「シカがお金になりました」
翌日早朝、シカを担いで門をくぐる。
認識阻害で門兵に声をかけられることはないが、彼には私がどう見えているのだろう。詳しいことはわからない。
買い取り所には昨日と同じ親父が詰めていた。屈強な中年だ。二の腕なんか丸太のように太い。シカの解体もやってくれるだろう。
威圧-は私の存在が気にならなくなる程度の効力しかない。首のないシカを担いで歩く人を気にしないのは無理がある。
人通りが少ないとはいえ、少数のすれ違う人間にはぎょっと目を剥かれて歩いているので、外を見ていた買い取り所の親父も私の接近に気付いたようだ。
私は首から提げていた手提げ袋をカウンターに投げ出す。血の滴るシルクから、つぶらな瞳で明後日を見詰めるシカの首が覗いた。
「本当に狩って来たんだな。それも一頭丸々担いで来るとは……。立派な牡鹿だ」
「解体から見せて貰ってもいいかな? 今後、売る時の参考にしたい。一頭持ち込みでは荷物になるからね」
親父は快く頷いて、シカを受け取って解体所に案内してくれる。荷物を預かってくれるなんて紳士だね。首は私が持とう。
「昨日、森でくまが出たって話を聞いたんだが、お嬢ちゃん、なにか知らないかい?」
道中、世間話程度の気軽さで話し掛けられる。
昨日の反応を見るに、くまが出たらもっと大事になりそうなもんだが。信じてないのか、昨日の男性が大袈裟なだけか。
後者かな。くまはくまだ。危険かも知れないが、大騒ぎするほどのもんじゃない。
「さて。先日見た場所にシカが居なかったので、見付けるのに結構な距離歩かされた程度かな」
さりとて、こちらから情報を出すことはない。万に一つがある以上、藪をつついてくまを出す必要はない。
動物の大移動……。くま出没の先触れか? と少し考える中年。
「騒いでいた猟師が、人を見捨てて来たって泣きながら謝るもんだから、もしかしたらと思ってな」
猟師には認識阻害をしてある。そこに誰かいたことは覚えているが、無事、私の特徴は伝わっていない様子だ。
私から聞くようなことはしなかったが、勝手に話してくれる。
曰く、昨日の夜にベテラン猟師が錯乱した様子でくまが出たと騒いでいたらしい。
多くのものは戯れ言と取り合わなかったが、暴れる家畜、謎の地鳴りに、もしやと思った一部の人間は、日が落ちていることもあって、明日、つまり今日にも調査隊を派遣することにしたそうだ。
なんにせよ、くまと出会さなくて良かったなぁと締められる。そうだね。
「ああ、ふと気になったのだが、くまって美味しいのか?」
「……嬢ちゃん。くまは出会さないことを祈るものであって、食べるものではないんだが」
ブラックホールって煮玉子みたいで美味しそう、とか言い出した子供を見る目をしないで欲しい。素朴な疑問だろうが。
生きているなら神さまだって食い物だ。地球など、いつか太陽に焼べられる薪に過ぎない。……あれ? 地球を呑み込む前に膨張が止まるんだっけ? 異世界では素朴な疑問を調べることも出来はしない。まあ、のんびり数百年も待てば文明も追い付くだろう。どのみち太陽が肥大化すれば地表に這いつくばる人類に未来は無い。
「勇者がドラゴンを倒した逸話なら各地にあるだろう。くまは倒したものはいないのか? 倒したなら、食べるだろう」
「……考えたこともなかったな。くまを倒した話か。むむむ。
倒すメリットが無いんじゃないか? くまは、場合によっては自然を守るものと扱われている。財宝を溜め込んでいるわけでもないのに、倒しちまったら悪者じゃないか」
