「私は激怒した」
覚えたばかりの拙い言語である。向こうには片言に聴こえているだろう。例えば「~~に襲われた」という文から、モンスターに相当する言葉だろうと当たりを付けたが、もしかしたら「動物」かも知れないし、「暴漢」かもわからない。
私の言った言葉は、少女を指して、畜生だとか野盗呼ばわりになっているかも知れない。人妖とは正しく伝わってなかろうが、意味合いが通じていれば問題はない。
事実、私の言葉を受けた少女は顔面蒼白にして硬直している。血の気の引いた青褪めた表情は、人家を見付けた希望から、絶望へ叩き落とされた相転移を正しく表現しているのだろう。異文化コミュニケーションの第一歩は成功である。
……ん? 私が参考にしたのは他に「こんなところに人が住んでるなんて」「何か食べ物を分けて欲しい」。もしかしたら「人」ではなく、アナタという二人称かも知れない。
すると私が言った言葉は「アナタを食べ物、モンスター」となり、なんだか私がこれから襲うと宣言しているようにも聴こえる。片言で。
「去れ」
……まあ、交渉が決裂したと伝われば問題ない。会話に大事なのは接続詞だよ、うん。
誤解のないよう、呆然としている隙に鼻先でドアを閉めて鍵をかける。
これで問題ない。私は寝よう。人と喋るのは疲れる。これでも気ぃ遣いなのだ、私は。余計な事を考えるから、人と会うこと自体が億劫となる。もう少しずぼらに考えることが出来るなら楽なのだが、こればっかりは性分だ。
暫くの間ドアを叩き、何かを叫ぶ少女の声が聴こえていたが、早口なのでよくわからん。「化け物じゃない」とか「お慈悲を」とか言ってる気がする。
この辺りにハニートラップに引っ掛かりそうなきこりのおじさんとか居ないし、放置しても犠牲者は増えないだろう。
腹を空かせた人喰い? 何故人里ではなくこんな辺鄙な所を彷徨っているんだ。アホか。勝手に餓死しろ。である。人それを自業自得という。それで「僕の頭をお食べ」するやつは、余程お人好しの馬鹿か、下心のあるやつだけだろう。少なくともそれは私ではない。余所に行ってくれ。他に人は見たことないが。
寝てればその内いなくなるだろう。三日後か、一週間か……。それぐらいなら腹は持つ。向こうがそれだけ我慢出来るなら、そこまで困窮したりはしないだろう。
適度な雑音を子守唄に、寝具に包まれてウトウトしていると、音が止み、離れていく気配がする。私は安心して睡魔に身を任せた。すると。
轟音。続く震動と衝撃が小屋を貫く。
ベッドから身を起こした私の目に映るのは、月明かりを背にした人影。窓ではない場所がぽっかりと空き、そこから外気と明かりが小屋に射し込む。
光を背にした人影は、先程の地味な村娘のものではなかった。
大事な部分のみを隠し、ほぼ裸でありながら、裸よりも扇情的であることを意識した、肌に張り付く黒い衣。
背中からは蝙蝠の羽、尾てい骨からは細く、先の膨らんだ黒い尾。
整った顔立ちからはそばかすが消え、桃色の長い髪に、紫の妖しい眼差しが躍る。
サキュバス、夢魔、淫魔。人間を襲って生気を奪う、人の振りをした人妖。
正体を現したそれは、襲撃した時そのままで、頬に両手を当て、泣いているように哄笑する。
「あはっ。あははっ。あはははははははははははははははははははははははははははははっ。
どうせっ、もうっ、だめなんだ! ここでなにも食べられなきゃ! ぜんぶおわりなんだからぁ! もうっ、もうどうなったってぇぇーーーーーーーっっ!!!」
殴った。女の子をぐーで。言い分など、私からすると知ったことではないので。
顔面が拉げ、歯が折れ飛んで、森の中にリリースされて地面を擦りながら転がって行く少女。手加減はした。死んではなかろう。人間よりは頑丈だろうから。
目を覚ます前に歩み寄り、石を使って物質創造。切れ目の無い錠を作って四肢と羽、尾を拘束する。
台は木より、木材で頑丈なのを物質創造する。石を物質創造して連続した輪、隙間のない鎖を作り、拘束した少女を逆さ吊りにした。
炙られて干からびろ。それで少しは私の溜飲も下がるだろう。
簡単に殺す訳がない。直ぐに楽になっては私の怒りが収まらない。
わかっている。これは私のミスだ。高が淫魔と侮り、棲み家を破壊される可能性を考慮していなかった。火事場の馬鹿力……それとも、異世界淫魔故にだろうか。離れて行って油断したが、襲撃時の速度が異常だった。中からでは、咄嗟に小屋を庇えない。
私の迂闊だからと言って、私のものに傷を付けた此奴を許す理由にはならないが。磔ではないが、見せしめにはする。私への。
大穴を空けられてしまった部分には、木材を詰め、その上から枝葉と土で隙間を埋め立てる。
直すのは後だ。干されるまでふて寝する。
後悔は先に立たない。この反省を活かして次に繋げるしかない。私は大きく嘆息し、やるせない気持ちを胸に抱いて布団を頭から被った。




