「泉に辿り着きました」
何羽かの鳥さんには尊い犠牲になっていただき、なんとか投石にも慣れて来た。その場で食べるのだから、多少殺傷されていても問題ないと考えよう。流石に爆散したのは煮ても焼いても食えないが。
雀の涙サイズの小鳥、烏の行水サイズの中鳥、小型の猛禽フクロウも狩ってみたが、ダウンと呼べるものは採れなかった。諺は私の食欲満足度を分かりにくく表したものである。思ったより味は悪くなかった。
大型の鳥類ならまた違うのやも知れんが、ダチョウなんかは、不衛生の塊と聞くしな。得体の知れない異世界物をあまり食べたくはない。今更か。
閑話休題。考えるは食欲より睡眠欲である。
ダウンが採れる鳥とはなんであろうか。胸毛もこもこ……、必要に駆られて発達したのが当たり前だ。
フクロウはもこもこであったが、質が違う。ダチョウもふさふさだが、もこもこよりごわごわだろう。
そもそも、ダウンの原料がそんなメジャー所なら、もう少し私のような一般人の耳に入る機会も多かろう。同様の理由でペンギン幼性体も違う。ダウンのために、ペンギンの子供を屠殺されているなんてことになれば、抗議が団体客で来るだろうこのご時世。
しかし、ペンギンはもこもこだよな。大人になるとつるつるなのだが。グッズなんかは可愛いが、私はあやつらの匂いが好きではない。水鳥だから仕方ないと諦める。どうせもう遭うこともなかろう。フラッグ。
ん? 水鳥? あの水面にぷかぷか浮かんでる浮力……。もしや、あれがダウンか? これでダウンだ?
ペンギンがつるつるなのは沈むためだ。幼性体がもこもこなのは暖房のみならず、うっかり水に落ちても救命具になるからかも知れない。
水鳥、いいな。ハクチョウ、マガモ、カモノハシ。でっぷりして可愛い。俄然食欲が湧いてきた。
ん……、カモノハシは違ったかな? ロリスと並んで毒を持つ珍しい哺乳類だったか。まあいい。今ならビーバーでもカピバラでも捕まえてもぐもぐな気分だ。
しかし、水鳥がどの辺りに棲息しているかはわからない。川には……居るのか? 池とか湖のイメージだ。少なくとも流れが強い場所は辛かろう。
それから、水鳥と言えば渡りだ。水温の高い場所を求めるんだったか? 今がシーズンでなければ、そもそも一羽も居ないだろう。
兎も角、無駄骨になろうが捜してみる。今日はもう水鳥の口になってしまった。諦めるにも理由は必要だ。これがアヒル口というやつか。違うな。
川沿いを歩いて上流を目指す。下流の方がなだらかだし、溜まりや海に辿り着く可能性があるが、同時に人類の生息圏である可能性が高まる。
森の深い所も上流側だったし、知っている場所の方が安心だ。成果がなかったら、前に見付けた、あの森の主っぽい佇まいの巨木に向かってみようかな。無駄足はやはり嫌だ。
のんびり三日程歩いた。道中、キツネやらタヌキやらテンっぽいもので小腹を繋ぐ。
キツネは白かったし、タヌキはでかかったし、テンは違いがよくわからなかった。まあ、元々そんなに馴染み深い動物ではないし、元から虎並みのサイズだったかも知れない。タヌキって。
水鳥らしきものは見当たらない。時期ではないのか、流れの問題なのか。
森も大分深くなって、霧も出て鬱蒼として来た。蒸すと言うより、日差しがなくひんやりしている。空気もしっとりしているが、湿度が高過ぎるということもないようだ。
発光している大きなキノコ。宙を彷徨くオーブのような光の球。
……なんか、如何にも神秘的ですよーって感じを醸し出しているな。
それとも私が世間知らずなだけで、元々深い森とはこんな感じの成長をするものなのだろうか。キノコは見たことがないが……、オーブはホタルだろうか。前世のものと形態が同じならば、この辺りの水の品質は期待出来る。きっと水鳥も好むだろう。ホタルとか食うだろうし。
極力、自身の存在を周囲には抑えつつ進む。小動物には遭わないように、虫や菌類はどうしようもない。野生動物の危機察知がどれ程のものかわからないが、流石に虫の動きまでは異常に感じないで欲しいと思う。
程なくして、川の始点、湧き水まで辿り着いた。
湧き水の周りには澄んだ水が貯まり、その清らかさから、かなりの深さと水量が予測出来る。もう泉と言っていいだろう。
何故澄んでいるのに深さが予測なのか? それは、あまりに水面が澄み過ぎて、鏡面のように、空の様子を映しているからだ。水底の様子はまるで見えない。別の世界と繋がっていると言われても納得出来るだろう。ごめん嘘吐いた。そんなファンタジーを許容出来るほど現実は捨ててない。今更である。
とまあ、泉について熟々と現実逃避しているも、その泉の中にある存在感からは目を逸らせそうにない。
ハクチョウだろうか。白くて首の長い水鳥が浮かんでいる。ただしサイズはスワンボート並み。何を言っているかわからないが見たままである。
勿論人工物などではなく、泉を視界に収めた状態の私をじっと見詰めて来る。
