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「動かない主と冷たい侍従」

 山中にある閑静な館の一室、月明かり差すベッドに突っ伏す主を見下ろす侍従が一人。今日も日がな1日寝て過ごす主に、侍従はこれ見よがしに息を吐いて、いつものように苦言を呈じる。


「たまには外に出たらどうですか。今日は月が綺麗ですよ」


 あーだか、うーだか、呻くばかりでまともな応答も無い。リアクションがあるだけマシというものだろう。


「せめて何か食べないと、身体を壊します。わたくしがご用意致しますか?」


「いらんいらん」


 突っ伏したまま、おざなりに手を上げて、手首だけ左右に振る。どう見てもやる気の無いアクションだが、反応が良かったのは久々の事なので、侍従は嬉しくなって一つ頷く。


(わたくし)をお食べになりますか?」


「食えるかそんなもん。腹を壊すわ」


「食えない奴だ、とは、よく言われます」


「自覚があった……」


 主は突っ伏したまま動かない。仮に突っ伏していなくとも、突っ伏したくなるような脱力する会話だ。二人は長い間、こうして益体も無い話に勤しんでいる。どうせやる事はないのだ。おまけに時間は幾らでもあった。そう、幾らでも、あった。


「マスター」


「なにかな、メイド」


「お加減は如何ですか?」


「悪くはないよ。こうして話も出来ている」


 主は突っ伏したまま動かない。そんな主の傍に寄り、侍従はベッドに腰掛けて主の髪に手を伸ばす。艶やかだった髪は老人のようにかさかさで、肌も同じように生気が無い。

 時間は幾らでもある筈だったのに。時間はもう、残されてはいない。


「メイドよ」


「なんでしょうか、マスター」


「貴様には面倒を掛けた」


「現在進行形です。ですので、これからも掛けてください」


「掛けるさ。きっと」


 主は突っ伏したまま動かない。もうとっくに、動く体力は無い。


「マスター」


「ん?」


「何か用意します。食べてください」


「食わん食わん」


 用意しようと食べる事は無い。メイドはそれを重々承知している。


「マスター」


「んー?」


「今日は月が綺麗ですよ」


「なんかそれ、口説き文句みたいだな」


「マスターならば、愛しているを何に喩えますか?」


「血が綺麗ですね」


「デトックス!」


「汚ねぇ花火ですね」


「相手、星になってませんか?」


「愛しているなら、バラバラになってもまた立ち上がるくらいの気概は見せて欲しいものだ」


「ハードルがかりんとうを越えます」


 益体もないやり取り。そのいつも通りさに、侍従の焦燥だけが募る。主がこうなって、ずっと眠り続けて。これを快報の兆しと思うには、辛かった時間が長すぎた。


「マスター」


「……んー?」


「お加減は如何ですか?」


「ああ、元気元気。なんならここでヒンズースクワットでも始めようか。此処と言っても、脳内だがね。HAHAHA」


「マスターの唐突なジョークはいつも面白くありませんね」


「辛辣……。冷たいわー」


「申し訳御座いません、根が正直なもので」


「いいけどね。唯々諾々と従う人形より、余程。私は好きだよ」


「マスター」


「んー?」


「私を食べてください。性的な意味で」


「食えるか」


「マスター」


「ん」


「私を食べてください」


「食えんよ。血も肉もないだろう」


「頑張ればいけます」


「腹を壊すわ」


 段々と冷たくなっていく主に侍従が寄り添っても、鋼鉄のボディは体温を伝える事すら出来やしない。

 どんなに主の力になりたくても、機械の体躯は栄養にならない。

 人を食べる事をやめた主が、最期に傍にいる事を許された者なのだから、それが当たり前であっても、歯痒い思いは消えてくれない。


「マスター」


「……」


「マスター」


「……うん、聴こえているよ」


「なあ、◼◼◼」


 主が侍従の名を呼ぶ。


「なんでしょうか、マスター」


「貴様はもう、大丈夫だよ」


「なにがでしょうか、マスター」


「大丈夫だ。私が保証する。貴様はもう、立派な人間だよ。流れる血の色が違くとも、触れる肌に温もりが無かろうとも、温かい心臓を持つ、血の通った人間だよ。私はそれを知っている」


「……」


「錯乱していますか、マスター」


「そうかも知れんな。……なあ、◼◼◼。そこにいるか?」


「はい、(わたくし)は此処に居ります。いつだって、マスターのお傍に」


 置いてくれると、約束下さいました。

 侍従は突っ伏したまま動かない主の手を取り、手袋に包まれた鋼の両手で軽く握る。何度かそれを繰り返すと、ややあって主の方からも握り返して来た。高感度センサーで無ければ反応しない程、か細い力で。


「マスター」


「……」


 返事は無い。けれど、手を握れば返してくれる。


「マスター」


「……」


 機械で良かった。微かな呼吸音さえ拾う事が出来る。


「マスター」


「……」


 高性能で良かった。心臓の鼓動が辛うじて分かる。


「マスター」



「マスター」




「マスター」





「マスター」






「マスター」







「マスター」








「マスター」









「マスター」






















 









