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「引き続きダイジェストでお送りしております」

 ◆「冬が来たりてあるじ寝る」



 冬が来た。段々と風が冷たくなり、草葉が落ち、秋の実りは取り尽くされて、寂しくなった景色を埋めるように真っ白な雪が降り積もる。

 あるじさまはずっと眠り続けるようになって、ほとんど一日中動かない。最初の内は死んでしまったのではないかと気が気でなかったけれど、起きたあるじさまに聞くとこっちが素だと言う。

 ……わたしのせいです。あるじさまはお優しいので、わたしに食べるものに住むところ、着るものまでも与えてくださるばかりか、ご自分の時間までもをわたしに使ってくださるのです。あるじさまには返しても返し切れない恩があるので、わたしはあるじさまが眠っている間はあるじさまのお世話をしようと決めました。

 あるじさまは一度眠ると起きません。もぞもぞと、はんかくせいでだみんをむさぼっている、状態はあるらしいのですが、ベッドの上で目は開けないのであまり見分けがつきません。ずっと眠り続けるあるじさまは、たまに起きると外に出て身体を洗い、小屋のお掃除をして、ふらりと外に出て、二・三日後、帰って来たら寝ます。

 ずっと眠っているので、身体の汚れが気になるのでしょう。お布団はあるじさまがおつかいなので洗えませんが、あるじさまの身体を拭くくらいなら出来そうです。けして、下心などはありません。ずっと眠っているのでお風呂は一人で入っているとか、触れ合いがないのでおなかが空いているとか、そんなことはありません。ええ。わたしはけんしんなじゅじゅしゃです。……噛みました。


 お風呂を沸かして、あるじさま用のぬるま湯を作り、あるじさまが作って下さった新品のタオルを用意します。あるじさまを起こさないように、粗相をしないように、静かな動きを心がけます。つばを飲み込んだのは、緊張感からで、けしてあるじさまに触れることを想像して唾液がでたわけではありません。ええ。わたしはけんしんなじゅうしゃです。噛まずに言えました。

 忍び足で近づき、布団に手をのばすーーと、あるじさまと目があいました。自然、噴き出す汗と震えるカラダ。あるじさまの強い視線に射竦められ、克明な恐怖の鎖が縛り、くまに睨まれたうさぎのように硬直してしまいます。

 わたしはあるじさまに見詰められると胸がどきどきします。恐怖です。他でもないこのカラダが、吊るされた痛みと冷たい殺意を覚えています。あるじさまは大層おやさしいので、ごみむしみたいなわたしにも慈悲をお与えになってくださいますが、もう一度あるじさまの逆鱗に触れることがあれば命はないでしょう。そして、あるじさまは睡眠をとても愛されています。

 起きていたのでしょうか。それともわたしにいたらぬ点があり、起こしてしまった?


「近付かれたら起きるだろ、普通」


 あるじさまはやや常軌を逸した部分があります。わたしの浅知恵など土台無理でした。ごめんなさい、ごみむしでごめんなさい。ごめんなさい、ほんとはあるじさまのカラダに触れたかったんです。ごめんなさい、今になって命が惜しくてごめんなさい。ごめんなさい、生きていてごめんなさい。


「どうした? 何かあったのか?」


 この期に及んであるじさまはご慈悲を与えてくださいます。寝起きで機嫌が悪いどころか、眠ってすっきりしたのか天使のようにおやさしいです。普段を悪魔だと思っているわけではありません。でも、冬になる前のあるじさまは寝不足で悪魔だったのかもしれません。寝不足はわたしのせいなので、お叱りはもっともです。

 すくんで弁明もまともにできないわたしに、あるじさまは優しい声音で声をかけてくださり、ぽんぽんと頭を撫でてくれます。それだけでおなか……もとい、心が満たされて、胸がいっぱいになります。おなかではないです。おなかは、奥がきゅぅぅってなって、ぽかぽかします。頭に手が触れる度に、もっと欲しいと、空きっ腹がぴくんぴくんと痙攣してせつなく鳴ります。はしたなくってごめんなさい。せめて、おなかの音が聴こえませんように。

 たどたどしくも意図を説明し、下心を謝罪すると、あるじさまは考える素振(そぶ)りを見せて、わたしを許してくださいました。


「考えていなかったな。では、仕事を与えようか。きちんとこなせていれば、私が起きた時に髪でも洗ってやる」


 お腹が空くのは辛いよな……。と、頷いて、わたしみたいなものでもおもんばかってくださるお優しいあるじさま。やはり天使のようにお優しいです。いえ、わたしはサキュバスですから、わたしに優しくしてくださるのは悪魔でしょうか。流石はあるじさま。悪魔のような方です。これを口にするのはやめようと思いました。

 あるじさまが与えてくださるお仕事とはなんでしょう。寝ている間にカラダを拭かせていただければ、いえ、なんでもありません。あるじさまはめったに起きませんが、ご褒美があるならがまんできます。

