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「同居人(ペット)のいる生活」



 盛大な腹の音に、ようやく泣き止んだ少女と私は顔を見合せて、暫し沈黙する。

 ……さて、気を取り直して状況を擦り合わせようか。身体に異常は無いか?


「……おなか、空きました……」


 見りゃあわかる。この場合は聴覚だが。

 意識を失っている間も隷属で色々やっていたが、流石に栄養が足りなかったらしい。死にかけを五体満足まで回復させたのだから、当然と言ってしまえばそうなのだが。

 淫魔について然程知識があるわけではないが、聞くところによると、生きるために生気は必要不可欠だが、生気だけでは生きられないらしい。不便な生き物だな。人間より劣化しているとしか思えない。燃費が悪い分、スペックが高いのだろうか。

 意識の無い人間に水を飲ませ、ものを食べさせるのは本来至難の技だが、隷属の誓約によって、本人の意思に反して身体を操れるということは、歯や喉のみならず、胃の腑まで支配下に置けるということ。点滴は無くとも、寝たきりを生命維持させるのは造作もない。まあ、色々やって無理が祟って、当人の意識が目覚めるのが遅れた可能性も否めないのだが。


 少女の唇に指をかけて、無理矢理剥かせて歯がきちんと生え揃っているのに満足する。これなら、ものを食うのに支障はあるまい。


「寝ていろ。急に動くと貧血で倒れるぞ」


 八重歯の根元の歯茎を掻いて丈夫さを確認。むずかる少女を置いて、餌を獲りに小屋を出る。施される立場なのを理解してか、少女も同行を申し出たが、足手纏いを連れては獲れるものも獲れない。この戦いについて来れそうになかったからな。



「……あの、これは……」


「しか」


 牡鹿を持って小屋に戻る。現地で直接ではないので、どうしても量は少なくなるが、腹ごしらえには十分だろう。

 流石に小屋の中で食べるのは無しなので、ふらつく少女には出て貰った。掃除をするとはいえ、積極的に解体ショーをする気概はない。

 死因でもある首からぽろりをして角を外す、それを少女に差し出したが、何故か視線を合わすばかりで受け取ろうとはしなかった。


「食え。一番いいところだ」


 視線を合わせたまま、青褪めて金縛りにあったように動かない少女。ややあって、泣きそうな顔で私を仰いだ。

 ああ、死に起きでこれは辛いのか。胃腸に優しいものから入れないとダメかな。


 シカを仰向けにして腹を裂き、胃腸を取り除いて、それとは別に内臓も取り外す。内容物は言わずもがなだが、動物の内臓は寄生虫が怖いから少女に食わすわけにはいくまい。私にだってそれくらいの常識はある。これは私が食べよう。

 心臓をかじりながら、木材を物質創造したお玉をナカに入れ、血を掬って少女に差し出す。

 先ずは消化にいいスープからだな。どうした、何故まだ涙目なんだ。北極圏ではトナカイの血はビタミン豊富なご馳走だぞ。無論、この辺りの気候では採れたてを直ぐでないといけないがね。

 血を飲ませたらナカを削ぎ、食べやすい大きさにしてやる。脚はまだ早いか? 私は内臓を食べ終わったし、頭に取り掛かろう。ん、こんなに血は呑めない? では残りは私が。ナマモノだからな。手早く食べなければ。

 少女はやはり、病み上がりで食が細いようだ。子供はたんと食べねば大きくなれんぞ。まあ、ある意味もう十分大人のカラダ付きをしているがね。


 四本の脚くらいは食うべきだと勧めると、大層悩んだ挙げ句、おずおずと私の顔色を窺いながら、青を通り越して真っ白になった顔で見上げる。


「火を、通させてはいただけませんか……?」


 ……。火? 何故に? 栄養が壊れるだけだろう。

 曰く、生のままでは食べ難いこと、そんなに早くは食べられないこと、火を入れれば多少は時間に猶予が持てるとのこと。ここが分水嶺とばかりに、少女は必死で訴えてくる。

 ふむ……一理あるな。少女のように食べるのが遅いと、お腹を壊しかねない。何より、少女が自分の意思で要求をしたことに、私は満足を覚えて少女の頭を撫でてやる。おっと、手が血塗れだった。ん、どうしてもっと顔色が悪くなっているんだ。食べ過ぎたか?


 すぐに火を加えられるわけではない。シカの脚から血を奪い取って、シルクでくるんで屋根裏に置く。他の部位は皮を除いて私が美味しく頂きました。

 少し考えて、石を積んで竈を作る。接合部は面倒だったので物質創造でくっ付ける。

 石で鉄板……石板にしてもいいのだが、どうせ物質創造があるんだから、網目状にしてみる。網とフライパンの違いは余計な脂が落ちるかどうかだ。逃したくないなら煮込めばいいし、焼きなら網でいいだろう。


 木屑と乾いた枝葉を竈に詰めて、火種を、と思ったところで少女が自己主張をする。今まで手伝えることがなかったからだろうか。いたたまれない気持ちになることは高評価である。自らに出来ることを探すのも、また。

 聞くと、どうやら少女は魔法で火を点けられるとのこと。魔法か……否が応にも期待が高まるが、案の定火種くらいにしかならなかった。


 竈に火を入れて、石網の温度を上げる。十分に熱を持ったところでシカの脚を置いた。

 熟成させた方が旨味が出るとか聞くが、保存環境がないし、どの部位が適しているかの知識もない。獲って、食う。それだけでいい。

 肉の焼ける匂いに、そわそわと少女は待ちきれない様子を見せる。シカの頭を向けられた時とはえらい違いだ。脚がそんなにいいんだろうか。謙虚だな。


 網焼きにしたシカの脚を大層気に入ったらしく、欠食児童のようにがっつく少女。食べるスピードがどうとかいうのはなんだったのか。次々焼いているが、脚の四本くらいぺろりと行けそうな食いっぷりだ。その涙はさっきのとは種類が違う気がするぞ? 不安に感じていた食の未来が拓けた感じだ。

 ……生は嫌いだったのかな。考えてみると、日本のようにインフラが整っているか、余程寒いかでないと、少女のような小市民には新鮮なものは馴染みがないか。

 馴染みがないものは口に合わないものだ。それは仕方ない。


 しかし、少女が生食をしないとなると、調理に時間を取られることになる。三日も十日も食い溜め出来ない事も考えると、やはり他人と同居するというのは、リターンよりもコストの方が嵩むな……。

 まあ、承知の上で抱え込んだ手間だ。文句を言わずこちらから譲歩しよう。結果がどうなるかはわからんが、今はこの負担も楽しまないとな。

 伊達や酔狂で子育ては経験していないのだ。少々の我が儘を聞くのはご褒美ですらある。此奴は負い目があってか、物分かりが良さそうな辺りが問題児であろうな。矯正のしがいがありそうだ。



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