 ◆



 夢を見ていた。長いこと生きて来たが、はじめてのことだ。

 そうか……。私はああいって死んだのだな。

 彼女には悪い事をした。怒っているだろうか。澄ました顔で、臆病者の泣き虫だったから、あまり考えたくはない。

 うん、やはり少女(イルル)とは似ていない。表面上を取り繕えるだけ、私の近習のが上等だ。主馬鹿である。


 ベッドから抜け出し、空が白んだ夜明け前の東雲刻を歩く。薄明と共に起きる不健全な生活。以前の私からは考えられない。

 川原に座り込み、空を見ながら日の出を眺める。あかつき、しののめ、あけぼの、れいめい、ふつぎょう、かたわれどきーー呼び名など人間が付けた、時代によって曖昧になる区分に過ぎない。実際にこの目で見た情景と、照らされた暖かさに勝るものなどありはしない。


 ふと、抱えた膝に落ちる感触に、顔を下向ける。と、更に落ちて来た。頬を伝う感触に、原因に伸ばした指が濡れる。濡れていたのは目元で、私は涙を流していた。これも、産まれてはじめてのことだ。



「ーーああ、そうか」


 ずっと、違和感があった。何がおかしいのかわからなかった。でも、ようやく気が付いた。我ながら鈍いと呆れるが、そういう性分なのだから仕方が無い。

 今の私は、食事が必要だし、新陳代謝で垢が出るし、排泄だってするし、人間を食べなくとも生きて行けるし、太陽を浴びても死ぬことはない。


 私は、死んで、人間に生まれ変わったんだ。


 手のひらを太陽に透かし、流るる赤い血を見遣る。血の色は変わらない筈なのに、日の光の下で見ると、キラキラと輝いているように見えた。だと言うのに、美味しそうに見えないのだから相当だ。

 太陽って、本当に眩しくて暖かいんだな。なんというか、月並みだが生まれ変わった気分だ。太陽なのに月並みとはこれ如何に。

 目の前にあった(もや)が晴れて、視界が拓けたようだ。人間、一度死んでみるもんだな。日の光の下で見る景色は、何だか色付いているようで、世界がこんなにも鮮やかだったとははじめて知った。やっほー、春だね。


 折角なので、とりあえず声を上げて泣いてみた。これも、産まれてはじめてのことだ。

 嗚咽を上げて、喉をしゃくりあげて、眼球から溢れた涙が内部を通って鼻から口からぐちゃぐちゃになるくらいに。目薬を差す時、鼻頭を押さえるといいと聞いた事はないかな? 目と鼻は繋がっている。当然、鼻と口も繋がっている。思いっきり泣くとこうなるのは必然だ。元は涙なのだから汚くない。むしろデトックス。鼻と耳も繋がっているが、流石に漏水すると危険なのでそっちは今関係ない。

 人間は脆い。制御しきれない感情は吐き出さなければ潰れてしまう。人の感情は0か1では計れない。私が何故泣いているのか、胸を刺す激情がなんなのか、今の私にはわからなかった。ただ、涙が止めどなく溢れてきて、川の水を被ろうと、川の中で叫ぼうとも、吐き切ることなど出来はしなかった。

 でも、それでいいのかも知れない。人は皆、胸の内に抱えきれない心を持って生きているものだ。そして、今の私は人間なのだから。はじめて生まれた心と向き合って、大事に育てていこうと思う。

 そんな訳で、私は今日も元気です。敬具。



 ◆



 生前の私は、自分が生きていることを罰だと思っていた。

 私はずっと、人間と関わり合いになるのが嫌いだった。だのに、私達は人間の血がなければ生きてはいけない。私達の中には、人間を捕食する、人類の上位種だとかほざく奴もいたが、私はそうは思えない。

 人間は私達がいなくても生きていけるが、私達は人間がいなくて生きていけない。人間ありきの、不完全で、弱い生き物だ。


 餓えるのは嫌だ。辛い。苦しい。でも、生きていく限り人間と関わらなければならない。そして、人間を食べる限り私は死なない。

 心に蓋をして、諦めて、ずっと生きてきた。


 でも、どうだろう。こうして(しがらみ)から解放された私は、今また人と関わろうとしている。私はどうして、少女(イルル)を生かそうと思ったんだろう。


「……私は、寂しかったんだろうか」


 呟いてみても、答えるものは誰もいない。私さえも、その答えは持ち合わせていない。

 私はどうして、侍従を拾ったんだろう。死ぬ姿なんて見せるから、こうして私の心に杭のように突き刺さっている。

 私はどうして、少女(イルル)を育てたんだろう。私は一人が良かった筈なのに、一人でも生きていけるのに。

 私はどうして、人と関わろうとしないのだろう。多くはないが、気に入った人だっているのに。


 私はどうしてーーこんなことを考えているのだろう。


 意味がない。私は一人でいるのが一番気楽で、これからもこうやって、引きこもってのんびりだらだらスローライフを送るんだから。どうでもいいことなんて、考える必要はない。無い筈なのに。


 ……ああ、そうだな。わかっているよ。私は、自分の心に従うと決めたのだ。

 私を縛る(しがらみ)なんて、もうどこにも無い。私が私に嘘を吐かなくてもいいように、私が自分で、私に決めたのだから。

 逆らう(わたし)を捩じ伏せて、胸を衝く心のままに。


「だからもう一度だけ、人と関わってみるよ、アルメリア」


 新しい朝が来た。



第二章・旅立ち編に続きます


最終的には我が家が一番と引きこもりに戻るのでご安心を(ネタバレを吐くゲスの鑑)

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