私の舌は些か好みにうるさいらしい。空腹はスパイスとは仰せども、実際に調味料の代わりにはならなかった。当然である。

 弾けた頭部は兎も角……少し字面が紛らわしいな。うさぎに角はない。ともかく、耳の部分は無事なので、拾い上げてみる。と、どうやら普通のうさぎではないらしいことがわかった。


 耳に添うかたちでトゲが生えている。調度、エイの尾だったりオコゼの鰭のようだ。攻撃のため、というより、噛みついてくる相手への迎撃用なのだろう。

 しかし、毒はないようだ。役に立つのかこれ。捕食者がちょっと嫌な気分になるだけじゃないのか。まあ、環境によっては毒を持つ個体もいるのかも知れない。ここは平和そうだし。

 緑色なので毒兎なのかと一瞬期待した気持ちを返して欲しい。いや、緑色=毒というのは完全な偏見だが。


 しかし、なんで緑色なんだろう。むしろ、なんで元の世界では茶色だったんだろう。……穴を掘るからか。草地も捲れば茶色だ。茂みも中は茶色だし、枯れても茶色。四季があり、生育的に緑がある方が少ないのだろう。まあ、サバンナじゃ明らかに目立ちそうなシマウマが光学迷彩を利用した幻術使いらしいし、虫除けだの放熱だのの説もある。にわかですらない素人が進化の軌跡を考えたところでどうにもならんか。

 今後、この緑色のうさぎを草兎と呼称しよう。白い雪兎に倣ってな。……ん?違ったかな?





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