「意見の食い違いはあるよね。新入りだもの」
私が加入して、デザートを食べながら今後の方針を話し合うことにしたカイと愉快な私たち。なんとシュークリームまである。
作るのが難しいと聞くが、それは素人技術の話で、レシピさえあれば、その道のプロが作れないわけがないのだろう。
少年は肉。猫どもは和菓子系で、少女は生クリームと果物。中年は食後のコーヒーに似た豆の煮出しを頼んだ。この辺りがオーソドックスの好みらしい。
私は甘味ならチョコレートを好む。暑い地方の実だが、当然の如く結界栽培で増産されて流通されている。甘いものに対する執念を舐めてはいけない。優秀な魔法使いは女性に多い。きっと無関係ではない。
おっさんは、私が加入したので連係や癖を把握するために、簡単な依頼を受けて肩慣らしをすべきだと主張。
少女もそれに同調。主体性は無さそうだ。でも、おっさんに従うというわけではないよう。
猫どもはくまが出没した可能性があるのなら、こんな所にいられるかと街を発つことを希望する。意外と慎重派だ。猫だから普通か。向こう見ずな少年を心配しているのかも知れない。
少年は唸った。別にこの街でやることはないけど、すぐに発てば逃げたと思われそうで気になるらしい。小さいな、少年。安いプライドは早死にするぞ。
「エノレフは?」
「私は次へ向かいたいかな。元々根なし草だ。顔を知られた所に長居はしたくない」
「3票はいった」
「でも居残りも3票はいってる」
「アリッサを抱き込むしかない。ほーらしらたまぜんざいだよー」
「三色団子だよー」
「あっ、あ……」
出立に4票入りそうだ。
こういう時、すぱっと決断するのはリーダーの勤めだ。少年もそうする。難しいことを考えてないだけとも言う。
出立することに決めた。おっさんはご意見番的立ち位置で、少年の言うことを尊重するのか、異論はない。
ギルドには今朝顔を出して来たが、くまショックの影響か街を発つ護衛依頼が幾つかあったが、大きな街から街への緩い依頼なので、同じく緩い冒険者がさっさと受けて街から出て行ってしまった。
この街で生まれた年寄りや、くまの出没を信じていない頑固な冒険者はいつも通りだし、問題は起こらない。
そんなわけで依頼は受けずに行く。私は人見知りなのでありがたい。新しい面子だけで手一杯だ。
少年たちはいつでも出発出来るよう常に備えている。私は念のため、塩胡椒の基本的な調味料を揃えておく。
旅に持っていくなんて余裕だなと笑われた。嗜好品扱いらしい。塩分は大事だろう? 油は兎も角、バターは諦めるか……。いや、溶けても物質創造で復元出来るか? 味が落ちる分は……その品質も再現出来るだろうか。試してみないことにはわからんな。
私の準備が終わると、一同は冒険者ギルドへ足を運ぶ。
移動は馬らしい。ギルドには貸し出し用の馬があり、他の街のギルドに返すことを条件に、安価で借りることが出来る。当然紛失すれば弁償だ。
安全な、街道を移動する際の移動手段で、帰ることが出来ない可能性がある討伐依頼や、盗賊が出るとされている場合は原則禁止。
ある程度腕を上げた冒険者は、馬を購入して、街では預けられる宿に泊まる。初心者救済の意味合いが強い。
少年たちは走っても移動が出来るレベルの身体能力なので、コストも維持も必要な馬は売ってしまった。
しかし馬か。私は難色を示す。
「なんだ、もしかして乗れないのか?」
「だいじょうぶ。わたしの前に乗ればいい」
「いや、乗れはしないが、乗馬が出来んというわけではなく」
馬房に繋がれた馬は、なんというかずんぐりしていて、馬とロバを足して二で割ったような姿だ。
愛嬌のある顔立ちをしているが、私が近付くと、馬房の奥に引っ込んでしまう。
「おびえてる」
「私は動物に好かれない性質でな。馬は私NGなんだ。すまんな」
「魔物でもびびらない馬だぞ? なんでこんなに怯えてるんだ……?」
「エル、いまなに考えてる?」
「馬刺し……」
びくんとロバ馬が身を震わせ、耳をへたり込ませる。少年は、これが猫だったら叩いている、と言いたげな、じっとりとした目で私を見ていた。
「さっき食ったばっかりだろう。ちったあ抑えろ」
「しかし、旨いだろう、馬」
「食うなよ。俺らを運んでくれる大事な馬だぞ?」
「でも、馬はいずれ走れなくなる」
「走れなくなったら食べるしかない」
私の言葉に、狩猟肉食獣が同調し、三つになった視線に馬は益々縮こまった。
猫どもには容赦なく拳骨が飛び、見かねたギルド職員がフォローしてくれる。
この馬は疲れ知らずで馬力があり、速度こそ出ないが魔物にも怯えず、人懐こくて大人しい。しかし、その代償として味が不味い。煮込んだ長靴の方がまだ食えるレベルで不味い。襲いかかった飢えた狼が唾を吐いたというエピソードがあるくらいなので、ある意味では進化と言える。
