「ダイジェストでお送りします」
あれから暖炉を作り、浴槽の木枠だけ作っていたお風呂を完成させ、丸太小屋を増改築し、冬が来たりて、春が来た。
特筆大書すべき点は特に無く。同居人がいること以外はなんということもない、新しく慣れたスローライフでしかない。
強いて言うなら、少女が何度か死にかけている。泳げないと言うので冬の川に突き落としたり、狩りを手伝いたいと言うので狸(虎サイズ)にぶつけてみたり、どうにも弱いのでアルビノ草兎(ver.雪化粧)と遊ばせたり、単純に雪中行軍したり。ほぼ私の所為だな、うん。おかげで色々と逞しくなったよ。クマを一撃とはいかないがね。
それと、兎狩りは解禁となり、少女は冬の間ラビットファーコートで暖をとっている。残念ながら、雪に紛れる白兎ではなく、緑色の草兎カラーなのだが。お陰で冬の間、森の動物に襲われることが増えた気がする。草兎は緑色だから私が勝手にそう呼んでいるだけで、実際に草食動物に捕食されているわけではないと思うのだが。
まあ、そもそも兎狩りが解禁となった経緯が、どうやらアルビノ草兎は他の草兎を狩っているらしいことが判明したからなので。完全な草食動物というのはいないのかも知れない。雑食万歳。私は肉食だがね。野菜など不要だ。
ある日、少女の悲鳴に小屋の外に出ると、首の無い草兎が近くの木に逆さ吊りにされていたのだ。それは、毛に残された唾液の臭いから、アルビノ草兎の仕業だと判明した。
うさぎの行動原理がわからなかったので、近くを探索してアルビノ草兎を見付け、後を追ってみると、自身のトゲで草兎の首を刎ねて、肉に顔を埋めるアルビノ草兎の姿が。そのタイミングで姿を見せると、アルビノ草兎は口元を真っ赤に染めたまま私の方をじっと見詰め、食べ掛けの草兎を咥えて私の足元に置いたのだ。私が譲渡を拒否すると、草兎を咥えて茂みに入っていったので、逆さ吊りの草兎は自身の保存食ではなく、私への献上品であると見て問題なかろう。
件の草兎の処理は、少女は口にするのを拒否したが、燻製にして他のと見分けが付かなくしたら普通に食べていた。百舌鳥の早贄を思い起こす光景にショックを受けたのか、少女はぶつぶつと「知ってるんだ、わたしが吊るされたこと。わたしの首も刎ねるつもりなんだ……」と、頭を抱えていた。どうにもうさぎごときに負けたことが尾を引いているようだ。相性が悪いのかな。
冬の間に交流し、土下座をしている間は攻撃されない。というくらいには歩み寄れたように思う。仲良きことは美しき哉。
◆「丸太小屋のお風呂事情」
「あの、これは……」
「たる」
見ればわかる、と言わんばかりの目は口ほどに物を言う視線を送られるが、見たままを反射で訊かれたので見たまんま答えただけだ。これはタルである。ごく普通の。別に爆発したり空を飛んだりのギミック等は仕込まれていない。
暖炉は出来ていないし、私一人なら川で身体を拭いてもいいが、少女には冷たかろ。以前に浴槽の木枠は作ったが、給湯システムがまだだ。足を伸ばしたかったので浴槽は広い。そこにお湯を張るより、そのままタルにお湯を入れた方が早い。足も伸ばせるぞ。立ちっぱなしだから。
タルが倒れないように地面を凹ませ、そこに水樽をはめ込み、木材で作ったスロープを設置する。生活排水は作った下水路に流します。タルの中の水をお湯にすれば完成。さあ、入れ。
「……タルの中の水は、どうやってお湯にしてるんですか?」
気体は圧縮すると温度が上がる。液体は質量があるので圧縮するのは難しいがーー、これ、聞いても理解出来るのか?
「いえ、水をお湯に出来るなら、お風呂に水をいれてお湯にしてもいいのでは、と」
今まで一人だったのでな。どうせタルに水を入れて浴槽まで運ぶのだから、じゃあタルにそのまま入った方が早いだろうと。タルを炙るわけにもいかないので、普通には出来んがね。
「そうでしたか。お風呂は、湯沸かしで温めるんですよね」
うん。だからレンガを焼いている。暖炉と似たようなシステムでいけるだろう?
