「うさぎさんと遊びました」
何度目かの朝。というか目覚めの日。いつもの日課として顔を洗っていると、背後から近付く小動物の気配。
リアクションをせずに接近を待つ。すると、駆ける勢いそのままに私に向かって飛び掛かり、宙空で身を捻り、ソバット……もとい、強靭な後ろ足を使ってのバックキック。
それを確認した私は振り返り、迫る小動物ーー襲撃者、アルビノ草兎を殴り飛ばした。うさぎの軽い体躯は、川原の小石に叩き付けられ、バウンドして動かなくなった。
あ……、つい嬉しくって強めにいってしまった。内臓が潰れたり、骨が折れたりしないように気を遣ったつもりだが、死んではいないだろうか。
見ていると、ぴくりと痙攣したので一安心である。これで終わったら楽しめないからな。次はもっと考えて挑むと良い。
このまま去ろうとして、そう言えば、と考えていた実験を思い出した。
ポケットに手を入れながら、アルビノ草兎に近付く。
物質創造で服が消えるので、いつも、ではないが、それ以外の時は持ち歩くようにしている。アルビノ草兎から折ったトゲ。他のパンピー草兎のトゲと混ぜる気にならず、手慰みに玩んでいたが、この前使い途を思い付いたのだ。
倒れたうさぎの容態を確かめる。息があるなら問題ない。抵抗されない分、楽ですらある。
耳の裏に手を差し込むと、本来ある筈の、この辺りのうさぎ特有なのかこの世界共通の特徴なのか、体毛に隠れたトゲが、根元の僅かな突起を残して無くなっているのがわかる。
どうやら生え代わることはなさそうだ。もし新しいのがあれば、四つトゲアルビノ草兎になるところだった。盛り過ぎだ。
そう、私の考えていた実験というのは、私が前に折ったトゲを、当兎に継ぎ直す、というものだ。
物質創造。便利だが制約も多く、生物には適用外というものがある。例外はあるが。
砂からガラスを、木から紙を作ることは出来る。しかし、生物を構成する物質から、別の形にすることは出来ない。人間の歯をガラスにしたりとか。
勿論、『植物は生きてないんかい。じゃあ菌類はどうだ。死んだ生物は?』等々、色々と考えることは多いが、今回は置いておく。
何故、生物には使えないのか? 生物に使うとどうなるのか? 失敗したらどうなるのか?
答えは『試したことがないからわからない』である。
使わなくともわかる。物質創造は生物には使えない。
耳を動かせる人間に、耳を動かせない人間が『どうやって動かしているんだ』と訊いても、動かせるんだから動かせるとしか答えられない。
逆に、耳を動かせない人間が耳を動かそうとしても、動かし方がわからないだろう。
尾の無い人間が尻尾を動かそうと試しはしないように、羽の無い人間が羽を動かそうとはしないように。生物に物質創造が使えない私が、生物に物質創造を試そうとは思わなかった。それだけのことである。
ああいや、尾があると想定して尾てい骨に力を込めたり、羽があると夢想して肩甲骨を動かそうとしてみる若者のことを否定するものではない。趣味は人各々である。
理屈ではなく、事実として知っている。なんか最近もそんなことを思ったな……。髪がどうとか。
ともあれ、生前は試そうとも思わなかった『生物に対する物質創造』ではあるが、この世界に生まれ変わった私は、試してみようかな、という心境の変化が起こっているのだ。
これがどういった意味を持つのかはわからない。
私の物質創造の変化、或いは多様性の発現。
異世界という、可能性への期待。或いは、どうせ別の世界という、投げ遣り。
生前、生物に物質創造をしなかったのは、無意識に自重していた可能性もある。
逆に、何者かが私の思考を誘導して、その可能性に至らせなかった可能性も。別に神の所業、とか言うつもりはない。世界の真理を解き明かしたわけでもない知性体一匹、気付かれないよう制御するのは容易かろう。私が存在を感知することの出来ない、上位次元の者があると仮定するなら。ま、仮定に仮定を重ねただけだがね。
さ、話を戻そう。私は生物へ物質創造をするつもりになっており、その被験体第一号を、このアルビノ草兎にすると決めたこと。
わりと気に入っているこのうさぎが犠牲になれば少し悲しいが、どうでもいい相手にするつもりにもならない。
どの様な結果になるにしろ、受け止める。それだけの愛が必要だ。手を加えるとは。最低限度の責任である。
うさぎのトゲの根に、トゲの断面を合わせて物質創造。無事くっついた。すこし引っ張ってみたが、元の断面より、肉の方がくっついて来そうだったので安心した。念のため、うさぎの息があるか確かめてみると、胸に置いた手に鼓動を伝えて来る。
……成功した。なんというか、あっさりしすぎで肩透かしである。
折れた歯、爪、角。或いは体毛、皮、骨。ーー筋肉、目玉、臓器。
パーツに分けようと思えば、幾らでも解体せる。では、その区分けはなんなのか。血が通っているか、細胞の活性か?
個人的に言わせて貰えば、折れたトゲがOKなら、生きた肉を変質させるのも変わりはない。そういうものだ。
というわけで、うさぎの声帯を物質創造して、音が出るようにしてみる。うさぎは鳴かない。呼吸の際の空気の流れが音となって聴こえる時があるのみ。私はそれを知った時、大層悲しかった。
何故うさぎを鳴かせようと思ったのか? うさぎが「きゅー」と鳴いたら可愛い。それだけである。
自己診断によると、うさぎの生命活動に問題は出ていない。経過観察次第だろう。
今回はこれでおしまい。うさぎに物質創造をしてみると言っても、何もうさキマイラとかサイボーグうさ義とか造りたいわけではない。うさぎをLv99にしたい。それだけである。灼熱とか吐けるようになるかも知れないし。でも、生物に発火器官を内蔵させるのは難しいかな……。
さて帰ろう。川原に放置するのもなんなので、草地に横たえておく。
小屋の掃除をしているので、餌と思って肉食獣が来ても私のおやつだ。日課が終わっても目覚めないなら知らん。死んだらそれまでが野生の掟である。まあ、手を加えてしまったので、目覚めるとは限らないのだが。野生は非情である。
小屋の掃除を済ませてもうさぎは動かず、腹ごしらえを済ませて、今日の予定のために木を持って戻って来ると、うさぎの姿はなくなっていた。
血の匂いはしない。どうやら襲われたわけではないようだ。
今日はお風呂を作ろう。まずは、タルから。




