「生きている遺跡」
「やめよぅよぉ……、バレたらまた怒られるよぉ」
「へっ! ビビりだなぁナッキーは。バレなきゃいいんだよバレなきゃ」
「カノ、怖かったら帰ってもいいんだぞ」
「……ううん、にいちゃんといっしょがいい」
横柄なガキ大将。正義感の強いライバル。幼いその妹。気弱な子分。
といったパーティーだろうか。前衛後衛が2:2でバランスは悪くない。問題は、後衛の援護が期待出来そうにないことか。
面倒だから泣き虫ナッキー、ガキのガッキー、カノの兄カッキーと心の中で呼ぼう。
子供ズの索敵範囲に引っ掛からない距離を維持しつつ、集落からの追っ手にも気を配ってついて行く。
察するだに、大人に禁止された場所があり、度胸試しに子供だけで向かっているのだろう。
歳の頃はガッキーが十歳前後で、他の者はそれより下。妹は五、六歳といったところ。こんなに頭が悪くていいのか? 平和ボケした発想だ。毒と紹介されて甘いものを発想出来るのは、死の危険に瀕したことのない者だけだ。
魔物がいる世界だと聞くが、日常的襲われたり、人死にが出たりはしないのか。それともこの辺りにはいないのか。
私が生まれた森にも魔物らしきはいなかったし、そんなものかも知れない。
でも、大人が立ち入りを禁止している以上、そこに魔物が出没する可能性はあるよな。わくわくして来た。地元民しか知らない場所かもだし、案内を頼むぞ、子供ズ。
子供の足だ。森の中を歩き慣れてはいるようだが、それでも遅々としている。
幼い妹は体力がなく、兄の裾を掴んで必死について行くが、自分も大したことはない癖に、速度が出せないことにガッキーは苛立っているようだ。
カッキーも遊びたい盛りで妹が疎ましいのか、ガッキーが怒鳴ると言い返すが、度々妹に帰るよう言っている。その度に妹は目を瞑って首をふるふるしている。ナッキーはどうしていいかわからず、でも妹に気を使ってフォローしているようだ。
しばらく動きはなさそうだ。ぼーっとしてよう。
そんなに騒いでも何か来ないんだな。むしろ、動物は人間の気配に逃げていく。
魔物、本当にいるのかな。いや、これから向かう先にいるさ、きっと。子供ズには頑張って貰いたい。
◆
気長に待っていると、前方に妙な気配を感じた。
垂直の崖下。見上げれば私がやって来た山の上が見える。その斜面に、何やら黒い洞窟が散見している。何かの巣穴……? いや、人工物だな。何らかの目的で掘ったトンネルだろうか。
他の横穴は地面より高い位置にあるが、唯一地面と水平の、深い木々に囲われた穴に子供ズが入って行く。
ここが目的地……、坑山か? しかし、明らかに高い位置にある穴はなんの意味があるんだろう。
昔は地下にあり、断層が上がって来た? 梯子か何かをかけて、化石掘りのように、その場所から掘る必要があった?
わからないことは考えてもしょうがない。とは言え、子供ズを追うかどうか。
一本道では、引き返した際にかち合うだろう。さりとて、進行ルートを変えるのもな。一方的にとはいえ案内をさせたのだ。用が済んだらぽいでは不誠実だろう。
子供の足では、引き返して私を捉えるまでに時間がかかる。こちらの索敵範囲は子供の比ではないのだ。その間に退くなり隠れるなり、やりようはあるか。
そのまま先へ進んだ子供ズを追うと、どうにも坑山らしくない。
外壁はほんのり明るく、私の知らない鉱石で出来た通路には、読めない文字や紋様が彫られている。植物が入りこんだのか天井からはツタが下り、長い間人の出入りがないことを示すように、蜘蛛の巣や蝙蝠など、小動物の姿が散見する。
これは……遺跡、か? 近くの集落とは建築様式が異なる。
内部は通路の他、広い部屋があったり閉まった隔壁があったりと、洞窟というより建物っぽい。
上の方に侵入路と同じ横穴があったり、部屋に大穴が空いて下の部屋が見えたり、広さはかなりのものだろう。住みやすいかどうかは私にはわからないので、居住区がどうかも判別は出来ない。
いままでずっと山と森だったので違和感は凄いが、何故子供ズはこんな所に来たのだろう。
……単に大人に禁止されていたからか。この荒廃した有り様を見れば、危険だからと立ち入り規制をした大人の気持ちはわかる。
まあ、未知の探険をするのは子供には良い刺激となろう。秘密基地にするも良し、足場が崩れて危機に合うも良し。早々全滅はすまい。生き残りが大人を呼べば命は助かる。