これも品種改良の結果か。なんだそのパラメーター割り振りみたいなの。性能全振りなのか。
私は納得して、一つ頷いた。
「食べてみないとわからないな」
馬は怯え、少年は諦めた。
私の要望もあり、少年と白猫で一匹、黒猫が一匹、おっさんと少女で一匹。馬を借りて、次の街に向かうことにする。
少年と一緒に乗る方の猫は交代制らしい。細いわりに中々ある肢体でぎゅーっとするのが趣味。たまには一人で乗せてくれという、健全な青少年の訴えは聞く耳持ちやがらねえ。
私は試したい移動手段があったので、それで馬と並走することにした。
馬に乗った少年たちが常歩で現れると、門の前で、用意があると言って先に行って待っていた私に声をかける。
「待たせた。移動手段って……それか? なんだそれ」
「スケボー」
「俺には車輪のついた板切れにしか見えないんだが?」
車輪のついた板切れであるからな。物質創造で用意した。私の身体を離れると雲散霧消するが、特に問題はない。
私の知識不足もあり、物質創造で造れるのか単純なものだけだ。具体的に言うと自転車とかは無理。車輪のついた板切れとかは造れる。
動力一つ付いていない。ソーラー発電で加速装置とかは無理。太陽は元々天敵だし。蹴って前に進むだけだが、まーこれで十分だ。
当たり前だが自分の足で歩いた方が早い。でも、それだと多分びっくりされるだろうし、スケボーなら慣性で進むのでのんびり出来る。今の私にはベターな選択だろう。
無信半疑で顔を見合わせる一同だが、無理なら馬に乗せればいいと判断したのか、さっさと門を越える私を追って馬を歩かせる。門兵に軽く挨拶をして、私はスケボーに乗り、皆は馬を走らせた。
「本当に並走してやがる……」
普通に歩くよりもびっくりされている気がする。客観的に見て、剣と魔法の世界の住人が馬を走らせている横で、十才の少女にしか見えない私(エルフ耳)が、スケボーで地面を蹴りながら同じ速度を出していれば、そりゃあ異様に見えるだろう。
しかし、鋪装された石畳なら、小さい車輪でもいけると思ったが、経年劣化が進んでいるのか、ひびや隆起が多くて反動が強い。
仕方ないので、物質創造で路を平らに均しながら進む。別に意地悪する必要はないので、私が通った街道全体を新品同然にしておこう。なに、バレやしないさ。
年期の入った石畳の見た目はそのままだし、常に足元を見ながら走っているわけではないので、少年たちも気付かない。「なんかこの道走りやすい」と言ってる辺り、勘は鋭いようだ。
目指す先は海。漁村か港街かは知らないが、浜辺のある街もあるらしい。
私が冒険者登録をした街には三つの主要街道がある。
王都、北の隣国、西の隣国だ。西には山脈が広がっているので、南下して大きく迂回することになる。
私は山を突っ切って西から来たが。そっちに街道はなく、豊かな自然と山村がある程度だ。
当然、隣合う程隣接しているわけではなく、どこへ行くにも、あくまで最終目的地であるという指針でしかない。
私は一応西の隣国から来たので、南方面は却下。少年らは北の国から来たので、北に戻るつもりはないとのこと。
じゃあ東の王都方面だ。然りとて、少年たちは王都から、西の隣国に向かうためにこの街に赴いた。北から来たが、山沿いの田舎は通らず、王都を経由したらしい。人が集まる王都に向かうのは冒険者として当然とのこと。
そんなわけで、我々は東には向かうが、北東の王都には向かわず、南東の海岸線沿いを進むことにしたのだ。
とはいえ、広い国だ。ひたすら街道を走るわけではなく、海に出るまで一つ街を経由する。海と王都を結ぶ交易路で発展した街。今回の目的地はそこだ。
日も高くなった時分に出たとは言え、馬を走らせれば三日目には着く。
日が傾き、少年がハンドシグナルで停止を指示し、野営の準備を始める。
猫どもは繋いだ馬の世話、おっさんと少女が薪を集め、少年が担いだ荷物から簡易テントを出し、設営する。
荷物は移動の際は馬にくくりつけている。討伐、採取の戦利品も、この馬はかなりの量運べる。依頼では借りられないため、あまり意味のない情報だが。馬を購入する時、同じ品種を頼む冒険者は多い。見映えを気にして格好いい馬にする冒険者も多い。
私はテントを手伝おうと思ったが、杭を突き刺す本格的なものではなく、折り畳み式の文化的なものだったので必要なかった。随分進んでいる。何も言うまい。
このテントは女性用で、男はマントを羽織って地べたに寝転がる。過保護だなとも思うが、男という生物は、女が安全でないと落ち着けない、そう遺伝子に刻まれているので、ある程度仕方ない部分がある。
