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「何故山に登るのか」



 さて、では人里へ向かおう。実を言うと、既にこの世界の人間とは接触を果たしている。ダイジェスト版ではカットになりました。

 少女を預けるのだ。市場調査は必要だろう。心配性なのでね。

 私は人見知りで、生来臆病な性質だ。旅の恥は掻き捨てということで、失敗してもいいやの気分で行った。しかし、これから人と交流を果たすのだ。今後も同じようにはいかない。慎重な動きを要求されるだろう。ぶっつけ本番にならずに済んで良かったと考える。

 街の文明レベルや、人々の営み、どういう社会で、どのような歴史を歩んで来たのか。図書館にも忍び込み、文字の読み書きを学べたのは大きい。少女から教わった通貨や、物の価値なども答え合わせ出来ている。役に立つかはまだわからないが。


 私が出立する名目は、少女を送り出したのに、ここに私が居ては、少女に逃げ帰って来る余地を与えてしまうかも知れない、ということに決めた。よって、私が下りる人里は、少女が向かった水の豊富な街でも、その近くの鉄鉱の街でも無い。

 他に街が確認されている場所、すなわち山を越えた向こうである。外国である以上、こちらで学んだ知識がどこまで通じるかは不透明だが、海を挟んでいるわけでもなし、交易もあるし、大差は無いだろう。


 山越えは、飽くまで現実的でないのは軍隊規模の行軍だ。個人で越える人がいないわけではない。自殺行為と呼ばれるだけで。私は人よりタフだし、山くらいならなんとでもなる。流石に火口の中は熱いし、氷原のただ中だと寒いと感じるが。別に死ぬわけでも無し。

 一度、空気も凍る真空に放り出された時には流石に考えるのをやめる覚悟をした。侍従がバックパックで移動可能で無ければあの時終わっていたやも知れん。その後死んでいるので大別なかったが。


 そんなわけで、山越えをするのにも、特段これといった支度をするでも無し。着の身着のまま気の向くままである。

 しいて挙げるなら、しばらく空けるので、丸太小屋の掃除はしておこう。埃を掃いて、窓を拭いて、屋根の上から小屋の外壁まで、手を入れられるところは全部やる。

 あ、先に断捨離かな。少女もいなくなったし、要らん物は全部捨てよう。日持ちする備蓄とか、動物の骨とか。

 アルビノ草兎から貰った薬草だの、シカの角もある。少女が言うには、シカの角も薬になるそうだ。何の薬か尋ねたところ、魔法の触媒なんだとか。それって薬か?

 桑の葉で、腰に着けるような小さい巾着袋を作り、物質創造で貴重品を圧縮して中に放り込む。

 質量保存の法則? 私たちの中には身体が霧になったり、蝙蝠だの狼だのになれる者もいるのだ。人間が観測出来る程度の物理法則など、はじめから脆いものである。我々は真理の大海を望む砂浜で遊ぶ幼子に過ぎんのだから、人の知識は日進月歩だ。陽でも月でもなく、廻っているのは地の方だというパラダイムシフトは、皆の記憶にも新しいことと思う。

 圧縮し続ければブラックホールも発生するのかと考えたこともあるが、喩え地球を丸めたとしても重さが足りんだろう。それを光速で投げるなら兎も角。それもまた、実践してみない事には予測でしかないもの。


 後は盗賊を倒してドロップした通貨が幾つか。これも荷物になるので圧縮しておく。ダイジェストダイジェスト。

 物質創造を使えば元の形を再現出来るが、これって偽造になるのかね?

 ゴミをどうしようかと考えたが、自然に還りそうなものばかりなので、小屋の付近に埋めてみる。帰って来て分解されてなかったら、物質創造でなんとかしよう。はじめからそうすれば良かった気もしたが、考えないことにする。些細なことだ。

 そもそも道中、やっぱり気が変わってとんぼ返りする可能性だって、けして低くはない。私を縛るものがないというのはそういうことだ。楽な方へ流れよう。駄目人間まっしぐらである。引きこもりってそういうものだ。あまりかしこまる必要は無かろう。ある程度気楽でいい。

 失敗したら逃げればいい。面倒になったら逃げればいい。困難を前にしても、死ぬのと天秤にかければ大抵は些細なことだ。私はそうやって生きて来た。生きる面倒が上回ったから死んだんだがね。


 掃除を終えて、巾着袋だけ持って小屋を出る。鍵は外側から掛からない。少々無用心だが、入られて困るようなものはないし、入る者も居らんだろう。

 一応は私の棲み家だし、世話にもなったので、去る前に一礼だけして行く。日本人的かな。染まっているな、私も。

 森の中に足を踏み入れると、茂みの中からアルビノ草兎が見ていたので、軽く手を上げて挨拶しておく。アルビノ草兎は耳をぴくぴくさせて、歩いて行く私の背を見ていた。考えてみると、うさぎは見ていたのかな。私が泣いていたとこ。少々恥ずかしいものだ。うさぎとは言え、恥部を露出するというのは。