ハクチョウ。見ての通り白い水鳥だ。仲間にはコハクチョウだとかコクチョウなんかもいてよくわからないことになっているが。勿論コハクチョウは小さいだけで白いのだが。つまりこのハクチョウはオオハクチョウだろうか。
わかっている。幾らオオと付いていても、スワンボート並みの大きさは想定外であろうことは。でも、カエルなんかはアオガエルとゴライアスガエルでは随分体積に差があるよな……。じゃあ、このサイズのハクチョウでも種族差の範囲内なのだろうか。
私も迂闊に泉に近付いたわけではなく、木々の間から気配を抑えて様子を窺おうとしたのだが、件のスワンはそんな私に、見えているぞとばかりに首を向けてじっとしていたのだ。すぐに飛んで逃げない辺り、自信が窺える。
いや……飛べるんだよな? あのサイズで飛べるのか? しかし飛べない水鳥なんてそれこそ潜水鳥くらいなものだろう。そもそも泉に比べてあのサイズはでかすぎないか? 殆ど移動出来ないではないか。餌は? そんな肥沃な泉なのか? 疑問は尽きない。
まあいいか。ダウンが採れるかどうか、美味しいかどうかだ。
水面に浮かぶ胸毛はふさふさもこもこで、布団に入れるには申し分ない。羽根の方も使い道はあるだろう。わっさわっさしているので、枕にするとか。味は食わねばわからないが、十分旨そうだ。
白鳥は水面上では優雅にしながら、水面下では必死に足をばたつかせている。というのは都市伝説である。実際には胸毛が浮き袋になるので、浮き輪で優雅に浮いているようなものだ。あれだけの巨体を浮かせられるなら、胸毛の品質も問題ないだろう。
このサイズでは投石は殺害以外で使えない。この距離なら無手でいいだろう。こちらの動静は丸分かりなので、小細工抜きで泉まで歩いて行く。スワンが飛び立とうとしたならいつでも動けるように。
泉の縁まで歩いても、スワンに動きはない。ただこっちをじっと見ているだけだ。危機意識がないのか、余裕の表れか。同じことか。
スワンの動きに注視しながら、辺りの様子を探る。邪魔が入れば興醒めだ。
幾つか動物がいるようだが、私かスワンを意識してか、動きはない。茂みで様子を窺っているのか? ハイエナ行為を許す私ではないぞ。
スワンからのアクションは未だない。逃げも抵抗もしない相手を攻撃するのは気が引けるが、こちらから動くことにする。
泉の縁から跳んで、スワンの首根っこを引っ掴み、反対側の縁に着地する。
手荷物扱いに不満を覚えたか、スワンは先程までのお澄ましをかなぐり捨てて、大声で鳴き喚きながら羽をばたつかせて大暴れする。
首を抑えているのだ。多少抵抗しようが逃げられはしない。首を折る覚悟があるなら話しは別だが。
あっという間に水面は乱れ、泉は羽根まみれになる。泉の近くにいた動物の多くは逃げ出し、茂みに隠れていたものは逆に出てきた。
ハイエナではない。アヒルだ。……アヒル?
アヒル達はスワンが私に掴まれて暴れているのを見て、呼応するように鳴きはじめる。喚いていたスワンは、出てきたアヒルを見て訴えるように大声を上げる。
私にはそれが、隠れていた子供たちが、母親の窮地に思わず出てきてしまい、それを承けた母親は、子供たちだけでも逃げるように訴えている姿を連想した。
繰り返すが、アヒルである。家畜化されたマガモである、アヒル。確かにハクチョウもカモ科ではあるが、スワンはダックを産まない。
なんかそんな童話が……いや、あれはアヒルの子供の中に白鳥の雛が交ざっていた話だから、なんか……違う。よくわからなくなってきた。
まあ、異世界の白鳥っぽい鳥だし、アヒルっぽい雛を産んだり、アヒルっぽい鳥が白鳥っぽい鳥に成長したり、なんならこの巨大白鳥は他の水鳥たちのボス的な扱いで慕われてるって可能性もある。真相は当鳥にしかわからない。生態調査でもはじめるなら兎も角。
鳴きながら羽を拡げ、威嚇しながら私に近付くアヒル。私は自由な指を鳴らして待ち構えると、スワンが鳴くのを止めて私のことをじっと見詰めていた。
……。
アヒルから目を逸らしてスワンの目を見返す私に、アヒルたちも次第に鳴りを潜めて動きを止める。
そんなアヒルたちに、スワンはゆっくりと頷いて、私に向いて目を閉じた。
食べ難い。
敵対や、抵抗する相手ならいざ知らず、覚悟して受け入れた相手を、それを慕うものの前で喰らう趣味はない。食欲がなくなった。
屠殺は辞めて羽根を毟るか。根元から刈らずに採れば、傷にはならんだろう。
羽を失えば、生きて行くのが難しい? そこまでは知らん。私は殺して食うのを辞めただけで、生かしてやるとか、助けてやるとかそんなつもりはない。
一瞬で楽にしてやるか、真綿で絞められるように苦しむか、その程度の違いでしかないのかも知れないが、私にとってはどうでもいいことだ。それによって恨まれる筋合いはない。仮に恨まれたとて、それは相手の自由意思に由るもので、私が関与することではない。
生あるものは軈て死に、死したものは、生きているものの糧となる。
私は、彼を糧とする権利を放棄した。それだけだろう?