少年は、四人で使うと狭くなるか……、と改めようとして、私のサイズを見て、大丈夫か。と頷き直す。私を抱き枕か何かと思ってないか? 私はパーソナルスペース広めだから一緒には眠れんぞ。
少年は荷物番に残り、私は薪集めの方に向かう。少女とおっさんの間に入るのも気が引けるが、旅をする以上余計だろう。
別に隠し立てする必要はないので、乾いた枝のみならず、若木や湿気った木材でも問題ないことを伝える。
火起こしをどうするのかと訊いたら、案の定、火を点けるための便利な道具はあるらしい。
ただ、使い捨てで、小さく値段も手頃とはいえ、回数をこなせば嵩んでくる。少年は普通に摩擦熱で火種を起こした。
少年の身体能力なら、正しく片手間。苦労にもならない。身体を使えば解決出来る分野の発展は滞りそうだ。
食事をしたら、交代で火の番。夜間の見張りだ。
当然と言ってしまえばそれまでだが、独りの時より明らかに無駄が多い。私だけなら夜道も進める。睡眠も必要ない。食事も馬の世話も。
だが、それを煩わしくは思わない。人と関わる上で、はじめから必要なことと織り込んでいる。むしろ、普通の人間とはなんぞやという学びになるだろう。こいつらが普通かは、まだ判然としないのだが。
ただ、我慢が出来ないことがある。
私はお腹が空いていない。お腹が空いたら現地調達すればいい。だから携帯食糧の類いも持ち込んではいない。
皆が食事をする中、私は必要ないから要らない、用意をしていないと端的に、正直に告げると、少年が私に、食わないと力が出ないぞと、同じ携帯食糧を差し出して来たのだ。
皆の荷物と私の荷物は別である。私がこのままパーティに居着くかわからないから。パーティ共有のものも、私が自前で用意すると取り決めてある。当然のことだ。
少年は、私がうっかり忘れたとでも思ったのだろうか。食わなきゃいざというとき動けないのも間違いではない。一人だけ何も口にせず、和を乱してるのも理解している。
そこまで深く考えているわけではないのだろう。だが、私はどうしても、人付き合いが得意な性分ではない。
食い物を施す。そりゃあ美談だろう。周りからは良く見られるだろう。だが、その施しは自己満足ではないのか。相手に施すことで愉悦感を覚えてやしないか。お前は満足したかも知れないが、私はどうなる。私は貴様に施される筋合いはない。たとえ私がミスで食糧を忘れていても、たとえ私が飢えていたとしても、私は他者からの施しは受けない。
お年寄りが立っていた時、日本人は『余計なお世話かも』『偽善だと思われるのでは』と二の足を踏み、外国人は見返りを求めず、嫌味なくさっと譲り『良い事したなぁ』と深く考えずに満足する。
私も深く考えずに『ラッキー』程度に思えばいい。だが、『年寄り扱いすんじゃねえよクソが。そんなに私が憐れに見えるか?ああ?』と思ってしまうのが私だ。こればっかりは性分だ。どうしようもない。
私は同族から常々、誇りはないのかだの、面汚しめだの言われて来たが、こういう時は、自身がプライドの塊だと思う。
独りが好き。それは孤高であるが故のプライドだ。自分のケツを自分で持てなくて、何故引きこもりなんて出来る。
そんなわけで、出発初日ということもあり、保存の利く堅パンではなく、まだ柔らかいバターロールを齧り、私は表面上は顔色一つ変えずに口を開く。
「少年、私への気遣いは無しでいい。自分の食事くらい自分で用意出来る」
「実際、用意してなかったじゃないか」
「少年。人には人の領分がある。それを尊重出来ない慮外者とあらば、私とは馬が合わないと、離別することに些かの抵抗もない」
普段と変わらぬ声音。しかし内容に、深く考えずにいた他の面子にも緊張が走る。半日前までは知らぬ中だったのだ。意見の相違は当然のこと。ましてやどこに地雷が埋まってるかなど、時には本人でさえも知りようもない。
少年は自身の行動が何らかの琴線に触れたのだと気付き、素直に頭を下げた。
「……わり」
「構わんよ。
明日は私が食事を用立てよう。備蓄を減らしてしまったお返しにな。すまんが今夜の番は負けていただきたい」
「ああ……そりゃ構わないが」
「代わりに明日は不寝番をしても構わんのだが」
「そりゃ、こっちの領分だな。譲れねえよ」
「だろうな。無論、私は侵すつもりはないとも」
最後のやり取りで幾ばくか空気が和らぎ、少年もなるほどなぁと頭を掻く。
『私が見張ってるからぐっすり寝てて』『起こしたくなかったから私が魔物を引き離して仕留めたよ』そんなことされたら、少年は納得が出来ないだろう。
自分がされて厭なことは相手にするな。当たり前のことだ。
私は一人立ち、断りを入れて夜の闇に足を向ける。ここからは私の領分。立ち入らせることはない。
さて、何か手頃な獲物が居ればいいけれど。まあ獲れ過ぎても、男の子なんだから食べきれるよな?




