プロローグ
私は目を覚ました。
優しい木漏れ日が差し込む、草木生い茂る森の中。ウサギ、リス、小鳥、クマ、シカ、といった、多種多様な森の動物たちが、慌てたように、私を中心に放射状に森の奥へ走り去っていく。
蜘蛛の仔を散らしたようだ、と私は思った。同時に、目を閉じたままなら、多様な動物たちが身を寄せ合う、まるで聖域のような光景が実現していたのだろうか、と残念に思う。
勿論その絵画のような一場面も、自身の目で堪能出来なければ意味はないので、薄ぼんやりと思っただけだが。
その心暖まるような平和な光景を維持する代償が、死んだように眠り続ける自分自身というのなら、どちらが大事かは天秤にかけるまでもない。
尤も、死んだように、と言ったが、それは適当ではない。
死んでから目を覚ましたのだ。私は死んだ。
私は死んで、異世界に生まれ変わった。
何故かは解らないが、理屈ではなく、それが分かる。以前……生前な、「私は神の声が聴こえる」と言っていた奴がいたが、成る程。私が私自身の与り知らない事を、当たり前のように理解して受け入れている現状は、確かに神の所行と呼んでも差し支えない事態かも知れない。
当時は疑って胡乱気な目を向けてすまない、名も知らぬ「私は神の声が聴こえる」と言っていた男よ。……いや、神ではなく髪だったかな? もしそうなら、意思の疎通が出来ても誤解なくわかり合えるとはいかなかったらしい。泣き別れだった。
無論、私とて彼の頭頂部の名誉を貶めてやろうと思い出した訳ではない。せめても礼儀として、忘却の彼方であった彼の姿を思い返してみようという、私なりの誠意の形である。結果が振るわなかっただけで。努力は認めて欲しい。
それと言うのも、私が死んだのは間違いないのだが、どうにもその辺りの記憶が曖昧なのだ。はっきりとは思い出せない。
死んだのは間違いない。ほぼ、だとか、多分、ではなく、確実に、間違いなく死んだ。死んでから何回死んだって言ってるんだ私。残機も尽きるほど徹底して死んでるぞ。
しかし、死んで転生したと言うのに、目で見える範囲や、顔を触った感触から判別するに、私は生前と大別無い容姿をしているようだ。少々面白味の無い。
それに、どうして私はこんな場所にいるのだ。転生というなら女の肚から産み落とされるものではないのか。今生の私は木の又から産まれたのだろうか。
転生、というより、生き返って転移に近いのかも知れない。死した者が生き返るなど有り得ない話ではあるが、先程神の所行について言及した所なので問題はない。ないか?まあないだろう。
神の定義については諸説あろうが、人類の叡智の及ばないものという観点から言えば、神と呼んで差し支えなかろ。
そこまで考えて、何か違和感を感じる。違和感を感じるに違和感を感じる。まあそれは置いておいて。
違和感を覚えるのは生き返って、という点だ。
何がおかしいのかは一向にわからないが、今の私は生前の私と、見てくれが同じなだけで、やはり別の存在なのやも知れない。
仮説だけで言うなら、異世界にも同じ顔の人間が三人は居り、その転生した私の魂云々を持つ某かが、たったいま今生の記憶をすっぽり喪失し、生前の記憶を思い出した可能も微粒子レベルで存在するわけだ。
その場合、今生の私は、森の中で動物に囲まれ記憶喪失になるようなお花畑なので、出来ればこの仮説は御免被りたいのだが。
ふむ。まあいいか些細な事だ。そんな些事よりも留意すべき点がある。
そう、今晩の宿である。
目覚めたばかりの時分ではあるが、なんというか眠い。もっと言うとなんか気怠い。更に言うならならかったるい。
正味いますぐにでも眠りたいが、昼寝ならいざ知らず、本寝を木漏れ日差す森のど真ん中で致す訳にもいかんだろう。なんというか、世間一般の基本常識的に見ても明らかに。
では今後の方針だ。現在地が不明であるが、人里を求めて彷徨うか、この周辺に拠点を作るか。
少し、迷う素振りを見せる。が、やはりどんなに考えても結論は一つだ。
ここに拠点を作ろう。
思へば前世ではやれ制空権だやれ誰それの土地だの何処其処の国だの、柵のない自由な場所など何一つとて無かった。誰しもが一度は隔世したであろう、森の奥にでも引っ込んで自給自足の生活を送りたいという、夢物語も叶うことは無かった。
せっかく死んで第二の人生を送るのだ。どうせなら好きな事をやって生きたい。
此処はどこなのか、近くに人里はあるのか、この異世界の文明レベルはどうなのか、懸念材料は尽きないが、仮にすぐに拠点を移すことになったとて、今回のノウハウは無駄にはならない。
細かいことは後回しでいい。兎に角動いてみよう。どうせ一度死んだのだ。失うものは何もない。
気楽にのんびりストレスフリーで、念願のスローライフをはじめてみようか。




