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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
終章 転生黒猫は、悪役令嬢を改造した

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53/58

第53話 黒猫、残り七つの命を数える

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 猫には九つ命がある。


 前世で、そんな言葉を聞いたことがある。

 そのときは、ただの言い回しだと思っていた。


 猫はしぶとい。

 高いところから落ちても平気そう。

 危ないところをすり抜ける。

 だから、九つ命があるように見える。

 その程度の意味だと思っていた。


 まさか、自分が本当に命を数える側になるとは思わなかった。


 午後の日差しが暖かい。

 カーテンが柔らかく揺れ、庭では使用人たちが花壇の手入れをしている。

 とても平和だ。

 平和すぎて、少し眠い。

 だが、私は眠らずに考えていた。


 一つ目の命。

 前世で失った。

 雨の道路。

 車のライト。

 飛び出した黒猫。

 それを助けようとした私。

 そして、衝撃。


 あのとき、私は死んだ。

 人間としての私と、黒猫だった私。

 どういう理屈なのかは分からない。

 だが、今なら分かる。


 あの黒猫は、たぶん私だった。

 未来の私なのか、過去の私なのか、魂の器だったのか。

 そこは相変わらず不明である。


 仕様書がほしい。

 開発元へ問い合わせたい。

 だが、問い合わせ窓口はない。


 二つ目の命。

 馬車事故で失った。

 シルビアを庇った。

 いや、正確には、裾を引いて、少しだけ位置をずらした。

 小さな黒猫にできることは、それくらいだった。


 それでも、シルビアは助かった。

 私は倒れた。

 痛かった。

 とても痛かった。


 そして、シルビアが泣いた。

 あの涙は、忘れられない。


 三つ目の命。

 シルビアの涙で目を覚ました。

 あれが何だったのか、今でも分からない。

 治癒魔法では、死んだものは戻らない。


 それはこの世界の常識らしい。

 なら、私が戻ったのは治癒魔法ではないと言える。


 猫の九つの命。

 それが、シルビアとの絆に反応したのかもしれない。


 あるいは、私がシルビアを守りたいと願ったからかもしれない。

 どちらにせよ。

 私は今、三つ目の命で生きている。


 残り七つ。

 数字だけ見れば、まだ余裕がある。

 だが、私はもう知っている。

 命が残っているから平気、ではない。


 死ぬのは痛い。

 普通に痛い。

 かなり痛い。

 それに、私が死ぬたびにシルビアが泣く。


 その方が痛い。

 私は窓辺で、前足を伸ばした。

 リーナが作ってくれた護符が、首元で小さく揺れる。

 白い小さな袋に銀の星。

 黒猫には少し目立つ。

 だが、悪くない。

 リーナは言った。


「ノワールさんが怖い思いをしないように」

 優しい子である。

 だが、怖い思いをしないというのは、なかなか難しい。

 なにしろ、私の主は元悪役令嬢予定である。


 今は断罪エンドを回避した。

 それでも、シルビアの人生に危険が一切なくなるわけではない。

 彼女は公爵令嬢で、王太子の婚約者。

 将来的には王太子妃、そしてこの国の王妃になる。


 政治。

 社交。

 嫉妬。

 陰謀。

 誤解。


 そういうものと無縁ではいられない。

 つまり、私の仕事は続く。

 断罪エンド回避担当から、王太子妃見守り担当へ異動である。


 業務内容、重い。

 待遇改善を要求したい。


 魚増量で。

 そんなことを考えていると、背後から声がした。


「ノワール」

 シルビアだ。

 彼女は部屋へ入ってくると、すぐに窓辺の私を見つけた。

「また考え込んでいますの?」

「にゃ」

 少し。

 シルビアは近づき、私を抱き上げた。


 最近は、私が窓辺でじっとしていると、すぐに気づく。

 そして抱き上げる。

 過保護である。

 しかし、悪くない。

 シルビアの腕は温かい。


「あなたは時々、遠くを見るような顔をします」

「にゃ」

 猫なので。

「猫だから、ではごまかされません」

 鋭い。

 本当に鋭い。

 私は視線をそらす。

 シルビアは私を抱いたまま、椅子に座った。