 お仕事は、小屋の掃除でした。わたしもわたしなりに綺麗にするよう心がけていますが、あるじさまから見ると足りないらしく、起きるとさっと綺麗にしてくださいます。まるで魔法です。いえ、実際に知らない道具がいつの間にかあるじさまの手に握られているので、魔法なのでしょう。あるじさまは否定なさいますが。あるじさまは習慣でやっているだけで、あんまり汚れてないと気をつかってくださいますが、今後はあるじさまに満足していただけるように精進いたします。

 それからあるじさまは、普段ご自分がつかっているような道具を木や絹でわたしのために作ってくださり、基本的な掃除のやり方を教授して、眠りにつきました。基礎をおろそかにせず、自分なりに応用して、昇華したいと思います。

 ごはん……もとい、あるじさまが起きた時に満足していただき、あるじさまのお手をわずらわせないようにがんばります。がんばるので、ちゃんとできたらご褒美ください。


 余談ですが、あるじさまの食事については気にしないでいいと言われました。冬に遠出するのは危ないこと、自分は寝ているので何かあったら面倒なこと、冬の獲物はわたしには探しにくいこと。当たり前のことですが、わたしが功を焦って無茶をしないようにと念を押されました。やはりあるじさまはお優しいです。

 あるじさまがごはんを食べにいくと、わたしに食べやすい部分をお土産に持ってきてくださるので、焼いて食べるか燻製にして保存します。あるじさまは肉を好んで食べます。それも手の加えていない生肉を好みます。活きがよければよいほどいいそうです。やっぱりわたしも非常食なんでしょうか。山には人を肥えさせて食べるものが住んでいると、里の年寄りが言っていたのを思い出しました。わたしもあるじさまをあてにしているので、おあいこだと思います。


 諦めきれずに、それとなく寝ている間のお世話は必要ないのか聞いたところ、以前は従者が寝ている間のお世話をしていたと教えてくれました。言外に、わたしにはそれをする資格がないのだと言われたのに気づきました。あるじさまのお世話を許していただけるようになれるまで、これからはがんばりたいと思います。まずは、掃除から。



 ◆「雪中行軍」


 冬の間、引きこもってばかりでは身体が鈍るだろうと、少女を連れ立って森の中を歩く。最初は雪を掘り進んで行こうと思ったのだが、小屋からそう離れない場所で少女がダウン。普段、小屋の周りの雪かきなどはしてくれているようだが、あまり体力はついていないようだ。

 その日は引き返して、お風呂で暖まることにする。川で水汲みをする際、少女は雪で道がわからなくなっていたらしく、滑り落ちそうになって大いに慌てていた。少女の過ごしていた山に清流があったが、浅く、泳いだ経験がないらしい。明日の予定は決まったな。

 この時私は知らなかった。冷たい水に入ると人間は一瞬で意識を失うことに。



 外出を決めてから数日が経った。少女の気力が折れたり、風邪を引いたりと色々大変だった。薬もないし、子供はぽっくり逝くから心配していたが、要求通り、寝ている間中ずっと手を握っていたら快方に向かった。現金な種族である。心なしか、倒れる前より顔色が良い。今日の外出もホクホク顔で楽しそうだ。最近相当空腹だったらしい。冬だからといって、焦らしすぎたかな。

 今日の装備は、雪に沈まないよう、ブーツに取り付けるアメンボみたいな円形のもの。木で編んだ。見よう見真似というか、なんかこんな道具あったよなーレベルだ。効果の程は知らん。森の深くは鬱蒼として、雪が固まってるからそうそう沈まないだろう。

 手袋にイヤーマフ、コートと防備は万全だ。汗が張り付いて気化で熱を奪う件については私の知識では改善出来ない。アザラシとか、油分を含む毛は水を弾くが、下着に転用出来るのだろうか。水鳥の羽毛……、いや、なんでもない。なるようになるだろう。水の心配はないし、少女はこれでいて頑丈だ。淫魔だから。伊達にほぼ全裸が正装ではない。


 少女の足に合わせて森の奥に向かうと、かなりの時間がかかる。道中の食事は冬の間息を潜めている獣が主で、たまに少女が雪を掘って食べられるものを見付ける。夜間や吹雪の際にはかまくらを掘って、暖を取って凌ぐ。私は身体を拭くのは躊躇いがないが、少女は寒いらしい。お風呂が恋しいとぼやいている。雪を退かして地面を掘り、石で枠を作ってお湯で埋めると、逆に恐縮された。お湯には入ったが。

 行軍を始めて一月半。ハクチョウの泉はスルーして、今回の目的地である、なんか巨大な木の近くまで来た。道中、アルビノ草兎と遊び(物理)、少女にも狩りを慣れさせ、私も食べられる草の見分け方を教わった。おかげで、少女も大分逞しくなったように思う。目が死にかけているが。辛そうな時は頭を撫でてやれば奮い立つので、ちょっと無理をさせ過ぎたかも知れない。まあ、目が死んで足が痙攣して血反吐ぶちまけてからが特訓の本番だよな?


