「スローライフのはじまり」
感想欄でご指摘があったので、注釈をば。
この物語は一人称視点で進みます。そのため、語り手が当たり前のように捉えていることを説明したりはしません。序盤は情報が伏せられ、一種の騙しが仕込まれています。
違和感にツッコミを入れつつお楽しみください。
拠点作りの第一歩として、どこに作るかを決めよう。
……よし、水辺の近くにする。即決。
さっさと方針を決めたので、先程まで居た動物の痕跡を追ってみる。草を踏み締めた跡、にくきうから発せられる匂い。動物の足跡を追うのは慣れている。
しかし、日常生活ならいざ知らず、遁走ルートに水場は使わないだろうか。ううむ。いきなり迂闊。判断が甘かったか……。
と、幸いにも、耳朶を打つ水音、次いで届く真水の香りを鼻腔が拾い、目的のものが、然したる労苦もなく手に入ったことに一先ずの安堵を得る。
水は川だった。魚の泳ぐ、清流と言っていい。
濾過装置は……作るのが面倒だ。まあ厄介な雑菌なり寄生虫は居らんだろう。少々はしたないが、両手で掬って口に含む。うん、美味い。
ここまで綺麗な水は飲んだことがない、というくらいに美味い。やはり、現代の地球はなんのかんのと汚染されているのだろう。
さて、水は得たので次だ。
川に沿って上流へ暫し歩く。なるべく川から見えない場所が好ましい。反面、隠れて川の様子が窺えるなら尚よし。
拠点を水場の近くに選んだ理由は多岐に渡る。メリットとデメリットを加味し、メリットの方が勝った。
メリットに関しては言うに及ばず、分かりやすいデメリットとしては生き物が集まる、という点だ。
動物も人間も、近くに来られるのは面倒だ。ぱっと見こちらの姿が見られなければある程度は軽減出来る。
そんなものより生活用水を運ぶ為に往復する方が面倒である。いや、井戸を掘るべきか? 後の事を考えると川の水を使いすぎるのはまずいか? そもそも川に水が流れている場合、近くに井戸を掘って水が出るのか? その辺りの知識はない。
……まあ、普通は川の水よりも濾過された井戸水の方が安全で重宝するのであろうな。
川沿いから見える景色の中に、小高く、木々に隠れている場所を見付けた。川から見ると鼠返しになっており、動物は回り込まねば気軽に上がることは出来なそうだ。ここにしよう。
とは言っても、熊くらいなら登れそうなレベルの小高だ。川が氾濫したら……その時考えよう。
住処予定地の周りをぐるぐる回ってロケーションの確認。頭の中のMAPに、作成予定の棲み家のサイズと、どれくらい木々を伐採して、どれ程残すかを想定する。いざとなれば植林すればいいので雑に行こう。
棲み家のサイズも、頭の中で先に設計図を作成してある程度の制定を行う。
……拠点付近の木々は棲み家の材料にはしない。木なら使い途はあるし、材料不足などの想定外の為に取っておく。
設計図が出来たので、拠点付近に手は付けず、先に材料から調達に向かう事にする。森林伐採など気は進まないが、生きる為に綺麗事は言わない。
丸裸にしないように、密集地から数本を切り倒し、場所を移しながら丸太を集めていく。
切り株を残すと、私の存在を察知されてしまうかも知れないが、根こそぎにする気にはなれなかった。自然界では倒木すらも栄養になる。それを奪う気は無い。……いや、周りの競争相手からすると一本でも消えてくれた方がありがたいのか? 自然のルールはわからない。
まあ面倒なので切り株は放置。同様の理由で枝葉も削ぎ落とす。いつか立派な腐葉土にでもなってくれ。
丸太を集めて拠点付近まで持っていくと、日が落ちて来た。夕焼けが川面に映って幻想的な美しさを感じる。
……丸太を担いだまま腰を下ろし、暫しその光景に酔いしれる。
思へば生前は、景色を見て感動するなどといった経験はなかった。褪せていたのは自然ではなく、私の心であったのだ。
生前から自堕落で、何事にもやる気が起きる事はない性分であったが、知らず心は諦念で満たされていたのかも知れない。
今となっては詮なき事。いや……今生では変わるのだ。
私は決意した。そして、早く寝ようと思った。




