第55話 婚約者たちは、少しずつ近づく
完結確定。
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よろしくお願いします。
アレクシスが変わった。
いや、正確には、遠慮をやめ始めた。
これまでも彼は、シルビアを気にかけていた。
幼い頃の誤解を反省し、彼女の言葉の奥を見ようとし、噂をそのまま信じず、星祝祭では婚約継続を公の場で宣言した。
かなり成長した。
靴ひもを狙い続けた甲斐がある。
だが、直球告白のあと、彼はさらに一段階変わった。
何が変わったか。
好意を隠さなくなった。
これは大きい。
非常に大きい。
そして、シルビアへの負荷も大きい。
「シルビア」
学院の廊下で、アレクシスが自然にそう呼ぶ。
シルビアは固まる。
「……殿下」
「今日は顔色がいいね」
「そ、そうでしょうか」
「うん。少し安心した」
顔が赤くなる。
シルビアの顔が。
このやり取りを近くで見るリーナは、いつも微笑んでいる。
私はシルビアの足元で、しっぽを揺らす。
よい。
非常によい。
ただし、アレクシスがあまりにも自然に距離を詰めると、シルビアが処理落ちする。
監督が必要だ。
ある日の放課後。
学院の中庭で、アレクシスはシルビアへ小さな包みを渡した。
「これを」
シルビアは少し警戒したように包みを見る。
「何ですの?」
「本」
「本?」
「前に君が探していた魔法理論書の写本。王宮の書庫にあったから、許可を取って写させてもらった」
シルビアの目がわずかに輝いた。
魔法理論書への反応が早い。
恋愛には鈍いのに、本には非常に素直である。
「よろしいのですか?」
「君に読んでほしいと思って」
アレクシスは少し笑った。
「それに、読んだら感想を聞かせてほしい」
上手い。
贈り物であり、次に会う理由でもある。
王太子、かなり攻め方を覚えてきた。
シルビアは本を大切そうに受け取った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
アレクシスの声が柔らかい。
シルビアは本を見て、それからアレクシスを見た。
「殿下は……」
「うん?」
「以前から、こういうことをお考えになる方でしたか?」
アレクシスは少し驚いたように目を瞬いた。
シルビアは言葉を探している。
「いえ、その。わたくしのために、何かを探してくださるような」
アレクシスは少しだけ目を伏せた。
「昔の私は、考えられなかったと思う」
正直。
「君が何を好きか、何に興味があるか、きちんと見ていなかったから」
シルビアの手が、本の表紙をそっと撫でる。
「でも、今は見たい」
直球。
シルビアの顔が赤くなる。
アレクシスは続けた。
「君が何を好きで、何に困っていて、何を大切にしているのか。ちゃんと知りたい」
これは効いた。
シルビアが完全に固まった。
私は足元から見上げる。
受け取れ。
これは政略でも義務でもない。
好意だ。
シルビアは長い沈黙のあと、小さく言った。
「……努力家ですのね」
違う。
いや、違わないが。
そこではない。
私は思わず短く鳴いた。
「にゃ」
シルビアが私を見る。
「何ですの」
「ノワールは、今の返事は少し違うと思ったんじゃないかな」
アレクシスが笑った。
分かっている。
さすが、最近シルビア語とノワール語の両方を学びつつある王太子だ。
シルビアは少しむっとした。
「では、どう返せばよろしいのです」
アレクシスは少し考えた。
「ありがとう、嬉しい、でいいと思う」
シルビアの顔がさらに赤くなる。
「……ありがとう、ございます」
「うん」
「……嬉しい、です」
言った。
言えた。
アレクシスの目が柔らかくなる。
「よかった」
リーナが少し離れたところで、両手を口元に当てている。
完全に見守り体勢だ。
リーナはシルビア見守り隊の副隊長である。
隊長はもちろん私。
私はしっぽを揺らした。
恋愛方面、進捗良好。