ふむ。なるほど。外聞が悪ければ喧伝したりはしないか。
くまが悪し様に伝わっていないのは何故だろうね? 悪いドラゴンがいるのだから、悪いくまがいてもおかしくはない。
自分で言っといてなんだが、おかしいな? くまを悪者なんかにしても、見たものは「くまさんかわいそう」としか思わんだろう。相手が凄くなければ、勝利を修めても箔が付かない。
「結局味はわからず仕舞いか」
「ははは。俺はくまを狩りにいくとか言い出さないかって冷や冷やしたよ」
「流石にそこまで常識知らずではないよ」
一度見逃した相手を追って始末するなんて恥知らずな真似は出来ない。そこまで厚顔無恥には生きられん。
解体所は清潔に保たれている。消毒の概念があるとは驚いた。水とシカと手と靴を濯いでら、魔方陣の上で数秒待って殺菌する仰天方法だった。
中は冷凍庫のようにひんやりしている。壁にはぶっとい肉切り包丁。動物を吊るす太い鎖。こびりついて落ちきれない血の痕。拷問部屋みたいだ。拷問→処刑→解体なので、グレードはこちらのが上なんだが。
前言通り血抜きだけはしてある。
親父は他の職員と一緒に手早く解体を進め、あっという間に肉と骨と革に分けられた。プロの技は美しいね。無駄な動きが一切ない。剣舞を見ているようだ。
解体しながら、一つ一つ丁寧に部位と値段を教えてくれる。
骨も首も捨てる所はなく、全て金になるそうだ。内臓すら食べる。
肝臓の刺身は旨いと聞くが、人間は寄生虫の心配がある。私? 寄生虫で痛くなるほど柔な胃腸はしていない。美味しくもぐもぐしている。
訊くと、この世界には寄生虫や食中毒を殺す魔法があるらしい。逞しいな。
でも、除去には時間がかかるし高価なので、食べて腹を壊す人も少ない数居るとか。人間って変わんねぇな。
シカは貴重なので、お金をかけてでも食べる人はいるそうだ。
ともあれ、内訳はわかった。一部しか持ち帰れない場合の参考にしよう。
肉はどの部位も高値で、それ以上なのは角。革や骨は凡百の動物とそう変わらない。
「全部買い取らせて貰えるんだよな?」
「約束だからな。ああ、革袋を売っている場所を教えて貰えないかな? 持ち運ぶのも目立つのでね」
「そんならここで使ってるのを譲るよ。新品のがあった筈だ。シカ革の代金丸々で、大中小の3つ。どうだ?」
「乗った」
相場は知らんが、時は金なりだ。私の時間はいくらでもあるが、あまり人里には居たくない。継続ダメージを受ける。
受け取った小は首が一つ入り、中は首が五つ入り、大はシカ一頭が入る大きさだった。お得だ。シカを卸したのはお得意様らしい。
他にも入り用なものがあれば紹介してくれると言ってくれたが、今は特に思い付かない。肉切り包丁? 自前の爪があるのでな。人間の刃物より自在にものを切断出来るので、一度見たからシカの解体は再現出来るよ。
「シカの代金は用意してある。状態が良いからおまけしとくよ。
そんで、昨日の角なんだが、ちぃと面倒なことになっててなぁ」
シカ一頭分の代金を確認し、小さい革袋に入れる。重くはないが、嵩張るな、この袋。後で物質創造できゅっとしとかんと。流石に目の前でやる程、私は常識からボイコットしていない。
「詳しい話はギルド会館で受付けてくれ。説明してくれる筈だ」
面倒だな。私は適正価格で売れればそれでいいんだが。
ああ、一本は屋根裏に放置してたし、物質創造できゅっとした後復元したものだから、品質が悪いのかも知れない。買い叩かれても文句は言わんよ?
