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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第1章 黒猫、悪役令嬢に拾われる

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6/58

第6話 悪役令嬢の善行は、悪行に見える

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 紅茶事件は、ひとまず未遂に終わった。


 実際に紅茶はこぼれたし、カップは割れた。私は紅茶まみれになった。

 しかし、侍女エマに火傷はなく、「シルビアが侍女に紅茶を浴びせた」という事実も発生しなかった。

 つまり、最初の悪評イベントは阻止できたと言うことだ。

 これは大きい。

 かなり大きい!


 私はシルビアの部屋の窓辺で、ふかふかのクッションに体を沈めながら、そう結論づけた。

 なお、紅茶を浴びた後、私はぬるま湯で拭かれ、さらに清潔な布で包まれ、最後にはシルビアの膝の上で念入りに毛並みを整えられた。

 その間シルビアはずっと不機嫌そうな顔をしていた。


「まったく。あなたは本当に手のかかる猫ですわ」

 そう言いながら、手つきは驚くほど丁寧だった。

「今後、熱いものに飛び込むのは禁止です」

 禁止と言われても、必要があれば飛び込むしかない。

「聞いていますの、ノワール」

「にゃ」

 聞いている。

 従うとは言っていないが。

 するとシルビアは、少しだけ眉を寄せた。


「……熱かったでしょう」

 その声は小さかった。

 私は顔を上げる。

 シルビアは私を見ていなかった。

 視線をそらし、私の毛並みに櫛を通しているふりをしている。

 だが、その指先は少しだけ震えていた。

 怖かったのだろう。

 私が怪我をしたかもしれないことが。

 それを素直に言えないだけで。


 私はそっと喉を鳴らした。

 大丈夫、熱かったけど、火傷というほどではない。

 少なくとも、悪役令嬢ポイントは大幅加算されずに済んだ。

 その点では成功である。


 ただし、気になることもあった。

 紅茶騒ぎの後、廊下の向こうに見えた灰色のスカート。

 誰かが見ていた。

 使用人がただ通りすがっただけかもしれない。

 まだ分からない。

 だが、確かなことがある。


 この屋敷には、シルビアを誤解しやすい空気があると言うことだ。

 ほんの小さな出来事が悪評になっている。

 きつい言葉が、悪意として受け取られる。

 何か起きれば、「お嬢様がまた」と言われる。

 シルビア本人に悪意がなくても、周囲がそう解釈すれば、悪役令嬢は作られてしまうのだ。


 つまり、私がしなければならないことは、イベントの阻止だけではない。

 シルビアの善意を、周囲に正しく見せること。

 これが重要だ。

 