その後、三人と一匹で中庭の白い花を見に行った。
以前、リーナとシルビアが初めて「また一緒に見に来る」約束をした花壇の近くだ。
花は季節ごとに少し変わっていたが、風に揺れる白い花の雰囲気は同じだった。
リーナが言った。
「ここに来ると、初めてシルビア様とゆっくりお話しした日のことを思い出します」
シルビアは少し視線をそらす。
「あの日のわたくしは、相当ぎこちなかったと思います」
「今も少しぎこちないです」
「リーナ嬢」
「でも、そこがシルビア様らしいです」
リーナは笑う。
シルビアは赤くなりながらも、怒らなかった。
アレクシスが花を見ながら言った。
「私は、その日ここに来なかったのを少し後悔している」
シルビアが彼を見る。
「殿下は、邪魔しない方がよいとおっしゃいましたわ」
「うん。二人の時間を邪魔したくなかった」
「お気遣いはありがたいですが」
シルビアは少し考え、言った。
「今なら、殿下が一緒でも、悪くありません」
悪くありません。
シルビア語で、かなり良い、である。
アレクシスはちゃんと分かったらしい。
嬉しそうに笑った。
「では、次は一緒に」
「……好きになさい」
出た。
照れ隠し。
リーナが笑う。
「シルビア様、それは楽しみにしています、という意味ですね」
「違います」
「違うんですか?」
「……違ってはいません」
いつものやり取り。
だが、私はその光景を見て、胸が温かくなった。
悪役令嬢とヒロインと王太子。
この三人が、花壇の前で穏やかに話している。
ゲーム本編では、あり得なかった光景だ。
シルビアはリーナを傷つけなかった。
リーナはシルビアを恐れるだけでは終わらなかった。
アレクシスは誤解したまま断罪しなかった。
誰か一人が変わったのではない。
全員が少しずつ変わった。
私は花壇の縁に座り、白い花を見た。
風が吹く。
花が揺れる。
シルビアのドレスの裾も、少し揺れる。
私はその裾に、そっと前足を置いた。
もう、危険を知らせるためではない。
ただ、ここにいるために。
シルビアが私を見下ろす。
「ノワール?」
「にゃ」
何でもない。
シルビアは少し笑った。
本当に少し。
けれど、自然な笑みだった。
アレクシスがそれを見て、言葉を失う。
まただ。
シルビアの自然な笑顔の破壊力。
私は心の中でうなずいた。
王太子よ。
分かる。
分かるが、見すぎるな。
変な虫ではないが、婚約者でも見すぎはよくない。
いや、婚約者だからいいのか。
難しい。
恋愛の仕様は複雑である。
シルビアはアレクシスの視線に気づき、慌てて表情を引き締めた。
「何ですの」
「いや」
アレクシスは少し赤くなった。
「やっぱり、君の笑顔は綺麗だと思って」
直球。
また直球。
シルビアが完全に固まる。
リーナが嬉しそうに笑う。
私は額を押さえたい気分になった。
猫なので押さえないが。
王太子。
加減。
だが、悪くない。
シルビアは真っ赤な顔で、私を抱き上げた。
「ノワール、帰りますわ」
「にゃ」
逃げた。
「逃げていません」
まだ何も言っていない。
リーナが笑い、アレクシスも笑った。
シルビアはますます赤くなる。
それでも、彼女の足取りは軽かった。
婚約者たちは、少しずつ近づいている。
不器用に。
照れながら。
時々、猫の監督を受けながら。
その歩みは遅い。
だが、確かだった。
私は黒猫ノワール。
元悪役令嬢断罪エンド回避担当。
現、シルビア幸せ監視担当。
兼、シルビア見守り隊隊長。
今日の進捗。
アレクシス、贈り物成功。
シルビア、「嬉しい」と言えた。
リーナ、通訳継続。
ノワール、監督継続。
恋愛方面のバグは、まだ完全修正ではない。
だが、少しずつ改善中である。
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黒猫一匹と作者が喜びます。
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