第54話 黒猫、次の任務を見つける
完結確定。
毎日朝7時に更新します。
よろしくお願いします。
断罪エンドは回避された。
これは、何度確認しても大きい。
リーナへの嫌がらせ。
聖女候補への妨害。
王太子への不敬。
数々の悪評。
そして、アレクシスによる婚約破棄。
ルートによっては国外追放。
修道院送り。
最悪の場合、処刑。
シルビアには、そんな未来が待っていた。
だが、今の彼女はどうだろう。
リーナとは友達。
アレクシスとは婚約継続。
家族からは守られ、支えられている。
学院でも少しずつ、怖いだけではないと知られ始めている。
断罪エンドは折れた。
完全に折れた。
私は胸を張っていい。
黒猫ノワール。
悪役令嬢断罪エンド回避担当。
任務達成。
……と、言いたいところだが。
人生とは、エンドロールが流れたあとも続くものである。
少なくとも、ゲームではないこの世界ではそうらしい。
星祝祭の一件からしばらくして、シルビアは学院へ復帰した。
最初の日。
彼女は少し緊張していた。
私には分かる。
背筋がいつもより少し硬い。
私を抱く手に、少し力が入っている。
目つきがさらに鋭くなりかけている。
私は小さく鳴いた。
「にゃ」
力を抜け。
シルビアは私を見る。
「分かっています」
本当か。
少し怪しい。
学院の廊下には、生徒たちがいた。
シルビアを見ると、何人かが足を止める。
以前なら、そこで一歩引く者が多かった。
だが、今日は違った。
一人の令嬢が、勇気を出すように頭を下げた。
「シルビア様。お戻りをお待ちしておりました」
シルビアが少し驚く。
「……ありがとうございます」
言えた。
別の生徒も近づいてくる。
「次の勉強会は、いつ開かれますか?」
シルビアは目を瞬いた。
「まだ未定です」
生徒が少し残念そうな顔をする。
シルビアは少し考えたあと、言い直した。
「体調が完全に戻り次第、再開します」
生徒の顔が明るくなる。
「はい。楽しみにしています」
楽しみに。
シルビアは、その言葉に少し戸惑っていた。
自分の勉強会を楽しみにされる。
昔なら考えられなかっただろう。
「シルビア様!」
リーナが廊下の向こうから駆け寄ってきた。
「リーナ嬢、廊下を走ってはいけません」
第一声が注意。
だが、リーナは笑った。
「はい。すみません」
シルビアは少しだけ頬を赤くする。
「……転んだら危ないでしょう」
「はい。気をつけます」
このやり取りを見ていた生徒たちが、少し笑った。
悪意のない笑い。
シルビアは照れている。
私は喉を鳴らした。
いい。
非常にいい。
シルビアの言葉が、怖さだけではなく、心配として受け取られている。
これは、八年の努力の成果だ。
いや、私の努力もかなりある。
靴ひもを狙い、裾を引き、鳴き、噛み、時には命まで張った。
労働量としてはかなりのものである。
ぜひ魚で換算してほしい。
アレクシスも現れた。
「おはよう、シルビア」
名前呼び。
あの告白以降、彼は時々シルビアを名前で呼ぶようになった。
そのたび、シルビアは少し固まる。
今日も固まった。
「お、おはようございます、殿下」
「まだ殿下なんだね」
アレクシスが少し笑う。
シルビアは顔を赤くした。
「学院内ですので」
「では、学院外なら?」
「それは……」
処理落ち。
私は腕の中で目を細めた。
アレクシス。
最近少し攻めるようになった。
よい傾向だ。
ただし、やりすぎるとシルビアが固まる。
私は小さく鳴いた。
「にゃ」
加減。
アレクシスは苦笑する。
「分かった。ノワールに怒られる前にやめるよ」
よろしい。
恋愛方面監督、継続中である。
昼には、久しぶりの合同勉強会が開かれた。
参加者は以前より増えていた。
星祝祭の一件で、シルビアを見る目が変わった者が多かったのだろう。
怖い公爵令嬢。
悪役令嬢。
そうではなく。
厳しいけれど、分かるまで教えてくれる人。
誤解されていたけれど、自分の言葉で立った人。
ノワール様をとても大切にしている人。
最後の評価は、少し照れる。
シルビアは黒板の前に立った。
「今日は、魔力制御の基礎を確認します」
声は凛としている。
生徒たちが真剣に聞く。
私は教卓に座った。
監督席。
久しぶりである。
シルビアがこちらを見る。
「ノワール、そこは邪魔ですわ」
「にゃ」
監督です。
「……端に寄ってください」
「にゃ」
承認。
生徒たちが少し笑う。
