第56話 悪役令嬢は、もう一人で立たない
完結確定。
毎日朝7時に更新します。
よろしくお願いします。
学院の季節は、穏やかに進んでいった。
星祝祭の騒動は、まだ完全には終わっていない。
ローヴェル伯爵家の処分。
神殿派閥の調査。
マリナを含む関係者の証言。
社交界に残った噂の整理。
大人たちの世界では、まだ多くのことが動いている。
グランベル公爵家は相変わらず怖い。
父公爵は静かに書類を積み上げ、母は優雅なお茶会で情報を整え、兄レオンハルトは若い貴族社会の空気を読み続けている。
王家も動いている。
アレクシスは以前より忙しくなった。
それでも、学院でシルビアに会う時間は作る。
しかも、かなり自然に。
私は思う。
王太子、時間管理がうまい。
前世の私の会社に欲しかった。
ただし、納期前に恋愛イベントを挟まれると困る。
話がそれた。
シルビアの生活も変わった。
まず、勉強会が定期開催になった。
参加者は少しずつ増えている。
シルビアの説明は相変わらず厳しいが、以前より分かりやすい。
こちらも進歩である。
ノワール監督の出番は減った。
少し寂しい。
だが、必要なときは鳴く。
「その程度で間違えるなど――」
「にゃ」
「……そこは間違えやすいところです」
出番あり。
完全卒業はまだ先らしい。
よかった。
いや、よかったと言うべきかは難しい。
次に、リーナとの関係。
二人は本当に友達になった。
最初は、リーナが一方的に近づき、シルビアが戸惑っていた。
今は、シルビアからも誘う。
「リーナ嬢、放課後に少し時間はありますか」
「はい。あります」
「では、図書室へ」
「勉強ですか?」
「それもありますが」
シルビアは少し視線をそらす。
「……新しく入った詩集を見たいと言っていたでしょう」
リーナの顔が明るくなる。
「覚えていてくださったんですか?」
「たまたまです」
嘘である。
絶対に覚えていた。
私は足元でしっぽを揺らす。
リーナは笑った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
自然に言えた。
すごい。
以前は「ありがとう」一つで一大イベントだったのに、今では日常になっている。
成長とは、こういうことかもしれない。
そして、アレクシスとの関係。
これは、見ていて少し面白い。
アレクシスは直球を覚えた。
シルビアは直球を受ける練習中。
ある日、アレクシスが言った。
「今日の髪飾り、よく似合っている」
シルビアは固まった。
「……ありがとうございます」
言えた。
しかし、その後すぐ。
「これは、お母様が選んでくださったものですので」
逃げた。
アレクシスは笑った。
「君に似合うと思って選ばれたんだろうね」
追撃。
シルビア赤面。
私は鳴いた。
「にゃ」
王太子、加減。
アレクシスは小さく笑って、少し引いた。
よろしい。
監督は必要だが、関係は順調である。
そんなある日。
学院の中庭で、小さな事件が起きた。
シルビアにとっては大事な出来事だった。
下級貴族の令嬢が、数人の生徒に囲まれて泣きそうになっていた。
理由は、提出課題の失敗。
魔法陣の一部を間違え、実技準備の道具を焦がしてしまったらしい。
周囲の生徒たちは責めているわけではない。
だが、本人はひどく落ち込んでいた。
「わたくし、また失敗してしまって」
「大丈夫ですわ」
「先生に謝れば」
そんな声が聞こえる。
シルビアは足を止めた。
私は彼女の足元から見上げる。
行くのか。
昔なら、ここで「その程度のことで泣くなど」と言いかけただろう。
そして相手をさらに泣かせる。
悪役令嬢ポイント加算。
だが、今は。
シルビアは少し考えた。
その顔には、緊張があった。
人を助けたい。
だが、言い方を間違えたくない。
そういう緊張。
私は鳴かなかった。
今は、見守る。
シルビアはゆっくり近づいた。
周囲の生徒たちが気づき、少し緊張する。
だが、以前ほど怯えてはいない。
「何があったのです」
声は少し硬い。
令嬢は驚いて顔を上げた。
「シルビア様……」
シルビアは焦げた道具を見る。
魔法陣の線も確認する。
目を細める。
怖い顔になりかけた。
私は鳴こうか迷った。
だが、シルビアは先に口を開いた。
「怪我はありませんか」
お。
最初にそれ。
素晴らしい。
令嬢は目を丸くした。
「は、はい。ありません」
「なら、よかったです」
周囲が少し静かになる。
シルビアは焦げた道具を見た。
「道具は替えがあるはずです。魔法陣の線は、ここが少しずれています。失敗の原因は、おそらくそこです」
令嬢が肩を落とす。
「やはり、わたくしが」
「失敗はしました」
言い切った。
少し強い。
だが、シルビアは続けた。
「ですが、直せます」
令嬢が顔を上げる。
シルビアはハンカチを取り出し、焦げた粉を少し拭った。
「ここを確認してから、もう一度書き直しましょう。必要なら、わたくしも見ます」
令嬢の目に涙が浮かぶ。
「よろしいのですか?」
「ええ」
シルビアは少しだけ視線をそらした。
「わたくしも、何度も間違えましたから」
え。
私は驚いた。
シルビアが、自分の失敗を話した。
周囲の生徒たちも驚いている。
シルビアは少し顔を赤くしながら続けた。
「魔法陣は、間違えた場所を確認すれば、次は直せます。泣く前に、原因を見ましょう」
言い方はシルビアらしい。
でも、責めていない。
令嬢は涙を拭いた。
「はい」
その場に、柔らかい空気が流れた。
リーナが少し離れたところで、嬉しそうに見ている。
アレクシスも隣に来て、小さく言った。
「今のシルビア、とてもよかった」
シルビアは振り返り、顔を赤くした。
「見ていらしたのですか」
「うん」
「……そうですか」
照れている。
だが、逃げない。
私はシルビアの足元にすり寄った。
よくできました。
シルビアは私を見下ろす。
「ノワールまで、褒めているつもりですの?」
「にゃ」
そう。
シルビアは少し笑った。
その笑みは、以前よりずっと自然だった。
悪役令嬢は、もう一人で立たない。
誰かを助けるときも。
自分が怖いときも。
恋をするときも。
間違えたときも。
周りに誰かがいる。
リーナがいる。
アレクシスがいる。
家族がいる。
私がいる。
そして何より、シルビア自身が、自分の弱さを少しずつ受け入れ始めている。
それは、誰かに守られるだけの弱さではない。
誰かと一緒に立つための強さだ。
私は黒猫ノワール。
シルビア幸せ監視担当。
今日の成果。
シルビア、泣きそうな令嬢を泣かせずに助ける。
自分の失敗を話す。
アレクシス、褒める。
シルビア、逃げずに受け取る。
かなり良い。
断罪エンドの先にも、成長イベントは続いている。
どうやらこの物語は、エンドロールのあとが本番らしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。
黒猫一匹と作者が喜びます。
ありがとうございました!




