「人里にたどり着きました」
腹ごなしを済ませて山越えを再開する。
寄り道をしたが、それで狂うほど柔な方向感覚はしていない。まあ、木の形や風の流れで場所を覚えているだけなんだが。
山脈を歩いている時も、まっすぐ横断出来るよう星の位置を見ながら進んだ。途中居眠りしたら結構な移動をされてしまったが、周辺の土の形を覚えていたので問題はない。
けど、危なかったな。誰かが私の眠っている場所を耕していたら少し困っていた。周辺の山々を更地にされていたら迷子確定だ。気を付けよう。
盆地を上がり、集落の向かいの山を越えると、案の定そこは平野部だった。
集落からこの山を下りるルートもどこかにあるのだろう。人に出会したくはないので捜したりはしない。
山から少し離れた所に目を凝らすと、城郭に囲まれた街、城壁都市が見える。結構大きな街のようだ。私の住んでいた森の近くの水が豊富な街と同程度の規模。
少女と図書館によると、この世界の街は城郭があるのが当たり前らしい。
更に向こうには水平線。海だ。潮の香りは届いて来ないので、かなりの距離がある。風によっても薫り方は違うので、流石に距離は測れない。
山歩きは新鮮で楽しかった。何事も、はじめての経験は胸が躍るものだ。
しかし、たどり着いてしまった以上、これからは街で人間と交流していかなくてはならない。
……もう帰ろうかな。私は十分頑張った。
楽な方へ楽な方へと流れていくのが引きこもりクオリティ。
長いこと人と触れていなかったので、少女と一緒にいたリハビリが萎んでしまった。
やだなぁ。人間こわいんだもん。
だがまあ、別に死ぬわけではない。別に死んだとしても大したことはない。私はずっとそうやって生きてきた。
いざとなったら遁走すればいい。私が一度やると決めたのだがら、やらずに逃げることは私に嘘を吐くことになる。それは嫌だ。
そんな風にやる気を高めるために、山の上で景色を見ながらぼーっと過ごす。
既に腹は決めた。後は気力が溜まるのを待つばかり。
◆
一晩森の中で休み、身支度を整えて、早朝に乗じて街に侵入する。
流石に食事をして、そのまま人里に下りるわけにはいかない。気を遣っているとはいえ、その、色々と飛び散るので。子供もドン引きだ。
門兵が居たので、認識阻害を使って何事もなく通過する。
認識阻害は対象が増えれば増える程に効果が薄くなる。
夜勤なのか、詰め所には何人か居るようだが、立っているのは一人なので問題ない。
阻害と言っても、見えなくなるとか、精神に悪影響を与えるとかの類ではない。私の存在を、そこにいてもおかしくない人物に錯覚させる程度だ。呼び止められなければ問題は無い。
威圧とは、言うなれば自分の存在を無視出来なくさせる行為。
だから、それを反転させてやれば自分の存在を無視させることも出来る。
威圧スキルLv-といったところかな? やってることは気配を殺しているだけだが。これも、能力の拡大解釈だとかクソオカマが言っていた。能力もくそも、ただ息を潜めてるだけだろうて。ものは言い様だ。
認識阻害が少人数に効果が高いとすれば、威圧-は大多数の人間に適応される反面、明確に私の存在に気付いていれば効果は無い。
はじめて来た街、早朝で人のいない時間帯もあり、私を認識しているものはいない。安心して街の立地を確認する。
最初の目的地はギルド、寄り合い所だ。立場の弱いものやコネの無いものが相互扶助を行う目的で結成された。
私はこの世界では身分がない。職務質問をされたら、旅人とでも答えるしかないが、着の身着のままで言っても説得力に欠ける。旅の目的も無い。
そこで、ギルドの中でも最も規模が大きい組合、冒険者ギルドか商人ギルドに入ると貰える、ギルドカードに身分を証明して貰おうと思う。免許証のようなものだ。これがあればタバコも買える。草に興味など無いが。
と言っても、スムーズにはいかないだろう。だからもう一つの目的である、素材の買い取り所に先に向かう。
買い取り所はギルド会館と併設されている。冒険者が持ち込み、商人が売ることになるからだ。
寄り合い所なだけあって、誰でも買い取りは行えるので、私のようにギルドに所属していなくとも、適正価格でぼったくられることはない。
ギルドに所属するつもりなのは、身分証明の他に、自由に出来る資金が欲しいからだ。無くても生きていけるが、最近の私はお金が欲しい。
そんなわけで、実際に獲物を持ち込む前に、事前にリサーチをしておく。きちんとお金を稼げることが示せれば、ギルドに登録するのもスムーズにいくだろう。
これらは前回、少女を送る水の豊富な街で行った情報収集に基づいた考えだ。情報は力である。行き当たりばったり、よくない。