「馬車事故のことを、思い出していましたの?」

 私は少しだけ耳を伏せた。

 シルビアの手が止まる。

「……そう」

 声が静かになる。

 彼女もまた、あの事故を思い出すことがある。

 馬車の音に手が止まることは減った。

 だが、完全になくなったわけではない。


 傷は残る。

 時間をかけて薄くなっても、なかったことにはならない。

 シルビアは私の背をゆっくり撫でた。


「わたくしは、今でも怖いです」

 正直に言った。

 それは大きな進歩だ。


「あなたがまた、わたくしのために無茶をするのではないかと」

「にゃ」

 しません。

 たぶん。

 シルビアの目が細くなる。

「今、たぶん、と言いましたね」


 なぜ分かる。

 怖い。

 私は目をそらした。

 シルビアはため息をついた。


「ノワール。約束してください」

「にゃ」

 内容による。

「わたくしを守るためでも、自分の命を簡単に使わないと」

 私は黙った。

 簡単に使ったつもりはない。


 あのときは、そうするしかなかった。

 シルビアが危なかった。

 だから動いた。

 もし同じことがまた起きたら、私はたぶんまた動く。


 それは、命を軽く見ているからではない。

 何より、シルビアを失いたくないから。

 でも、それを説明できない。


 私は猫である。

 鳴き声では足りない。

 シルビアは、私の沈黙を見て、少し悲しそうに笑った。


「約束できない顔ですわね」

「にゃ」

 ごめん。

 シルビアは私を抱きしめた。

 強く。

 でも、痛くないように。


「では、せめて」

 彼女の声が、少し震えた。

「わたくしも、あなたを守れるようになります」

 私は目を見開いた。


「あなたばかりが、わたくしを守るのではなく。わたくしも、あなたを守ります」

 シルビアの手が私の背を撫でる。


「だから、無茶をする前に、少しだけでもわたくしを信じてください」

 胸が熱くなった。


 シルビア。

 この子は、本当に変わった。


 昔は、自分が守られることにも気づいていなかった。

 守られていると知ると、申し訳なく思っていた。

 怖いと言えず、助けてと言えず、一人で立とうとしていた。


 今は違う。

 守られるだけではなく、守りたいと言う。


 私を。

 黒猫を。

 家族として。

 私は小さく鳴いた。


「にゃ」

 分かった。

 全部は約束できない。

 でも、信じている。

 多少ポンコツであっても、あなたを。

 シルビアは私を見た。


「今のは、約束に近い返事ですわね」

「にゃ」

 たぶん。


「たぶんは禁止です」

 厳しい。

 私は喉を鳴らした。

 ごまかしである。

 シルビアは少しだけ笑った。

 それから、窓の外を見た。


「ノワール」

「にゃ」

「わたくし、怖いことはまだあります。でも、昔より少し、大丈夫です」

 私は彼女を見上げる。


「リーナ嬢がいます。殿下もいます。お父様も、お母様も、お兄様も。もちろん、あなたも」

 シルビアは少し照れたように言う。

「だから、これからは、全部を一人で抱えないようにします」

 私はゆっくり瞬きをした。

 猫の返事としては、かなり丁寧な方である。


 良い。

 非常に良い。

 悪役令嬢だった少女は、もう一人で立たなくていいと知った。

 それは、断罪エンドを回避したことより、もしかすると大きな成果かもしれない。


 残り七つ。

 私には、まだ命がある。

 でも、その命をどう使うかは、ちゃんと考えなければならない。

 シルビアのために死ぬことだけが、守ることではない。


 シルビアのそばで生きること。

 彼女が笑うのを見ること。

 間違えたら鳴いて止めること。

 王太子が遠回しなことを言ったら靴ひもを狙うこと。


 それも、きっと守ること。

 私はシルビアの腕の中で丸くなった。

 眠くなってきた。

 午後の日差しが暖かい。

 シルビアの手も暖かい。

 首元の護符も、少しだけ暖かい気がする。


 猫には九つ命がある。

 今の私には、残り七つ。

 けれど、シルビアの心は七つもない。


 だから私は、できるだけ長く、この三つ目の命で生きようと思う。


 この子のそばで。

 この子が、自分の言葉で笑える未来を、見届けるために。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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