「霧が出て来たな」


 (はぐ)れるなよーーと、告げようとした少女がそこに居ないことに気が付いた。息をひとつ吐き、来た路を戻って、おろおろと狼狽えている少女の首根っこを引っ掴む。なんでこの距離で迷うんだ。呆れていると、少女はここが迷いの森だからだとか、霧に魔法がかかっているのではと主張した。

 ミスをするのは悪いことではない。でも、言い訳する子は嫌いだよ。そう言うと、普通に泣きそうだったのでこの件は水に流した。甘いかな? でも、私の中で何かが叫ぶのだ。「この子悪くなくね?」と。理由はわからないが、こういう直感は信じるべきだと私のゴーストが囁いている。


「手を。はぐれないように握って行こう」


 おや、泣いた子がもうはにかんでおる。少女は私に手を引かれてお花畑~みたいな表情になったが、段々と霧が濃くなり、一寸先も見透せなくなって来ると不安そうに、ほぼしがみついて寄り添い歩く。この霧が怖いらしい。霧程度に視界を奪われるとは情けない。

 ああ、こういう考えはよくないな。「何故自分には出来るのに相手は出来ないんだ」とは阿呆の考えだ。人には向き不向きが、出来ることと出来ないことがある。出来ないことを履修するのにかかる時間もまた、人それぞれ。私がたまたま霧に心得があっただけで、少女に望むのは酷というもの。少女はまだ学んでいないだけなのだから。

 霧に覆われながらも、足場や木、空模様から真っ直ぐに目的地に向かう。なんか大きい木まで辿り着くと、いつの間にやら霧は消えていた。周りを見ると、他の木々にはまだもやもやとした霧が漂っているが、このなんか大きい木は、周りが気を遣って(養分を独占されて)か、ぽつんと一本だけで佇んでいた。広場のように拓けた場所があるので、ここにかまくらを掘って休むことにする。近くには、小さいものの、冬場でも凍り付いていない泉。うってつけの場所だ。


 さて、ここに来た目的だが、特にない。少女に遠征させようと思って、手頃な目的地がなかったからここに設定しただけである。さあどうしよう。少女は多分、私が何かする、或いは何かさせると思っているよな。無駄に歩いただけかと思えば、帰りのモチベーションにも関わるだろう。

 一応、候補があると言えばあるんだが……。一朝一夕にはならんのだよな。結構面倒なので、正直独りの方が楽だろうし。いや、少女の足ではここまで来ることが大変なことを思えば、私が独りで行動することの免罪符になるやも知れん。少女はこれでも食い意地……もとい、さみしがりだからな。ナリはでかくとも八歳だから当然か。成長期だからな。


「あるじさま、帰りは空を飛んでもいいですか?」


 ……。そういえば、飛べるんだったなサキュバスって。

 人間の身体と体積をしているのに、その申し訳程度の羽でどうやって飛んでいるんだ。少女に聞いてもわからない。そりゃ、羽のない私には羽での飛び方はわからないだろう。物質創造のある私は物質創造が出来るが、少女には物質創造は使えないのと同じようなものだ。

 少女の飛行能力なら、一月半の道程も半月で済むとのこと。慣れない雪中の移動。高低差のある入り組んだ森。本来であれば、飛べるならあっという間な気がするが、サキュバスは飛行能力が高くなく、また少女のレベルだと体力も続かないらしい。体力作りが目的だし、本来ならば楽をするのは却下だが、今後の展開如何によってはありだろう。


 この辺りでやれることは二つ。この辺りに前線拠点を作る、山の方まで行って鉱石を掘る。

 問題点としては、新しい住み処といっても、かまくらみたいに横穴ーー例えば、そこのなんか大きい木を掘るとか、また丸太小屋でも組むか。仮に作ったとて、人が手入れしない場所はそれこそ風避けにしかならんこと。まあそれで十分なんだが。

 山掘りの場合は、利点は鉄や岩塩なんかが見付かるかも知れない。問題点は、そもそもなんか出るのかという根本的な問題。少女曰く近くに街があるようだし、そっち行った方が間違いなく早い。

 どちらにせよ少女のやることは無さそうだ。いや、そもそも言ってしまえば最初から必要ないのだが……。塞の煉瓦を積ませただけだし。


 こんな時は、少女と話し合って決めよう。モチベーション? 飛べば?

 その辺りのことも明け透けにすると、案の定、目的がなかったことに少女はがっくりと項垂れ、役に立たない辺りで崩れ落ちて雪に顔を埋めた。しもやけになるぞ。


 結局この辺りの地形を把握するということでしばらく滞在し、かまくら洞穴代わりになんかでかい木、略して樹を掘って、リスの巣穴のようにした。

 その後直帰したが、少女は根性を見せて帰りも歩いた。強くならねば、と決意を新にしたようだ。私は嬉しくなったので、冬眠中の熊でも見付けて少女にぶつけようとしたが、ガン泣きされたのでやめておいた。



惑いの霧A「しゃすしゃす」

惑いの霧B「おつかれーっしたー」



精霊樹「プリーズ! かんばぁっくひぃぃぃーーアッー!!」ごりごり

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