「温度を上げるだけなら、レンガを焼いてるような石窯ではいけないのですか?」
……。
「……」
いいんだよ。
「はい」
少女をお風呂に入れた。この世界の入浴はやはり贅沢のようで、隣街のように水が豊富ならば大衆浴場も作られるが、少女の居た街では貴族の嗜好程度に留まっているらしい。
身体くらい一人で洗え、8歳だろう。わかったわかった。シャンプーはしてやる。
◆「森の中を散歩(質実剛健)」
「その花は蜜を吸うと甘いんです」
どれ。しゃくしゃく。うん甘いな。
「あの、花ごといくのは……いえ、いいです」
残暑というべき秋の差し掛かり、暖炉はまだ出来ていないが、連日石窯の前で炙られていては、心まで茹立るということで、以前少女からも提案されていた森の散策に、散歩がてら足を伸ばしていた。
少女は出されたものは文句を言わずに食べているが、食生活に茶色以外の彩りが増えるのは歓迎なのか、妙に生き生きと草摘みに精を出している。この草は食べられるとか、この花からは油が搾れるだの、この草は天ぷらにすると程よい苦味が癖になるだとか。草を食んででも生き延びる、という涙ぐましさが見えて憐れみを誘う。草とかうさぎのエサだろう。
……ん? いま天麩羅と言ったか?
少女に話を聞くと、外国から伝わって来た調理法らしい。フライより洗練されていて、衣を薄く揚げるのがポイントなんだとか。へー、そういうこともあるんだなぁ。
……この星、地球じゃないよな? 私は根拠もなく異世界だと確心しているが、裏付けをするものは何もない。可能性だけで言うなら、私の知る文明が忘れ去られた未来や、ほんの僅な歴史の食い違いから派生した可能世界という概念もある。まあ、考えても仕方ないことだ。
しかしサキュバスの里、搾油と養鶏と小麦の作付けをしているんだな。
少女はきのことかも食べるらしく、朽ち木や木の根元などもよく見ているようだった。獣は荷物になるし、狩るのは帰りだ。すると、私は手持ち無沙汰になる。ぼーっと散歩しているのも悪くないが、どうせなら何か有用に使おう。
そんなわけで、私も見覚えのある草とか摘んでみる。この花の場合、確か、一番わかりやすいのは根だった筈だ。
「……あっ、そ、それはだめです!」
物質創造で回りの土だけを除去し、生えている木から少しだけ水分を奪い、軽く洗って口に含む。うん、やはり毒があるな。私の知っている鳥兜と同じような種類で間違いないだろう。
で、何がダメなんだ?
「……なんでもないです……」
そうか。……制止してくれる心根は買うがね。焦って叫ぶよりも、何故駄目かを理路整然と相手に伝えた方が効果的だと思うぞ。信頼関係で結ばれた、素直な主なら兎も角。私のように人の話を聞かない人間にはね。
「……はい……」
鳥兜には利尿作用もある筈なので、量は味を確かめるくらいでいい。鎮痛作用もあるので持って帰ろう。毒性を抜けるのかって? そこは物質創造でちょちょいっと。
さて、他には何か生えてないかな。私はドクニンジンとかドクツルタケとか好きだよ。きのこは余り好まないがね。当たり前の話だが、毒はタンパク質なので美味しいのだ。日本人が死亡のリスクを負ってまでフグ食を止めないわけである。あ。
「どく……」
「な、なんで物騒なことを口走ってるんですか?」
いや、毒を持った虫がな。ほら、そこにハチが。
指摘され、自身が抱えている草に視線を移す少女。しばらくうろうろしていたハチは、満足のいく獲物は見られなかったのか飛び立っていった。スズメバチではないが、それなりに大きい。形状的にミツバチかな。大人しい種類なのか、少女も動じた様子はない。
「ハチですね」
なんとなしに飛んでいくハチを見ていた少女はぽつりと「蜂蜜食べたいなぁ」と呟き、それを聞き咎めた私は一つ頷いた。
よし、蜂蜜を採ろう。
驚く少女を置いて、私はハチを追って歩き出す。目印は付けずとも見失うことはないが、すぐに巣に戻るかはわからんな。
のんびりと、ハチの往くまま気の向くままに、後を付いて行くと、ややあって、木にぶら下がった蜂の巣の元まで辿り着く。それなりにでかい。働き蜂の大きさから見ると、優に二百匹は収容されていそうだ。