「そうだ。シカを狩れるなら冒険者ギルドに登録出来るかな?」
「ん? そういや所属してないのか……。どこの国でも発行して貰えるだろう?」
「ずっと森で暮らしていた田舎者でな。街に来たのは初めてなのだ」
「そりゃまたなんとも。んじゃあ、俺の方から話は通しておくよ。嬢ちゃんなら大丈夫だ」
よし、言質ゲット。これで実績になるだろう。年齢制限は無いとはいえ、私の容姿で面倒になっては堪らない。
買い取り所の中年ならば、冒険者ギルドにも商人ギルドにも顔が利くだろうとの判断だ。
おっちゃんに礼を言い、買い取り所の通路からギルド会館に入る。人目が無くなったところで革袋を小袋にきゅってしておいた。
受付はあるが、案内板もあるので迷うことはなさそうだ。
早速向かおうとするが、私に気付いた受付嬢に呼び止められる。ちっ、私の特徴が仇になったか。仕事熱心なやつめ。
「先日品物を納めたエルフの方でしょうか」
「いかにも」
一応、確認を求められたので、シカの角を四本と答えておく。
受付嬢は一つ頷いて、書類に何かを書き記した。
「確認致しました。本来なら、こんな曖昧な方法を取らないのですが……。次からは、ギルドカードの提示をするなり、自身を証明してから預けてくださいね」
お役所は面倒臭いな。異世界なんだから、もっとゆるくてもいいじゃないか。
受付の話によると、シカの角は学者ギルドに預けられており、三階にある部屋に行って欲しいとのこと。たらい回しか。これって私が悪いのか?
と、そこまで聞いた辺りで「その必要はありませんよ」と声がかかった。
「丁度、買い取り所に持って行こうとしていたところです。待つ手間が省けました。
私は学者ギルドのレイドックと申します」
神経質そうな切れ目の下に隈を作り、細身の初老男性は一礼する。
胸にはモノクル。この世界には眼鏡はないんだろうか。いや、似合いそうだと思っただけだが。
私が続きを促す前に、学者はさっさと続きを話す。マイペースだな。学者か。
「お手数を申し訳ない。話というのは他でもありません。この角を学者ギルドに売って欲しいのです」
私は、何故、と、問う。既に面倒臭い。
どんな理由でもいいが、私を拘束しないで欲しい。その話、聞かないとダメかな?
「この角の一本、普通のシカのものではありません。
接ぎ木ジカ、と呼ばれる変異種のものだと思われます。
失礼ですが、この角のシカはどこで?」
接ぎ木……。そういえば、三本角が居たな。あれが接ぎ木か。
どこと言われても、故郷の森だよ。そこが何処かは……わからないと答えておこうか。私は地図が読めないし、指差せないのは事実だ。
「売るのは構わない。安く売れと言うのでなければな」
「安くだなんて。接ぎ木ジカは目撃の極端に少ない伝説上の生き物です。学術的にも効能的にも、正直、値段なんて付けられませんよ。
それで売って欲しいと頭を下げるのですから、安く売れと言っているようなものです」
そんなにレアだったのか、あのシカ。そんなシカを私は何も考えずにもぐもぐしてしまったのだが。味は変わんなかったしな。
「正直だな。そういうのは嫌いじゃない」
「ありがとうございます。この角があれば、接ぎ木ジカについての生態調査が進むことでしょう。お代の方はーー」
「待ってもらおうか、学者ギルドの」
ばーんと効果音付きで横入りして来た中年男性は、何故か壁にもたれて腕を組んでいる。
え、なにそのクールなライバルポジションのポーズは。ひょっとして、ずっと聞いてて、会話に入るタイミングを窺っていたのか?
「お、お前は商人ギルドの!」
ノリがいいな。流行ってるのか? これには近くで聞いてた受付嬢も苦笑い。
「学者ギルドに売るなんてとんでもない。商人ギルドに売ってもらえれば、より高い値で取引致しますよ」
「くっ……、口を開けば金、金と。これがどれ程価値があるものなのかわかっているのか」
「ええ、もちろんわかっていますとも! これ程の品、王家に献上しても余りある程です。私が成り上がるため、是が非でも手に入れさせていただきますよ」
「わかっていない! どれ程学術的に価値があると思っている。それを私利私欲に使おうなどと」
「何を言うかと思えば。価値があるならなおのこと、こんなうだつの上がらない田舎の学者なんかより、王都に献上し、優秀な学者の手で研究するべきではありませんか?