以前なら、笑われたと感じて固まったかもしれない。
今のシルビアは、少し赤くなるだけだ。
そして授業を続ける。
「この線を間違えると、発動時に魔力が逆流します。つまり、危険です」
おお。
最初から分かりやすい。
私は感動した。
以前なら。
「そのような式では使い物になりませんわ」
改善が著しい。
リーナが隣で補足する。
「シルビア様は、ここを先に確認すると失敗しにくいとおっしゃっています」
「その通りです」
シルビアが自然に答える。
アレクシスも生徒に声をかける。
「分からないところは、遠慮せず聞いて」
王太子も補助役に慣れている。
豪華な勉強会である。
授業の途中、一人の生徒が間違えた。
シルビアはそれを見て、口を開く。
「違いま――」
私は鳴こうとした。
だが、その前にシルビアは止まった。
「……そこは、少し違います。ですが、途中の考え方は合っています」
私は目を丸くした。
自力修正。
しかも、かなり自然。
リーナが嬉しそうに笑う。
アレクシスも柔らかく微笑む。
生徒はほっとした顔で頷いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
完璧。
私は教卓の端で喉を鳴らした。
もう、私が毎回鳴かなくてもいいのかもしれない。
そう思うと、少し寂しい。
だが、それはうれしい寂しさだ。
ちょっと複雑。
シルビアが自分で言葉を選べるようになっている。
それは、私の役目が少し変わるということだ。
断罪エンド回避担当から、日常見守り担当へ。
業務内容は軽くなったようで、実はそうでもない。
なぜなら、シルビアはまだまだ不器用だからだ。
勉強会のあと、アレクシスがシルビアへ言った。
「今日の説明、とてもよかった」
シルビアは少し顔を赤くする。
「当然ですわ」
出た。
久しぶりの当然ですわ。
私は見上げる。
が、ちょっと嬉しい。
シルビアは私と目が合い、すぐに言い直した。
「……いえ。ありがとうございます」
アレクシスが笑う。
「どういたしまして、ではないけどね」
「細かいですわ」
シルビアが少しむくれる。
リーナが笑う。
私も喉を鳴らす。
平和だ。
とても平和だ。
だが、平和な日常にも任務はある。
アレクシスがシルビアを見つめる時間が少し長いと、シルビアが赤くなって固まる。
リーナが「友達」と言うと、シルビアが照れて言葉を失う。
レオンハルトが見に来ると、アレクシスが少し背筋を伸ばす。
公爵夫人が微笑むと、全員が何かを察して黙る。
公爵が魚をくれると、私はとても嬉しい。
忙しい。
やはり、黒猫の一日は長い。
その日の夕方。
シルビアは学院の庭で、リーナとアレクシスと一緒に花を見ていた。
私はシルビアの足元に座っている。
もう抱っこ固定ではない。
自分の足で歩いている。
少し誇らしい。
白い花が風に揺れている。
シルビアが言った。
「この花は、悪くありませんわ」
リーナが笑う。
「お好きなんですね」
シルビアは少しだけむっとする。
「あなたはすぐ訳しますわね」
「違いますか?」
「……違いません」
アレクシスが笑った。
「僕も、少し分かるようになってきた」
シルビアが彼を見る。
「何がですの」
「シルビア語」
シルビアが真っ赤になる。
「その呼び方はやめてくださいませ」
私はしっぽを揺らした。
シルビア語。
すっかり定着している。
かつては誤解と悪評を生む言葉だった。
今は、友達と婚約者が笑いながら訳してくれる言葉になった。
すごい変化だ。
私は空を見上げた。
夕焼けが、庭を柔らかく染めている。
悪役令嬢は悪役令嬢ではなくなった。
けれど、物語は終わらない。
シルビアはこれからも失敗するだろう。
言葉を間違えるだろう。
照れて強がるだろう。
アレクシスは直球を投げすぎて、たまに彼女を固まらせるだろう。
リーナはそのたびに笑って通訳するだろう。
私は、ときどき鳴いて、ときどき噛んで、ときどき靴ひもをほどく。
それでいい。
次の任務は、もう断罪回避ではない。
シルビアが、自分の言葉で幸せになっていくのを見守ること。
私は黒猫ノワール。
元悪役令嬢断罪エンド回避担当。
現、シルビア幸せ監視担当。
任務はまだ続く。
だが、今度の任務は、とても楽しい。
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黒猫一匹と作者が喜びます。
ありがとうございました!