 ◆



 少女と歩いた道程では時間がかかるが、私一人ならそう時間はかけずに、なんかでかい木、略して樹の前まで辿り着く。

 一人というのは実に気楽だ。誰に合わせることもない。もう帰ろうかな。いや、私が一度決めたことだ。やるだけはやってみよう。少女に苦難の路を歩けと言っておきながら、私が早々に投げ出しては格好がつかない。見得は大事だよ。自分を奮い起たせる時だけはね。

 樹に登り、改めて進行ルートの確認を行う。この高さなら霧は無い。霧が無ければ目視も出来る。当たり前か? 森の中では嗅覚と触覚と聴覚と味覚もフルに使って現在地を把握しているんだよ。私の視覚は熱源も探知出来るしな。味覚はサブ嗅覚だ。精度が上がる。ヘビみたいだな。私たちはヘビに例えられることはあまり無い。

 目視でも確認した結果、山岳地帯に入るまで特筆大書すべき障害は無さそうだ。目を凝らせば山頂まで見渡せる。流石に木々の下までは把握出来ないけれど。

 後は、登ってみて、山脈がどれくらい続いてるかだな。尤も、今の私は半永久的に行動出来る気もしているのだが。飽きなければね。退屈は人を殺す毒だよ。


 樹を降りる。少し考えて、ここで睡眠を取っておくことにする。半永久的に活動出来るとは申せども、睡眠は別だ。大事にしていきたい、この感覚。

 正直言ってしまえば、荒野のど真ん中だろうと、森林限界を越えた不毛の山岳だろうと、寝られる自信はある。しかし、恥や外聞を無視したとて、現実問題安眠は出来ないのだ。幾ら太陽を克服したとて、人間よりも鋭敏な感覚のお蔭か、彼とは相性が宜しくはない。出来れば長時間付き合いたい相手じゃない。めっちゃ眩しいんだもんあいつ空気読めよ。

 そんなわけで、日が落ちたら寝て、日の出と共に起きる不健康な移動が予想される。だから、今の内に快適な環境で寝貯めしておこうというのだ。眠る時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで。普通のことを言いました。


 睡眠の前に腹ごしらえだ。近くに獲物がいればいいんだが、この霧の中、生物の気配を僅かにしか感じない。私の感覚が鈍っているわけではないので、生物は好まないのだろう。代わりに、むせるような何かを感じる。長いこと生きて来たが、嗅いだことの無い何かだ。これを生物は嫌うのかも知れない。少女も居心地悪そうだった。

 霧を、山の方向に越えて食事を捜す。慣れた方角のが効率が良かろうが、先行偵察も兼ねている。情報が多ければ多いだけ、後に続く私が楽になる。


 と、何かが真っ直ぐこちらに向かって来る。私が感付いた時から進行方向にブレがないことから、感知範囲は向こうのが上だ。その情報と、蹄の音、舌に感じる空気の匂いから、シカと予測する。しかし、シカは臆病で、私はおろか、少女にすら近付こうともしなかった。しかも少女はシカより足が遅いから、一度も狩れたことはない。罠にも掛からないことから、優れた危機察知能力があるのだろう。

 それが何故、私に真っ直ぐ向かって来る。危機察知能力は何処に置いて来たのか。勝算がある、のかな?

 無論、同系統で好戦的な別種族という可能性もあるわけだ。シカではなく、アクタイオンとかな。なんにせよ、わくわくはしている。シカ、美味しいし。


 地面に転がるように身を投げ出し、茂みから飛び出して来た先制攻撃を躱す。いいね、明らかに敵対的。私は種族柄か、動物に歯向かわれた経験は少ない。異世界をより感じて、楽しくなって来る。私が死んだ僅かな郷愁を捩じ伏せ、未知への好奇心を以てそれと相対する。

 シカだ。牡鹿。ただし、角は三本ある。普通のシカの額にもう一本、他の角を移植したような左右非対称の姿。

 ……そう言えば、いたな。シカの角を一本、持って行ったシカが。まさか、あれか? しかし、何の意味があるんだ? 角が三本だと強いのか。コーカサスみたいに。しかしあれ、劇的に何か変わるってわけじゃないよな。

 シカに逃げる気は更々ない。首をぶんぶん振り回し、角を見せ付けてやる気満々だ。

 見せて貰おうか。新しい角付きの性能とやらを。



 普通のシカと大差なかった。むしろバランスが悪くなっていた。味は普通のシカと同じで美味しかった。



精霊樹(あれ、放置されるとそれはそれでさみしい……)

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