自分達の手で研究し、それを己の手柄にしたいなど、それこそ私利私欲でしょう!」
「くっ……」
なんか盛り上がっている。私はもう話半分だ。興味の無い話は眠くなる。終わるまで寝てちゃダメかな、受付さん。ダメ? そっかぁ。
「あなたはどう思いますか!?」
飛び火した。え、なに。どっちかに売らにゃならんの?
買い取り所の親父に通常価格で丸投げしたいんだが。金なんて必要に駆られてから稼いで問題ない。
適当に決めよう。指針があればブレはすまい。
「どちらでもいい。高値を付けてくれた方に売ろう」
「なっ!? そ、それでは……!」
「賢明です。お嬢さんはものの道理をわかっておいでだ」
勝ちを確信した商人ギルドと対称に、後がない学者ギルドに詰め寄られる。
必死だな。うだつの上がらない、大した実績のない学者というのは図星らしい。
「これがそんなに重要なものだと思うのなら、それなりのものを提示出来る筈だ。この商人に負けるというなら、お前の誠意はその程度というまでのこと」
「それは……! 恥ずかしながら、研究に使える資金はそう多くありません。有益で革新的な研究成果を発表すれば、国や貴族から援助をしていただけますが……。ですが、その機会にも恵まれず……。
お願いします! またとないチャンスなんです。私に預けてはいただけませんか……!」
「才能。努力。そして運。学問だろうと、商売だろうと、戦士であろうと、そのどれか一つでも欠ければ大成出来ないのは当たり前のこと。
お前はそれを持っていなかった。悪いが、諦めるんだな」
膝を付いて項垂れる学者。私はその手からシカの角を取る。
反面、商人は上機嫌なものだ。どうしてそんなににやけ面が出来るんだろうね。私にはわからんよ。
「ご高説、感服しました。その通りにございます。
この縁に恵まれたこと、私は幸運の女神に愛されているのかも知れません。私の小さき女神よ、それでこちらが接ぎ木ジカの角の代金になっており……」
「それで」
遮る私の声の冷ややかさに、目の前の商人のみならず、近くの受付嬢や動静を見ていたギルドの関係者も残らず身を震わす。
ああ、いけないね。油でも塗ったような上滑りを黙らせたくて、つい威圧してしまった。あまり注目は集めたくないのだが、仕方あるまい。
「お前は私に何を差し出す?」
「で……ですので、こうしてお代の方を……。私が提示する金額ならば、必ずやお客さまもご満足していただけると……」
「王室に献上出来る程の品がか? 何故こんな辺境の田舎商人に売ってやらねばならん。王都にでも行って大商人にでも卸した方が高値がつくだろうに。
お前が言ったんだぞ。それほどの価値があると。お前が言ったんだ」
「な……そ……それは……っ」
威圧され、冷や汗を足らしながら狼狽して見せる商人。しかしそこは彼の土俵、すぐに頭をフル回転させ、なんとか交渉のテーブルにつく。
その表情からは、大方世間知らずの田舎者が、降ってわいた大金に目が眩んで欲が出たのだろう、という判断が見て取れた。
自身の精神を安定させるために相手を下に見ようと働いたのだろうが、それでは泥沼だぞ?
「……王都の大商人ともなれば、個人の買い取りなどやってくれるものではありませんよ。ましてや海千山千の猛者を相手に、お嬢さんのような方が交渉についても、あしらわれて足元を見られてしまいます。大々的に、それが接ぎ木ジカの角であると証明出来るのならばともかく、現実的ではありませんよ?」
「そちらがその様な態度ならば他の国に行くまでのこと。少なくとも私は、態度の悪い人間と交渉のテーブルにつくことはない。
お前は判断を誤ったな。他人を扱き下ろすより、自身をPRすべきだ。私は流れ者で、王都の評価となればその国の評価となるのだから」
「つ……接ぎ木ジカの角を手にしていると知られた上で、他国に行くと?