即死行方不明は自己責任だ。
私が面白がることは無かったな。もう帰ろうか。
一応子供ズが入り込んだ奥の方も見ていくけれども。望み薄である。
子供は灯りを持って来たのだろうか。私は言うまでもなく夜目が利くので、この程度の光源でも明るいくらいだ。流石に真闇は経験したことがないのでわからないが。地面に潜った時でさえ、光というのは浸透するものだ。
すると、子供を追って入ったホールに、何やら複数の光源があった。
蒼く光る花だ。ホールの真ん中辺りに沢山自生している。真ん中が沢山なだけで、隅の方や、天井にも節操無く咲いていた。
これを持てば子供でも足元が安全かもな。そう思いながら口に含むと、舌にぴりっとした刺激。
毒があるな。大したことはないが、沢山食べるとお腹壊しそうだ。
なんとなく月光みたいで落ち着く。種族的に。
持ち帰りたいが、保存方法がない。押し花とか知らないし。
球根でもないかと根こそぎにしてみると、種らしきものを手に入れた。これで満足しておこう。
ん……? 悲鳴が聴こえる。子供に何かあったんだろうか。
匂いから子供ズが通ったルートをトレースし、駆け足で向かうと、すぐに子供ズ以外の匂いに気が付いた。
聴覚、味覚、触覚をフルに使って判断したところ、索敵結果は視覚に頼らないと判断出来そうになかった。
「く、くるなぁ! こっちくるなぁっ」
勇ましい声が聴こえる。泣き叫んでるような声だが、抵抗出来るだけ大したものだ。
果たして自分の目で見た対象は、索敵結果と同じ、胴周りがドラム缶並みサイズの大蛇だった。本当にいるんだなこういうの。魔物かな? でっかい野生動物と言われればそれまでだが。
私は舌を出して唇を湿らす。実を言うと、私はヘビが嫌いじゃない。赤い血の象徴みたいなものだし、食べると元気が貰える。
視界の先にいる大蛇は、瞳から鱗から鮮血のように赤く、非常にそそる見た目をしている。
肥沃な森に来て、まだ腹一杯食べていない。私は食欲を満たすことに決めた。そのために、子供らは邪魔である。
大蛇は小動物の中でも一番大きいの、ガキ大将ガッキーに狙いを定めたようだ。ルビーのような無機質な瞳を向け、舌を出して位置を測る。
へたりこんで震えているガッキーに、大口を開けて引き絞った頭部を射出する。顎を外すどころか、このサイズ差なら四匹くらいぺろぺろっといけるだろう。
生憎だが、貴様が喰うのは遺跡の壁だ。物質創造で杭となった外壁がガッキーの脇から伸び、大蛇の口腔を捉えて真正面から叩き返す。
口の中に収まれば時間が稼げると思ったが、勢い余って反対側の壁まで吹き飛ばしてしまった。
杭を元の壁に戻しつつ、へたりこんだガッキーの前まで歩いて行く。
「そこな少年。横から不躾に悪いんだが、あの獲物を私に譲っては貰えまいか?」
声を出してはじめて気付いたように、吹き飛んだ巨体を呆然と眺めていた子供ズ四人の視線が私の背中に集まる。
状況がわからず、突然の死を目前にした恐怖からか、絶句して言葉が接げないようだった。
その間に大蛇は身を起こし、紅玉の瞳を真っ赤に燃やして鎌首をもたげる。油断ない前傾姿勢で、軽い食事から、外敵に対する戦闘へと意識が変わったことが察せられる。
「どうした? はやく応えておくれな。ダメならば他を当たらせてもらうよ」
しゃーと威嚇する大蛇に、子供ズは引き攣った呼気を漏らし、メデューサに睨まれたように硬直する。そんな中、唯一動いたのは幼い妹だった。
「い、いいから、あんなのいらないからぁっ」
悲鳴に近い金切り声。そんな大声も出せるんだな。
なんにせよ、これで言質は取った。横殴りはマナーが悪いが、反論は受け付けん。
へたりこんだ子供ズの首根っこをひっ掴み、隅の方へ纏めて放り投げる。桑の葉を物質創造で蚕の繭状にし、クッションにして受け止めさせた。
その間を隙と見たのか、引き絞った大蛇が飛び掛かる。
私は軽く位置を調整して、物質創造にて手に刃物を取った。
別に腕を突っ込んで引き千切ってもいいんだがね。断面はなるだけ鋭利な方が肉の旨い部分を潰さないで済む。
剣などと洗練されたものではない。ただの一枚の刃物で十分。握ったところで私の手のひらは傷付かない。ヘビは切れる。それが全てだろう?