 そう考えていた翌日。

 事件は廊下で起きた。

 私はシルビアと一緒に、屋敷の西棟へ向かっていた。

 シルビアは午前の授業を終え、少し疲れているようだった。


 背筋はぴんと伸び、歩く姿は完璧な公爵令嬢である。

 私はその少し後ろを歩いていた。


 猫として屋敷の中を歩くのは、なかなか便利だ。

 人間のときには入れなかったであろう隙間にも入れるし、足音がほとんどしないから尾行や潜入にはうってつけだ。

 人の会話も、猫の立場だと意外と拾いやすい。

 相手が「どうせ猫だ」と油断しているからだ。


 ただし深刻な問題が一つ。

 ドアノブが開けられない。


 そんなことを考えていると、廊下の角から小さな少女が現れた。

 使用人の見習いだろうか。

 年は十歳くらいで両腕いっぱいに布と箱を抱えている。

 体より荷物の方が大きい。

 明らかに無理がある。

 少女は前がよく見えていないようで、ふらふらと歩いていた。

 私は耳を立てた。

 危ない。


 廊下の先には段差がある。

 ほんの小さな段差だが、あの荷物を抱えたまま足を取られれば、転んでしまう。

 シルビアもそれに気づいたらしい。

 足を止め、少女の方を見た。

 ただし、目を細めて、眉間にしわを寄せて、口元をきゅっと結んで。

 ……完全に睨んでいる。


 少女はシルビアに気づいた瞬間、びくりと肩を跳ねさせた。

「お、お嬢様……!」

 その拍子に、荷物がぐらりと傾く。

 まずい。

 私は身構えた。

 だが、私が動くより先に、シルビアが歩き出した。


「あなた」

「は、はいっ!」

「そんな遅い動きでは邪魔ですわ」

 出た。

 善意の悪役変換。

 少女の顔が青ざめる。

 シルビアはさらに近づき、少女の腕の中から箱を取り上げた。


「貸しなさい」

 廊下の空気が固まった。

 近くにいた使用人たちが振り返り、誰かが小さく息をのむ。

 見た目だけなら、完全にいじめである。


 下働きの少女が重い荷物を運んでいて、そこへ公爵令嬢が近づき、「邪魔ですわ」と言って荷物を強奪。

 悪役令嬢ポイント、急上昇。


 違う。

 違うのだ。

 シルビアはたぶん、荷物を持つのを手伝おうとしている。

 いや、確かに箱を強奪したように見えるが、実際は重さを減らしてやったのだ。


 だが、周囲にはそう見えていない。

 少女は怯え、使用人たちは固まり、シルビアは自分が誤解されていることに気づいていない。

 まずい。

 私は床を蹴った。


 少女の腕の中に残っている布束の隙間から、小さな瓶が滑り落ちかけている。

 薬瓶だ。

 透明な瓶の中に、薄い緑色の液体が入っている。

 割れたら危ない。

 私は低く走り、落ちかけた瓶へ飛びついた。


 前足で押さえる。

 我ながら器用だと思う。

 でも猫の前足で瓶をつかむのは難しい。

 丸いし滑る。

 肉球では、保持力が足りない。


 瓶はころりと床へ落ち、廊下を転がり始めた。

 まずい。

 私はそれを追いかける。

 瓶はシルビアの足元を通り過ぎ、壁際へ転がった。私は飛びかかり、今度は口でくわえた。

 う、硬い。

 薬草の匂いがする。


 私は瓶をくわえたまま、少女のもとへ戻った。

 廊下にいた使用人たちの視線が、私に集まる。

 シルビアも、ようやく私を見た。


「ノワール?」

 私は少女の足元に瓶を置いた。

「にゃ」

 これだ。

 少女は目を丸くした。

「あ……!」

 布束の隙間を確認し、顔色を変える。

「薬瓶……!」

 シルビアは小さく息をついた。


「だから言ったでしょう。そんな持ち方では危ないと」

 ……言ってない。

 シルビアよ、そうは出力されてないよ。


 シルビアは箱を片腕に抱えたまま、もう片方の手で少女の荷物を少し整えた。

 不器用だが、丁寧な手つきだった。


「これは割れたら困るものでしょう。あなたが怪我をするかもしれませんし、中身も無駄になります」

 お、今回はかなり言えている。

 少しきついが、意味は伝わる!

 少女は呆然とシルビアを見上げた。


「お嬢様……」

「何ですの」

「私が、落としかけていたのを……?」

「見れば分かりますわ」

 見えていたのか。

 近かったから見えたのかもしれない。

 シルビアはぷいっと顔をそむけた。


「まったく。あなたでは遅すぎます。運ぶ場所はどこですの」

「え?」

「その荷物です。どこへ運ぶのかと聞いています」

 少女は慌てて答えた。

「医務室です。奥様から、薬草布と薬瓶を運ぶようにと」

「では行きますわよ」

「えっ」

 シルビアは箱を抱えたまま、すたすたと歩き出した。

 少女が慌てて追いかける。


「あ、あの、お嬢様! 私が運びます!」

「あなた一人では危なっかしいですわ。わたくしが持った方が早いでしょう」

 言い方。

 だが、行動は完全に手伝いである。


 私は二人の後を追いかけた。

 廊下に残された使用人たちは、ぽかんとしている。

 その中の一人が、小さくつぶやく。


「お嬢様が……手伝っていらっしゃる?」

 別の者が首をかしげる。

「でも、邪魔だとおっしゃって……」

「でも、薬瓶が落ちそうだったから……?」

 よし!

