「かぞくがふえました」
野生の動物は、食べ物を貰っても人間に感謝などしない。施されたものは、人間という強敵から掠め取った己の拾得物だ。
全ては生存のためであり、今際の際にあってなお、隙を見付けて生き延びることを最優先に考える。
人間は違う。恩を与えれば感謝する。どんな汚い人間ですら、施された僅かな恩に絆されて判断を誤ることも珍しくはない。
けれどそれでもまだ足りない。施されなかったら死ぬ。私の指先一つで生死が定まる。それを徹底的に刻み込む必要がある。
心を折る、いや、完全に砕け散るまで追い詰めて、はじめて慈悲が与えられる。
「隷属の誓約」
絶望に砕けたそれの額に、血に塗れた指先を這わせる。頭を貫かれたそれはびくんと身をやり、へその下、臍下丹田に紋が浮かび上がった。
隷属の誓約は心が完全に屈服した人間にしか使えない。動物は生存本能が強く、実質上成功はしないだろう。本能の薄い人間は、生存本能を鍛えることが少なく未成熟なため、こうして隷属させることが出来る。
ほぼ命を握った人間にしか使えない故、効果は絶大だ。その気になれば自我や記憶を奪うことも出来るし、そうでなくても逆らう意思が湧かなくなるため行動を完全に支配出来る。死ねと言われれば死ぬ。理性より先に心臓が止まって脳死するレベルで。
昔馴染みのクソオカマなんかはこれを使って美少年ハーレムを作っていたし、戦闘嬢砦はグラマラスな美女を侍らせていた。ホモばっかりだ。
尤も、私はホモではない。というよりも、隷属は嫌いなのであまり使うことはない。自分に絶対逆らわない相手などぞっとしない話だ。
今回も別に使う必要はなかったんだが、気紛れで命を拾ってやっただけで、私は此奴が死ぬまで面倒を見るつもりはない。
こんな所で死にかけている以上、どんくさいことこの上ないのだろう。餌を貰える環境に味を占めて、巣立ちを拒否して私の傍に在りたいとすがり付くことがあれば、私は殺すか脅すか以外に方法がなくなる。流石に自分で生かしておいて自分で殺すのは、私の流儀に悖る行為だ。やりたくはない。
そんな訳で、この誓約はいざという時の保険だ。私にとってはこの世界についての僅かばかりの情報源であり、地味な労働力だ。人付き合いを嫌って引きこもりになることを選択したのに、人と同居するのは本末転倒である。
まあ、色々と不安になる人材だし、一人前になるまで面倒を見ることは吝かではない。意外かも知れないが、私は子供好きなのだ。赤子を拾って育てたこともある。腕の中に収まる程に小さな子が、段々と大きくなり、私の手が必要じゃなくなる程に成長していく姿には、なんとも言えない感慨があったものだ。
もうある程度大きくなってる此奴には多少スパルタになろうが、私が面倒を見る以上、中途で投げ出すつもりはない。とりあえず、ホッキョクグマくらいならワンパン出来るようになれば心配いらないだろう。
ちびちびと指先をしゃぶる大きな子供の顎下を掻いてやりながら、私は今後の予定を頭の中に組み立てていた。
◆
生命活動に問題があったため、一連の作業は私が隷属の誓約により、肉体を支配して行っていた。そのため、七日七晩眠り続け、目が覚めた少女は、何故自分が小屋の隅で毛布にくるまっているかがわからないようだ。
ぼんやりとした眼差しで辺りを眺め回し、私の姿を認めると、二度見して目の焦点を合わせ、小さく悲鳴を上げて後退った。その反応は生存本能的に正しい。どうやら死の淵から持ち直したことで、大分生存力が上がったらしい。逃げられやしないがね?
傍目からすると、布団に隠れて服を着ているようには見えず、身を守るように掻き抱き、怯えに染まった瞳は無駄に扇情的だ。これが種族性というものか。
差し詰め私は幼気な少女の寝込みを昏睡強盗した卑劣漢という配役かね? まあ、手を出していないとは口が裂けて言えないのだが。
ベッドの木枠に腰を落としたまま動かない私の姿に、疑問に思ったのか、当面の危険は薄いと、現実の見えてない判断をしたのか、表情に怯えよりも疑問が強くなり、不思議そうにもう一度辺りを見渡した。危険なものから注意を逸らすとは、落第点を与えられても仕方ないなこれは。
ようやく頭が働いてきたのか、瞳に理性の色が広がっていき、少女は頭を下げて私に感謝を伝えた。命を救ってくれた感謝を。
どうやら正解を拾えたらしい。私は一つ頷いて、木枠から下りて少女の頭を撫でる。
別に、第一声が感謝ならば良し。そうでないなら処置無しとして始末する、だとか言うつもりはない。よくできましたなので、ご褒美である。この状況できちんと礼を言える人間はそう多くはないだろう。普通に死ぬとこだったし。死ぬ方からすると、私に殺されたとか言い掛かりをつけてもおかしくはない。
勘違いしてはいけない。私は助けようとしなかっただけだ。死の運命を覆されたら有難がるのは当然だが、私がいなくても死ぬのに、私を恨むのはお門違いだ。
縛って逆さ吊り? 逆上して敵対したのは向こうだ。首を刎ねられても文句は言えまい。
そんな訳で頭を撫でてやると、少女は最初、身構えて震えていたが、危害を加えるつもりはないとわかると、逆らう意思はないのか為すがままにされる。
俯き、おや、また肩を震わせーー握り締めた拳に、ぼろぼろと止めどなく涙を溢す。
「ぁ……」
自分が泣いてることに気付いたのか声を漏らし、しかし、意思に反して全身に震えが走り、腕が上がらず涙を止めることは出来なかった。
寒いのだろうか。まあ、栄養は全然足りてないだろうし、いい加減死ぬやも知れん。なんか撫でれば撫でるほど涙が出るんだけど。蛇口か。止めた方がいいのか?
とりあえず姑息療法として、肩に手を回して胸に埋めてやる。私の体温でも無いよりはマシだろう。というか、いい加減脱水症状が出るぞ。
私の心配を余所に少女は一向に泣き止まず、私にしがみついて、大声を上げて泣きじゃくった。
本当に赤ん坊みたいだな。ぽっくり逝きそうで怖い。
#弱味につけこむ系主人公 #弱るまで追い詰める系主人公 #人の心を持たない系主人公