交差の瞬間、半身を引いて躱し、首の後ろ、鱗の隙間に刃物を差し入れて切断する。
胴体と別れた頭部が、突撃の勢いそのままに刎ね跳び、子供ズの脇を飛んでいって悲鳴があがる。心配せずとも、入射角は計算したよ。あ、血飛沫までは知らん。すまぬ。
同様に、投げ出された身体も地面を擦り、首を失って尚、びったんびったんと跳ね回る。
活きがいいな。なら、先に頭部だ。私は胴体を放置して、飛んでいった頭に向かい、文字通り頭からかぶりついた。
脳は刻一刻で血液が滞る。一番に食べないといけない。しかしでかいなぁ。頭蓋を噛み砕くのも楽じゃない。
頬肉は引き締まっていて旨いが、生の舌は食べる気にならない。こんなんディープキスやん。ある程度頂いたら、胴体に移る。
頭で懲りたが、鱗、革そして骨は食べなくていいな。
骨髄も貴重な栄養だ。食べる時はお残しはしないのがポリシーだが、流石にこのサイズだと骨ばかり食べていると虚しくなる。カルシウムは足りてる筈だ。
食道、胃や腸など、内容物を共有するつもりはないが、他の内臓は食べる。心臓は活きがいい内に。
しなしなんと言っても今回のメインはヘビの筋肉だろう。全身筋肉なので食いでがある。臭みも少なく、このヘビは旨いヘビだ。私は満足である。
食べなかった鱗や革、歯と余らせた骨は物質創造で圧縮して仕舞っておく。まあ念のため。
埋める場所もないので、棄てる部位はどうしようかと考えて、水分を完全に奪って風化させることにした。
そこでようやく、子供ズがいまだに隅で腰を抜かしていることに気が付いた。夢中になりすぎである。
「どうした。帰らんのか?」
返事がない。さっきは応えてくれた妹でさえ、兄の胸に顔を押し付けてカタカタ震えている。
そんな妹に弱い所は見せられないのか、カッキーが奮い起って私に口を開いてくれる。
「……ぼ、ぼくたちのことも食べるのか?」
……ああ。子供には刺激が強かったか。前世でもヘビの踊り食いなんてドン引きされるだろうに、このサイズではな。しかし、このサイズだから大丈夫なこともある。
「見ての通り、私は満腹になったのでね。そんな気はないかな。
食べて欲しいのであれば、そこで待っていて貰えれば、私の腹も空くだろう。どうするね? 君が選んで構わないよ」
「に、逃げれば見逃して貰えるのか……?」
会話が通じて安心したのか、大きな身体で他の三人の前に庇うガッキーが窺う。窮地に立ってこそ人の資質が見える。映画ではガッキーも頑張ってくれるようだ。
「私がお腹を空かせていないならね。これだけ大きなものを食べれば、半年は食べなくとも大丈夫だろう」
これは少し誇張した。腹ごなしをしてやれば、また私の腹は騒ぎ出すだろう。
ごくりと唾を呑み、私から目を離さないガッキーが立ち塞がって、後ろの三人を行かせるように促す。全員が歩き出すと、肩を抱くように背中を向けて走り出した。
「焦って転ぶんじゃないぞー」
私が声をかけると、急いでいいのか悪いのか、ぎこちない動きで混乱させてしまう。失敗したかな。
離れていく間際、妹が恐怖から立ち直ったのか、私を振り返って口を開き、結局言葉が出ないのか、小さく手を振るのに留まった。
暗いし、向こうからこちらは見えていないだろう。安全圏からの自己満足。それでも、一応私も手をひらひらさせておいた。
別に助けたわけじゃない。ヘビに食われたら、私がヘビを食べる時に気まずかっただけである。
帰り道までは面倒見切れん。これで本当に事故に遭ったら、それこそ自己責任だ。
このまま帰ると、道中かち合ってしまうので、しばらく食休みをしていく。
美味しいものも食べたし、道草終わり。山越えに戻ろう。
少し気になるのは、この遺跡。なんか、奥から感じる匂いが、私の居た森の、樹の周りにあった霧に似ている気が……。
まあ、だからどうってわけでもない。単に環境が似てるんだろう。
吾輩はヘビである。名前は特にない。
好物は月華。あるだけかぶりつきたい気持ちをぐっと抑え、自生している場所を縄張りに、大事に大事に食べている。
思えば吾輩も産まれた時は小さなヘビだった。月華に興味を示し、食べた他の兄弟が泡をふいて倒れる中、節度を守って食べ続けたのが長生きの秘訣かも知れない。
兄弟はみんな死んでしまったが、吾輩はこんなに大きく育った。
そんな中だ、見回りに出かけた隙に、吾輩の大事な月華に手を出す輩がいる。
許せん。吾輩の腹の中で反省するがいい。
「理解したか小動物。
ーーお前がエサだ」
ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!