 混乱している!混乱してしまえ!

 これだと悪い方向に断定されにくい。

 この評価は大きい。

 私は心の中でうなずいた。


 悪評とは、断定される前に別の情報を混ぜることが大事だ。

 前世の仕事で学んだ。

 炎上対応は初動が命である。


 医務室までの道中、シルビアはずっと箱を持っていた。

 箱は、七歳の少女には少し重そうだったが、彼女はそれを顔に出さない。

 背筋を伸ばし、涼しい顔で歩く。

 ただし、耳のあたりが少し赤い。

 たぶん、人前で荷物を持つことに照れているのだろう。


 少女は何度もシルビアを見た。

 怖がってはいる。

 だが、それだけではない。

 不思議そうで、少し申し訳なさそうで、そして少しだけ嬉しそうだった。

 医務室に着くと、シルビアは箱を机の上に置いた。


「次からは、何度かに分けて運びなさい。一度に持てばよいというものではありませんわ」

「はい……」

「それと、前が見えないほど荷物を抱えるのは愚かです」

 きつい。

 最後の一言がきつい。

 少女の肩がまた少し縮こまる。


 まずい、せっかく良い流れだったのに。

 私はシルビアの足元へ行き、すりっと体を寄せた。


「にゃ」

 言い直せ。

 今だ。

 シルビアは私を見下ろす。

「何ですの、ノワール」

「にゃ」

 言い直せ。

 ここで優しい言葉を追加するのだ!