それは……、そんな高価なものを持って旅をしていては、賊に襲われる心配が強すぎて、私にはとてもとても。お嬢さんは実に勇敢だ」
「ほう? 私を脅すのかい」
「いえいえ、まさかまさか。あくまで一般論ですよ。危険ですので手放した方が安全ですよという、ただの忠告です」
主導権を取れたと思ったのか、戻って来たにやけ面がおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
「こいつ何言ってんだ頭おかしいのか」と商人を睨んでいた受付嬢や職員も、虚を突かれたのか私の顔を見て硬直した。
私は笑顔を見せるのが珍しいのか、周りはたまにこういう反応になる。侍従なんかは「マスターの笑顔だけで冷や飯3杯はおかわり余裕です!」と鼻血も出ない癖に何かを垂らしていた。あれは参考にならん。米食わんだろうあやつ。
しかし、見蕩れていた彼らも、次の瞬間には恐怖に歪むことになる。
「では、何故君はのうのうと私の前に立っていられるのかね? シカよりも逃げ足が速いのならば兎も角、勇敢じゃあないか」
喉の奥からくぐもった呻きを上げ、商人はへたり込む。
建前だとか遠回しな脅しだとかは関係ない。純然たる殺意の前では意味がない。
お前が私を害するというのなら、命を以て贖って貰うからそう思え。
おや、明言していない脅しだねこれも。でも、ここでは人目があるから口にするのはまた今度。二人っきりの時に、ね?
二の句が告げない商人が、酸欠の魚よろしくパクパクしているのを尻目に、交渉は終わったと。踵を返して会館の玄関口を後にする。
私の威圧も衰えたものだ。これも人間になった影響だろうか。いや、これは商人を誉めようじゃないか。
彼は私に追い縋って来た。恐怖でがちがちになった指で。小さい私の足に這いつくばってしがみつく。
「ご……っ、も、もうしわけ、もうしわけありませぇん! 私が間違っていました! 何卒、何卒チャンスを! もう一度だけ、私に交渉のチャンスを与えてください!」
大の大人が情けなくないのか。私みたいな者を相手に。涙でぐちゃぐちゃになった顔で懇願して。周囲の目もあるだろうに。
前頭葉が麻痺しているのか、まともな思考とは言い難い。そんな相手と商談をしていいのかと思ったが、元々私は商売するつもりはない。隷属の誓約もあるし、今更感がある。
しかし、そんなにシカの角が大事なのかね? 私にはわからんよ。
「ぼくは! 僕はこの世界で成り上がるって決めたんです! 泥を啜ってでも、石にかじりついてでも、悪魔に魂を売ってでも! 目の前に転がってるチャンスをふいにするくらいなら、死んだ方がマシだ!」
いや、商人が命を安く使うなよ。
明確な死を前にして己の原点を思い出したのか、己が人生で何も成していないことの方が恐怖だったのか、こういう奴はたまにいる。
逃げ出すやつより評価出来る。もう一度だけだ。
「では、お前は私に何を差し出す?」
「ーー未来の忠誠を。私が王都でも通用する商人になれたなら、貴女のために口を利きましょう。商人として、必要なものがあれば必ずや用立てましょう」
青臭いな。実に良い。お前の底は見せて貰ったよ。
死を目前にしてこそ人の本質は現れる。いわゆる後で死にたくなる系のめっちゃ恥ずかしいやつだ。彼には是非とも味わって貰いたい。
「お前の名は?」
「ダニエル・ボードマン」
私はしがみつく商人をひっぺがし、接ぎ木ジカの角を一本放り投げる。判別はつく。匂いで。
「くれてやる。タダより高いものは無いと心得よ」
呆然と角を見詰め、背を向ける私に、我に返ったダニエル商人は深々と頭を下げる。
さて、気長に待とうかね。彼が大成するまで、何十年でも何百年でも。
名前、覚えるの苦手なんだよな。