「おっちゃん、聞きたいんだけどいいかい?」
「んん? なんだいお嬢ちゃーーって、なんだエルフかい? こいつぁとんだ失礼を。今、誰も持ち込んでないんで構いやせんよ」
エルフ。それも図書館で調べた。
大筋で一般的なものと大別無い。強いて言うなら、情報が少なく、特に知りたかった寿命が曖昧だった。
曰く、人里に下りて来るエルフはレア。
曰く、寿命は長いが、大抵病気や戦闘で命を落とす。
曰く、エルフの里は複数あり、集落ごとに年齢はまちまち。
曰く、年寄りはボケがはじまり、その年寄りより長生きしている者がいないのでわからない。
ずぼらな種族だ、エルフ。
私は人より長生きして来た。今更見た目通りに振る舞うのは難しい。
だから、いっそ見た目より年齢がいってる種族に擬態しようというのだ。
日光を嫌う、色素の無い血の瞳は、フィルターついでに金色に。エルフっぽく耳を長くして終わり。
雑な変装である。それで騙せるんだから耳って凄い。
エルフらしく緑色の髪にでもしようかと思ったが、長く付き合うことになりそうだし、弄り過ぎは控える。
どうやって容姿を変えたかは、まあ、後回しでいいか。物質創造ではない。私自身に物質創造は出来ない。
「構わんよ。私の容姿については自覚している。
素材の買い取りをしていると聞くが、この辺りで狩猟禁止の動物とかはいるかな? 先立つものが必要で、狩りに出ようと思うのだけれど」
「捕ったらダメなやつ? いやぁ、そんなこと聞いたことねぇよ。お嬢ちゃん、変なこと考えるんだなぁ」
ふむ。絶滅危惧とかの概念は無いのか。獲り過ぎたから増えるまで控えましょう的な。
この世界の人口が足りないのか、動物がたくましいのか、考えが足りないのか……。私が気にすることではないな。
エルフはなんか神秘的な種族だから、なんかを神聖視して獲らないとか勘違いしてくれると助かる。
「では、好きに獲って来ようか。そうだね、シカなんて獲ったら買い取ってくれるかな?」
「シカだって? シカなんて獲れるわけ……いや、エルフか……」
ん? シカって凄いのか? 住んでいた森ではよく獲って食べていたが……。
何故シカか。それは道中、山を下りる際にも見掛けたから。そして、シカは美味しい。美味しいので数が心配だったのだが、おっちゃんの懸念は違うところにある様子。
「なにぶんずっと森で暮らしていた世間知らずでね。シカって何か凄いのかい?」
嘘は吐いてない。エルフの森だとは一言も。
私が小首を傾いで訊ねると、買い取り屋の親父は説明してくれた。
私も知っての通り、シカは感知範囲が広い。そして旨い。おまけに角は貴重品らしい。
私は知らなかったが、普通の人間がシカの感知範囲を越えて仕留めるのは至難の業だ。姿すら見えない。
罠にもかからない。誘き出せない。
シカを越える狙撃、シカにも感知されない罠、シカすら誘き寄せる何か。そういった極一部の人間だけが持つ特殊技能が必要で、流通が少なく高値で取り引きされている。
「へぇ、このシカがねぇ……」
私がこれ見よがしにシカの角を手の中で玩んでいると、買い取り屋の親父が食い付いて、身を乗り出して来る。
圧縮していたシカの角を物質創造で元の形に復元した。品質に差異は無いと思いたい。
「お、お嬢ちゃん。その角、お嬢ちゃんが牡鹿を狩ったのかい? すげぇな、エルフってのは……」
「そういうものか。森では普通に食べていたんだがね。
この角、一本で幾らになる?」
……そんなに? 私は即物的な人間だよ。俄然、やる気が出るね。
では四本だ。おや、悲鳴を上げたね。査定と換金に時間がかかる? じゃあ私はシカを狩って来るから用意をしておいてくれ。
「血抜きだけして持って来るよ。どの部位がどれくらい価値があるのか、実演しながら教えてくれ」
そう言って立ち去る。悪いが引き留める言葉は無視だ。
名前を教えてくれとか、身分証をとか聞かれても、今の私には差し出せるものが何もない。
幸い、小さいエルフとかってわかりやすい特徴があるんだ。情報の共有化は容易いだろう。
なんなら再来の時間を今日と合わせても、同じおっちゃんにかち合う可能性は高くなる。
持ち逃げとかされたら……。私の人を見る目が無かっただけのこと。大したものじゃない。諦めて殺そう。
ギルドに登録するのは獲物を持って来てからだ。
私の容姿では、登録に支障が出るかも知れない。それくらいの自覚はある。
現物持ち込みなら、少なくとも狩猟の仕事は出来ると証明出来るだろう。
よーし森に戻ろう。人里は疲れる。リハビリは徐々にしないと私が持たんよ。