 シルビアはしばらく私を見ていた。

 それから少女へ視線を戻す。


「……転んで怪我をされても、困りますもの」

 少女が顔を上げた。

 シルビアは目をそらした。

「あなたが怪我をしたら、医務室に運ぶものを運ぶ人間が減るでしょう」

 惜しい。

 また効率の話になった。

 だが、「怪我をされても困る」は言えた。

 前進である。

 少女は少しだけ笑った。


「はい。次からは、何度かに分けて運びます」

「そうなさい」

 シルビアはそれだけ言って、くるりと踵を返した。

 私はその後ろをついていく。

 医務室を出る直前、少女の声が聞こえた。


「あの、お嬢様」

 シルビアが足を止める。

「何ですの」

「ありがとうございました」

 シルビアの背中が、ぴんと伸びた。

 驚いている。

 たぶん、礼を言われると思っていなかったのだろう。

 シルビアは振り返らないまま、早口で言った。


「当然のことですわ。礼を言われるほどではありません」

 そして、逃げるように廊下へ出た。

 その横顔は赤い。

 照れている。

 完全に照れている。

 かわいい。


 このお嬢様、褒められると弱い。

 私は少しだけ喉を鳴らした。

 シルビアは私を見下ろす。


「何を笑っているのです、ノワール」

「にゃ」

 笑っていない。

 猫なので。

 廊下を少し歩いたところで、シルビアは小さく息を吐いた。


「……わたくし、ちゃんとできていましたかしら」

 その声は、とても小さかった。

 私は足を止めた。

 シルビアは前を向いたまま、続ける。


「お兄様は、下の者を導くのも公爵家の務めだとおっしゃいました。けれど、わたくしが言うと、皆、怖がるのです」

 私はシルビアを見上げた。

 彼女は気づいていた。

 完全ではないし、理由も分かっていない。

 けれど、自分の言葉が人を怖がらせることを、感じていた。


「わたくしは、間違っているのでしょうか」

 少し大人びた七歳の子どもの声だった。

 完璧な公爵令嬢の声ではない。

 小さな女王様の声でもない。

 ただ、自分が人とうまく関われないことに戸惑っている少女の声だった。


 私はシルビアの足元へ歩み寄り、そっと体をすり寄せた。

「にゃ~」

 間違っているわけではない。

 ただ、伝え方が壊滅的なだけだ。

 かなり致命的だが、修正は可能である。

 シルビアは私を見下ろした。


「……あなたは、わたくしを怖がりませんのね」

「にゃっ」

 怖がる理由がない。


 いや、顔の圧は少し怖い。

 命名センスは改良しなくてはならない。

 でも、シルビア自身は怖くない。

 この子はただ、不器用なだけだ。

 シルビアは少しだけ口元をゆるめた。


「変な猫ですこと」

 それは否定できない。

 元人間の黒猫ですから。

 そのとき、廊下の角の向こうで、小さな声が聞こえた。


「……お嬢様が、荷物を?」

 私は耳を立てた。

 さっき廊下にいた使用人たちだろうか。

「ええ。医務室まで運んでくださったらしいわ」

「でも、邪魔だって言ったんでしょう?」

「それは……でも、薬瓶が落ちそうだったからって」

「お嬢様が?」

「ノワール様が薬瓶を拾ったそうよ」

「ノワール様、賢いのね」

「お嬢様も……もしかして、心配してくださったのかしら」


 よし。

 私は内心で拳を天高く振り上げた。

 猫なので実際はできないが。


 噂の方向が変わっている。

 完全な悪評ではなく、疑問が混ざっている。

「怖い」だけではなく、「もしかして心配していたのかも」が混ざっている。

 これは大きな進歩だ。


 シルビアは声に気づいたのか、少しだけ足を止めた。

 しかし、何も言わずに歩き出す。

 顔はいつも通り澄ましているが、耳が赤い。

 分かりやすい。

 非常に分かりやすい。

 私はその後を歩きながら、ひそかに考える。


 シルビアの善行は、放っておくと悪行に見える。

 だが、少しだけ補助を入れれば、周囲に本当の意味が伝わることもある。

 薬瓶を拾う。

 動機を見える形にする。

 誤解される前に、別の情報を差し込む。


 猫にできることは少ない。

 だが、ゼロではない。

 私はしっぽを立てた。


 この調子で一つずつ変えていけば、シルビアは悪役令嬢にならずに済むかもしれない。

 そう思った、その直後。

 廊下の向こうから、一人の侍女が歩いてきた。


 灰色のスカート。

 私はぴたりと足を止めた。

 昨日、紅茶騒ぎの後に扉の隙間から見えた色と同じだった。

 侍女は私たちに気づくと、すぐに頭を下げた。

「お嬢様」

 声は落ち着いていて顔も穏やかだ。


 だが、目が笑っていない。

 シルビアは何も気づかず、いつものように軽くうなずいた。

「ごきげんよう」

 侍女は顔を伏せたまま、静かに道を譲る。

 私たちはその横を通り過ぎた。

 すれ違う瞬間、侍女の視線が私に落ちた。

 ほんの一瞬。

 冷たい視線だった。

 私は耳を伏せた。


 この侍女だ。

 昨日、見ていたのは。

 そしておそらく、今日のことも見ていた。

 シルビアの善行を、どう受け取るか、どう広めるか。

 それは、この屋敷にいる人間次第だ。


 私は振り返った。

 灰色のスカートの侍女は、すでに廊下の角を曲がろうとしている。

 その横顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 優しい笑みではない。

 何かを見つけた者の笑みだった。

 私は静かに目を細める。


 シルビアの善意を悪意に変えるのは、本人の言葉だけとは限らない。

 それを悪意として広める誰かがいるなら。

 そちらも、どうにかしなければならない。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 次の任務は、決まった。

 灰色のスカートの侍女。

 名前は、まだ知らない。

 だが、覚えた。


 あの灰色の侍女を、マークする。

「ドアノブ開けられない問題に続報!出入りしたいドアの前でしっぽをフリフリすると、使用人のみんな開けてくれるんだ。公爵家の人たち優しいな。さっきは公爵自らが開けてくれたよ。顔の威圧に毛が逆だっちゃったのは内緒。by ノワール」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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