甘い匂いがする。高確率でミツバチの巣だろう。それと言うのも、実際にこの目で見なくては、この匂いの元がわからないからである。女王特有のフェロモンかも知れないし、花の花粉で育った幼虫の匂いかも知れないし、なんだったらミツツボアリのように蜜を内包した成虫がいるのかも知れない。見た目はミツバチに近いが、これがミツバチと同じ生態をしているかはわからないのだ。スズメバチとかアシナガバチとかは普通の虫と同じ食生活だしな。ミツバチの生態は特殊と言える。
そういえば、ファンタジー物の物語では、何故か凶悪な蜂系モンスターが極上の蜂蜜を持っていることが多い。スズメバチのような戦闘能力と蜜集めを両立するとか、手広くやり過ぎじゃないのか。生態系の頂点に立つものの余裕か、ヒルズ族め。
近付くと、警告と思しき羽音が聴こえるが、無視して更に歩み寄る。兵隊蜂が巣から出てくるのを見ながら、ある程度の距離を置いて待ち構えると、兵隊蜂が周囲に散って取り付いて来た。よって、触れられる前にパーンである。パーンしてパーンでパーンだ。ミツバチだろうと慈悲はない。しかし、有り体に言ってミツバチって益虫だよな……少し、罪悪感が。無論、虫相手にではなく、ミツバチが減って困る人間へのだよ。私は傲慢を取り繕ったりはしないのでね。
百を越えた辺りで数えるのを止めた。パーンしたとは言え、質量保存的に消滅したわけではない。私の周りは残骸が散乱してしまった。流石にこの量は不快である。
十数匹、巣の外周に取り付いてうろうろしているが、どうやら兵隊は打ち止めのようだ。ん……もしかして、ミツバチって兵隊蜂の区別はなかったっけか? それとも兵隊がやられたから、働き蜂も決死隊として向かって来たんだろうか。
まあいい。大したものは残っていないだろうて、本丸を攻めよう。
蜂の巣を木から降ろして中を割る。女王らしき大きな固体が居たので逃がしてやると、生き残りと共に飛んで行った。どうせ枝分けも済んだ後だろう。お前も初心に還ってやり直すといい。子供はいただいていくがね。
蜂の巣が採れたのを見計らってか、後から付いて来た少女が姿を現す。蜂の残骸が散らばっているのを見て顔を引き攣らせた。
「……ひどいことします」
女王は殺していないぞ。どうせ一匹いれば増えるんだ、大したことはない。また、数を増やして蜂蜜を蓄えるだろう。その時はもう一度徴収しようかね。
「⬛⬛ですか」
少女の口から知らない単語が出た。意味合いや、どういう場面で使われるのか、口の重い少女にうりうりと、根掘り葉掘り聞いてみると、どうやら暴君に相当する言葉らしい。失敬だな。私は君主ではないよ。
少女の火種と物質創造したフライパンでハチの幼虫を炒り、おやつに軽く摘まむ。少女はちらちらと蜂の巣を見ていたが、私は先んじて、蜂蜜を譲る気はないと伝えた。
甘味は嗜好品だ。肉などの主食と違い、無くとも生きていける。私は少女が生きていける最低賃金は支払うが、それ以上の施しをするつもりはない。この場合に於いては、生気と肉だな。
私は慈善事業で君を拾ったわけではないし、甘やかすつもりもない。それはお互いのためにならないからだ。わかるか?
少女は最初、お預けされてショックを受けていたが、私の言葉が浸透するにつれ、気を引き締め直すように緊張感を纏わせる。少女は私に出会い、運良く命が繋がっただけだ。それは、私の気紛れ次第では簡単に千切れる程の皮一枚でしかない。
少女は私の庇護下に入った訳でも、面倒を見て貰えるわけでもないのだ。飽くまで、対等ではない同居人でしかない。これから生きていくための立ち居振舞いを学ばなくてはならないし、甘えは捨てなくてはならない。彼女の種族的には、彼女はもう立派なオトナなのだから。
「さて。では、素直に私の言うことを聞いて、真面目に働いてくれている少女にご褒美だ。巣蜜を食べなさい」
「気を引き締めたのに早速甘やかされるんですか!?」
なに、これは正当な報酬だよ。働きには報いるのが良い主というものだ。それにな。
「それに……?」
美味しいものは、分け合うとより美味しくなると伝え聞いたことがある。少女はどう思う?
誤字脱字修正ありがとうございます。
細々と沢山あって申し訳ない。推敲しないからこうなるんですねごめんなさい
少女(あれ? まだ一度も名前で呼んで貰ってない……)
少女の未来はどっちだ。




